銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

藤木大地が、明日29日覚園寺で+林文子市長、吉田宮司、武部聡志、覚園寺、樋口恵子、矢島祥子、宮川紗江・・・・以上、伊藤玄二郎達CIAに悪利用されている人達

2019-04-28 22:06:06 | 政治

副題0、『私は、実は、今寝不足です。重いものを書いているので、神経が、集中しきっていて、うまく寝られません。睡眠薬も使って居ないし。しかし、又、新しいものが、できそうになりました。昼間は、青地問題の、続きと、其れと連動して、思い出す、雪ノ下の乱暴極まりない、かつ、お下品な主婦たちが、どれほどの、被害を、過去、私に与えてきたかを、具体的に語ろうと、する部分について、詳細な、文案が浮かんだのです。

 が、其れとは、全く違うものが、今先程頼、頭に浮かんできたのです。実は、其れは、時期を言えば、最近、数年間、又は、直近数か月の、現象であります。本当は、書きたくありません。しかし、全く新しい文案であればこそ、書き落として行いと、忘れてしまいます。だから、取り組みましょう』

 皆様におかれましては、今から、書く事は、前報からは、外れている様に見えるかもしれません。しかし、CIAエージェントからの攻撃ミステリーを解くという意味では、外れていないのです。

 なお、27日お茶大付属中学に不審者が侵入して、悠仁様の御机に、ナイフを置いたと、いう現象が起きました。が、其れから、逃げているわけでもないのですよ。私は、自分の頭に詳細に、文案が浮かんだことを書く主義なのです。他人に煩わされたくないのです。しかし、このニュースを聞くと、ああ、成りすまし疑惑の時・・・・・お茶大付属小学校に、何らかの脅迫メールが届いた・・・・・と同じだから、・・・・・これも、又、裏に鎌倉エージェントがいる悪さでしょう・・・・・と、思いますが、本日、私が書きたいことは別の事です。

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副題1、『私が伊能義昭氏と、知り合ったのは、全くの偶然だった。北久里浜の家の、北隣に住んでいらした、【伊能まさ】さんという方が亡くなった。独身だったので、ご近所は、葬儀には、だれも招かれなかった模様。もちろん、そこに住んでいない、私は招かれていない。未だ、彼女が、元気で立って歩いていらしたころに、「癌にかかったせいで、帽子をかぶらなければならないのよ」と、おっしゃっていた。で、通院で、処理なさっているというその様子から、・・・・まだ、まだ、大丈夫だろう・・・・と、思って居たので、その早い逝去には愕然としてはいる。

 彼女は、四戸のアパートを建てて、其の入居者と、仲良く暮らしていた人だった。そのアパートは新しいので、そのままにしておいて、入居者も、そのままで、甥ごさんの義昭氏が、相続すると、いう事だ。義昭氏は、むろん、近所には住んでいない人物であって、この青地の件が終われば関係がなくなる人物ではある。

 この青地は、本当のことを言うと、対私いじめなのだ。それは、わかっているけれど、リアルな世界では、喧嘩をしない主義なので、彼が其れを求めてきている地境の確定書類には、印鑑を押すつもりではあった。しかし、実害はないと、思って居たのに、2019年4月25日に至って、急に実害がありそうな事がわかって来たので、私の気持ちも、急変しているが、その点について、今日、語りたいのではない。もっと、前段階の、温和な話について、語りたい。

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副題2、『そのまささんの逝去後、青地の件で、高本氏、伊能氏、私と三人で会談をもったのだが、相手方は、私に印鑑を押させないといけないので、低姿勢ではあった。土地家屋調査士の高本氏というのは、丁寧で、謙虚な人物で、人当たりがいいし、伊能義昭氏の方は、超が、つくほどの美形であるし、上品だから、こういう紳士たちに対しては、通常の私だと、たいていのことは許せてしまう。彼の美形ぶりは、有名人の中には、似た人物がいないが、しいて探せば、山中伸弥教授が、眼鏡をはずしたら、似ているかもしれないと、いう系統の顔である。

 温和な形で、懇談をしているうちに、私は新しい知識を二つ得た。土地家屋調査士とは、測量士よりも上であること。知らなかった。それから、伊能氏は、理科大卒の一級建築士で、「建築士の仕事は、とても良いものだ」と、信じているみたいだった。「ほかの国家試験が必要な資格は、弁護士にしろ、医者にしろ、ほかの人の、暗い部分に携わる。しかし、建築士だけは、施主の、もっとも明るい部分と立ち会ういい仕事だ」とのこと。なるほど。なるほど。

