遊びと学び,創造の基地・山のあしおと小学校

冒険,遊び,仕事,学習,生活全般を学ぶ、子ども達のための私設小学校

蒼き渓

2013-05-13 08:16:24 | ふるさとの山





 蒼き渓を行けば

 深きゴルジュあり

 泳ぎ抜ければ堂々の滝








 滝は見るものに非ず

 怒涛に抗いて

 直登のシャワークライム








 滝の上には硬質の節理美しく 

 滑滝は跳ねることなく ヒタヒタと

 滑るがごとく 舐めるがごとく

 






 幽谷を遡れば 緑の苔筵

 シラヒゲソウの精緻を極め








 源流近きを歩けば

 冷えた体に 妖しのキノコ

 あたたかきその色





 草鞋のフリクションに酔いながら歩く爽快感
 この世にこんな楽しい遊びがあるなんて~と
 友が言った
 あれは30年もの昔
 追憶の渓

鈴ヶ峰~大茶臼山縦走

2012-03-28 18:45:19 | ふるさとの山
 3月28日(木)
 我がふるさとの山『鈴ヶ峰』から『大茶臼山』までの約10kmを縦走して滝観音に下る。
 地元の登山仲間にも呼びかけて交流したかったが、決定⇒​連絡が遅くて地元からの参加は得られず、T&A兄妹と3人だけの参加となる。
 7:35から歩き始めて1時間あまりで鈴ヶ峰西峰(320m・8:39)を通過し、8:52東峰(312m)着。東峰9:02発で鬼ヶ城​山(282m・9:56)を越え、山田団地で休憩。山田団地で登山道が道路に遮られ一旦街に降りなくてはならないので、コンビニで弁当とお茶を追加して続行。
 柚木城山(339m・11:46)を踏んで己斐峠(200m・12:11)に下ると再び道路で遮られる。ここから大茶臼山頂(413m・13:01)までがこの日最もきつい登りで、しかも​最も暑い時間だったが、子ども達は頑張って登り切る。この辺りからAzuriが花粉症に悩まされ始め、目の周りが赤くなってきたので真水の代わりにお茶で洗って何とか凌いだ。
 大茶臼山から三滝観音と言うところに降りる予定だったが、滝観音と言う紛らわしい看板があり、間違えてそちらに降りてしまった。そこにはきれいな水があって、目の周りが痒いのを我慢​して歩いたAzuriがここで顔を洗うことができたので助かった。洗うだけでもかなり改善されるようだ。
 バスで西広島駅,西広島駅からJRに乗り継いで五日市駅に着くと、自由行動で宮島・広島に行ってきたM&Y兄妹​がバスを待っていた。
 かくして15時50分ごろ全員帰着となったが、自分は登山道のどこかで脱いだシャツを忘れて来てしまい、やむなくもう一度​登りなおした。幸いごく使い所で見つかってメデタシメデ​タシとなる。
 来年からは地元の人達と交流する機会を設ける意味で、最初から山歩き(ハイキング)を組み込むことにしようと思った次第。


初めて知ったウスキキヌガサタケ

2011-07-05 12:34:20 | ふるさとの山

 ウスキキヌガサタケ

 過日の極楽寺山(広島県)登山で、ウスキキヌガサタケなるキノコを初めて見たが、それは、『白いレースをまとった美しくも妖艶なキノコ』と言う予想を覆す『黄色いレース』をまとったキノコで、図鑑ですら見たことのないものだった。
 案内して頂いたn-etohさんの『キヌガサタケとタマゴタケが見れますよ』の言葉に、はじめは『えぇッ』と思い、『キヌガサソウの間違い・・? でも極楽寺山にキヌガサソウある訳ないし・・』と半信半疑のまま登り始めたが、同行の美女軍団の言葉の端々から『本当なんだッ!』と思い、現場に辿りついて実物に出会って驚くと同時に『・・・?』と微かな違和感を覚えた。
 残念ながら前日の雨で倒れていたものしかなく、完全な個体写真を撮ることはできなかったが、それは紛れもなくキヌガサタケで、しかし、私が予想していたものとは何かが違っていた。
 その違和感の正体はマントの色が予想に反して白でなく黄色だったことなのだが、その時は『キヌガサタケのレースは黄色だったのか・・?』と、安直にも自分の認識を目の前の現実に合わせて修正することにした。


