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音楽全般について 素人臭い能書きを垂れてます
プログレに特化した別館とツイートの転載もはじました

the Art Of Noise / And What Have You Done .....

2008年11月30日 15時55分08秒 | ROCK-POP
 アート・オブ・ノイズのZTT時代の未発表音源を集めた4枚組のアルバム。確か一昨年に出てものだったと思うが、すぐに購入したはいいが、長いこと放置してあったものを、ようやくここ数日かけて聴いたものである。アルバムの構成としては、最初の3枚が未発表音源の集成、最後の一枚は80年代に12インチ・シングルで出たものから、未CD化のものを集めたという体裁だが、ZTT時代の彼らといえば、結局、オリジナル・アルバム一枚とシングルを数枚(とはいえ、様々なヴァージョンがあったのは周知のとおり)出しただけなので、音源的はそれらを全てフォローしているといっても過言ではないし、恐らくそういう意図で作られているのだとも思う。

 いうまでもないことだが、アート・オブ・ノイズは打ち込み主体で音楽を作ってきたプロジェクトだから、ここに収録されているマテリアルは基本的にはリミックスばかりである。それが、例えばデモ段階のものだったり、オクラ入りになったものだったりする訳だが、例の「ビート・ボックス」2種と「モーメンツ・イン・ラブ」を中心に、「このヴァージョンにはあの音がはいってない」とか「あそこで入ってた音の元ソースはこうだったのか」、あとヴァージョンの長尺などいうことをちまちま楽しめる人なら、ほとんど最高のアルバムになっている。できうれば、制作プロセスが見えるような形で構成してくれたら、マニアとしてはもっと楽しめたと思うのだが、そこはそれアート・オブ・ノイズだからして、曲順というか構成は例によって脈絡不明な雑然としたものになっているのは、前記のように「ZTT時代のアート・オブ・ノイズを裏っぽく総括する」みたいな意図からのものであろう。もちろんそれはそれで彼ららしくて楽しめるし、ディスクを重ねるごとにオリジナルをどんどん解体してような構成になっているよう意図も感じないでもないのだが....。

 個人的に楽しかったのは、「ビートボックス」の「クロース」のディバージョンと交互に現れるディスク2で、この周到なしつこさは圧巻だし、ディスク4に収録されたそれぞれ20分、14分にも及ぶ「クロース」の「モーメンツ・イン・ラブ」の長尺な展開もおもしろかった。ちなみに音質的にも最新のリマスターでほとんど最新録音なみの音圧、クリアさに甦っているのもポイント高いし、不満な点といえば当然入るだろうと思っていた、「モーメンツ・イン・ラブ」の一般に知られているヴァージョンのど頭に入っているロマンティックでクラシカルなピアノ・ソロが、単体のマテリアルとして入ってなかったくらいのだろうか。ともあれ、できればもう10年早く聴きたかったという思いもあるが、個人的には最高に楽しめる作品である。
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富士パーツ FVC-5015HG/1.5m(Tosリンク・デジタルケーブル)

2008年11月28日 20時47分42秒 | PC+AUDIO
 AppleTVオーディオ強化シリーズ、第?弾(笑)。続いては光ケーブル、これまで使っていたのはそこらの電気店で売っている1000円くらいのTosリンクケーブルだった。前にも書いたとおり、私はデジタル信号を伝送する部分で音質が変化するということに、どうも懐疑的だったので、「あんなもの規格が合致してつながってさえいればいいんだろー」くらいに思っていて、これまで音質もまとも比較したこともなかったのだが(光で繋げているのが、AVシステムとかに限定しているせいもある)、これまで使っていたケーブルの端子が従来の角形ではなく丸型で(最近はこんなのあるかい)、差し込んでもカチっと装着できず、すぐ抜けてしまうのがなんとも居心地が悪く、もう少しきちんとしたもの....ということで、これを購入してみたという訳である。

 この商品、能書きによれば、ケーブル本体は8mm径、3重シールド、高信頼性シース、メタルプラグとけっこうヘビーデューティーそうだし、それでいて2000円ということで選んでみたのだが(MD10もそうだが、中国製だからこの値段が実現できたのだろうな、国産でこのグレードは多分無理、こういう分野もダイソー現象が起きているのだ)、届いたものを手にとってみると、確かにこれまで使っていた細くて、いかにも頼りない安物と比べれると、とにかく太いし、それなりの高級感もあるものだった。さっそく繋げてみたところ、プラグ部分もキッチリ刺さって簡単に抜けそうもないところは、それだけで信頼感のようなものを感じる(このあたりで後述の音質について、暗示効果が発動しているのかも)。
 で、音の方だが、昨日来、想像以上に違うのでかなり驚いているところだ。違ってもせいぜいニュアンス程度だろうと思っていたのだが、とにかく低音の出方のようなものが明らかに違う。念のため、D-10やDU-80と同じソースを聴き比べてみたところ、「えっ、雰囲気といい、量感といい、ひょっとしてMD10が勝っちゃったかも???」という印象で、その低音の量感はいささかブーミーな感じすらしてしまうほどなのだ。前記ケーブルの外見とほぼ似たような音質の印象というのがなんとも怪しいのだが(笑)、個人的には「な、なんだこれは!」という感じである。