 私が今般、北久里浜の、この件で、特に、最終段階で、分かったことは、日吉の実家で、行われたいじめと、似た問題が、北久里浜で生起したと、いう事で、二重のいじめをリアルな世界で、味わうらしいことで、この雪ノ下での、数億円に、喃々とする被害に、さらに上乗せしてきた、例の連中の悪どさに気づき、いろいろ、戦い始める、気分になっているところなのだけれど、・・・・・ただし、それは、伊能氏と、高本氏が、案出したことではない。・・・・・

 が、名義人としては、彼等二人が、表に立って、現れたという事となる。これが、例の鎌倉エージェントの、特にいやらしいところなのだが、杉本俊一・正子夫妻と、仲野通巳吉と、京急が裏に居ることは、まぎれもない。かつ、その三人は、雪ノ下の連中と、連動をしているという事もまぎれもない。特に伊藤玄二郎、井上ひさし、石塚雅彦、成岡康司党が、この伊能氏の、青地の件の、裏に居るのは、間違いがない。エージェントとは、代理人という意味だが、彼ら自身も国際的軍産共同体の利益を守ろうとする、そちらの代理人だが、彼等、本人も、自分が自ら最前線には、立たず、ほかの人間を使うのだった。

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副題3、『林文子、横浜市長も、又、黒岩神奈川県知事と同じく、鎌倉エージェントの、支配下に在り、その教唆命令によって、私を個人的にいじめてきている』

 しかし、最初期には、その点には気が付かず、相手の、温和ぶりに、応じて、こちらも温和に対応をしていた。ところで、私の気にかかっているのは、横浜市では、大谷石の崖は、認めないと、いう条例ができたそうで、その結果、

 

 実家に大きな懸念と心配が出てきたことだった。売るにしろ、改築するにしろ、数千万円の、本来なら、不必要な、経費が、出る可能性が出てきたことだった。林文子市長が、例の鎌倉エージェントに、裏から指図をされて、この条例を作ったことは確かなのだ。こういう条例を作ったのを、さらに、補強するために、坂倉准三氏が、設計した、旧鎌倉近代美術館の壁が、新建材で、覆われてしまった。それは、大谷石で、覆われていて、小さな箱と呼ばれて、名建築として、人々に愛されていたのに、すっかり変わってしまった。

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副題4、『吉田茂穂、鶴岡八幡宮宮司様は、伊藤玄二郎達、CIAの言うなりである。参拝客が少なくなる見込みのあることでも何でも、いう事をお聞きになる。美術館を、移動させたのも、その一つだし』

 私は、其れは、だめですよと、何度も言って居るのに、彼等とは、吉田茂穂宮司は、縁を切っておられない。

私は、前々報とか、ほかで、何度も、前田清子さんという、ご近所主婦の、悪辣な心と行動が、鶴岡八幡宮の、大イチョウ倒壊を招いたと、言って居る。しかし、それは、33%ぐらいの原因ですよとも言って居る。ほかの、77%とは、伊藤玄二郎と、井上ひさしが案出し、吉田茂穂宮司に、やらせている、悪事が、天を、怒らせているのだ。だから、大イチョウは、倒壊した・・・・・そういう風に何度も書いているのに、元、近代美術館の、外壁を、新建材で、覆ってしまわれた。大谷石を、覆ってしまう事が、私への、いじめにあたるからだ。「鶴岡八幡宮様も、大谷石を、信頼していないのだから、日吉の、あなたの、実家の崖も脆弱であり、崩れる可能性があると言う私の主張は正しいのです。だから、取り換えなさい」と、いう林文子市長が正しいと、いう事となる。

しかし、2018年秋の、流鏑馬祭りの際には、武部聡志が、伊藤玄二郎達の指図によって、あたかも、八幡宮様が、異様な大音響を出している様に、ふるまっているが・・・・・云々、カンヌンと、書いた私の文章に、怒った、その、井上ひさしと、伊藤玄二郎が、・・・・・鎌倉市の、子供たちを利用して、境内で、催し物をするので、いつも通りの場所と、道を観客の通させない・・・・・と、いうことにして、観客に、ほぼ、一キロ以上、左側には、車がビュンビュン来るのに、ガードレールがないし、右側には、ガードレールもない形で、深くて、幅の広い側溝(ほぼ、川といってよい)しかない、狭い歩道を、歩かせる形で、遠回りをさせたのだった。難行苦行といってよいものだった。