 幼菌(卵)

 安曇野に戻って改めて調べてみると、件のキノコは『キヌガサタケ』の仲間の『ウスキキヌガサタケ(薄黄衣笠茸)』と言う種で、黄色いレースをまとっているのが名前の由来と思われ、同属の『キヌガサタケ』のレースの色は白でよかったと言うことが分かってまたまた修正。(何と無節操な!)

 ウスキキヌガサタケは、『菌類、スッポンタケ目,スッポンタケ科,キヌガサタケ属』のキノコで、国内では高知県をはじめ、京都,広島,徳島,愛媛県,福岡,大分,熊本県,宮崎各府県等に分布しているようだ。
 暗緑色の傘の部分から下に伸びるマントと呼ばれる部分が鮮やかな黄色の網目状で、その優美な姿から別名キノコの女王とも呼ばれている~,とも・・。

 特筆すべきは、高級中華料理やフレンチなどにも登場する美味しいキノコと言うことで、しかも高知県で初めて人工栽培に成功し、同県内では地域の特産品にしようと栽培に取り組んでいる所があると言うことだ。



 一方の白いレースのキヌガサタケは成長が早いことでも有名で、菌界・植物界中一番成長の早いのは、このマントの伸びる速さであると言われている。
 そのキヌガサタケのグレバ(悪臭のある褐色のネトネト)を取り外してバケツで水に溶き、直射日光の当たらない有機質に富んだ地面に如露で撒くと、うまく行けばキヌガサタケを発生させることができるそうだ。(竹林がいいらしい)
 『キヌガサ~』がそうであるなら『ウスキ~』も栽培できるかもしれないので試してみる価値がありそうなのだが・・,

 極楽寺山のウスキキヌガサタケを見に行く人達は、そのキノコを鑑賞の対象として、タマゴタケと共に大切に大切にしておられることは言うまでもなく・・,
 かようなことを考える自分は顰蹙者の異分子ナノデあります!

ふるさとの山・極楽寺山に登る~初対面の山仲間

2011-06-28 23:22:43 | ふるさとの山

 キヌガサタケ/勢ぞろい


 6月28日(火)
 帰省のチャンスを利用して20数年ぶりに広島市佐伯区の倉重と言う地区から極楽寺山(693m)に登った。
 同コースは広島にいる時によく利用したコースなのだが、20年以上前のことなので現在どうなっているかまったく分からないまま機会をうかがっていたところ、ヤマレコで廿日市市在住のn-etohさんが、ご自身が立ち上げられた『やませみの会』と言う山の会への参加を呼びかけておられるのを知って同コースの案内を乞い、一緒に登ることになった次第で、同会の5名の女性会員も参加されて、ヤマレコの縁で繋がる7人の初対面ながら賑やかな山行となった。


 蛇の池のスイレン/四本樫

 極楽寺山は知る人ぞ知るキヌガサタケとタマゴタケが発生する山だそうで、おりしもその美しくも妖しいキノコの姿を求め、また山頂に広がる蛇の池と言う池の水面を埋め尽くすかと言うほどに咲くスイレンの花を求めて多くの人達が訪れる時期だった・・。


 沢へ下る/ヤマドリか?


