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音楽全般について 素人臭い能書きを垂れてます
プログレに特化した別館とツイートの転載もはじました

FFXI <再インストール>

2007年03月31日 21時30分24秒 | GAME
ここ2週間くらい続いていたPS2の不可解な処理落ちみたいな不具合ですが、これまでだと1時間もウォームアップすれば、なんとか改善したりしてたもんで、今朝も早朝メリポでやろうかと思い、始める一時間くらい前からとりあえず電源だけは入れておいたんですが、今朝ばかりは1時間待っても、2時間まってもダメ。まぁ、このPS2は都合3年以上は使ったことになるし、後半2年はFFXIで酷使しましたから、まぁ、寿命なんでしょうね。これからはPS3でやるか、PCでやるか、それとも....と、あれこれ思案したあげく、どうにもマクロと単語の移行作業が面倒なので、この不具合の原因はきっと本体で(ハードディスクを使わないFF12でもたまに遅くなりますから....)、BBユニットは多分大丈夫!との楽観的な観測のもとに、近くのセコハン・ショップで中古のPS2を購入してきました。PS3が既に出ている現状からして、PS2の中古など7,8千円もあれば買えると思ったんですが、けっこう高くて、私の買ったのは1万円くらい、薄型の新しい機種だと1万5千円くらいするんですね。

 で、購入してきた本体にさっそくBBユニットをとりつけた電源を投入したところ、な、なんと、他のPS2で使っていたBBユニットは初期化しないと使えないとのこと、まさかこういう展開になるとは....参りました(笑)。どうやら、BBユニットのデータってのは本体だけで完結しちゃってるらしく、こうなるともう今のBBユニットをサルベージする手段はないと判断(つまりマクロも単語も使い回しができない、とほほ)、こうなれば意地とばかりに、登録してあるマクロ・テーブルを逐一デジカメで撮り、もう一度、近くのセコハン・ショップに出向いて、今度中古のはBBユニットを5千円で購入(よく置いてあったもんだ-笑)、4時くらいからBBナビゲータ、PlayOnline、FFXI4種のインストール、今さっき、主要な単語を登録して、9時半を回った今、しこしこと5年分のヴァージョン・アップをやっている最中です。表示によれぱ残り1時間18分!、うへぇ、先は長い!。しかもその先にまだマクロ登録なんかも控えたりする訳で、いやぁ、かったるいことこの上ないです。結局、今日はこの作業だけ終わりそうな気配(笑)。そういえば、2年前のゴールデン・ウィーク最後の日に、これに初めて手を染めた時も、まるで苦行のようなインストール作業だったよなぁ。
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蘇慧倫(ターシー・スー)/甜蜜心事

2007年03月30日 23時45分03秒 | 台湾のあれこれ
 2002年に中国本土で出たらしい蘇慧倫のベスト盤で、先日の高勝美のDVDなどと同時に購入したものだ。政治的に対立しているはず台湾の音楽が中国で出ているのはいささか奇異な感じもするが、常用語は同じ北京語ではあることだし、貿易という点ではもはやボーダレスの両国だから実はあまり不思議でもないのかもしれない。また、音楽の内容としては台湾ポップスの方が本土のそれと比べて、圧倒的に垢抜けているはずだから、ちょうど台湾でJ-popが受けるような感じで、売れていることも考えられる。

 そういえば、かれこれ7,8年前ことになるが、ほろよい気分でとあるスナックに入ったところ、そこでバイトしていた女のコが中国の青島だかからきたとかいう留学生で、あれこれ話ていたところ、何故だか蘇慧倫の話になったことがあった。店の片隅でお互いに彼女の歌をハミングで歌っては、「おぉ、あの歌知ってるのか」ってな感じで、演歌のカラオケが流れる店の片隅で、アホみたいに盛り上がったりしていたが(笑)、その時はどうして大陸の人が台湾の歌を知っているんだろうと、けっこう不思議に思ったものだけれど、こういうCDをみると、実は普通に流通していたがわかったりする訳だ

 さて、このベスト盤の内容だが、収められた曲は全部13曲で、2002年までの彼女のほぼ全活動歴をフォローしている。構成は最新曲に始まり、曲を追う毎に次第にレトロスペクティブしてき、最後で再び最新作にもどるというようなものになっていて、これがなかなかいい。私は彼女の大ファンなので、ベスト盤はいろいろもっているが、台湾本土で作られたベスト盤は選曲や構成のセンスは納得しがたいものが多いが、こちらは途中いかにもチャイナっぽい「哭過的天空」が出てきたり、あまりヒップな仕上がりの作品は注意深く回避した選曲が、自分の趣味にかなり近いのか、安心して聴いていられるのである。また、レギュラー・アルバムに入っていない「天下大乱」が聴けるのもうれしいところだ。

 ちなみにこのアルバムはHDCDでエンコーディングされている。HDCDというのは「High Definition Compatible Digital」の略で、従来のCDフォーマットと互換性を保ちつつ音質を上げる手法である。10年前くらいにけっこうはやったりしたのだが、ここ数年、SACDやDVD-Aという次世代メディアが出てきたおかげで、影の薄くなってきているのだが、中国では現在でも誇らしげにHDCDというクレジットがジャケを飾っていること多いが、何か理由でもあるんだろうか。ちなみに押しの強い台湾盤の音質に比べると、こちらは明らかに繊細さが勝った音質に仕上げられていて、いささか演出くさいところもあるが、確かにHDCDの4ビット分拡張された情報が効いていると思わせる音ではある。 
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KAZUMI BAND / Talk You All Tight(頭狂奸児唐眼)