 私は、武部聡志についても、詳細に書いているし、この、2018年秋の流鏑馬の、異様さについても詳細に、書いている。すると、それは、大勢の観客が知っていることだから、・・・・やはり、あれは、まずかった・・・・・と、井上ひさし自身が反省をしたのだと、推察している。吉田茂穂宮司も、警察庁幹部も、誰も、私のブログを丁寧に、読んでいないので、伊藤玄二郎、もしくは、鎌倉警察署長が命令するままに、それが正しいと、お思いになって実行をされるらしいが、とんでもないことだ。

 そして、今春(=2019年春)は、元へ戻した。ところが、それを、NHKで、いうわけにもいかないし、観客が激減する可能性は、あるので、新規でもいいから、ともかく、観客がくる様に手配をしないといけないと、いう事で、一週間前に、NHKニュースで、鎌倉の春のお祭りで、恒例となっている、武者行列を報道をして、その終わり部分に、「一週間後に、流鏑馬がある」と、何度も何度も、繰り返して宣伝をしたのだった。私は、一週間後の、流鏑馬の日に、実際には、それを見には行っていないが、NHKニュースで、三の的近辺の映像が出たのは、見た。其れを、見る限り、熱狂度が低くて、観客は、確かに前より、少なかったのだ。まあ、いずれ回復するとは思うが、あの時、いじめられた数千人の観客は、その時の、屈辱感と、『いじめられたなあ』という感想を絶対に長く忘れないだろう。特に毎年、見に来ているコアなファンなら、なおさらの事、いやな思いをしたはずだから。

 ところで、数千人が嫌な思いをしたであろうと、いう事だから、この流鏑馬の件は、通常通りに戻った。

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副題5、『武部聡志は、伊藤玄二郎の口利きで、2019年4月29日、覚園寺で、有料(?)の音楽会を開くらしい。藤木大地が、出演して歌う。藤木大地は、3月12日にも覚園寺で、歌ったはずで、そちらの情報は、あんまり外へは出てこなかった。たぶんだが、ロータリークラブ等の、上流人だけが招かれていたと、感じている。

 しかし、4月29日の方は、上野の文化会館の、ロビーにも、チラシが置いてあったし、入り口で、ヤマハの社員を名乗る人が、ビニール袋に入った、30枚ぐらいの、チラシ類を配っていたが、その中にも確かに、藤木大地・覚園寺の、独唱会の、チラシは、入っていたのだった』

 しかし、その原因となった、武部聡志は、引き続いて、私のブログとは、別の方向で、動くのだろう。彼は、2016年10月5日(木)の夕方、異様なミキシング音を出していたが、私が、どうして、二日も前に、こんな音を出すのですか?と、質問をしたら、あれこれ、おかしな理由をつけていた。私は、まさか、武部聡志ほどの、人が、本番二日前から、マイクの検査という口実の下に、異様な音を出しているなどとは、思わないので、部下、又は、社員だと、思って居たが、後で、よく考えると、その当時は、ネットで、公開している自画像よりも、やせていたと、考えると、彼本人であったらしい。

 彼は、事前に、私の顔写真を見せられていたらしくて、私に対して、にらみつけてきた。それは、鶴舞音楽会を、収入源とか、自分の名前の宣伝場所として、楽しみにしていたのに、私が、・・・・・八幡宮様の、夏の音楽会は、無料で誰でも入場できたのに、伊藤玄二郎が私をいじめるために、入場制限のある音楽会へと、変更してしまった。・・・・・と、書いたので、急遽、中止となったのを恨んでいるみたいだった。

 これは、私の長年の愛唱歌、カタリ(=コーレン・オ・グラートと、書かれたり、つれない心と、呼ばれたりする、テノールパヴァロッティの、持ち歌)を、平原綾香に、或る年度の、鶴舞音楽祭で、歌わせたことでも、確実な事であって、被害妄想ではない。しかし、【カタリ・平原綾香版】は、ヒットしなかった。影に、汚い心とか汚い策略が含まれている、ものは、ヒットしない。こういう点でも、私は、自分が神様に見守られていると、感じているのだ。