 

タムシバ花盛り・・・大茶臼山~武田山間を下見

2011-04-05 21:12:31 | ふるさとの山
 10日の募集山行に向けて、未調査の大茶臼山~武田山間を下見してきた。
 全山を通じてヒサカキの甘い匂いが漂い、アセビやシキミ,ヤブツバキ,タムシバの花が咲く瀬戸内地方独特の春山の雰囲気を満喫。特とりわけ、丸山の山頂から火山にかけて咲き誇るタムシバの花は見事で、すれ違うハイカーが一様に絶賛していた。

 下見の結果、大茶臼山登山口(己斐峠)から大茶臼山頂まで40分,武田山山頂までは4時間弱,武田山から下祇園駅までは丁度1時間かかることが分かった。
大茶臼登山口(己斐峠)12:00-12:40大茶臼山頂-15:55武田山16:20-17:20下祇園駅
 なので、大茶臼山頂から武田山までは3時間20分弱,下祇園駅までは4時間20分弱となる。

 なお、当初案のコースと日程
集合/8:45鈴ヶ峯東峰9:00-12:00頃大茶臼山・昼食13:00-16:00頃武田山-16:30頃古市橋駅/解散

 は下記の通り変更します。
集合/8:45鈴ヶ峯東峰9:00-12:00頃大茶臼山・昼食12:40-16:10頃武田山16:30-17:30頃下祇園駅/解散 .

鈴ヶ峰~武田山・縦走のご案内

2011-04-04 11:05:38 | ふるさとの山
 来る4月10日(日),下記の要領で鈴ヶ峯~武田山の縦走を行いますのでご案内致します。

計画の概要
1:参加者各位が最寄り,またはお好みのコースから鈴ヶ峯東峰に登り、東峰で一堂に会してから、大茶臼,武田山を目指して歩きます。
2:本隊は鈴ヶ峰西峰~武田山の縦走を目指しますが、参加者各位はそれぞれの体力,その他の条件やご都合に応じて目標を決め、到達し次第下山して頂くものとします。
従って、下山コース,交通機関等は、参加者各位の責任において予め決めておいて下さい。下山コースが分からない方はお問い合わせ下さい。
3:当日の条件により、目標を短縮,もしくわ延長されることは自由です。ただし、想定されるコース,交通機関等の情報を予めよく調べておいて下さい。
4:当日の状況により、己斐峠,または大茶臼山から先の行程を取りやめる場合があります。
※ウロウロ会ではありません(一般募集山行です)。

日時;4月10日(日) 雨天中止 曇天決行(参加判断は各位)
コースと日程;集合/8:45鈴ヶ峯東峰9:00-12:00頃大茶臼山・昼食13:00-16:00頃武田山-16:30頃古市端駅/解散
※日程は大まかな目安です。
集合;場所 鈴ヶ峰東峰  時刻 8:45
服装;ハイキングの服装 雨具と帽子必携
持ち物;ハイキングに必要なもの, 弁当, 非常食,飲み物, 他 
※縦走の方は念のためヘッドランプを用意して下さい。
参加対象・制限;小学3年生以上(小学生は保護者同伴で)
申し込み・問い合わせ; 当記事コメントにて
※当日参加(キャンセル)も可としますが、出来るだけ前日までにお申し込み下さい。

参考;入・下山コース(2.5万図記載のもの)
鈴ヶ峰;八幡東(2本),美鈴ヶ丘南(一),美鈴ヶ丘南(四),井口台(2本),鈴ヶ峰町
鬼ヶ城山以降;山田町,田方,草津・沼田道路,古江上,己斐上町
己斐峠以降;五月が丘,己斐(バス),三滝(長い)
畑峠・丸山以降;大塚,山本
権現峠から;伴中央駅(長い),山本新町
火山・水越峠から;山本新町,高取(2本),沼田パーキング
武田山から;下祇園駅方面,古市橋方面,山本新町,相田(三)



