上弦の月
夜釣り談・続き
竿を立てようとする力と逃げようとする力。強引に引かず一服したいのだか、敵もその一瞬をむざむざと逃しはしない。一気に突っ走られると竿をのされる。こちらの一服に相手も合わせて休んでくれたら勝負ありだが、結局のところ強引に引かなくても相手に強引に引かれてたわめ切れす、3度、4度とこの夜は切られまくった。
昨年末に空気を吸わせたのに上げ切れなくて逃がした奴と比べると強い割りに重さを感じないのは潜るのでなく沖へ走るからであろうが、姿見ずだから何と言っても始まらない・・。
月と光柱と
この日、宵の口から夜中までは五十谷(いや)の浜で南西から南東の海域の空を見ていた。20時頃には麦星のすぐ傍らに珍しく冠座が見えた。大町の空では明るすぎてめったに見られない星座だ。
21時を過ぎると蠍座が横に寝て海に迫り、代わって射手座が南中しようとしており、南斗六星が一番端の星までくっきりと見えていた。
銀河の中心方向に当たる射手座付近から西に傾き始めた夏の大三角形に連なる天の川は上弦の月にもめげず賑やかで、その月が時を経て海に没する寸前には海面に長く伸びた光の柱と月との対照が美しく、その光景を飽かず眺めて己1人の時を貪る・・。
ふり返って下半分を小山に遮られた北天に目を転ずると、そこは大方形を擁するベガサス,アンドロメダ,カシオペア等々,神々の世界・・。
光柱
頃はよしと北斗が山に飲み込まれるのを追いかけるように大波止に移動して見上げると、そこは先刻までの空を遥かに凌ぐ煌めく星野で、しかも方向感覚が狂って別の世界に迷い込んだのかと思わせるほどの異空間だった。
同じ平郡東でも五十谷と大波止では見える空がまるで違う。大波止では北に海があり北斗七星が海の水を汲むようにマスを海中に沈めていた。
ここは昼間でも、五十谷で四国の島影を見て峠を越えると目の前が本土側の島となり、景色も風も海の色も劇的に変わるのでいつも不思議な感覚にとらわれる所なのだ。
北東の水平線近くに小さく光るのは御者座のカペラで、その西にすでにブレアデスと木星が高く昇り、近くにはヒアデス星団やアルデバラン等冬の星達が季節を先取りするかのように存在をアビールしていた。
煌々と光るその木星よりもなお明るい金星の輝きはいかばかりかと期待が膨らむ。
一方,いつになく活発な喰いには昨年末のリベンシへの予感のようなものがあった。それを果たすべく暗い海面に目を凝らしアタリを待つもう1人の自分がいて、そこは自分だけの世界だった。自分を中心に天空が廻り世界が廻っていた。
自分だけの夜,世界の中心でこれから金星を釣るのだ!
2時20分。東の島影にボツンと赤い火が点った。近づく漁船の灯火にも見えたそれが次第に明るさをましながらゆっくりと高度を上げて行く・・。
日の出も素晴らしかった。