2007年03月29日 22時45分22秒 | JAZZ-Fusion
 Kazumi Bandは、渡辺香津美がニューヨークの精鋭ミュージシャンとの共演で作り上げた名作「ToChiKa」の後、81年に作られたバンドだ。ジャズといってもかなりロック系なマライアを吸収したような形で結成されたというのは有名な話だが、コンサバティブなジャズの分野をあっという間に征服してしまい、海外の一流ミュージシャンあるいはYMOとのいったミュージシャンとの共演で自ら活性化して成長してきた渡辺としては、徐々にジャズ・シーンでもボーダーに位置するミュージシャンとバンドを組むようになっていくのは一種の必然だったろう。以降の渡辺はこうした異種格闘的なセッションや共演で、どんどんアグレッシブな音楽を指向するようになったが、思えばこのアルバムあたりがその走りだったともいえる。

 このアルバムをひとくちにいえば、「ToChiKa」的なオーソドックスなフュージョンにマライアのロック的なセンスをほどよくとりいれた音楽といえる。現在の感覚で聴くと、ここで取り入れたロック的なボキャブラリーなど、その後のMOBOプロジェクトの過激さ比べれば、特に驚くほどのものではないのだが、1曲目「ノー・ハリバット・ブギ」のブギウギのイントロから「ToChiKa」風の本編になだれ込んでいく瞬間だとか、2曲目の「マーズ」の後半突如ひきつるような変拍子に転換する場面、、5曲目の「グレート・リヴェンジ・オブ・ザ・ホン・ホン・ウーマン 」のハードロック風味と場面がくるくるかわる展開、8曲目「カンフー」の脱色した4ビート(ウェザー・リポート風?)など、当時としてはかなり実験的に聴こえたものだし、渡辺自身のギターもロック風なディストーション・サウンド、フレージングにかなりの部分比重を移していて、確実に変貌を感じさせたのだった。

 ちなみに、次の「ガネシア」では、これらの部分を更に推し進めたサウンドで、Kazumi Bandはあっという間に一種の極北に達してしまう訳だけど、このアルバムではまだそこまではいっておらず、良くも悪しくも前作の「ToChiKa」路線というか、当時の王道フュージョン路線の曲もそつなくこなしている。3曲目「ブロンズ」のディメオラ風なアコースティック・サウンド、4曲目のタイトル・トラックのプレッカーブラザーズ風のアグレッシブさ、6曲目「ネバー・ハイド・ユア・フェイス 」の大泣きのバラードあたりがそうだが、このアルバムではこうした曲が前記の実験的な作品と雑然と混在しており、なんとも過渡期なバランスになっている。逆にいえば、そのあたりがこのアルバムをおもしろいものにしているともいえるだろう。「ガネシア」までいっちゃうとダメだが、本作はけっこう好きだという人がけっこういるのはそのためではないか。
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AU Sony Ericsson / W51S....買おうかな?

2007年03月29日 12時26分32秒 | PC+AUDIO
 現在使用中のW32Sが購入したのが、昨年の2月3日なのでもうすぐ14ヶ月目となる。この機種は購入時にも書いたとおり、従来機より処理速度が速くなったのに加え、モバイルSuicaというツールがついたせいで、私のように出張が多く、かつ電車で移動することが多い人間にとっては、ケータイが定期や切符、そしてサイフ替わりになるということで、あっという間に生活の必需品となってしまった。私の場合、ケータイといえば、購入した当初こそあれこれいじくりますけど、しばらくするとバックの中に放り込んで、電話やメールが入ってきたことにも気がつかない....なんてパターンを繰り返していたので、これはけっこうな変化だったといえる。

 そんな訳で、W32Sという機種は、おそらく私のケータイの所持歴の中でも、最高の使用頻度を誇った機種となりそうである。機能的にも満足しており、それなりに愛着もあるのだが、そろそろ目移りする時期が来ているのか、去年年末あたりから実は次の機種を物色している。私の場合、機種変更をするとしたらメーカーはソニ・エリと決まっているので(笑)、あれこれ調べているのだが、W32S以降はW41S、W42S、W43S、W44S、S51Sと出ているらしい。
 W41はW32Sを購入した時に、新製品として出ていた機種だが、これはデザイン的に平凡であまり魅力を感じなかった。W42Sはスライド式でWalkmanケータイでこれは今でもけっこう興味がある機種。W43Sは機能面はシンプルだが、薄型で大きなディスプレイという特徴が気に入り、実は昨年末買う寸前までいったのだが、動作がもっさりしているらしいとの巷の評判が気になって、あれこれ逡巡しているうちに、後継機種のW51Sが出てしまった。W44Sはワンセグ・チューナ内蔵型だが、デザインがソニ・エリとは到底思えないほどに無骨なものでこれもほとんど触手が伸びなかった。