ふるさとの山,鈴ヶ峯~鬼ヶ城山~茶臼山・・・武田山連峰西半分調査山行・続

2011-01-01 19:52:50 | ふるさとの山

 道行地蔵/鈴ヶ峰と鬼ヶ城山の鞍部/道行地蔵説明


 11:40,鈴ヶ峰と鬼ヶ城山の鞍部にある道行地蔵を通過。昔,この辺りまで遊びに来た餓鬼大将がいて、彼らの間では『地蔵の首がなかった』とか『いや,あった』などと『首』をめぐる噂話がまことしやかに囁かれていたが、自分はそこまで行く度胸はなかったので地蔵の首があったのかなったのかは知らずじまいでだった。
 西広島バイパスに下る道を横切ることなく、その上を通って鬼ヶ城山に向かう。隣接する市街地は美鈴ヶ丘団地から山田新町へと変わり、尾根に沿って北に伸びる送電線が目標になる。


 鬼ヶ城山頂上西下の八畳岩/鈴ヶ峰方面を振り返る

 やや急な登りを80mほど登って11:54,山頂手前の八畳岩と言う大岩に着き、20分の昼食・休憩の後、ひと登りして12:20鬼ヶ城山着。大広島市の市街地と瀬戸の海・島の景観を存分に楽しんで次へ向かう。市の東側の山並みもよく見えているのだが、ほとんど名前が分からない。


 鬼ヶ城山山頂/広島市市街地

 12:25発。市街地との境界の崖の上をだらだらと下り、12:45,登山路末端の標識に着く。ここで道が二分するのだがどちらに進めばいいのか分からない。30年前の記憶では一旦道路を渡ってすぐに山道に入った覚えがあるのだが、その後開発が進んで宅地が広がっているものと考えて左側の団地に降り、送電線鉄塔をめがけて進む。


 広島市沖の似の島方面/鬼ヶ城山東側登山口

 迷走の始まり・・,(いつものことじゃ!)
 目の前にそこだけ残された感じの小さな丘があり、そこに土台を築いた鉄塔が立っていて、そこまで行けばその先が見通せるかもしれないと思ってそちらに行きかけたが、先ほどの登山路末端の標識を右に下ればバイパスと山田町を結ぶ道路にぶつかって、そこから山道に入れるのではないかと言う迷いが生じて引き返す。
 引き返して下る右の道はよく踏まれた登山道らしい道でそちらが正解と思われたが、あまりに下り方が急であり、また道路にぶつかる気配がなくそのまま下山してしまうのではないかと言う迷いが再び生じて諦め、送電線沿いの道を発見すべく再度市街地に下って前述の鉄塔のある丘に登る。


 送電線鉄塔の巡視路が頼り/この重要なポイントを見逃した

 けれどそこは孤立した丘でそこから先を見通すことはできず、市街地に戻ってバイパスに繋がる道を見つけてそこを横切ると、そこがちょうど佐伯区と西区の境界に当たる場所だったので、境界線の道,もしくわ鉄塔の巡視路があるはずだと考えてその登り口を探す。西区側に100mほど下るとそれはすぐに見つかった。


ごっとん岩見つからず

2010-12-30 18:57:31 | ふるさとの山


 鈴ヶ峰には『ごっとん岩』と言う大きな岩があった。上部が4畳半くらいの広さで高さ3mあまりのほぼ直方体の大岩で、よじ登って上に乗ると、その岩全体がぐらりと揺れて動くのだ。その時に『ごとん』と音がするので『ごっとん岩』と言われるようになったものらしい。
 実際にそんな音がしたかどうかハッキリした記憶がないが、そのような岩があったことはたしかで、自分はその上によじ登って『ぐらり』と揺れるのを体験している。
 『ごっとん』と動く岩の下にはそれを支える岩があって、上の岩はしっかりと支えられてはいたが両者の間にわずかな隙間があって、上に人が乗るとその隙間分だけ動いたのだと思われた。
 それは『ごっとん』と言うほどの大きな揺れではなく、また『ぐらり』でもなく『ぐら・・』程度のわずかな揺れで、多分,揺れの上下幅は5cmもなかったのではないかと思われた。
 なので岩が動いてもその岩が倒れる心配はなかったが、上に寝転がって体重移動して大岩を動かすとその揺れ幅は意外と大きく感じられ、体が『フッ』と浮き上がってそのまま落ちていくような錯覚に捉われ、その浮揚感を楽しんだものだった。