 竹部聡志に向かって言っておこう、鶴舞音楽祭を続けてもいいのですよ。しかし、そのたびに、さらに詳しく、伊藤玄二郎の実態を書く事となるでしょう。そして、井上ひさしの実態をも書く事となるでしょう。それを、恐れて、かれらは、あなたに、やめさせたのです。しかし、あなたの収入減を奪ったことは、もうしわけないので、回復しておきたいとも、思って居ます。だから、武部聡志の為に、鶴岡八幡宮様に代わる場所として、覚園寺さんを、紹介をしたのでしょう。そして、私が、NHKクラシック倶楽部で、再放送をされた藤木大地を何度も何度も、聞いているので、そうだ、藤木大地を選んで、覚園寺さんで、演奏会を行えばいいと、伊藤玄二郎か、井上ひさしが、考え出したのだと、思います。

 藤木大地側に連絡を取って、急にでも、予定を入れさせたのは、武部か、児島百代先生(芸大卒で、自伝を彼の会社から、出していることから、伊藤玄二郎とは、親しい)だったと、私は考えています。

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副題6、『覚園寺さんは、まだ回数と頻度は、少ないが、伊藤玄二郎に、協力をなさっておられる。そのもっとも、驚くべき姿を本日は、初出の事として語ろう』

 覚園寺さんは、樋口恵子さんの、講演会を行うという件と、瓜南直子さんに、泉湧寺での、グループ展を紹介するという形で、伊藤玄二郎に協力をして、したがって、結果として、私をいじめる役を果たしておられます。武部聡志と、協力してあれこれと、いう事は、今書いているところですね。瓜南直子さんと協力して云々と、いう事は繰り返して書いてきました。

 で、この二つは徐いて、樋口恵子さんの、ケースについて、語りましょう。→、→、→

 ::::::::::ここで、挿入に入ります。悠仁様の御机にナイフが置かれていたと、いうのは、お茶大付属中学だからで、そこが、狙われるのは、私が、青山敦子弁護士という、お茶大付属高校時代、毎日、昼休みに、一緒に古文の勉強を、合計四人で、行ったお友達だと、書いているからです。

 そして、青山弁護士が、方針を出してくれないので、次に、栗原弁護士を、頼ったと、書いていますね。セカンドオピニオンとしてです。そこから先がまだ、書いていないのですが、栗原弁護士は、国際基督教大学時代の、友人の父君です。が、実は、彼女はお茶大付属高校卒です。ただし、私より一年下。こちらのお友達は、卒業式総代だったそうです。私は、高校は、総代ではなかったけれど、横浜の方の付属中学では、入学式総代、卒業式総代です。だから、栗原弁護士のご自宅は、お茶大の、近所にあります。そう言う私から見ると、前田清子さんのやって居る事など、赤子の手をひねるがごとく、裏も表もすべて、分析できますよ。ただ、今まで、書いていないだけです。其れを全部丁寧に分析したら、私が常に言って居る、鶴岡八幡宮の大イチョウは、彼女の行動が、33%の原因として倒壊したと、いうのもご納得がいくでしょう。

 このご近所で、最も悪辣さがひどいのは、安野智紗夫人であって、彼女と仲良くする人は、みんな馬鹿化します。下に写真が置いてある、西隣の小野寺夫人ですが、東大卒だと、思います。しかし、2016年4月6日に夫の白井達雄氏と、一緒に安野家を訪問をして、お寿司を取って六時間も一緒に居ました。で、恒例の通り、極端にばかげたことを平気でやってくる様になった人です。「安野智沙夫人と仲良くすると、馬鹿化する」の典型です。卒業大学は関係ありません。まあ、近日、この章を完成させますが、そうしたら、彼女が如何にばかげたことをやっているかが、皆様にもよくお分かりいただけるでしょう。:::::::::::::::

 で、以上は挿入でした。樋口恵子さんと覚園寺に戻ります。→ → →

 この方が、・・・・・wikipedia をご覧になると、誰もがお分かりになる通り、・・・・・お茶大付属高校卒です。そして、とても親切な方でした。私が、「自著を、自分で出版しているが、宣伝力がないので、もっと、大きな出版社で出版したい」と、お電話で、依頼をすると、大和書房の、矢島祥子さんを、紹介してくださいました。しかし、矢島さんにアタックする前に、神楽坂女声合唱団の指揮者が、コシノジュンコさんになったというネット記事で、矢島さんが、既に、そこのメンバーになっていること、また、私が、神楽坂の、元、筑摩書房跡地に、ある、出版記念会館(? 正式な名前を忘れているが)を訪問をすると、誰もいない会議室の前に、「大和書房様。お席」と、いう看板が出ているので、