 以上考えていくと、やはり買い換えるとするとW51Sということになるんだろうか。大きなディプレイは魅力的だし、洗練されたソニーらしいデザインもグー、処理速度もそこそこ改善されているらしいから、やはりこれしかないかもしれない。ソニエリ以外だと、ディスプレイの大きさ+ワンセグ+そこそこのデザインという点で、東芝のW52Tも興味あるけどワンセグなんて見るわけないし、高いからなぁ....。やっぱり、W51Sあたりが落としどころかね。
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The Tommy Flanagan Trio / Moodsville #9

2007年03月28日 23時20分42秒 | JAZZ-Piano Trio
 トミー・フラナガンが60年代に残した数少ないピアノ・トリオ作品。この時期のフラナガンのピアノ・トリオといえば、50年代だが「オーバー・シーズ」という大傑作があって、こちらはその陰に隠れがちだし、内容的にも「オーバー・シーズ」のような豪快にドライブ感、はりつめたテンションといったものがある訳でもなく、ある意味BGMになりそうなジャズ的なリラクゼーションが全面に出た「ぬるい演奏」をしているせいで、いきおい地味な評価が多いのだが、私はこちらの作品も大好きだ。なにしろ、トミー・フラナガンといえば、上品なメロディックさ、タッチが美しさ、格調高いムードといったところが彼らしいと思っている私としては、むしろ「オーバー・シーズ」以上にフラナガンらしさが横溢した作品として、これを愛好しているのである。

 ちなみにこのアルバムのタイトルである「Moodsville」というのは、プレステッジのシリーズ物らしく、同タイトルを冠したアルバムとして、レッド・ガーランドやフランク・ウェス、オリバー・ネルソンなどがあるようで(末尾の番号は9番目に出たということを示しいるらしい)、多分、プレステッジのアーティストによる肩の凝らない、それこそカクテル風なジャズというようなコンセプトで録音されいたんじゃないかと思われるんだけど、トミー・フラナガンの資質はそういうコンセプトにまさにぴったりだった訳で、別に妥協した訳でも、妙な演出を施した訳でもなく、ごくごく自然なパフォーマンスの結果こういう音楽になったという感じがいいのである。つまり音楽に嘘がない訳で、そういうものはやっぱり自然と人に伝わるんじゃないと思ったりもするのだが....。ともあれ私にとってこれは極上の音楽だ。

 ついでにいうと、これは先日も書いたことなのだけれど、ロレツ・アレキサンドリアの「マイ・ワン・アンド・オンリー・ラブ」というアルバムでトミー・フラナガンはジョージ・ムラーツとアル・フォスターと組んで、実に絶妙な歌伴をしていて、私はあれをフラナガンの傑作のひとつだと信じて疑わないのだけれど、こるアルバムは調度あれの雰囲気にかなり近い。もっといえばあれのカラオケを聴いているような気さえしてくる作品でもある。いや、時系列からすると、当然ロレツ・アレキサンドリアのアルバムを「Moodsville」の雰囲気で作ったというべきなんだろうけど(笑)。
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植木等/スーダラ伝説

2007年03月28日 22時20分45秒 | JAPANESE POP
 今朝のニュ昨日植木等が亡くなったのを知った。肺気腫による呼吸不全で享年80歳だったそうな。冥福を祈りたい。さて、植木等といえば、テレビではシャボン玉ホリデー、映画では無責任や日本一シリーズ、そして音楽では「スーダラ節」「ハイそれまでョ」「ゴマスリ行進曲」などで、私が幼稚園から小学校の低学年だった頃、まさに受けに受けていた歌えるコメディアンだった。それこそ、あのステテコ姿での「お呼びでない?」とか、調子よく世の中を泳いでいき大成功を収める一連の映画の主人公ぶりなど、今にして思えば植木等という人は、ニッポンの高度成長期のイケイケなノリを体現する存在だったんだろうと思う。

 そんな植木等が1980年代末期から90年代の初頭にかけて突如復活したことをみんな覚えているだろうか。そう「スーダラ伝説」である。最初のうちは「音楽の発掘作業もこんどはクレイジー・キャッツがターゲットですかい」などといぶかしげ思ったものだが、この時ならぬ植木等の復活はそんな考古学的なノリではなく、シングル・ヴァージョンはオリコンのベスト10に入り、植木は何十年ぶりに紅白にも出たりとかなり派手なものだった。これまた今にして思えば、時はまさにバブルの絶頂期、日本の高度成長期のまさにオーラスに向かえた最後の輝きの時代であったことを思えば、この「スーダラ伝説」は、浮かれまくったバブルの最後の時に、ニッポンが一番幸福だった高度成長期のノリを、幻のように再現したものだったといえなくもない。

 曲目は全部で9曲。冒頭に収録された10分に及ぶ「スーダラ伝説」のロング・バージョンでは代表曲が14曲、要領よくメドレーされている。宮川泰の洋楽かぶれなオプティミズム満開なアレンジもいかにも昭和を感じさせていい。他の曲は当時新曲として用意されたのか、代表曲の再録なのかよくわからないが(多分後者なのだろう)、イケイケなものももちろんあるが、浜口庫之介の2曲などけっこう格調高い詩的な風情があって、これを植木が実に気持ちよさそうに歌っていて、それがまたサマになりきってするいるのは意外だった。ドラマ仕立ての「チビ」の、調度チャコちゃんみたいな、いかにも昭和くさい小市民的な幸福感が妙に懐かしくて泣けてきたりする。