 『ごっとん岩』は子どもの頃に遊んでいて見つけたものではなく、中学生くらいの時に母に教えられ、確かめに行ってその存在を知ったものである。それは通常の登山道から離れた場所にあって、意識的に探さないと見つからないものだったから悪餓鬼どももその存在を知らなかったのだ。
 今回の調査でその『ごっとん岩』を改めて確認することを期待したが見つけることが出来なかった。意識的に探さないと分からない場所にあるということ自体を忘れ、登れば見つかると考えていたのだ。
 そして、気がつけばそれを知っている人達がいつの間にかいなくなってもいる。まことに歳月とは無慈悲なものである。

 次の機会には是が非でも探し出して若い世代に伝えておかなければならないと思う次第。



ふるさとの山,鈴ヶ峯~鬼ヶ城山~茶臼山・・・武田山連峰西半分調査山行

2010-12-23 22:52:52 | ふるさとの山

 八幡地区からの鈴ヶ峰西峰/西峰山頂
 
 幼少期,広島市と五日市町の境界に位置する鈴峯と言う320mほどの低山を真西から見る位置に暮らしていた。
 そこは鈴峯が唯一左右対称の端正な姿を見せる場所で目の前に田んぼがあり、春には水が張られた田に映って上下まで対称な山を見ることが出来た。
 今はその風情もなくなってしまったが、当時の風景の記憶は今も鮮明である。
 腕白時代の遊び場であり、また燃料として枯葉・枯れ枝を拾い集めさせられた生活の場でもあったその山こそは自分にとっての原点の山であり、切っても切れない縁で繋がったかけがえのないふるさとの山である。


 登山道/ウラジロの道

 その鈴峯から広島市祇園の武田山に至る約17kmの山なみを武田山連峰と言う。かつて『佐伯冒険学校』と言う子ども達の野外活動クラブを立ち上げるに当たって、その記念登山として子ども達と歩いたのがこのコースである。
 『武田山~鈴ヶ峰』の全体を武田山連峰と称することには異論があるかもしれないし、正式な名称であるかどうかも調べたこともないが、東の安佐南区祇園の安川と西の佐伯区五日市の八幡川の間に連なる450m~250mの山々をひと続きの山稜、即ち連峰と見て、その連なりの一方の起点であり400mを越える高さの『武田山』を冠することは、あながち不当なものではないと思っている。
 もとより勝手に山の名称をつくることは慎まなければならないことであるが、上の見解に加えて、30年以上前の文献にそのような記述があったことに依拠して、ここでは『武田山連峰』と称することをお許し願うこととする。

 五日市・廿日市市街地と宮島,海を挟んで経小屋山/宮島,大奈佐美島方面
 
 呼称の問題はさておいて、同コースは途中,道路で分断されると言う問題はあるにしても、南には瀬戸の海と島々が広がり、宮島の瀬戸を隔てて西から経小屋山,のうが高原,極楽寺山,窓が山,向山と続く山々の奥に大峰山や阿弥陀山が望まれ、大広島市を俯瞰しながらゆったりと歩くことが出来ると言う、眺望に恵まれた素晴らしいコースであると言える。
 30数年を経て山そのものも周辺の状況も大きく変貌したが、近年,そのコースが整備され、訪れる人が多くなっていると聞く。
 是が非でも再度歩きたいと思っていたその機会が突然来た!