 うーむ、やっぱTosリンクケーブルとかでも音はかわるのか。幸か不幸かAppleTVはTosリンク以外のデジタル出力をもっていないので、同軸のRCAとかBNCとかだったらどうるのだろう....としばし考えしまったが、「いや待てよ、Tosリンクだって、例えば定評あるOPTILINシリーズとかを使ったら音はどうなるのか?」などと考えはじめている自分に気がついて、いかん、いかん....と、現在首を横に振っている最中である(笑)。という訳で、何万円もするOPTILIN-5は到底無理なので、とりあえず、ん千円で購入できる、中国製の安いケーブルでも物色して、音色の変化が本物なのかちょっと検証してみるかなぁ。
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GRP CHRISTMAS COLLECTION vol.3

2008年11月27日 20時43分12秒 | JAZZ-Fusion
 3年前の今頃にここにも書いたのだが、「GRP CHRISTMAS COLLECTION vol.1」というアルバムは、個人的に数あるジャズ系のクリスマス・コンピレーションでもほとんど決定盤と思っているアルバムである。あの仕上がりからすれば当然だろうが、私だけではなくきっと一般的にもこのアルバムは受けがよかったのだろう、これが出た翌年だったか柳の下のなんとやらで、さっそく「Vol.2」も出しているのだが、さすがにあの豪華絢爛だったVol.1に比べてしまうと、集ったアーティストといい、選曲といい、いささか落ち穂拾いみたいなところがないでもないアルバムになってしまっていたので、まさかVol.3はないと勝手に思っていたのだが、ご覧のとおり実は出ていたのである。先日、某アマゾンでこれの中古盤が1000円以下の価格で出品されていたのを発見したので、すかさず購入したものだが、もちろん今聴いているところである。

 なにせ14年も前のアルバムになってしまったが、ムード的にはVol.1の時と同じスムース・ジャズをベースした、豪華でおしゃれなクリスマス・アルバムではある。ただ、今回はそうそう初登場のアーティストがそろえられなかったのか、トム・スコット、デビッド・ベノワ、ダイアン・シューア、デイブ・グルーシンと再登場組が多いし、曲もかなりけっこう通好みので、全体としてはVol.2以上に地味な仕上がりになってしまっている。今回初登場のアーティストとしては、まず2曲目のBBキングがブルージーに決める「Merry Christmas, Baby」、ラムゼイ・ルイスがGRP路線を忠実に敷衍したムードでおしゃれに仕上げた「Hark! The Herald Angels Sing」 、イエロージャケッツがテクニカルなニューヨーク・フュージョン風に演奏した「Go Tell It on the Mountain」あたりが目立つところ。セルジオ・アルバトーレとキム・ベンシルははじめて聴く人だが、前者はムーディーなピアノとアコスティックなパースペクティブが気持ちよく、後者は打ち込みを多用したけっこう賑々しいひとりパフォーマンスである。あと、これも初登場、大ベテランのビリー・テイラーはトリオ編成でオーソドックスなスタイルだ

 リピーター組としては、Vol.1で「Have Yourself a Merry Little Christmas」ほ絢爛に演奏したトム・スコットが今回はトップで登場するものの、曲は知らないし演奏はカリプソ風でちょっと肩すかし気味、ダイアン・シューアは今回も貫禄十分で先行するBBキングに十分渡り合っている。デビッド・ベノワとデイブ・グルーシンは常なるペースで押し切っているというところか....。そんな訳で、このアルバム、そりゃ、もちろん凡百のクリスマス・アルバムに比べれば、依然としてGRPらしく豪華でセンスの良いスムース・ジャズ仕立てのクリスマス・コンピレーションになっていることは間違いないのだけれど、やはり全体に地味、新味にかけるというが正直なところである。
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We Wish A Merry Christmas / various artists

2008年11月24日 20時05分29秒 | JAPANESE POP
 細野晴臣と高橋幸宏がつくったYenレーベルの参加アーティストが集い、83年に作ったクリスマス・アルバム。83年といえば、既にYMOは解散していたけれど、YMOの後遺症のようなものは日本人アーティストにまだまだ蔓延していて、かくいうこのYenレーベルなども、いまして思えば、本家細野と高橋を筆頭にYMO後遺症にかかったミュージシャンたちが、なんとかYMOの幻影から決別すべく、集団的なリハビリをしていたようなレーベルだったと思う。参加アーティストは、御大2名の他、ムーンライダース、越美晴、大貫妙子、伊藤銀次、立花ハジメといったおなじみの面々だが、このアルバムで個人的に好きなのは、なんといっても、上野耕路と戸川純というゲルニカのコンビが二手に分かれて提供した2曲だ。