 ところで私は今でもよく覚えているのだが、子供の頃、植木等というと、頭の具合から、スマイリー小原(ヒットパレードの踊る指揮者ね)を思いだし、スマイリー小原というと、同じようにノーキー・エドワーズを思い出し、ノーキー・エドワーズといえばベンチャーズ、ベンチャーズといえばビートルズという風に連想が進んでいったものだった。思えば、私は小学校に入る前からこうだったのである(笑)。
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Joe Locke Quartet / The Music Of Henry Mancini

2007年03月27日 23時45分25秒 | JAZZ
 先日マンシーニのサントラをネットで漁っている途中みつけたもので、ジョン・ロックというジャズのヴィブラフォン奏者が、95年に出したヘンリー・マンシーニのトリビュート・アルバムである。ロックは初めて聴く人だが、ティスコグラフィを見ると、83年あたりから盤歴があるから、ジャズの方では中堅といったところだうが、先日レビュウしたデビッド・ヘイゼルタインとの共演盤とかもあるらしいし、その他の共演者もフュージョンから新伝承派までいて、けっこうバーサタイルな人なんだろうと思う。このアルバムでは、ベースが御大エディ・ゴメス、ピアノがビリー・シャイルズ、ドラムがジーン・ジャクソンという、ピアノ・トリオ+ヴィブラフォンというMJQのフォーマットで演奏している。

 音楽はマンシーニの曲を9つほど取り上げているが、どれもグレーテスト・ヒッツ級に有名な作品ばかりだし、ジャケもオシャレな仕上がりなので、内容的にはスウィンギーな4ビートをブラシで流して、メロディックなソロを展開する....みたいなラウンジ風なジャズだろうと思っていたのだが(まぁ、そういう部分もないではないけれど)、意外に渋い仕上がりなのである。なにしろ、リズムは4ビート主体といっても、どちらかといえばモード・ジャズ以降の割と複雑で、ちょいギクシャクしたリズムが多いし、ヴィブラフォンのソロもジョン・ルイスみたいなストイックな訥々としたフレージングだし、ピアノももろにクールで理知的なタイプ、ベースはかのエディ・ゴメスという具合で、全体としてはマンシーニ的な甘いメロウなムードをジャジーに展開....というよりは、ちょいと苦めな仕上がりなのだ。

 特に1曲目の「スロウ・ホット・ウィンド」は、8ビートをベースに激しいリズムのキメ、複雑なソロの配置などなど、70年代後半から80年代初頭あたりに良くあったちょいシリアス目なフュージョンを思わせるハードさがあって、マンシーニ・トリビュートの冒頭でいきなりこれですかと思わせるほど骨太な音楽になっているし、5曲目の「その日その時」では、エディ・ゴメス得意のアルコがフィーチャーされて、温度感の低いクラシカルな仕上がりになっているのも意外だったりする。まぁ、この2曲はアルバム中ではいささか極端な例だけど、他の比較的オーソドックスな演奏も、正直いうと「私のヘンリー・マンシーニ観」からすると、少々温度が低く過ぎて違和感があるというか、早い話、聴いていてあまり寛げない感じがしたのは残念だった。

 ちなみに、本作は「ニューヨーク・カルテット/オードリーが愛した調べ~ヘンリー・マンシーニに捧ぐ」というタイトルで、かつて日本で発売されていたようで、ひょっとする「日本発の洋楽ジャズ」なのかもしれない。ちなみに、そちらでは冒頭が「酒とバラの日々」で、前述の「スロウ・ホット・ウィンド」は6曲目になっているが、確かにそちらの方が「らしい」と思う(笑)。
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WARFARE / Hammer Horror

2007年03月27日 21時04分30秒 | ROCK-POP
 昨日とりあげた「Classics Scores From Hammer Horror」の隣に、なんとこんなアルバムも紛れこんでました。同じシルヴァ・スクリーン・レーベルだし、きっと一緒に購入したんでしょうが、ほとんど記憶ない!(歳は取りたくない-笑)。内容ですが、サブタイの「A Rock Tribute To The Studio Dripped Blood」から分かるとおり、サントラのスコア演奏のコンピレーションではなく、イギリスのロック・バンドWARFAREによるハマー・ホラーのトリビュート・アルバムです。

 WARFAREはドラムとボーカルを担当するEVOという人がリーダーらしいバンドで、音楽的にはパンクメタルとでもいうのかな、幼児的稚拙でもって壊れたような迫力のあるパンクなドラムとヘビーでソリッドなギター・サウンドに、アシッドで暗黒っぽいボーカルがのるというスタイル。私はこの手の音楽はほとんど縁がないのでよく分からないのですが、時にメロディックな展開になったり、オーケストラっぽいシンセや女性コーラスが絡んでみたりと、けっこうドラマチックに盛り上がる曲が多いです。また、パンクとメタルの他にもドイツのテクノっぽいムードを感じさせたりして、まさになんでもありという感じ。

