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大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

一星へようこそ ―イグナチウス・ロヨラ―

2010-03-22 21:24:55 | 一星


 おとんとおかんが離婚したのは、中2と中3の間の春休みだった。
「一誠が高校に入るまでは一緒にいようと思てたけど、もう限界や」
おかんに泣きながら告げられて おれは「マジ」と目を剥いた
二人はしょっちゅうすさまじい喧嘩をしていたが、はたから見ていると夫婦漫才のような雰囲気もあったので、本当は仲が良いと思い込んでいたのだ。
今時、離婚なんて珍しくも何ともないが、自分のうちがそうなるのはちょっとショックだった。まあ、そこまで嫌いになったんなら仕方ないけど、どっちと暮らすか選べと言われた時は、かんべんしてくれよ~と思った。そんなこと子供に選ばせるなよ
おれはどちらかというと父親っ子だった。おとんの方が経済力もあるから、私立高校も受けさせてくれるだろう。別に私立へ行きたいわけではなかったが、公立一発勝負というのはしんどい気がした。
でも、おとんと一緒に暮らしたら、おれが家のことをしなきゃいけないだろう。おとんは男にしては家事をやる方だが、おかんの方があたりまえみたいにやってくれるからな。
おれがおかんと一緒に暮らそうと決めたのは、
「一誠がお父さんとこに行ったら、そのうちお父さんを殺してまいそうで心配やねん
と、大真面目に言われた時だった。
おかんが言うには、おとんの最大の難点は、欠点がわかりにくいことなのだそうだ。非の打ち所のないほどいい人に見えるのに、段々イライラしてくる。
「お母さんは大人やから、何がそんなにイラつくんか言葉で表現できたけど、あんたの年齢ではまだ無理や。自分が感じてるストレスを言葉で言い表されへんかったら、わけのわからんモヤモヤがどんどんたまっていく。昔はそういう時はグレて不良になったけど、今の子はすぐキレるやろ。ある日突然、新聞に『中三男子、父親を刺殺』なんて載ったら いややわ」
おれは、「何サイコホラーみたいなこと言うてんねん。ありえへんやろ~」と叫んだ。おかんは離婚のストレスが相当きてるんやろう。おれがついていてやらなければ、壊れてしまいそうに見えた。だから、おかんと暮らす方を選んだ。

幸い、おかんの仕事はすぐに見つかった。知り合いがやっていたコーヒー店を引き継いだのだ 
その人は水にこだわりを持っていて、普通の水でいれたコーヒーを320円、特別に注文した水でいれたのを370円で出していた。
「そんなややこしいことするから、お客さんに敬遠されんねん」
おかんは、使うのはミネラルウォーターだけにして、コーヒーも紅茶も一律350円にした。店の名も「一星」に変えた。おかんはおれの名前をこの字にしたかったらしいが、おとんが「ホストの源氏名みたいだ」と反対したので、「一誠」になったそうだ。
コーヒーカップも店の名に合わせたのか、金縁に金色の星が入ったやつになった
おとんが見たら、アメリカっぽいといやな顔をするかもしれない。おとんの上司はアメリカ人で、おとんとはそりが合わないのだ。おかんが夫婦喧嘩の度に、そのアメリカ人上司みたいなことを言うので、おとんはよく、「おまえはアメリカ人か」と言っていた。何度もそう言われているうちに、おかんは喧嘩の時に英語が飛び出してびっくりしたという
その話を学校ですると、「アメリカ人かて言われてるだけで英語しゃべれるようになるんやったら、おいしいなあ」と言い出す奴がいて、仲間内でしばらく、「おまえはアインシュタインか」「野口英世か」と言い合うのが流行った。受験の年だったので、少しでも頭が良くなるかと思ったのだ。中に一人、ウケ狙いに走る奴がいて、「おれはイグナチウス・ロヨラと呼んでくれ」と言った。
「それ、誰やねん? 何やった奴?」
「しらんけど、何か、社会でやったで」
おれは全然記憶がなかった 思い出そうとしても、イグアナが浮かんでくるだけだった。

高校はやっぱり、公立しか受けさせて貰えなかった。
「おまえの成績ならN高あたりかな。もうちょっと頑張ればS高も行けないことはないが」
担任に言われて、おれはN高を受けることにした。学校なんてどこでもよかったし、危ない勝負はしたくなかった。N高なら家から歩きで通学できるので、交通費もかからない。おかんも大賛成だった。
すべりどめを受けられないので、プレッシャーがかかったが、無事合格できた。
春休みに店を手伝っていると、常連のギョロ目のおばちゃんに、「一誠くん、N高受かったんか?」と訊かれて、びっくりした
「おかん、おれがN高受けるて、あのおばちゃんに言うたん?」
と訊くと、おかんは心底申し訳なさそうな顔をした
「いや、別に怒ってるわけちゃうねん。ちょお、びっくりしただけ」
おかんは、ちょうどいい機会だからと、高校で仲の良い子ができても家庭の事情をベラベラしゃべってはいけない、相手のプライバシーに立ち入るような質問もしてはいけない、と言い聞かせた。人と人との間には適正な距離が必要で、おとんもおかんもその距離の取り方が下手だったので別れることになったというのだ。実体験に基づいているだけに、妙に迫力のある話だった
でも、知り合ったばっかりの頃なんて、お互いの個人情報ぐらいしか話題がないのも事実だ。「どこの中学やったん?」とか、「家どのへん?」とか、「兄弟おるん?」とか。
N高で親しくなった奴らとも、やっぱりそんな話になった。それでも、おかんの顔を立てて、親が離婚したことは自分からしゃべらないようにした。後でわかって、隠してたみたいに思われたらいやだけどなあ。

