UGUG・GGIのかしこばか日記 

びわ湖畔を彷徨する独居性誇大妄想性イチャモン性前期高齢者の独白

クーデター未遂事件後のトルコ、懸念する欧米、知らん顔の日本・・・

2016-07-21 01:21:12 | 日記

トルコでのクーデター未遂事件の後、エルドアン大統領が死刑制度の復活に言及していることに懸念の声が相次いでいるというニュースが朝日新聞(7月19日夕刊と720日の朝刊)で報じられていました。

トルコはEU加盟候補国となっており、EUへの加盟は死刑制度を廃止することが条件とされているため、2002年に死刑制度の廃止を決めています。しかし国会の議決や国民投票などで憲法を改め死刑を復活させることは可能であるとされています。

同大統領は「国民から死刑復活の声が出ている」「米ロや中国には死刑制度がある」などとして「われわれはいつでも死刑制度を復活させることができる」と明言しています。

(注:ロシアは1996年以後死刑を凍結しており、隣国の韓国と同様、事実上の死刑廃止国をみなされています。また米国では、すでに3分の1の州で、死刑は法律上あるいは事実上廃止されています)。

このため欧米からはトルコ国内の人権状況が悪化するのではないかとの懸念の声が相次いでいるとされています。

718日、EU外相理事会は、クーデター未遂を非難しトルコ政府を支持することで一致したものの、同時に、法の支配や民主主義、公正な裁判を受ける権利などを強調し、エルドアン大統領による対立勢力への弾圧を牽制、死刑復活の動きに対しても「死刑の無条件の拒否はEU加盟国の必要不可欠の要素」として明確に警告しています。

エロ―仏外相は「死刑の復活なんて信じられない」、シュタインマイヤー独外相は「死刑制度の復活はEUへの加盟交渉の妨げになる」、EUのモゲリー二外交安全保障代表は「死刑制度を導入すればEU加盟国にはなれない」、さらに米国のケリー国務長官も「人権状況が逆戻りすることを防ぐことがわれわれの望みだ」と述べています。

しかしながら、わがニッポン、死刑制度が確固として存在しており、今後も止めるつもりなどまったくないようです。このため、アベ君をはじめ日本政府関係者は、このトルコでの死刑復活問題について、知らぬ顔の半兵衛を決め込んでおります。アベ君なんかは18日はのんきにゴルフなんかに興じておりました、岸田外相クンも寝とぼけているようですね・・・

まあ、まことに我がニッポン、まことにノンキな限りであることよなあ、などと言っていればことが済むのであれば結構なのですが、そういうわけには参りませぬ。

参院選があったり、参院選で現法相の岩城氏が落選してしまったことなどがあって、ここしばらく死刑は執行されておりませぬが、内閣改造後数か月のうちに、すなわち年内には、死刑が執行されることになるのではないかとGGIは憂慮しております。

悪いことしたヤツは殺してしまえというのではいつまでたっても日本は野蛮国だとGGIは思うのですが、極端に過ぎるでありませうか。

憲法9条も大切でしょう。でも第9条は法解釈上はともかく実態としてはこれまでのところ何とか遵守されているのです。なぜなら自衛隊員が海外で人を殺したことは一度たりともないからです。しかし憲法第36条(「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」)は憲法公布以来からすっと実態として遵守されていないのです。そのために、これまでに数百人もの人間が実際に日本という国家の名において命を奪われているのです。

GGIが考えますところ第9条と第36条は別個の存在ではありませぬ、一体のものなのです。国の外においても内においても国家の名において人間の命を奪うことは許さない、これが日本国憲法の精神なのであるとGGIは確信しております。

けれども、憲法第36条に反して死刑制度が厳然とて存在しており、現に人の命がこの今でも毎年毎年国家の手により奪われているのです。しかしながら、政府も政治家も国民の大半もこのような現実に平気の平左、これではどう考えましても異常であるしか思えませぬ。これでは日本は法治国家であるとは申せませぬ、といのがGGIのまことに情けないゴマメの歯ぎしりでございます。

今日の写真はトルコにおける死刑制度復活が懸念されていることを伝える7月20日付けの朝日新聞の記事を撮ったものです。よろしければクリックしてご覧くださいませ。以下のサイトにも掲載されています。

http://www.asahi.com/articles/DA3S12468204.html

グッドナイト・グッドラック!

コメント
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