 登山口『お花見山』の詩/第1鉄塔
 12月21日(火)
 9:20発,鈴ヶ峰の登山口までは歩いて10分ほど。昔は山際のどこからでも登れたが、今はバリケードがあって勝手な侵入を拒んでいる。昔の記憶を辿って登山口を見つけ、9:34から登り始める。小灌木の茂る道は思いの外整備されていて歩きやすい。10分ほどで正面に鈴ヶ峰山頂が見えるようになり、さらに10分余りで水準点のある最初の鉄塔に着く。その先で南西側から1本の登山道を合わせるが、昔この道を少し下がった辺りに畑を借りていて母と一緒によく通った思い出がある。


 美鈴が丘団地/団地への道
 
 さらに進んで10:12,天ヶ峠(あまがたお)と言う峠の手前のピーク(205m)に着く。ここからは五日市の市街地とその向こうに宮島や大野町の経小屋山等,瀬戸の島と沿岸の山々がよく見える。小ピークを下った所が天ヶ峠で、ここから美鈴が丘団地までは10分余りである。
 美鈴が丘団地は今でこそ大きな住宅地であるが、昭和30年代は何もないただの山だった。その辺りを百田と言い、そこにも借りた畑があって大八車を引いた父とよく通った。刈った柴を積み上げた大八車に弟が乗り、自分は乗せてもらえないどころか後ろから押して歩かされたのを覚えている。
 天ヶ峠には戦時中だか終戦直後に飛行機が落ちたとか、子ども達の間では水晶が出るという噂があって、私たちは棒切れを持ってチャンバラごっこをしながらよく『探検』にも来た。残念ながら水晶が見つかったことはなかったが、ワクワク感があって楽しかった。
 当時、峠へは南西側から登るルートがあって、私達はそれを登ったのだが、その道は藪がかぶっていて痕跡を残すのみとなっていた。下部はおそらくゴルフ場に飲み込まれてしまっていることだろう。


 阿弥陀山(湯来)/窓ヶ山
 
 峠からは一気に115mを登って10:33鈴ヶ峰(西峰)に着く。ここまで来ると宮島より東に位置する島が見えてくる。多分大奈佐美島や能美島だろう・・。
 当時,私たちが遊びに来たのはここまでで、そこから先,東峰の方に足を延ばしたことはなかった。従って大広島市の市街地や沖に浮かぶ似ノ島,江田島等の島々を見ることもなく、そこが私達の『探険』の限界だった。佐伯郡と広島市とが鈴ヶ峰~鬼ヶ城山ラインと言うたった1本の稜線を隔てて背中を合わせていたことを長い間知らずにいた。そんな狭い空間で跳ね回っていた時代の私達にとって広島と言う街は別世界だった。
 山頂には3人の中高年のハイカーがいた。1人は美鈴が丘団地に住む人で、長い間手弁当で登山道をコツコツ整備してきたと言う。30年前とは見違えるほど歩きやすい道になっていたのは、そう言う志ある方々の努力の賜物だったのだと感謝!


 鈴ヶ峰東峰/鈴ヶ峰公園
 
 10分ほど山頂にいて東峰に向かい、11:08東峰着。そこはかなりの広さの裸地で公園になっていた。無風快晴の穏やかな陽だまりの温もりに浸りながら広島市の市街地と瀬戸の島々の展望を楽しんだ後、北側の道を鬼ヶ城山に向かう。
 11:14発。急斜面を100mほど下って細い尾根道に入る。そこから左手下の団地に沿って進むと『鈴ヶ峰⇔鬼ヶ城山』の標識があってそこから街に下る道があるが、右手を進めば『道行地蔵』と言う地蔵のある公園があって、そのまま山道を鬼ヶ城山に向かうことが出来る。
 昔,この辺りまで遊びに来た餓鬼大将がいて、彼らの間では『地蔵の首がなかった』とか『いや,あった』などと『首』をめぐる噂話がまことしやかに囁かれていたが、自分はそこまで行く度胸はなかったので地蔵の首があったのかなったのかは知らずじまいでだった。
続  