新しいクラスでは、最初は何でも出席簿順だ。
おれは「大沢」というおかんの名字になっていたので、席は「荻野」という女子の隣だった。荻野はいつも文庫本を持ってきていて、授業中も教科書の内側に隠して読み耽っている それなのに、いつのまにかノートをとっているし、中間の点数もめちゃめちゃ良かった。答案を返す時に、先生が、「学年最高は荻野の97点だ」とか、「このクラスは満点が一人いる。荻野だ」とか言うのでわかるのだ。
おれが、こないだ店のお客さんに代金を間違えて請求したことなんか話したら、軽蔑されるかもしれない。お客さんが訂正してくれたので、正しい料金を貰えたが、後からおかんにすごく怒られた。
「あんたは、350円+250円なんていう計算もできへんのん。そんなん、お客さんに指摘されるなんて、めっちゃ恥ずかしいことやで
どっちも「50」がついてて、インパクトが強かったから、つい「550円です」言うてもうてん。全然言い訳になってへんけど。
おかんがあんなに怒ったのは、そのお客さんが、おかんが「ミントグリーンの人」と呼んで、ちょっとファンになっている人だったからだと思う。おかんは若い頃宝塚に夢中になっていたせいか、時々、こういうきしょいことを言う。
おかんはその人のことを「クールでカッコイイ」と言うが、おれには可愛い感じに見えた。顔立ちもちょっと子供っぽかった。
そういえば、荻野も、ちょっとタレ目で童顔だな。

中間の後に席替えがあって、荻野とは席が離れてしまった。
でも、日直は名簿順なのでずっと荻野とだ。
何回目かの日直の時、先生に放課後、図書室の整理を手伝わされた。
思いがけなく荻野と二人で下校することになり、何を話せばいいのか、ちょっと悩んだ。荻野は女子なので、おかんに言われたことが甦ってきて、そうすると、あれもこれも訊いてはいけないことのような気がしてきた。
おれは焦ってしまい、「イグナチウス・ロヨラって知ってる?」と口走った。
「宣教師の? イエズス会創った人?」
やっぱり、荻野は賢い。こんな質問にぱっと答えられるんだもんな。
ただ、当然の流れとして、「何で、そんなこと訊くのん?」と訊ねられた。
それに答えるためには、夫婦喧嘩の時におとんがおかんに「おまえはアメリカ人か」と言ったところから始まって、二人が離婚したこと、イグナチウス・ロヨラが出てきた過程、おかんに人間関係の適正距離を守るためにはプライバシーに立ち入る話を軽々しくしてはいけないと言われたこと、そうすると何をしゃべったらいいのかわからんようになってあんな質問が飛び出したことを、全部話さなければならなかった。一体、おれの苦労は何やってん
この話は荻野には大受けで、ケタケタと大口をあけて笑った。
「お母さん、ええこと言いはるやん」
とも言ってくれた。
「でも、そんなんいうてたら、何もきかれへんことない? 荻野やったら、どないする?」
「そやなあ。毎週見てるTVある?、とか、どんな音楽が好き?、とか、そんなこと訊くかなあ」
なるほど。そういう質問なら、家庭の事情とかに立ち入らなくても相手のことがわかる。荻野はやっぱり頭がいい。
「荻野は、いっつも何の本読んでんねん?」
「今読んでるのは、『竜馬がゆく』」
荻野は中学の時、『風と共に去りぬ』を読んで感動し、レット・バトラーが理想の男性だったが、今は坂本竜馬だという。『風と共に去りぬ』ならうちにもある。おかんは、宝塚でやったやつの原作は大抵持っているのだ。
『竜馬がゆく』は、あるとしたらおとんの本棚やな。おれは月に一度おとんに会いに行っているので、今度行った時に見てみよう。
何となく電車の駅まで一緒に歩いて、改札のところで別れた。駅から家に帰る途中、もしかしたら荻野も離婚家庭の子ではないかと思った。中間の点数が60点や70点のおれでも、がんばればS高に行けるといわれたのだ。荻野なら楽勝でもっと上の学校へ行けたはずである。それなのにN高にしたのは、おれみたいに、私立を受けられないので安全策をとったとか、少しでも家から近くて交通費がかからないところにしたからではないだろうか。
でも、こういうのは訊かない方がいいことなんだろうな。

