BE HAPPY!

大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

Chain(3)

2007-11-19 20:24:38 | Angel ☆ knight
    

  パーンという乾いた音が弾けて、目の前を歩いていた人間が血を噴き出して倒れた。
 警官隊がデモ行進に向かって発砲したのだとわかるまでに、なお数回、パンパンという音を聞いた。
 ハウザー・シティ・ゲットー事件。
 ハウザー市の市長は、低所得者層、ホームレス、失業者、心身に障害を持つ者などを一箇所に隔離する政策を発表した。彼らを市の片隅に押し込め、「勤勉で、有能で、健康な者がその働きに見合った生活を享受できる、美しく整った街を作る」というのだ。
 市長は就任当初、まず市の職員に徹底的な実力主義を敷いた。無能な役員は容赦なく首を切り、優秀な職員を次々要職に抜擢した。市民は喝采したが、市長の振るう大鉈は、間もなく一般市民にも及んだ。「税金の無駄遣い」とみなされた社会福祉が次々に切り捨てられ、「働かざる者食うべからず」を合い言葉に、ついにはハウザー・シティ・ゲットー政策が打ち出された。
 それに反対する大規模なデモ行進に、アレックスも参加していた。彼女の家も隔離の対象に含まれていた。
 市長は警官隊に発砲を命じ、多数の死傷者が出た。アレックスも危うく射殺されるところだったが、セスに助け出されて現場から脱出した。彼女はこのデモを裏から支援していたのだ。
―権力を相手に素手で戦ってはいけない。あんな風に殺されるだけ。
 セスはデモのリーダーにも武装蜂起を呼びかけていたが、リーダーは一蹴した。「われわれは、テロリストではない」
―その結果がこれよ。わかったでしょう?
 アレックスは、頭が麻痺したようで何も考えられなかった。わかっているのは、目の前で家族を皆殺しにされたことだけだ。どこにも行くあてはなく、そのままセスのもとに身を寄せた。セスはアレックスにテロの実行行為を担当させようとはしなかった。言いつけられるのはもっぱらセスの身の回りの世話と、組織内の雑事だけだった。
 数ヶ月前、
―新しく契約した人を迎えに行ってちょうだい。
と言われて、レイオットを迎えに行った。彼を見た瞬間、アレックスは何とも言えない違和感を覚えた。テロに加担するという行為がそぐわない人間に見えた。
―レイは、セスが何をしようとしてるか知ってるの?
 作戦の準備を進める彼に、そう確かめもした。
―おれが断っても、あいつらは別のパイロットを探すだけだろう。
と、レイオットは答えた。
 決行の当日、なぜか彼を一人で行かせたくなくて、アレックスは「のろまのG」と呼ばれているメンバーと入れ替わった。Gの帽子に髪をたくしこみ、ひさしを深く降ろすと、誰も二人が入れ替わっていることに気づかなかった。正体がばれると、あとは堂々と副操縦士席に座って、レイオットを手伝った。案の定、レイオットは次々と指示を出してきた。やっぱり、手が必要だったんじゃないか。自分がいなかったらどうなっていたやら。
(ま、レイのことだから、その時は一人で何とかするだろうけどね)

「このパイロット、いい腕してますね。海面すれすれをこんなスピードで飛べるなんて。画面の切り替えが追いつかないぐらいですよ」
 メカニカル・セクションの主任技術者、アレフはモニターを操作しながら言った。画面には、地図とシルフィードの移動を示す黄色い光点が映し出されている。777の機体に散布されたトレーサーが人工衛星の電波に反応しているのだ。
「彼らも発信器の有無は調べたでしょうけど、機体そのものが発信器になっているとは思わないでしょうね」
 ラファエルはアレフに言った。
「これって、成分は何なの? 放射性物質てことはないわよね」
「まさか。ぼくは長官と違って、犯罪者に使うことが前提になっているんだから有害物質でもかまわないなんて考えは持っていませんよ」
「あきれた。あの長官、そんなことを言ったの?」
「基本的には、ハウザー市長と同じ考え方ですね。『税金を費消するに値しない輩にコストをかけるな』」
 アレフは車椅子の手すりを撫でた。自分も、ハウザー・シティに住んでいれば隔離の対象だっただろう。
「でも、どんな事情で一般市民に使うことになるかわからないじゃない。今回だって、あの機には人質が乗ってるのよ」
「16区の住民なんて、長官にとっては人間のうちに入らないんでしょう」
 一味に提供するシルフィードは777にしろと指示したのは長官だ。777は、救助セクションの元エースパイロット、ウルフの愛機だった。彼が負傷してバックアップセクションに移った後、他のパイロットは誰もこの機体を乗りこなせなかった。
―税金もろくに払えない人質と犯罪者には、格納庫(ハンガー)で遊んでいる機体で十分だ。
と、長官は吐き捨てた。
「そういう考え方って、一見正論めいて聞こえるけど、好きになれないわ」
 ラファエルが言った。
「誰が『税金を費消するに値する人間』かって基準は、為政者の都合でいくらでも変わるわけよね? ハウザー市長なんか、そのうち、年収1000万スター以下の市民は、皆、無能扱いして隔離しちゃうかもよ」
「そんなこと言ってたら、出世できませんよ」
と、アレフは笑った。

「どうも、おかしいな。全く追跡してこないなんて」
 シルフィードはレーダーに探知されないよう、海面をなめるように飛んでいる。既に日は落ちて、窓外では海と空が暗く溶け合っていた。
「追いかけてきたら人質を殺すって言ってあるんでしょ? だからじゃない?」
「そこまで、こっちの言う通りにはしないだろう」
 波飛沫が飛ぶたびに、ワイパーを動かす。
「それ、やるよ」
と声をかけて、アレックスはワイパーのスイッチに手をかけた。
「おれ達の要求を呑んで逃走手段を提供したのは、アジトをつきとめたいからだろう。必ず何か仕掛けているはずだ」
「でも、コックピットにもキャビンにも発信器の類はなかったよ。もちろん、100万スターの中にも」
 金は紙袋に入れさせたから、容器に何かを仕込むことも不可能だ。レーダーにも不審な影はない。
「気色悪いな。ちょっと、機体を水洗いしてみるか」

 モニター画面上の、シルフィードの現在位置を示す黄色い輝点が、風に吹き消される炎のように揺らいだ。
「信号が消える…

(続く)