・・・・・・ああ、矢島さんは、既に、向こう側、陣営に取り込まれてしまった・・・・・と、考えて、実際にはアタックはしておりません。

 これは、電話が盗聴をされていて、其れを、すぐ、悪い方へ利用して、私の自由やら、チャンスを奪うという事で、彼ら悪人の、常套・手段なのです。

 さて、しかしなお、性善説の人である、私は、樋口恵子さんの方の親切な声は、忘れないし、彼女が、・・・・・同窓の、私をだましたり、ひっかけたりは、なさる筈はない・・・・・と、信じていました。・・・・・矢島祥子さんは、向こう側に立った。しかし、樋口恵子さんは、大丈夫だ・・・・・と考えていました。

 その樋口さんから覚園寺で、開かれる彼女の講演会の、ご招待状が来ました。それは、個展の案内状とか、選挙の、ご支援依頼のはがきと似ていて、表面に、講演会の詳細が、載っていて、裏面が、あて名を書く欄です。そちら側に、絵葉書の下と、同じ形式の、欄を作り、そこに手書き文字で、「ぜひ、いらしてね」と、書いてありました。 で、本の編集で忙しい時期でしたが・・・・というのも毎年八月に、一冊刊行する習慣としていた・・・・・で、四月ごろは、真剣作業の真っ最中だったが・・・・・歩いて、覚園寺に向かいました。一時間近くかかるのですが、バスに乗ったって、30分近く歩かないといけないので、全部歩きとおしました。

 もし、2004年から、2008年の間だったら、パソコンが壊されているので、其の原文が、壊されていますが、一本、さりげない形で、この講演会と、覚園寺の、講堂の建築様式の、ユニークさと、その講堂の窓から見える新緑の美しさを書いていると、思います。

 私は、講演会が終わったら、檀上の樋口さんに近づいていって、あいさつをしました。ところが、樋口さんの顔がこわばっているのです。瞬時に裏側を察して、【ああ、驚いた、樋口さん程の、上等な人でも、こういうひっかけをするのだ。伊藤玄二郎は、どういう風にこの人を誑し込んだのだろう。何を、言ったら、こういう風に樋口さんが、青い顔になるのだろう?』と、考えて、さりげない形で、そこを去りました。あたかも、樋口さんが、ほかの人のあいさつに、気を取られているから、私に返礼をしないのだと、思ったと、いう形にもっていってね。私は、何もかもわかっているのですよ。そして、筆力があるので、必ず真実は書きます。小さい世界ですが、書き表します。そして、人間としての読者数は少ないです。しかし、神様がご覧になっておられます。まあ、一階で、ロータリークラブの会員の奥様連中に親切にしていただいておごちそうになって帰宅をしました。

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副題7、『ここで、宮川紗江選手が、74位と不振な成績で、予選落ちをしたニュースに触れないといけない』

 msn で、其れを、よく報道したと、思いますが、これもまた、私の予言が的中した、案件です。しかし、水に落ちた犬をたたくに等しいので、それ見たことか。と、いう趣旨で、そのニュースを論評することはありませんでした。しかし、この現在の章で、必要になったので、改めて、公開をいたします。後注1で。

 さて、何故、樋口さんの覚園寺の講演会で、必要になったかというと、その帰途で、異様なことが二つあって、その異様なことに遭遇する大原因が、宮川紗江選手に、表出しているからです。

 風が吹けば桶屋がもうかると、同じで、説明が込み入っていますが、樋口恵子さんの講演を、聞きに行った、時期は、2005年から、2009年の間だと、思います。そのころ、私のパソコンは、ひどいシステム異常を起こし続けていました。本日も四回か五回ありました。だが、そのころの異常さって言ったら、三分に一回、異常が起きて、仕事がしにくいと、いう状態だったのです。