 上野耕路の提供した曲は、「Prerude et Choral」というオリジナルで、日本語にするとフランクの曲みたいな「前奏曲とコラール」といういかにもクラシカル然としたものだが、内容もシンセでオーケストレーションされているとはいえ、まったくのクラシック的なもので、ベルク的な粘着質で饐えたような世紀末な感覚、シェーンベルクの「浄夜」を思わす冷え切った夜の感覚や弦楽のダイナミズムなどなど、2分半ほどのスペースの中に私の大好きな新ウィーン的なムードがつめこまれていて、めっぽう楽しめる。
 前記「前奏曲とコラール」をまさしく前奏曲的に配置して現れる、戸川純の「降誕節」もいい。いかにもクリスマス然としたドリーミーなオーケストレーションと打ち込みのリズムにのって、幼児パワーが炸裂したみたいな戸川純の天衣無縫なボーカルが、ちょっと変なクリスマス気分を演出していて、これまた楽しいのだ。

 という訳で、毎年このシーズンになると、この2曲は私の定番だったりするのだが、他に大貫妙子のひとりスウィングル・シンガーズ・スタイルで仕立てた「祈り」とか立花ハジメの「WHITE & WHITE」とかも楽しい。もちろん額縁になった御大2人の曲も悪くないし、ポップス的な3曲も良いアクセントになっている。ピエール・バルーのボサ・ノバ作品とか昔はちっともおもしろいと思わなかったが、さっき聴いたら、こういう「苦み」は昔はわからなかったんだろうなぁ....などと思いつつ、けっこう味わい深かったりもした。全体に気取りすぎなところはあるけれど、やっぱこのアルバム楽しめる。
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電源ケーブル クラス1LC-OFCシールド(メガネ端子)

2008年11月22日 22時08分30秒 | PC+AUDIO
 オーディオ・ケーブルという代物はかつてあれほど熱中しておきながら、実は本当にそんなに効果があるもんなんだろうか?という思いを捨てきれない(笑うしかねー)。数年前に電線病になった時は、にわかオークション成金であぶく銭を沢山もっていたので、何万もするケーブルを何本も平気で買い込んでいたものだが、それが一通り機器に行き渡ってしまったところで、とりあえず満足してしまったのだろうが、同時にいったいこれだけ金をつぎ込んで、どれほどの効果があったのだろうか?。などと、ひんやりした思いも避けがたくよぎりはじめて、次第に醒めてしまったところかもしれない。最近では、あの時のようにあぶく銭を入手するアテもなく、ん万円もするケーブルなど夢のまた夢となってしまっているから、なおさらそういう感も強い。

 さい、今回AppleTV用に購入したのは、オークションでみかけた自作のメガネ型端子の電源ケーブルだ。ピュア・オーディオの電源端子は3ピンと相場が決まっているが、AV機器の場合はメガネ型端子を採用しているものが多く、AppleTVもご多分にもれずその仕様になっている。私の場合、これまで書いたとおり、AppleTVはアナログ回路は使わず、単にデジタル信号を外に出しているだけなので、AppleTV自体はケーブルを換えたところで、アナログ回路を担う機器に比べればそれほどの効果は期待できないだろうと、放置をきめこんでいたのだが、いかんせん本体にオマケでついて来た白いケーブルときたら、ペナペナのいかにも安っぽい代物だったので(本体と同じ白なのでマッチングはベストなのだが)、もうすこしマシなものにしたい....との思いで購入してきたという訳だ。メガネ型端子のケーブルも、探せば高いものもけっこういろいろあるのだが、今回購入したのは3,000円ちょいくらい値段だから、仮に大して効果を感じさせなかったとしても、まぁシャレで済む範囲である。

 さて、届いたケーブルだけれど、LC-OFCクラス1というケーブルにスズメッキ編組銅線でシールドしてあり、両端の端子もきっちりと加工してあって、ほとんど市販品のような見栄えになっていた。音質の方は前記のとおりそれほど期待していた訳ではないのだが、純正から換えてみると、高域の粒立ちが俄に明確になって、細部の見通しがよくなった印象だ。自分の感覚を信じるなら、やはりデジタル回路にも電源ケーブルの交換はそれなりに威力があるということなのだろう。そんなこと考えながら、いろいろな音楽を聴いていると、大昔、LC-OFCとPCOCCのケーブルを取っ替えひっかえして、音質の違いをあれこれ煩悩していた時の印象が甦ってきた。確かLC-OFCはストレートに解像度とアップさせてくる反面、いささか潤いに欠ける。PCOCCの方は一種の艶のようなものアクセントになって厚手の音を展開....みたいな違いがあったような記憶があるが、今回のこのケーブルもまさにそのLC-OFCの特徴を感じさせる音のように感じたのだが....。
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歯科医院

2008年11月18日 20時51分52秒 | others
 このところずっとヒマを見つけては歯科医院で治療を続けていた。私の場合、家系なのか家族はみんな歯が悪いし、私もその例外ではなかったのだが、私はとりわけ歯科医院というのが縁遠かったのだ(まぁ、ああいうところに縁遠くないという人の方が珍しいだろうが-笑)。これは生来のものぐさな性格が災いしたのか、はたまた子供の頃に歯医者さんでも決定的に怖くなるトラウマでもあって、歯科医院が縁遠くなったのか、自分ではよくわからないが(たぶん前者だろうな)、とにかくこの四半世紀というもの、私は根本的な歯の治療はほとんとぜす、痛いときだけ対処療法的に歯科医院に数回通って茶を濁すといった....といったことを繰り返していた訳である。