 なお、冒頭や途中何カ所かにリンク・トラック風に、「ドラキュラ」のサントラを無理矢理挿入したり、シンセのインストパートが入ったりする部分があって、そのあたりはホラー・トリビュートっぽい雰囲気なのですが、それ以外はほとんどオリジナル作品で構成されているので、オリジナル曲の方が続くと、割と普通のロック・アルバムという感じで、ジャケほどにはおどろおどろしい感じがしないのが少々残念かな。きっと歌詞とかはそれらしいものなんでしょうけど。
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Classics Scores From Hammer Horror / various

2007年03月26日 23時40分26秒 | サウンドトラック
 こちらはジェームス・バーナードを中心としたハマー・フィルムの・プロダシクョンのドラキュラ物のコンピレーションです。こんなのいつ購入したんだろう?。どうも、さっぱり覚えてないのですが(笑)、おそらく4,5年前に大昔みた一連のドラキュラ物が懐かしく購入したんでしょう。ジェームス・バーナードという人は、ブリテンの弟子とのことですが、作曲活動としてはどうやら映画をメインにしていたようで、あまりシリアス・ミュージックの分野でも作品は残してないようです。ハマー・フィルムの一連のホラー映画の音楽など、おそらくこの人の代表作となるんでしょう。レーベルはイタリアのサントラ専門レーベルであるシルヴァ・スクリーン社で、演奏はニール・リチャードソン指揮のフィルハーモニア管弦楽団で、89年に収録されたようです。

 アルバムは全部で5作品が収められていますが、前述の通りジェームス・バーナードの作品がメインとなっていて、「吸血鬼ドラキュラ(`58)」と「凶人ドラキュラ(`66)」のハイライト部分で構成された「ドラキュラ組曲」、「帰って来たドラキュラ」からフィナーレ、そして「ドラキュラ/血の味(`70)」から組曲と計3作品を占めています。いずれも、おどろおどろしい、聴く者を不安に陥れるような音楽ですが、昨日のフランケルに比べると管楽器のグロテスクな響きにせよ、緊張感を誘う弦楽器のトレモロにせよ、同じ新ウィーン楽派の影響が感じられる音楽であることは共通してますが、もう少し通俗的かつ派手に作られているようですね。格調高さではフランケル、大向こうに受ける賑々しさでバーナードといったところでしょうか。
 あと、クリストファー・ガンニングによる「切り裂き魔の手(`71)」と デヴィッド・ホイテカーが担当した「吸血鬼サーカス団(`72)」ですが、前者はバーナードとフランケルの中間いくような作風で、エレガントな旋律も美しくなかなか器用にまとめています。後者はティオムキンを思わせるダイナミズムとバルトーク的な緊張感とエキゾシズムが特徴となっていますが、どちらも70年代という後発組の音楽だけあって器用にまとめているという感じです。

 ちなみに「ドラキュラ」映画といえば、子供の頃に大抵の作品はテレビで観ているはずですが、この5曲とも「あぁ、これこれ」と子供の頃に観た記憶を思い出させるような音楽ではなかったのは残念でした。むしろ多分観ていない昨夜の「吸血狼男」の方が、「これこれ、こういう雰囲気なんだよね~」とか思いだしたくらいです。このあたりは自分のもっている音楽的なヴァイブレーションみたいなものが、多分関係あるんでしょう。有り体にいえば、これらの音楽はその良否はともかくとして、自分の琴線に今一歩触れてこないといったところかもしれません。まぁ、聴きこんでみれるとまた違った印象を持つ可能性もありますが....。
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ベンジャミン・フランケル/「吸血狼男」他

2007年03月26日 00時36分25秒 | サウンドトラック
 ベンジャミン・フランケルという人は初めて聴く人ですが、今さっきネットで調べてみたら映画音楽の本業ではなく、戦前から戦後にかけて多数の交響曲や弦楽四重奏曲を残したイギリスのシリアス・ミュージックの作曲家らしいです。ただし、戦後の映画隆盛期には本業と平行してたくさんの映画音楽も手がけていたようで、なんでも百本以上のスコアを書いていたとのことです(この時期に活躍した作曲家は、食い扶持だったのかもしれませんが、兼業として映画音楽を作っている人かほんとに多いです)。さて、ナクソスの「Film Classic」シリーズの一枚として発表されたこのアルバムは、そんな彼が戦後に担当した映画音楽を集めたもので、メインとなるのは「吸血狼男」と「ザ・プリズナー」の2作品となり、いずれも世界初録音とのことです(演奏はカール・デイヴィス指揮、ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団)。

 まず「吸血狼男」ですが、これは1959年制作された英国のハマー・フィルム・プロダクションでの一作で、おそらく「吸血鬼」や「フランケンシュタイン」とかいった、ハマー・フィルムらしいホラー作品と思われます。音楽的には新ウィーン楽派、特にベルクに極めてよく似た音楽で、12音的の技法を駆使した不安を誘うダークなオーケストレーション、突如大音量で炸裂する不協和音、ニューロティックな音のダイナミズム、キャバレー風なジャズ風味などなど、ほとんど「ルル」か「ヴォツェック」かという世界です。私は20代の頃、新ウィーン楽派の音楽を初めて聴いた時に、「まるで怪奇映画のサントラのようだ」などと思ったものでしたけど(笑)、新ウィーン楽派の音楽が今のように古典化する以前、まずはホラー映画の音楽手法として、リスナーの耳に無意識に一般化していたという歴史があったことが、これを聴くとよくわかります。