商店街に新しく美容院ができた。
おかんが割引券を貰ったので、行ってみることにした。
N高はあまり髪型とかうるさくいわれないが、ギョロ目のおばちゃんがおれを見る度に「ホストみたいな頭やな」と言うので、おかんに切ってこいと言われたのだ。
おかんに言われた通り、「そこのコーヒー屋の子です」というと、さらにまけてくれるというので、カットは毛先を揃える程度にして、パーマをかけ直すことにした。
新しいヘアスタイルで店に出ると、早速、ギョロ目のおばちゃんがやってきた。いつものようにカウンターに座り、カフェオレを注文する。カフェオレボウルはピンクの柄のどんぶり鉢みたいなのだ。こういうのを間違えても、おかんはすごく怒る。
「髪の毛切りにいったんちゃうのん? 全然短なってへんやん」 おばちゃんが言う。
「ちょっと切りましたけど、これ、歴史上の人物の髪型なんですよ」
「へえ、誰やろう? キリスト?」
キリスト。そうくるか
でも、おれは別にガッカリしなかった。できれば、最初は荻野に当ててほしかったからだ。
「この髪型、誰の真似かわかる?」
と訊いたら、荻野は言い当ててくれるだろうか。
実は、坂本竜馬なんだけどな。
でも、「イグナチウス・ロヨラ?」とボケをかまされるのも面白いかもしれない


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7 コメント

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イグナチウス・ロヨラSTORY♪(^-^)v (チョロきったん)
2010-03-22 22:18:07
アンジ-さん。晩2.こ!STORY~なかなか良い感じに仕上がって居ますねっ!!平成に入り離婚が多いです。又結婚して居ても少子化でしょ!チョロ吉ん処は?!旦那が、(^_-)//不妊治療とかも約2年程遣ったけどねっ…保険もきかんでしょ!!だから、出来たら、良いけど。駄目なら、2人で喜怒哀楽にp(^-^)qって往こう是ッて(笑)。暗いNEWS=殺人&幼児虐待~殺伐した世の中に、この日本は?!一体だぅ~なるんでしょ…(-_-;)何かが可笑しい~嫌な世の中になって居る!!こんな事考えらしたら~年取ったって云うなっ(._.)_。間もなく帰路します。今日は、仕事でクタクタ・ヘトヘトです(^-^)!!では。未だ2.寒ィンで体調&風邪引かんょぅ~に(^_-)//なが2.と。ほなねっ。(^-^)/
カフェオレ (ふくやぎ)
2010-03-22 22:42:37
おされな春らしいカップですね。
あ、茶碗ってほうが似合うかな?
、、、あ、私のカップも同じようなのです。
(色は違いますが、これでコーヒーから焼酎までいきますよ~)
まいど1号! (アンジー)
2010-03-22 23:09:31
 チョロきったんさん
そういうことは本当に自然に任せるしかないところがありますよね。
以前、「子供は赤ちゃんの形でだけ生まれてくるものではない」という言葉を読んだことがあります。そのご夫婦が仲良く力を合わせて暮らしていれば、そのご夫婦ならではの「作品」ができる、みたいな意味でした。
子供がいないからこそできることもきっとあると思うし、ダーリンご夫妻はわたしの理想の夫婦でもありますよん。

 ふくやぎさん
カフェオレボウルは万能選手のありがたいやつですね。
おおっ、焼酎までいきますかぁ~。
まさに万能ですね。
リンクしますなぁ・・・・ (lucino)
2010-03-23 00:00:22
端から見たら「夫婦漫才」・・・・
でも、実際は「戦争」・・・・
私らが別れた後、弟の奥さんから「あんたら2人息ぴったりかと思っていた」って言われたのを思い出しましたね。
夫婦喧嘩って周りから見たら案外そう見えるのかもしれませんね

髪の毛、龍馬のつもりがキリスト・・・ありますね~
キムタクのつもりが宅八郎・・・・
ビートルズのつもりが南キャンの山ちゃん・・・
なんてのが(笑)
lucinoさん (アンジー)
2010-03-23 01:44:05
夫婦漫才云々は適当に考えて書いたんですが、本当にそういうこともあるんですね
ハハハ…自分の「つもり」と人から見た感じはたいていズレますよね~
おはようございます♪♪ (siawasekun)
2010-03-23 03:32:34
素敵なカップですね。

しっかり読んでしまいました。
最初から最後まで、・・・・・・。
珍しいです。

昨日も、コメント&応援ポチに、恐縮です。
siawasekunさん (アンジー)
2010-03-23 16:04:48
最初から最後までしっかり読んで頂いてありがとうございます。
ということは、いつもは…?(爆)
前回は1つの人間関係が壊れてゆく話だったので、今回はできるだけ明るい雰囲気にしようと思いました。

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