 今回もそもそもは7月7日に剥がれてまった前歯を治してもらうだけのことを目的に、某歯科医院に赴いたのだっただが、先生が「この際だから、全部直してしまいましょう」とか、妙に確信に満ちた口調でいわれたになぜかか圧倒され、ついこちらも「はい」とかいってしまったことから(笑)、肝心の前歯の治療は後回しで、延々と治療が始まったという訳だ。パソコンのアップデートもそうだが、累積的な修正プログラムを施すのはやはり時間がかかる。7月7日から約五ヶ月間、計20回ほど通院して、本日ようやくすべてが終わった。直した歯はおそらく15本以上にはなるのではないか(もうほとんど全部じゃないか-笑)。奥歯などもうほとんど全部の歯が銀色の金属が光るジョーズ状態で、口あけて鏡をのぞいたりするとけっこう笑ってしまう。ともあれ、ここ数日、私といえばストレス満載の状態だったせいもあり、日々の生活の懸案事項がひとつでも解消できたのはとりあえずありがたい。あー、歯医者が終わった、終わった。
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ツェムリンスキー 交響曲第2番/サイペンブッシュ&スロヴァキアPO

2008年11月17日 18時26分36秒 | マーラー+新ウィーン
 土日と出張が続いたので、今日はその代休、昨夜導入したしたAppleTV+MD10の組み合わせで我が家のiTunesライブラリーを縦横に駆使して(ってほどでもないが)、久方ぶりメインのオーディオ・システムで音楽三昧の一日となった。現在我が家のiTunesライブラリはアルバムにして、1000枚になろうとするところだが、さすがに1000枚ともなるとかなりライブラリらしく網羅されてきた感じだ。リンゴ・スター~ロレツ・アレンクザンドリア~バルトーク~バーナード・ハーマン~荻野目洋子といった様々な音楽を、気の赴くままにCD棚にいかなくとも、音楽をするすると聴けるのはけっこう楽しいものだ。ツェムリンスキーもそうした音楽三昧の中で何故だか出てきた人で、このあたりの音楽の連想ゲームみたいなものを深層心理学的に解読したけっこうおもしろいかもしれない。

 さて、ツェムリンスキーはシェーンベルクの師匠として有名だが、けっこう残している作品は決して有名とはいいがたい。かろうじて有名なのはマーラーの「大地の歌」やベルクの「抒情組曲」でよくその関連を取り沙汰される「抒情交響曲」くらいだろうか。ただ、80年代後半くらいだったか、マゼールがその「抒情交響曲」をベルリンPOと録音したりから、ラサールが弦楽四重奏曲集を完成、その後しばらくしてリッカルド・シャイーが「人魚姫」を手がけたりして、近年も散発的にアルバムも出ているようだから、まぁ、コルンゴールドほどではないにしても、少しづつ着実に再評価されきている人ではないかと思う。このアルバムはナクソスの兄弟レーベルマルコポーロが大分以前に出た作品で、新ウィーン楽派が大好きな私としては、ツェムリンスキーという名前だけは有名な人の交響曲ということで購入してきたんだろうと思う。
 ツェムリンスキーは「マーラーとシェーンベルクを橋渡しする人」という形容もされたりするけけど、このワーグナーとブラームスが幸福に結合したような交響曲を聴く限り、マーラーなどよりよほど保守的な作風だと思う。また、これはツェムリンスキーの個性なのだろが、大上段に振りかぶったようなシリアスなところがなく、音楽は全般にウィーン風な中庸さに満ち満ちていて、ある意味非常に聴きやすい作品だ。

 ちなみに第一楽章はやや軽めではあるがワーグナーの「ローエングリン」的な壮麗さをリヒャルト・シュトラウスばりオーケストレーションでもって、まさに「ドイツロマン派の王道」みたいな作風であるし、第2楽章はブルックナーをやや淡泊にしたようなスケルツォ、第三楽章は「バルシファル」風な静謐さをもった瞑想的雰囲気の強い緩徐楽章になっている。最終楽章はフィナーレはフーガ風のところも交え、かなり手の込んだ構成だが、全体としてはちと不発気味かもしれない。調度リヒャルト・シュトラウスの「家庭交響曲」なんか同じように、どちらかといっえばしっりと終わる感じだが、これはこれでロマン派最終ステージの時期につくられた音楽らしい締めくくり方なのかもしれない。
 という訳で、まさにロマン派そのものな音楽なのだが、先も書いたとおりあまり重厚さシリアスさがなく、けっこうあっさりしていため、その淡泊さ故か聴いていて橋本國彦の交響曲を思い出してしまった。もっと、両者を聴き比べて見ればその違いは歴然だろうが....。
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MUSILAND MD10 (D/Aコンバータ)