 どうしてかというと、私が紙の本を出版するのを阻止しようとする目的だと、思います。その当時、電子書籍のことが、大ニュースになっていて、これからは、電子書籍の時代だと、言われていました。しかし、違います。私は、システム異常が起こされるたびに、どうしたら防衛ができるかと、工夫をするので、いつの間にか、セロ弾きのゴーシュとなっていました。というのはこの場合は、システムエンジニア並みの知識が自然に、身についていたと、いうことです。

 中古のパソコンを売っていることと、サポートで、有名なソフマップへ行くと、「あなたはソフマップの店員ができますよ」といわれるくらい、パソコンのことがわかって来ています。で、そう言う私から見ると、固定化されている筈の電子書籍でも、いくらでも、変更できるのです。固定化されているファイルを、編集可能なファイルに、変換するシステムは、あまた、あるのですよ。だから歴史書なんか、いくらでも、変更可能になってしまいます。

 今だって、凍死が、低体温症と、言葉がえをされていたり、大蔵省が、財務省になっていて、通産省が、国土交通省になっていますね。こうなると若い人が、近・現代史を学ぶのが、無理になります。理解が、しにくくなります。それが狙いなのですよ。文部科学省は、100%CIAに支配をされています。日本が韓国で、言葉を奪った歴史がありますが、こういう形で、今度は、日本が、そういう憂き目に出会って居る最中です。ちょっと、洗練をされていますが、同じです。

 というわけで、私が何でもない、温和な内容の美術の本を出すのも阻止しておこうというのが、CIA側の考え方です。しかし、表むき弾圧するわけにもいかないので、パソコンを壊して、出版ができない様に、もって言って居るのが、その時点でした。しかし、本の編集を中断して、フェイスブックに入り、重要な投稿をしていた、2011年から、2012年2月11日までの、第一次フェイスブック時代に、・・・・・其の異常を、主に起こしている人間が、1962年時には、たった23人しかいない、クラスメートだった、古村浩三君である・・・・・と、書き始めてから、相当に、システム異常が減ったのです。今では、彼の部下がいると思います。ので、引き続き、システム異常は続いています。しかし、頻度は落ちました。それで、我慢をしながら、仕事を、自宅で、しています。

 樋口恵子さんの講演を聞きに行った時期は、今よりはるかにひどくて、自宅では、仕事になりませんでした。で、ノマド生活をやり始めていて、外出したら、外の喫茶店で、パソコンを開くというのが常だったのです。

 ところで、古村浩三君と、宮川紗江選手の関係については、一度、丁寧に書いています。ここでは、超簡単に言うと、ご近所の住人、画家Aは、警察から合鍵をもらって居て、我が家に侵入し、いろいろな、からかい事やら、悪さをしています。彼のお嬢さんは、フェリス出身です。一方、私の娘は、松島奈々子に似ていると、言われていて、かつ正確がいいので、人気があると、ママ友からお電話をいただいたほどで、総体については、いい子なんですが、学歴は、日大卒です。私が画家Aの悪業を書いているからこそ、私に対する復讐の為に、日大を貶めてやろうと、図られたのが、日大アメフト問題です。

 日大側の監督にもコーチにも、NHKニュースが報道するほどの悪意は、ありません。二人は、はめられたのです。誰にといえば、相手側大学と、宮川泰介選手にです。そして、カメラは意図的に宮川泰介選手の行動だけを狙って居ます。そして、何度もその映像を繰り返し、関西学院大学の監督か、コーチは、激しく、抗議してきました。そっちの方が、よほど悪人顔だったではないですか。事前にあれこれ、言い含められていて、行動をしたのだと、思います。

 で、私が、恐る恐るですが、これを書き始めています。というのも娘は、本当にいい子で、背が高くて、画家Aのお嬢様よりも素敵だと、思いますよ。

 しかし、画家Aが先にひどいことをやってきている。しかし、彼の大学の先輩は、柄沢斉で、あって、柄沢斉は、版画かであるがゆえに、版画を始めた私より上にするために、日経新聞が大支援をして、大個展を開いたり、評論家たちに絶賛をさせたり、していますので、こういうアイデアが出て来るわけです。つまり、敵さんの、『陣営内の人間は、その人物が、どんなにへまをしても、救ってやろうぜ』と、いう形です。でも、本人の行動は、既に、修正ができません。私の書いて居る通りです。だから、周辺から攻めてやれという事で、娘が卒業した、日大を責めてきたのです。隠微極まりない攻撃です。