 一方、「プリズナー」の方は、詳しいことはわかりませんが、どうも宗教絡みの洗脳に関わるようなお話のようで(アレック・ギネスが出ているらしい)、音楽の方もニューロティックな心理状態を思わせる不安げな音楽に、宗教的な厳粛さがちらほらするような仕上がりになっています。ハリウッド映画のようなわかりやすい旋律はあまりなく、時に12音の技法をまじえつつ、かなりシリアスな表情を持っています。まぁ、このあたりはフランケルというより、英国映画の特質なのかもしれませんけどね。
 その他「ザ・ネット」という作品から1曲「愛のテーマ」はピアノをフィーチャーした既視感を誘うような美しい作品。もう1曲「ソー・ロング・アッ・ザ・ファー」は小組曲で、こちらは比較的牧歌的な風情ある英国的センスが良くでた作品となっています。 
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ブラームス 交響曲第3番/クレンペラー&フィルハーモニアO

2007年03月25日 23時47分20秒 | ブラームス
 例によって堅牢で緻密なブラームスです。フォルハーモアとは思えないくらいどっしりとしたバスを底辺にして、上にのっかる各声部が異様にくっきりと聴こえてくるという相変わらずの音楽づくりともいえますが、1番、2番、そして今回の3番と聴いてきて、こういうクレンペラーの特質はブラームスととても相性がよいよう感じます。ブラームスの音楽は表向きベートーベン流な骨太で男性的な音楽を指向する一方で、時にベタベタとしたロマン派的な情緒を隠しようもなく滲ませたりもする訳ですけど、そういった複雑系なところをクレンペラーはけっこう自然に表現していると思います。まぁ、基本的にはドイツ流の表現なんでしょうが、クレンペラーらしく各声部をくっきりと描きわけたら、ブラームス的な情緒、詩情のようなものが期せずして顔だしたというかなんといか....。

 第1楽章はやや遅めのテンポで雄渾に仕上げていますが、両翼配置でヴァイオリンの動きがよく分かるのに加え、裏で鳴る木管だの金管だのかなり明確に聴こえせいか、この楽章のもつ推進力といった面よりは、くすんだオーケストレーションの拡がりだとか、やや優柔不断を感じさせる情緒のようなものが併せて感じられるのがいいですね。続く第2楽章はいく分早めのテンポで、さっさと進んでいくという感じですが、ここでも各旋律の綾のようなものがなんともいえぬ詩情と緊張感をかもし出しています。しかし、フィルハーモニアの木管、なんともいえなく良いですねぃ。
 有名な第3楽章も早めテンポで、すっきりとクリアに例の旋律を歌い上げています。あんまり「憂愁のブラームス」といった雰囲気はありませんが、ある意味抽象的な旋律美のみで勝負しているという感じで、これはこれで見識というものでしょう。最終楽章は第1楽章と同様、遅めのテンポで雄渾に仕上げています。かなりの緊張感を伴った演奏でもありますが、決して我を忘れて暴れないとこがクレンペラーらしさでしょう。という訳で全編を通して非常に充実した演奏です。とても気に入りました。
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FFXI <メリポ @赤魔道士/200exp>

2007年03月25日 16時50分29秒 | GAME
 左手の腱鞘炎にもめげずメリポ稼ぎを続行、ただプレイするペースは更に落ちてきて、ほぼ週末に固めて稼ぐという形になってきました。週末だとプレイヤーが増えて、どこの狩り場も満員状態なことが多いですし、私の場合、いわゆるメリポ編成でないパーティーでも、外国人のパーティーでも、ほいほいついていってしまう人なので(誘われ待ちでうだうだとゲーム内で時間を過ごすのがもったいないので)、純粋に稼ぎという点からすると、平日より落ちることも多いです。まぁ、このあたりは週末という宿命でしょうね。ともあれ、そんな状況でもこの2週間で20ポイント稼ぎました。累積メリットポイントもちょうど200になったところで、総合、戦士、赤魔道士はほぼ終わり、いよいよ手つかずだったナイトの項目にさしかかってきたところです(振り分けたポイントは以下のとおり)。

 そういえば、いつも使っているプレステ2が具合が今週あたりから調子が悪く、ログインだの、画面の描写がやたらと遅くなってきました。さっき参加したパーティーなど着替えを仕込んだマクロなど発動させる1,2秒、自分の姿が見えなくなったりして、なまじもの凄い高速狩りをするパーティーだったもんで、狩りの速度にプレステの処理が追いつかない状況で、ハードディスクがご臨終になる寸前なのか、本体の不具合なのか、よくわかりませんけど、やっていていらいらしてきちゃいました。まぁ、今更同じPS2を買い直すのもなんだし、パソコンでやるには隣の部屋にいかなきゃいけないし、PS3でも買おうかななどと考えたりもしてます。でも、マクロ・パレットの移行が面倒だしなぁ、困った、困った。