2008年11月16日 23時20分58秒 | PC+AUDIO
 「出来ればD/AコンバータをUA30とかじゃなく、もう少し質の良いものにしたいのだが」と書いたAppleTV用のD/Aコンバータとしてこんなのを購入してみた。中国のMUSILANDというメーカーのコンパクト(写真でみるとそうでもないが、スタックスのヘッドフォンアンプより二回りくらい小さい)なD/Aコンバータをベースに、各種パーツのアップグレード、1ppm水晶発振に交換といったオプションを施した代物なのだが、なにしろ品質にかけては悪評高い中国製、おまけにネットオークションでの取引とあって、7万円近くも出して、箸にも棒にひっかからないようなショボイ音質だったらどうしよう....と不安一杯だったのだが(笑)、昨日から本日にかけてセットアップして、おそるおそる聴いてみたところが、これがなかなか侮れない音質なのであった(ついでに書いておけば、この機種はパソコンからUSBでも接続もできるというのがなかなか便利である。まだ試していないが....)。

 まぁ、まだ鳴らし始めの段階だがら、正直なところはよくわからないところもあるのだが、おおざっぱな感触として、私が使っているD-10とかDU-80といった、カタギの人からみればアホかいなと思うような何十万円もする高級プレイヤーと伍しても、ほとんど遜色ない音のような気がする。大枚はたいて上記プレイヤーを購入した当方としては、7万円やそころなD/Aコンバータがその何倍もするディスク・プレイヤーとほぼ同グレードな音が出てくること自体、悔しいならうれしいやらで、にわかに信じがたいものがある。
 もっとも音質の傾向というのか、出音のキャラはかなり違う。一応、AAC方式で圧縮されたソースは音質的にクセがありそうなので、当初はロスレスで処理されたソースをさきほどより聴いているのだが、上記ラックスランのようなどちらかといえば暖色系のふっくらとした音というよりは、確実ににシャープかつクリアに音楽を描写するというタイプである。また、モリモリというほどではないが、適度な力感もあり、ベースやバスドラムなどかなり心地よく描写してくれるはうれしい。まぁ、そういう意味で日本でいったらちょうどデノンの高級機種あたりの音質に近いものがあるかもしれない....と感じた(あんま信用しないでね-笑)。
 気になる点といえば、まだ鳴らし始めの段階だからそういう音なのか、機種のそのもののキャラなのかはよくわからないものの、若干高域が暴れ気味で、音像も音圧も前面に張り出しだしてくる傾向があり、音楽をダイナミックに表現するという点で考えれば、プラスに作用していると思うものの、アコスティックなソースだとちとワビサビがないというか、いささか音が元気良すぎるキライはあると思う。とはいえ、ディスクの音をじっくりと聴きたいなどと思えば、その時はCDなりSACDプレイヤーを使えぱよい訳で、もっぱらAAC256Kbpsで圧縮されたソースを聴くため....という目的なら、このD/Aコンバータ必要にして十分というか、もはやオーバースペックだと思う。

 ちなみに、接続に使用したケーブルは、電源にMITのZ-Cord2、RCAは同じくMITでAVT2で、筐体の足はどうでもいいようなゴムしかついていないので、そこにアナログブレイヤーで使っていたTaocを補強、あんまり意味もなさそうだが(笑)、筐体の上には、おまじない程度に1kgほどのウェイトをのっけてみた。どれも押し入れに放り込んであったものの再利用である。おかげで今回アクセサリーにかけた金はなんとゼロ円で、やはりこういうものはジャマでも取っておくのが吉....と思った次第である。
 ただ、まぁ、これだけのグレードで鳴る音なら、RCAには同じMITでもせめてShotgunと、あるいはMagnum、電源だとオラクルなんか使いたくなってしまうよなぁ。しかし、そうなると電線だけで本体の何倍もの価格になり、数年前のエスカレートした電線病よ再び....みたいになってしまうこと必定なので(笑)、この世界不況のさなか、その方面にこだわるのは、今度ばかり我慢することにしたい。ついでに書くと、それならばというので、同じメーカが三万ちょっとで出しているSRC10というサンプル・レート・コンバータがけっこう気になりだしたりしているのだが(笑)。
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荻野目洋子/Pop Groover

2008年11月12日 23時25分51秒 | JAPANESE POP
 「洋楽ロックファンに受けるアイドルの系譜」という話をどっかで聴いたことがある。硬派のロックファンでもコイツなら許せる....的な人達の連なりもだったような気がするのだがよく覚えていない。覚えているのは、その系譜の最大の存在はやはり森高千里だったということ。そして、森高千里が王座に収まるまで、その系譜にトップに君臨していたのが、荻野目洋子だったということだ。こういう系譜にはチャラチャラした松田聖子だとか、直球ど真ん中みたいな斉藤由貴などはは入らないのだが、荻野目洋子といえば、松田聖子や斉藤由貴とほぼ同時期のアイドル群にあって、「歌のうまさでは一等地を抜けた本格派」みたいなと評価があったし、あまり媚びたところないルックスといったところがある種エクスキューズになってロックファンに受けていたような気がする。

