「道の傍らに『JR頸城トンネル・大藤崎斜坑入り口・1400m』と書かれた標識が立っているのに気づく。ここまでにも地名と距離が異なる同じ標識を見た。
斜坑が何のためにあり、どういう目的で一般の人に知らせるためのものか分からないが、想像するに頸城トンネルと言うかなり長いトンネルがあって、そのトンネルにアクセスするための坑道が掘られており、それを関係者だけなく一般人も見ることが出来るようになっていると言うことだろうか?
行ってみたい気がしたが、JR関係者だけに示すものであることも否定できないのでやめた。でも気になるしこの疑問は後々まで残るような気がする。
それやこれやと色んなものが見えて歩く旅は面白い。」
~ と言う記事をあるSNSに書いたところ、上越在住の知人からコメントを頂いた。
Aさん『歩いているからこそ見えることがいっぱいあって、現代のスピード社会では遠い先ばかり見つめて、下手をするとすぐ目の前を見失ってしまうことがよくあります。アナログを見つめなおしたいものですね。』
木偶『物見高く目に止まるものは何でも写しておこう精神で、色んなものを見て面白かったです。で、質問なんですが、この『頸城トンネル斜坑入り口→1400m』と言う看板は何でしょうか・・?』
Bさん『よくは分かりませんがトンネルの工事やメンテナンスのための入り口ではないでしょうか・・?』
Aさん『もしかして筒石駅のホームに立てばヒントを見つけられたかも・・・?』
木偶『筒石駅のホームですか・・,筒石駅に何か特別な訳でも・・?』
Aさん『筒石駅は国道8号線から高いところに登って行ってやっと駅にたどり着きます。改札口(無人)に入ったと思えば、何百段もある階段をずっと降りてやっとホームです。そして電車に乗るとわかるんですが、筒石のホームはもちろんトンネルの中ですが、トンネルを出るとすでに能生駅に到着してしまうんです。ですから、写真のような藤崎あたりにトンネルに通じる通路があるのかもしれません。非常口としているのかもですね。』
~ このコメントをもらって改めて2.5万図で頸城トンネルを見直して見て、筒石駅がトンネルの中の地下駅だと言うことを知った。上越線土合の駅の下りホームみたいなのだろうか・・。
木偶『いやはや・・,北陸線の頸城トンネルが能生から名立川までの長いトンネルで、筒石駅は地下駅であること等々,知らないことだらけですヮ! 私が有間川駅で見た特急「北陸」は、能生から長いトンネルを走り抜けて名立川を渡る時だけ地上に出、再び名立トンネルに突っ込んで有間川で顔を出した瞬間だった訳ですネ。そう言う目で見ていたらまた違った感動があったかも・・。
今思うと知った上で歩くべきでした。でも知らなかったんだから仕方ないし、分かったからよかったとも言えます。いつか再訪する時にはまた違った感慨があることでしょう・・。』
~ と結んではみたが何かがまだもやもやしていた。それは小泊地区の列車事故の写真を見て生じたもう1つの疑問のこと・・。
木偶『小泊地区で列車を巻き込むほどの地すべりがあったと言うのも初めて知りました。歩いてこその発見です。』
Aさん『そうそう、この地滑り、私も知りませんでした・・。』
Bさん『旧北陸本線のトンネルをつくっているレンガはご覧になりましたか? このレンガは工事の際に作られたレンガ工場で、段丘をおおう火山灰を使って作られたそうです。また、列車をまきこんだ地滑りでは列車の乗客には一人もけが人が出なかったそうです。しかし、この地滑りを機に北陸本線のトンネル化が進んだようですね。』
木偶『北陸線のトンネルは見ていません。見たかったですネ。どのトンネルか分かれば教えて下さい。』
Bさん『そのトンネルはたぶん見ていますよ(^_^) 小泊の地すべりを過ぎて、マリンドリームにさしかかる辺りにあったはずです。このレンガは他にも旧北陸線に沿って数か所残っているようです。』
~ 『ええッ!?』と思った。海岸線から北陸線のトンネルが見える所ってあったっけ・・? だって能生の駅は海から800m以上も離れていて、そこからすぐに頸城トンネルに潜っちゃうから小泊からトンネルが見えるわけないじゃん???』と、この時点ではまだ気づいていない。
Aさん『小泊ではマリンドリームに立ち寄ってるからね。小泊のそのトンネルには入ってないのかも知れないけど、木偶さんがトットコ岩の写真を撮影して、その6分後に撮影しているトンネル、あれも同じ煉瓦ぢゃないのかな?
そーいうことそのものは私も知らなかったけど、大変興味深いですね。徳合のあたりは、トンネルないけど煉瓦の壁だけ残ってるけど、そのあたりまで行くとさすがに違うかな?』
木偶『自転車道のトンネルは全部レンガづくりでとてもいい感じでした。でも鉄道のトンネルはぜひとも見たかったです・・。残念! 』
~ と、ちぐはぐなやり取りを続け・・,数時間後,2人からの情報と自分が見たり撮ったものを整理してみてやっとあることに気づく ~
木偶『今やっと分かりました。小泊地区の地すべりがあった当時、北陸線は今よりも海岸寄りを通っていたんですネ。と言うことは、この久比岐自転車道こそが旧北陸線の廃線敷きであり、レンガづくりのトンネルは元々は鉄道のトンネルだったと言うことで謎が1つ解けました。久比岐自転車道にそういう隠歴史があることは何処にも触れられていませんでした。勿体無い話しですネェ・・。』
Bさん『あれ? 久比岐自転車道が旧北陸線の廃線だということを知らないで歩いていたわけですか? てっきり、ご存知の上で歩いたと思ってましたが・・。 レンガは鉄道マニアが取りに来る可能性もありますので、看板などを設置しないのかもしれませんね。
たぶん直江津まで続く自転車道のトンネルで見られるレンガは同じものだと思いますよ。』
Aさん『アハッ!! 私も旧鉄道だってことを、知ってるとばかり思っていました。旧筒石駅跡などの杭もあったはずなんですけどね。』
木偶『いや、まったく気づきませんでしたが、カンのいい人ならもっと早くレンガのトンネルを見た時点で気づいていたでしょうネ・・。一連のコメントのやり取りでも気づかず、やっと分かって腑に落ちたと言うところなのですが、よくよく読めばBさんのコメントにもそう書いてあったし、ジオサイトの説明文にも書いてありました。』
~ そう言えばわが明科の廃線敷きだって元の篠ノ井線が地すべりで埋まったことがあってトンネル化したものだったではないか・・。と、いろんなことが解って来ると共に自分のアホさ加減が際立ってきて笑えた。
このちぐはぐは予備知識なしに歩いたことから生じたもので、結果的には非常に印象深い出来事になった。
それこそが知らずに歩く旅の面白さだと自分としては思うが、地元の方からの書き込みがあってこその効果であって、反応がなければ何も知らずに終わっていたし、一面には知った上で歩きたかったと言う思いもある。
知らずに歩いて得られる偶然の出会いか、知って歩く『フムフム!』か,どちらも甲乙つけ難いが、自由から生まれる面白さ,サプライズこそが気ままな旅の真髄であろうと思う。何ものからも自由でありたいものだ。
そう言うことがあって、もう一度そこを訪ねて見たいと言う気になったことだけは確かで、久比岐自転車・歩行者道はいい季節の時期に『ひねもすのたりのたり』の海を眺めながら、のんびり歩いてみたいと心底思う次第也。