■■■ 総 合 ■■■
 ・STR 3段階(18) / DEX 2段階(09)
 ・MP 8段階(30) / 弱体&精霊 各4段階(18)
 ・クリティカルヒット率 4段階(10)
 ・片手斧 8段階(21) /片 手剣 4段階(09)__115

■■■ 戦 士 ■■■
 ・バーサク使用間隔&ウォークライ使用間隔 各2段階(06)
 ・アグレッサー使用間隔 1段階(01)
 ・ダブルアタック確率 5段階(15)
 ・ウォリアーチャージ 3段階(12)
 ・サベッジリ 2段階(07)__
 ・トマホーク 1段階(03)__44

■■■ 赤魔道士 ■■■
 ・氷属性魔法命中率  3段階(06) 
 ・風属性魔法命中率  2段階(03) 
 ・ディアIII&スロウII  各2段階(14)
 ・パライズII&ブラインII 各1段階(06)__29

■■■ ナイト ■■■
 ・フィールティ  1段階(03)
 ・シルバリー   2段階(07)__10
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マーラー 歌曲集「子供の不思議な角笛」他/フェルミリオン,ヴァイクル,インバル&ウィーンSO

2007年03月24日 23時55分16秒 | マーラー+新ウィーン
 テンシュテット、セルに続く三つ目の「子供の不思議な角笛」です。インバル指揮による一連のマーラー・シリーズだと思いますが、どういう訳かオケがいつもフランクフルトではなく、ウィーン交響楽団になっています。このアルバムは96年に収録されていますが、インバルは89年にフランクフルトの首席を下りているらしいので、おそらくそのあたりの事情が絡んで、当時一緒にショスタの交響曲など同じレーベルに録音していたことから起用されたんだと思います。歌手陣はソプラノはイリス・フェルミリオン、バリトンはベルント・バイクルです(フィルアップに収録された「さすらう若人の歌」はヨルマ・ヒンニネンというバリトンが歌ってます)。

 この曲はテンシュテットの録音をCDで購入して以来、よく聴きますが個人的にはいまひとつ馴染めない曲であり続けてます。前回書いたように、この曲集の随所に現れる「軍隊ラッパ+行進曲調」みたいところが抵抗あるのに加え、どうもこの曲集に漂う苦いアイロニーと諧謔味みたいなものも馴染めないような気もしてきました。今年になってマーラーをいろいろと聴いたおかげで、「亡き子をしのぶ歌」を大のお気に入りにできたのは収穫でしたが、この曲の場合、その壁はなかなか厚いです(笑)。そういえば、この曲集、全曲から「ラインの伝説」とか「浮き世暮らし」といった曲を数曲を抜粋して歌ったり、アルバムに収録されたりすることも多いんですが、そういうスタイルがある程度流通しているところをみると、やはりこの曲集を「ひとつのまとまった曲」として聴くのは、いささかつらいところがあるのは、存外私だけじゃないかのかもしれませんね。

 さて、このアルバムの演奏ですが、これまで聴いたものの中では、一番クセのない、ノーマルな演奏という印象を受けました。前述したような違和感はほとんどない演奏ともいえます。こういった印象は曲のエキセントリックなところはさらりと流し、途中で立ち止まったり、やにわ大声で叫んだりせず、流れるような演奏に仕上げているところからくるものだと思いますが、こういうところにもマーラー演奏の現代性みたいなものが流れ込んでいるというところなのかもしれません。けっこう気に入りました。
 バイクルはテンシュテット盤でも歌っていた人で、あの時は芝居がかった過剰な身振り手振りにいささか辟易しましたが、こちらは割と素直に歌っているのは指揮者の意向を汲んでのことでしょうか。また、フェルミリオンはシャープでモダンな歌い方をする人で、格調高いのはいいのですが、この曲のトラッドな性格を考えるとやや突き放し過ぎような気がしないでもないです。

 あと、テンシュテットとセルは同じEMIという事情なのか曲順が同一だったのですが、こちらはかなり曲順が違います。私はこうした曲順を非常に重視するタチなので、かなり違った感じを受けます。一聴した印象ではテンシュテットの方はメリハリのある山あり谷ありな起伏を狙った並べ方をしていたととすると、こちらはより田園的な歌曲集みたいな平坦な起伏になっているような気もしますが、どうでしょうか。
 ついでに録音ですが、オケこそ違うものの、一連のマーラー・シリーズと共通するとふっくらとしたホールトーンをたっぷりととりいれ、実になめらかな音質になっています。また交響曲に比べると、オケの響きがややくぐもった暖色系の音に感じられるのは、録音というよりフランクフルトとウィーン・シンフォニーというオケの違いでしょうか。
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David Hazeltine / The Clasic Trio

2007年03月24日 18時54分03秒 | JAZZ-Piano Trio
先日レビュウしたデビッド・ヘイゼルタインのシャープ・ナイン・レーベルでのリーダー作。メンツはベースがビル・チャーラップのレギュラー・トリオの一角、ピーター・ワシントン、ドラムが大ベテランのルイス・ヘイスというもので、このヘイスが入ってメンツ的にも箔がついてこうなったのか、単にやっているスタンダードなスタイルだからそうなのか、よくわかりませんが、アルバムのタイトルはすばり「ザ・クラシック・トリオ」となっています。
 制作は1996年ですから、前回取り上げた「ワルツ・フォー・デビー」の2年前ということなりますね。ひょっとすると、このアルバムで披露した腕前を買われて、ヴィーナスからのオファーかかったんじゃないかと思えるほど、王道ジャズというか、タイトル通りのオーソドックスなピアノ・トリオとなっています。