 さて、私といえば森高千里については、アルバム全部を所持する問答無用の大ファンだったけれど、荻野目洋子についてはあまり入れ込んだ記憶がない(ルックスでいえはお姉さんの慶子のが好きだったしなぁ-笑)。確かに歌はうまいのだが、音楽がユーロビートの本案だったり(本家ユーロビートは大好きだったのだが)、歌っている歌詞のテーマが原宿だのヤンキーまがいの生活感だったりで、どうも自分が好きな音楽との接点がみつからないし、前述のとおりやがて森高という巨大な存在が現れると、この人の音楽も存在感もすっかり地味になってしまったみたいなところがあるのである。なので、自宅をさがしてみると彼女のアルバムも5枚や6枚は出てくるのものの、はてその音楽の中身はというほとんど記憶のデータベースに該当するものがない....という実情なのだが、例外といえるアルバムが「CD Rider」と、この「Pop Groover」である。

 「Pop Groover」は当時人気絶頂だった彼女のそれまでの活動を捉えた一種のベスト盤であるが、再録や初収録の曲なども多く、ほぼレギュラー・アルバムに準じた扱いされていたような記憶すらある。で、このアルバムの何がよかったのかといえば、アルバム最後に収録3曲、つまり「北風のキャロル」「D2D」「ノンストップ・ダンサー」が異常に素晴らしかったからだ。「北風のキャロル」は筒美恭平の哀愁のメロディー、「D2D」は荻野目の歌唱力のすごさがちょっと背伸びしたAORに結実した極上の作品、そして「ノンストップ・ダンサー」は、若き日の小室のクレバーなセンスが炸裂する緩急自在のテクノ・ポップ歌謡の傑作といった感じで、この3曲だけは何故か私に異常に波長が合い、この3曲だけなら現在でも頻繁に聴いているほどなのである。
 
※ そういえば、先般巨大な落日を迎えた小室哲哉だけど、小室といえば、私にとって「ノンストップ・ダンサー」と「愛しさと切なさと心強さと」が2曲が双璧である。
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HERRMANN / Obsession (愛のメモリー)

2008年11月10日 23時55分57秒 | サウンドトラック
 60年代中盤、ヒッチコックとの痛恨の決別の後、しばらく英国で指揮や作曲活動をしていたハーマンだが、それから約10年後最晩年の日々を再びサウンド・トラックに力を傾注することになる。彼が最晩年に残した作品はどれも傑作だが、私が好きな作品は一般的に知名度も評価も高い「タクシー・ドライバー」ももちろん素晴らしいが、それ以上に愛着を感じるのがこの「愛のメモリー」である。この作品は自他共に認めるヒッチコックの後継者ブライアン・デパルマが、「キャリー」でブレイクする直前に撮った作品で、妻娘を誘拐され、死なせてしまった主人公が、十数年後、旅行先のイタリアに死んだ妻と瓜二つの女性と出会う....ストーリーからして、もろにヒッチコックの「めまい」を思わせる作品なのだが、なにしろそこに「めまい」の音楽を作った本家ハーマンをつれてきたのだから、音楽的には悪くなりようがないともいえる作品であった。

 愛している人を失い、やがてそれに瓜二つの女性に遭遇したことで、失った巨大な欠落感を埋めようとする....ストーリーは、現実的にはなかなかないだろうが(笑)、ハーマンの場合、そうしたやや不安定な精神状態をロマン派最終ステージの音楽のように表現して、ちょっとありえない物語の推移にある種のリアリティを与えることに成功している。壮絶さや緊張感といった点では「めまい」に一歩譲るが、全編を通じてその幻想的なムードは忘れがたい印象を残す。
 なので、この作品の場合、音楽的ポイントは、主人公の愛していた女性(この場合妻)の幻影が、まるで幻のように現れては消える主人公の心情を、それこそシレーヌのようなコーラスを伴った独特なテーマでもって表現して、それが度々劇中に現れることによって、映画全体にある種幻想的な雰囲気を与えているところにあるのだろう。逆にいえば、その分「めまい」ほど痛切な情感はなく、ある種達観したような雰囲気になっているともいえるが、このあたりはやはりハーマンの晩年ということも関係あるだろう。

 また、前半に現れる「ワルツ」も傑作、これはハーマンが作った名旋律のひとつだろうと思う。流れるように優美で、しかもその怒る悲劇をも予感させる雰囲気もおりまぜて、ワーグナーよろしく半音階で上り詰めて行く様はまさに陶酔的であるし、そのままつながる誘拐のシーンでの音楽はまさに「めまい」的なスリリングさがある動のハーマンを感じさせる仕上がりで、これまた素晴らしい。
 ちなみにこの作品、映画的にみると実は大したことない。私は大昔TVで見たきりだが、ストーリーがいくらなんでも....的に無理があったことがやはり大きい。ただ「千日のアン」ですっかりファンになったジュヌヴィエーヴ・ビジョルドが美しかったことと、ラストのぐるぐる回るシーンのデパルマらしいシーンだけはよく覚えている。
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APPLE iPhone3G その後