 彼らの、陣営内にいる、日大卒業生としては、林真理子とか、杉本俊一、元、横須賀市副市長が居ます。しかし、こういうアイデアを思い付いた、人間であろう、石塚雅彦、古村浩三、伊藤玄二郎、井上ひさしの、四人の中には、日大卒はいません。それに、ばれるはずもないと、思いこんでいますので、、日大関係者の怒りが、自分達に降り注いで来るとも思ってもいないのです。

 しかし、私がじわじわとですが、真実を書き始めています。すると、・・・・・一般国民をこうしたら、さらに、洗脳できて、自分達がやったことの悪意が、洗浄される・・・・・と、思ってでしょうが、今度は、宮川紗江選手に、上級者に、氾濫する様な、記者会見を行わせたのです。

 私は、すぐ、両者の、同調性を感じました。親戚であろうとも思いました。しかし、ブログとして、どういう風に書いていいかがわからなかったのですが、ふと、wikipedia を開いてみて、紗江選手の方が、西東京市の出身だと、出ていたので、一気に謎が解けたのです。

 これは、一度書いていますが、宮川家が、地主階級だと、すべてが、ピンときます。紗江選手の、取り組んでいる分野も、泰介選手の取り組んでいる分野も、ひと月五千円程度の、履修費用でマスターできる協議ではありません。コーチが付いていますし、場所も必要です。国家予算から、援助が出るといっても、一人につき、スポーツ部門だけで、5万円は、必要でしょう。でも、地元の地主(旧農民)だったら、賃貸マンションでも、建てて、人に貸せば、数千万円の、年収がある一家となります。古村浩三君の方は、松本深志高校の出身だから、地主ではないのですが、奥さんが、地元の人かもしれず、そうなると、宮川家と、親しいはずだと、なります。

 浩三君の、おくさんは、英語塾を開いています。それが、成功しているとなると、年に、500万円程度の収入があることとなり、夫側の高収入と合わせると、地主でなくても目立つほどのお金持ちとなります。古村君は毎年お正月休みは、ハワイへ、ゴルフをやりに行くそうですが、夫妻一緒かもしれませんね。ともかく、地域社会の中で、突出して、目立つほど、お金持ちになると、ピックアップされた形で、お付きあいが始まって、仲良くなるものです。

 特に宮川家が、地主だと、広い敷地内に、南限もの、家を建てて、一族が住んでいる可能性があるので、泰介選手と、紗江選手が、兄弟ではなくても、泰介選手も、高校まで、西東京市に住んでいた可能性が高いのです。

 古村浩三君と第一男子寮で、一緒だった、二歳年上の石塚雅彦さんは、元日経新聞の論説委員であり、かつ、有楽町の外人記者クラブの、理事長だった人だから、内幸町の、日本記者クラブだって、支配下に置いているだろう。だから、紗江選手や、泰介選手に、記者会見を、開いて、上げるのなど、お茶の子さいさいであったはず。

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副題8、『帰り道、後ろから、機動隊の、隊員・運搬用に、小型バスが、ひそかに、私が歩くのと同じ速度で、追跡してきたのだった。これこそ、樋口さんが、私をひっかけたという悪行を平気で、なさったという、証拠になる、物品だった。』

 覚園寺の帰りに、私は、鎌倉宮近辺の、カフェによります。このころ、隠しファインダーで、FINDERというものがしょっちゅう、ワードに張り付いていたのですが。それが、インターネットを開かなくても、一種のGPS機能を果たすらしくて、カフェに、私の後から入ってきた客が、鎌倉春秋社(伊藤玄二郎の会社)の、悪口をさんざん言うのです。

 しかし、私はすでに、樋口恵子さんに裏切られているわけです。で、「今日は伊藤玄二郎達が、必死になって、こちらを攻撃している日だ」と、いう事もわかっていて、覚悟を決めております。だから、彼らの会話には、加わりません。本当に、嫌って居るのか、ひっかけるために、嫌うと、いう会話を交わしているのかがわかりませんから。

 しかし、伊藤玄二郎を嫌う人は、本当に多いのですよ。ほかの日で、これは、自然だと、思う会話で、彼の悪口を聞いたケースは多々ありますし。しかし、10年以上前のパソコンは電池の寿命が短いです。コンセントが見つかるケースでは、伸びますが、電源アダプターを持っていない場合は、其れは無理だし、小さな個人経営の、喫茶店では、其れが、無いケースも多いし、ある時期など、図書館のプラグさえ、閉じられていたのですから、私はバッテリーが無くなりかけたのをしおに、その小さな喫茶店を出ました。