 アルバムはだいたい前半と後半にスタンダード、中盤にヘイゼルタインのオリジナルを配した構成となっています。スタンダード・ナンバーでは1曲目の「You Make Me Feel so Young」がちょっとモダンなリフを挟んだ都会調、2曲目の「The Fruit」はバド・パウエル作なせいか、オーソドックスなパップ・スタイルで料理、3曲目の「Sweet and Lovely」は、曲が曲なだけにブルージーなムードが一杯で、ベースのワシントンも含めソロ・スペースもふんだんに用意され、前半の聴きどころとなってます。
 9曲目の「These Foolish Things」は8分を超える作品で、ちょうど前回レビュウした「ワルツ・フォー・デビー」のタイトル・チューンを思わせるスポーティーなスウィング感と小気味よいフレージングでもって、ヘイゼルタインをらしさをたっぷり味わえる作品になっています。10曲目「Midnight Waltz」はタイトル通りジャズワルツですが、全体に洗練されたムード仕上げていて、これまたアルバムでは聴きどころのひとつといった感じでしょうか。

 一方、オリジナル作品ですが、4曲目の「Concentration」は軽快にスウィングするヘイゼルタインらしい作品、5曲目の「Catherine's Fantasy」はモードっぽい音運びのバラード等々、6曲目の「One for Peter」はピパップ、8曲目の「My Stuff's on the Street Blues」はブルースといった具合に、とにかくいろいろなスタイルに挑戦し、どれもそつなくこなしているという印象で、全体に調子よく聴けることは確かなですが、スタンダードに比べると、曲としてどうもいまひとつ決め手に欠ける感もなくもないです。
 ちなみにピーター・ワシントンは、ビル・チャーラップの時の同様、非常に端正で隙のないエレガントといいたいようなプレイを展開して、個人的にもかなり好感度が高いのですが、ルイス・ヘイスという人のドラムは、例によってとっ散らかった感じがどうしてもしてしまい、個人的にはいまひとつ好きになれないので、トリオとしての魅力はプラマイゼロといったところですかね。
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櫻井哲夫/ジェントル・ハーツ

2007年03月24日 16時11分10秒 | JAZZ-Fusion
 2年ほど前にグレッグ・ハウの「エクストラクション」をレビュウした直後に購入して放置してあったもの。 エクストラクション(結局、バンド名なんですかねこれ)は、グレッグ・ハウ、ヴィクター・ウッテン、デニス・チェンバースの3人+αで結成された、いかにもNY産らしい、非常にテクニカルな変態フュージョンみたいな代物で、ずいぶんと愛聴しましたが、これはメンツ的には調度エクストラクションのベースが櫻井哲夫に替わったような布陣で録音されたアルバムです。もっともエクストラクションのアルバムは2004年で、こちらは2001年の制作ですから、ひよっとするとエクストラクションの導火線のような位置づけのアルバムなのかもしれません。

 さて、私はカシオペアというバンドの音楽にはあまり縁がないまま、80年代を通り過ぎてしまいましたので、櫻井哲夫がカシオペアでどんなプレイをしていたのかよく分からないのですが、一聴すると派手なスラップ・ベースが目立ちますが、NYフュージョンのあらかたの奏法は完全に手の内に入っているという感じで、ジャコ、M.ミラー、A.ジョンソンでもなんでござれとった風情で、ギンギンに6弦ベースを弾きまくっています。デニス・チェンバースとグレッグ・ハウは総じてエクストラクションの時に準じたプレイですが、グレッグ・ハウは全開状態だったエクストラクションに比べると多少おとなしですが、デニス・チェンバースは相手が誰であろうと、音楽をねじ伏せるようにぶっ叩いていて、相変わらず痛快なドラミングです。
 音楽的にはどうしてもエクステンションとの比較になってしまいますが、良きにつけ悪しきにつけ、櫻井哲夫という人の個性が出ているようで、パンキーでソリッドなフュージョン・サウンドをベースにしつつも、不思議な明るさ、ラテン的なわくわく感が見え隠れしているのが特徴でしょう。逆にいえばNYっぽいダークで殺伐とした感じ、音楽の坩堝のようなグシャグシャ感のようなものは、エクステンションの方にかなわないという感じがするのもまた事実。

 曲としては、1,2曲目のベース・テクニックの見本市のような壮絶なキメの連続あたりは当然楽しめましたし、ジャコのカバーである3曲目のギターとベースのこみいったユニゾン、ハウがホールズワースばりの流麗なギターを披露する6,7曲目など70年代っぽい感じムードがただよう曲も良かったです。あと、4曲目と8曲目はバラード風な曲ですが、こういうのはいかにも日本のミュージシャンがつくりそうな曲なので、「あぁ、そうそう、これ邦人ミュージシャンのアルバムだったんだよなぁ」などと思ったりしました。それにしても、櫻井哲夫もエクステンションも音楽的にはかなり成功してハズなのに、どうして「この後」がないんでしょうね?。
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