2008年11月04日 21時27分48秒 | PC+AUDIO
 iPhone3Gも購入して、早いものでもう三ヶ月が経過した。購入直後は斬新なインターフェイスとアナザーiPod的な部分なところにけっこう目を奪われていて、いったいこれをどういう局面で使うと楽しいことになるのか、実はよく見えてなかったところもあったのだが、なんのことはない、使いこめば使い込むほどに、このキカイは私の生活の一部と化してきたようだ。いや、生活の一部というのはちと大げさだが、私のようにやたら出張の多い人間にとって、出先でこれがない生活はちと考えられないくらいになってきたのは事実だ。

 いわく、出先での時刻表検索、出張先の道案内、スケジュール管理、移動中にネットブラウンジングして、RSSでニュースその他を読んだり、某巨大掲示板の閲覧したり、ちょっとしたゲームをしたり、あぁ、時にコンサート・チケットを購入したり....である。予想外にiPodとしては全く使っていないが、映画を数本に多少音楽も入っているので、よぼとヒマな時にもこれで対応できる安心感のようなものはある。もちろん、これらのことは、これまでもケータイとW-Zero3でほぼ同様のことが出来たりしたのだけれど、iPhoneの洗練されたインターフェイスでやってしまうと、ケータイやW-Zero3のゴテゴテとした、まわりくどい作業にはもう戻れないという感じだ。実際、私はケータイを電話とモバイルSuicaくらいしか使わなくなってしまった。

 ちなみに三ヶ月使ってみて思うのは、やはりiPhoneは電池が持たない。充電池必須である点とコピペができないのは大きな問題のような気がする。例えば銚子から千葉とか、千葉から安房鴨川みたいな、軽く2時間は電車に揺られているコースの場合、ネットだのなんだのをずっと続けていると、ほぼ到着するころには電池の残量20%の警告がでるし、urlだの比較的長い検索文字列を何回も打つのにコピーが使えないのはかなり面倒くさい。予測変換がもう少し充実していたら、そのあたり多少はいいんだろけど、そういう面でもiPhoneはケータイに大分遅れをとっているし、このあたりはなんとか改善して欲しいものだ。。

 ちなみに私がiPhoneでここ数日、よく使っているのはGoogleのMobile機能である。10月くらいから、スケジューラはOutlockからGoogleカレンダーに切り替えたし、とにかくRSSにしても、メールにしてもiPhone用の画面がきちん用意されているのがうれしい。実は昨夜から今夜にかけて、のっぴきならない理由でチャットの回線を用意しなければならなくなったのだが、家に帰ったらやろうと思っていた相手方の承認だのの手続きを、Google TalkのiPhone版を使って、帰りの電車の中で済ませてしまい、車中でそのままチャットモードに突入してしまえたりしたのだが、まさに「Google様々、iPhoen持っててよかったぁ」と思った瞬間であった。
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ブラームス 交響曲第2番(ピアノ連弾版) 他/マティーズ&ケーン

2008年11月02日 14時34分52秒 | ブラームス
 約一年ぶり、マティーズ&ケーンによるブラームスのピアノ連弾版作品集の一枚。このアルバムには交響曲第2番と第3番が収録されている。とりあえず今2番の方を聴いているところである。昨年の調度今頃に封を切った同シリーズの交響曲第1番の方は、さすがにあの威容を誇る大曲をピアノにトランスクリプション(しかも2台4手じゃなくて1台で連弾)すること自体の限界を感じさせたりもしたけれど、この2曲はもともと曲の性格としてブラームスの交響曲の中では叙情の方が勝っている....というか、いや違うな、もっぱらそっちに焦点を当てた演奏をしたとしても、とりあえず破綻しない楽曲とでもいったいいか。とにかく素直に楽しめる。

 第2番は冒頭からごくごく普通のピアノ曲として楽しめる。そもそも2番はオーケストレーション自体が一筆書きみたいなあっさりとしたところがあるせいだろう、ピアノ連弾でも、聴いていて特に不足感のようなものはあまり感じることなく(全く感じないといった嘘になるが)、調度同じ頃、つまりブラームス中期のピアノ作品「2つのラプソディー」とか「8つの小品」あたりに横溢する「満ち足りているんだけど、ちょいすきま風が吹いている....」みたいな、ブラームス的風情をもったピアノ曲で聴けるといったところだろうか。正直いうとブラームスの2番については、もうオーケストラ版はいささか耳タコみたいなところがあるので、こういうシンプルな、まるで独白のような風情(その割にしつこいけど-笑)の演奏の方がよほど新鮮に聴こえたりする。第二楽章のちょっとシューマンみたいな暗い叙情についても、その性格故になんの違和感もない。