記憶と変化のはざ間

2010-09-08 10:04:00 | ふるさとの山


 30年も前の記憶と実際とはすっかり違っていてまるで初めての場所に行ったような感じで、その違いに驚き、また戸惑った。
 記憶の中ではもっと平板で明るくて軽い渓だった筈なのだが、実際には陰鬱な淵や瀞場と巨岩が累々とする豪快さが交互する魅力的な渓だった。



 シラヒゲソウと言う花を見たのはこの渓が初めてで、その時は入り口にある滝のたしか左側を直登していて滝の飛沫を浴びながら咲いているのを見たように思うのだが、今回行ってみると入り口の滝は登れなくて右側を大きく高巻いていた。
 結局,過去に歩いた沢と今回歩いた沢を結ぶものは唯一シラヒゲソウだけだったのだが、その花の場所もまったく違っていて、今回は殆ど最奥の辺りだった。


 終点の大堰堤の先にも穏やかな渓が続いていた

 記憶の間違いや曖昧さは免れないと思うが、一方で自然と言うものは激しくその様相を変えるものかも知れないとも思う。
 瀞場や淵を形成するゴルジュ帯は余程のことがない限り短期間で変化することはあり得ないが、集中豪雨が度重なれば、巨岩が累積したり滝や淵が埋まってしまうと言うようなことはあり得るだろう。それが渓の印象を大きく変えてしまうかも知れないし、周辺の樹木の成長も印象を変える要因になり得る。
 色んな意味で感慨深い沢歩きだった。

 

奥三段峡

2010-09-06 04:47:31 | ふるさとの山
 
 奥三段峡遡行図/2.5万図



 心ゆくまで 水と戯れる

 沢足袋がないのでいつも通り地下足袋での沢歩き。



 また シラヒゲソウに会えた


 

 近頃,地下足袋登山がどうのこうのと言われているようだが、1日中,岩だらけの山道を歩いたり、尖った石の多い沢では圧倒的に不利であるし、長時間の山行で地下足袋の方が疲れない等と言うことはない。
 特に横からの打撃に弱く、足の内側や外側,とりわけくるぶしに石が当たった時の痛さは強烈で、しばらく動けなくなることもしばしば。
 また荷が重いときは足元が不安定で特に左右の踏ん張りが効かず、バランスを保とうとして返って疲れる。

 ただ、荷が軽い場合で悪路でなければ足元の軽さ,身軽さは捨てがたく、近隣の藪山を激しく動く時や低山のハイキング等には重宝しているのも事実だ。

語らぬブナ~臥竜山にて

2010-09-04 03:59:10 | ふるさとの山


 湿原探訪の後、臥竜山林道終点の登山口に向かう。
 臥竜山(1223m)には、西側,聖湖キャンプ場のある長者原から登るコース(標高差約440m),北西側の八幡原公園からのコース(標高差約420m),北北西に位置する掛頭山(1126m)から縦走するコース等があるが、林道の終点は1100mに達していて標高差が120mしかないので30分ほどで登れ、お手軽に山頂を往復することもできる。


 雪霊水/アサギマダラ

 雪霊水と言う清冽な湧き水があり、また大きなブナの木もあったりするので昼食を摂るにいい場所と考え、その後に昨年秋に起こった女子大生の遺棄事件の現場を探すつもりで車を停めると、何とそこが事件の現場で目撃者・目撃情報を求める立て看板があった。
 途中で買ってきた花束を供え、合掌して早期解決と冥福を祈り、現場でのんびりと昼飯でもあるまいと早々に下る。

 



芸北八幡湿原・尾崎沼

2010-09-03 08:29:18 | ふるさとの山
 

 高校の同期会『mina桜・ウロウロ会』のメンバー6名で芸北八幡湿原を訪ねる。
 芸北・北広島町の八幡高原には、霧ヶ谷湿原や尾崎谷湿原、奥尾崎湿原等の湿原が点在している。現在,東に位置する霧ヶ谷湿原において『湿原自然再事業』が推し進められており、八幡湿原と言えばこの霧ヶ谷湿原を指すかのような扱われ方だが、八幡湿原とは、点在するこれらの湿原総称と言うべきであろう。