 さて、今から、グーグル地図を検証します。お待ちくださいませ。今検証してみると清泉小学校というのが出てきません。でも、検索窓へ、入力してくださると出て来るはずです。もし出てこなかったら、図書館で、紙の地図で、ご確認をいただきたいと、思います。その南側に、細い道が東西に走っています。その道のどこかに、昔、カラタチでできた生け垣があったのです。今はないです。もしかすると、これもまた、私がいちどかいたから証拠隠滅で、伐採しなさいと、命令をされたのかもしれません。本当の理由は、隠して、通行人の目をつく可能性があるので、危険だとか言ってね。

 その生垣の持ち主は、植木屋を、いれるタイプの人でした。したがって、生け垣は、しっかりした、長方形に刈り込まれ、その間の枝が、密集している状態でした。歩いていると、後ろでぱちぱちと、変な音がするので振り返ると、カラタチのとげが、マイクロバスの側壁にあたって、出している音でした。

 そんな場所に、住民の車以外は、絶対に入ってこないというほどに、幅の狭い道路です。路面は、1.8メートルあるけれど、カラタチが出っ張っているので、1.5メートルぐらいしかありません。そこを赤色灯もつけず、サイレン音も出さず。エンジン音も出さずに、人の歩く速さで、機動隊員、運搬用のバス(ただし、超小型)が、ついてきているのでした。

 今、思うとあのバスって、後ろから、人間が二人程度で、押していたのかもしれません。だって、カラタチのとげが当たるまで、私は、後ろにひそかにバスが、くっつてきているなどとは、夢にも気が付きませんでしたから。

 

 前田夫人と、安野夫人の家の前に、警察の協力者ですと、いう看板があったことが、此処で、大いなる意味を持ってきます。それから、柳沢昇と、石川和子さんが、私の猫が、彼ら夫婦より、私の方が好きだと、行っただけで、警官を呼んで、大騒ぎを起こして、大変だった、2005年のある日が問題になってきます。それから、石川和子さんが、その三年後、癌で死にますが、・・・・・小町通りを元気で、他人と歩いている日から、70日ぐらいの死であり、あまりにも急速の進展だったので、・・・・・点滴袋に異物が、注入されたという形での他殺ではないか?

・・・・・・と、私が言っています。

すると、大口病院で、事件が起こりました。林文子市長が、「誰かが、恨んでいる筈だ」と、記者会見をしましたね。そして、数年後若い看護師が、逮捕されました。仕立て上げられて本人も納得をして、犯人役を、引き受けている女性だと、思いますよ。

 こういう現象が、すべて、覚園寺というキーワードで思い出されてきます。

 こういうミステリーを通貫する、もっとも、根本的なことは、

前田夫人と安野夫人との井戸端会議によって、我が家の土地は盗まれ、山は、無断で崩され、さらに、友人は奪われて裏切って来るし、都知事候補というほどに、立派な人格者であるはずの先輩・樋口恵子さんも、辱めを与えるための罠へと、ひっかけてくるわけです。

 これが、鎌倉エージェントの実態ですよ。田舎者で、教養の足りない女性たちが、原因です。しかも、27日には、又、安野夫人が、目の前に、堂々と現れました。今もなお、例の子供っぽいいじめ案(わたくしが、文章に書いている当該人物が、目の前に現れたら、私がビビるだろうと、いう案)にしがみついている模様です。

 私は確かに怒ったり、悲しんだりしますよ。しかし、それは、一瞬の事であり、その件については、ある引き出しにしまってしまい、頭脳というフィールドは、すべて、平らかに、平和で、まっさらにしているのです。そうではないと、文章なんか書けませんよ。「わからんちんめ、馬鹿!」と、安野夫人には、ここで、言っておこう。で、頭脳の働かせ方が全く違うレベルの安野夫人と仲良くする人は、私から見ると、頭脳の働かせ方が、数段劣っていますねとなるわけです。それを馬鹿化と、表現をしています。 

 なお、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、 5291467です。

 また、このブログは、本当は、27日に書きました。が、後で、発見しやすいように、28日公開へと、変更します。

後注1、 

宮川 紗江、予選落ち、74位

2019-04-27 04:57:24 | 政治

 

 

 

 

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