 第三楽章もおもしろい。交響曲第2番というどちらかといえばなだらかの起伏に全編が染まった曲の中で、この第三楽章はリズムのおもしろさ、ちょっと突き抜けたような明るさという点で異彩を放っている楽章だけれど、主部とトリオの対比だとか、ポリリズム風な処理だとか、調度「ヘンデル・ヴァリエーション」みたいな起伏でもって処理しているようで、オーケストラで演奏するような色彩感は当然ないけれど、十分に楽しんで聴ける。最終楽章は重厚なオケが猪突猛進で駆け抜けていくような曲だから、全曲中では一番聴き劣りしてしまうが、マティーズとケーンはかなり熱っぽいテンションで演奏して、量感がない分シャープさでカバーといった感じだ。という訳で、なかなか楽しめる演奏だ、これはWalkman行き決定!。
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Apple TV (MB189J/A 160GB)

2008年11月01日 22時09分31秒 | PC+AUDIO
 AppleTVというキカイは良く分からない代物である。いったいアレで何が出来、どういう楽しいこと起きるのか、商品登場直後、Appleのサイトその他を眺めてみたりはしたけれど、いまいち実感として伝わってくるものがなかったというのが正直なところだった。iTunesを母艦にした、「リヴィングに置き、テレビにつなげて楽しむ据え置き型iPod」という説明もよくされるのだが、正直いって「だからなんなのよ」って気がしてしまったのだ。なので私はこのキカイについては、けっこう興味はあったものの、かれこれ一年以上だんまりを決め込んでいたのだが、先の月曜日に酔っぱらって帰宅して、ふとオークションをのぞいたところ、これが即決価格2万5千円という価格に衝動的に落札してしまった。

 で、「良く分からない代物」であるAppleTVを何故に購入したのかといえば、そろそろ700枚を突破しようとするiTunesライブラリを、メインのオーディオ機器に中継したいというと尽きる。これまではiTunesの音をメインのシステムから鳴らすとしたら、ノートPCからの信号をUA30というローランドのUSBオーディオ・プロッセッサーを経由していたのだが、PCの場合、音楽の他にもWindowsの起動その他、余計な音が鳴ってしまうし、ケーブルを刺したり抜いたりも面倒ということで、これ専門の専用機が欲しかったのだろうな....などと他人事のように思っている。加えていえば、カバーフローでおなじみになったAppleらしいかっこいいインターフェイスでもって、メインのオーディオからの音楽を扱ってみたいみたいなところも大きかったかもしれない。なので、ビデオとか写真とかいうある意味このキカイの売りの部分には、ほとんど興味もないし、やる気もないまま購入したというところである。

 Appleの製品だからして、セットアップは超絶簡単である。電源、テレビ、無線LANの子機、あとオプチカル端子に結線して、あとはリモコンでちょこちょこ進めていき、母艦になるPCのところにいってAppleTVに表示されたパスを入力するくらいですぐに終わる。もっとも母艦には70GB分の音楽データがあるのだから、そちらは延々とコピー作業をしている訳だけれど、終わったものから聴いていくことはできるので、待たされてる感じはまったくしない。このあたりのスムースさはさすがAppleである。また、操作は6つのボタンしかないリモコンですべて行うが、このあたりはiPod使っていれば、それほど苦にならずに使える(あぁ、ジョグダイアル機能は欲しかったかも)。誰でも箱空けて1時間後には、リモコン片手にあれこれ音楽をリモコンで選んでいるという感じだろうと思う(ネット接続がうまくいけばだが)。

 ちなみにAppleTVにはアナログのオーディオ出力もあるのだが、どうもいい音で鳴りそうもないので(試してもいない-笑)、結局前述のとおりUA30にオプチカル接続。たた、困ったことにUA30はUSBから電力を供給しているので、オプチカル接続だけでは音がならならい!ため、AppleTVにあるUSB端子(何故だかこの端子はユーザーには門戸を開いておらず死んでいる)から電源を供給している、もっと良い方法はないだろうか模索中だ。ちなみに音質だが、256Kbsの音だし、D/AコンバータがUA30だからオーディオ的には、どうってことないことのは分かり切っているが、それでもディスプレイのビジュアル効果付きだとあまり気にならならいし、なにより目下700枚のアルバムをAVシステムやパソコンではなく、メインのオーディオからリモコンひとつで縦横にアクセスできるのは不思議な感覚にとらわれる。なんかこのままいったら、そのうちCDPとか使わなくなってしまうのでは....という気にもなったりする。

 という訳でこのAppleTVけっこう楽しめる。出来ればD/AコンバータをUA30とかじゃなく、もう少し質の良いものにしたいのだが、このあたりはハマるとまたぞろオーディオ地獄になってしまうから、しばらくはこれで様子をみるとしよう(笑)。あと、このキカイの売りのひとつであるビデオ機能については、Appleが供給しているコンテンツはすごくキレイだが、自分でDVDからコンバートした映画なんかは、当然のごとくオリジナルDVDを再生した方が画面も音もきれいにきまっているし、ある意味これも売りなのかもしれないのだが、YouTubeについても大画面で観るのは、あの盛大なブロックノイズのひどすぎて辟易してほとんどちょっと観て気分が萎えた。したがって、このAppleTV、個人的にはやはりというか、当然といべきなのか、この方面の用途は全く見えてこない。
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