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音楽全般について 素人臭い能書きを垂れてます
プログレに特化した別館とツイートの転載もはじました

FREDDY COLE / Music Maestro Please

2009年12月13日 16時51分42秒 | JAZZ
 ビル・チャーラップのカタログをいろいろ調べていくうちに発見したのがこれ。フレディ・コールという人は名前から見てピンと来る人もいると思うが、ナット・キング・コールの実弟である。ナット・キング・コールが46歳で亡くなったのが、もう半世紀近くも前の1965年だから、いくら弟とはいえ時代的に無理があると思ったが、彼は末っ子でナット・キング・コールより13歳下(1931年生)ということで、ぎりぎり今の時代に間に合っているというところだ(とはいえ、今年で78歳だが)。彼はレコーディング・アーティストというよりは、多分、超一流のキャバレー・アーティストとして活躍してきた人で、調べてみると出したアルバムはたいした数ではないが、単に兄貴のブランドを借りただけの人ではなく、ボーカル、ピアノともなかなか高い評価を得ているようだ(実際、一聴すれば、ナット・キング・コールの弟とか半ば頭から消し飛んでしまうくらい、その確固たるヴォーカルの個性が伝わってくる)。

 このアルバムではそんな彼のボーカルを、なんとビル・チャーラップのレギュラー・トリオが担当しているということで興味津々で購入してきた。レーベルはHigh Noteという聞いたこともないニューヨークのマイナー・レーベルだが、エンジニアはルディ・ヴァン・ゲルダーが担当している。さて、フレディ・コールのボーカルだが、なにしろ1曲目の「I'll Never The Same」が、「アフター・ミッドナイト」を彷彿とさせる、ほぼ完璧なナット・キング・コール・スタイルでもってチャーラップ・トリオが演奏しているので、そこにこういう「血縁の声」が乗れば、そりゃぁ、かなりナット・キング・コールに近い感じがするが(すとーんと語尾を落とす歌い方とは確かに似ている)、フレディ・コールは年齢のせいもあるだろうが、兄ほど甘さや都会的な感じがなく、もう少しアーシーで渋い歌いかたをする。声も多少いがらっぽい感じもある。全部で11曲の収められた作品は全てスタンダード作品だろうが、あまりに選曲が渋すぎて、ほとんど知らないものばかりであるが、とにかくフレディ・コールの圧倒的存在感と巧みな語り口で、すべからく名曲として聴かせてしまうといった感じだ。

 チャーラップ・トリオについては、かつてのアルバム「スターダスト」で何曲か歌伴をしているけれど、今回もあれと同じパターンで、シンガーの背後でなにげに品とセンスいい伴奏をを務めているという感じ。とにかくフレディ・コールのボーカルに圧倒的存在感があるため、チャーラップのことは聴いているうちに忘れてしまいそうになるのだが(笑)、時にボーカルの狭間でセンス良くボーカルを引き立てているチャーラップの腕はやはりなかなかだ。歌伴というのはそもそもそういうものだろう。ちなみに、2曲だけチャーラップに替わってフレディ・コール自身がピアノを弾いていて、いつもは自身がトリオを率いているだけあって、これも実に堂々たるプレイ、ある意味、チャーラップより華麗なくらいだ。
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ハイドン 交響曲 第36番「迷子」/フィッシャー&オーストリア・ハンガリー・ハイドンPO

2009年12月13日 11時57分40秒 | ハイドン
 交響曲第36番は、時期的にいうと「儀典官」と私が勝手に命名した33番あたりと同じ、エステルハージ家で副楽長をやっていた頃の作品のようです。33番が雅やかなムードが横溢し、非常に明快な4楽章作品だったりに比べると、大局的には似たようなものではあるとしても、趣という点ではかなり違っています。さっそく曲を聴いてみます。
 第1楽章は交響曲第1番の同楽章をちょっと遅くしたような音楽。宮廷風に華やいだ感じ(金管も活躍)で始まりこそしますが、全体としては、その後、短調と長調を行き交いつつ、やや低回気味というか落ち着いて進行していく重厚さの印象が大きく、抜けきったような感じかないのは、ハイドン流の絡め手でしょうか。なお、展開部は途中で主題が回帰したように聴こえる部分があるので、一瞬ロンドのように聴こえたりしますね。第2楽章はアダージョとはいうものの、けっこう大男が忍び足をしているようなやや角張ったリズムが印象です。また、ヴァイオリンとチェロのソロが随所に登場して協奏曲的な風情もあります。

 第3楽章はかなりリズムの立った早めのメヌエット。この楽章の場合、印象的なのはむしろメヌエット本体より、ちょっと摩訶不思議なムードがトリオですかね。森を散策していたら、ふいに馴染みのない場所に紛れ込んだような奇妙な感覚にとらわれます。第4楽章のアレグロは、まぁ、いつもどおり快活なものといってもいいように思いますが、ここでも全体に弛緩と緊張が妙な感じでいりまじっていて、どうも座りが悪いというか、いまひとつ爽快感に欠ける感もなくはないです。
 さて、恒例のニックネームですが、これは難しかったです。どうもこの曲、これだっていう印象的な場面や印象が薄く、聴いていてもキャッチになるような言葉が浮かんでこないんですよね。自分のボキャブラリーの貧困さを痛感したりしますが、ここは第3楽章のトリオにちなんでというか、「迷子」としてみました。いや、迷子になってるのはもちろん曲ではなく、私の方になんですが....(笑)。
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