 かつてはさらにより多くの湿原が存在したと言われる八幡湿原は、日本の湿原の分布においてほぼ南限地帯に当たり、中間湿原の代表群落となっているヌマガヤーマアザミ群集が発見・命名されたことによって、一躍世界にその名を知られるに至った学術的にも価値の高い湿原であると説明される。

 霧ヶ谷湿原で再生事業が進められていると言うことは、元の状態が損なわれていると言うことで、実際に霧ヶ谷と尾崎沼周辺を訪ねてみると自然度の違いは歴然である。
 現時点の尾崎沼周遊の道はかなりクマザサが被ってはいるが道はしっかりしており、立ち込みや踏み荒らしも殆どなくて良好に保たれていると言える。
 今回見られた花・植物は、ビッチュウフウロ.ツリフネソウ,オトギリソウ,サワキキョウ,ヌマアザミ,ヌマガヤ,ナルコユリ(実),メタカラコウ,シラヒゲソウ,等(推定を含む)。
 期待のシラヒゲソウには会えたがウメバチソウは見かけず、またアケボノソウはすでに花が終わっていた。



 ウロウロ会諸氏はいずれもここを訪れるのは初めてと言うことだったが『よかった。変な施設を造ったりせず、このままの状態を保って欲しい』等と満足してもらえたようだ。
 急編成の『ウロウロ会』による湿原探訪で同期会の懐かしい顔に接することができたが、5人中3人は卒業以来48年ぶりの再会だった。

 この後は昨秋起きた女子大生遺棄事件の現場を確かめて花を手向けるべく、舞台とされた臥竜山に向かう。



吉和交流キャンプ&奥三段峡沢歩き・参加者募集!

2010-08-31 17:17:39 | ふるさとの山
集合・9月4日13時頃
解散・9月5日07時頃
続いて
9月5日07時~15時頃
奥三段峡沢歩きを行います~希望者(経験者)のみ。

場所・廿日市市吉和、立野キャンプ場。

内容・目的なしの自由型キャンプです。ただ集まって思い思いに自由に行動したり、その場で話がまとまれば合意した者同士が行動します。
できることは川遊び、沢歩き、近隣の登山、虫取り・自然園探索等々。ただしアマゴ・イワナは禁漁期。沢には深いところや急流もあるのでそれなりの経験と装備が必要。

服装持ち物・野外での活動に適した服装。特に帽子、長袖シャツ、雨具は必携。沢に入る人は沢足袋、地下足袋等。子どもは沢用に靴をもう1つ。
防寒着。寒さ対策を!水着 他
寝具(シュラフ、毛布など)
テント(ある方) ない方はご相談下さい。
炊事道具(ある方)

食事と交流会・食事は各自で用意のこと。ただし事前に参加者の合意が得られれば、共通のメニューで食材と炊事用具を用意します。できるだけそのようにしたいと思います。

参加費・共通メニューの食材を共同で購入する場合のみ、参加費を集めます。額は実費を分担。

参加者・自由参加可。家族連れの参加歓迎。ただし深山の渓流での活動に不馴れな方は、主催者が特に注意・指示したことには厳に従って下さい。

申し込み・本ブログコメントにて

平郡島の日程終わる

2010-08-31 17:09:20 | ふるさとの山




 8月27日に島に渡り、アイガモの解体、ミカン畑の草刈り、薬剤散布等の仕事を済ませてこれから島を離れる。

 この後、9月2日には高校の同期生数名で芸北八幡湿原・臥竜山辺りをウロウロしようと言うことになった。どんなことになるのか楽しみ・・。

 9月4日・5日はわし君・岳君一家&佐伯FHCと吉和でキャンプ,奥三段峡での沢歩き・・。奥三段峡ではシラヒゲソウを確認したいと思っている。

 6日に広島を発って7日安曇野へ。