フィクション
「真珠とダイヤモンド 上下」桐野夏生/毎日新聞出版
20代にバブル期を生きた3人の話。
望月・佳那のふたりはともかく、水矢子に対して作者が与えた運命があまりにも残酷。
バブルで自分を見失って破滅した彼らが最後に言う「大人にやられた」というセリフが印象深い。
彼らみたいな若い人たちをいけにえに私腹を肥やして逃げ切り、口を拭っている「大人」の存在をあぶりだすのが桐野夏生の凄さだと痛感しました。
70代に入ってなお、こんな作品が書けちゃう桐野夏生の胆力に圧倒されます。傑作。
「終わりなき夜に生まれつく」アガサ・クリスティ/ハヤカワ文庫
その前に読んだ「ポケットにライ麦を」よりおもしろいなんてことはあるまいと、手を付けずにいた自分は甘かったです。
人間に対する洞察力の高さとするどさ。
クリスティ本人もベストと言い切る作品だそうで、納得。
読みながらずーっと小さい違和感があって、何度もとげとげする感覚があって、
それがラストで一気に解決しちゃう爽快さといったらないです。
この話、「マイク」という男性の一人称告白体で書かれているけど、
他の人物で同じ話を語ってもそんなに大した話ではない気がします。
ストーリーがまずあって、これ「マイク」目線で行ってみるか!みたいなかんじだったのかな。
とにかく満足。小説を読む快楽ってこういうことだと思いました。
「水車小屋のネネ」津村記久子/毎日新聞出版
血縁とか恋愛関係とかではなく、がっちり手をつないだり、しがみついたりするのでもなく、
他人同士がちょっとずつ思いやって、ちょっとずつ支えあって生きる話。
人の小さな善意や思いやりみたいなもので人は育っていく。
というか、そうだったらいい。
この話では彼らをつないでいるのが「ネネ」というヨウムで、
人間の世話と話し相手を必要としている、というのがとってもうれしいです。
1981年、91年、2011年、そしてコロナ禍の2021年、と10年ごとの定点観測になっていて、
その時点の話を描きつつ、語られていない部分もしっかり伝わるのもいい。
あと、ここにでてくる姉妹の母親とその交際相手のような人、「発するコトバ=心」じゃない人。
保身や逃げのためだけに心にもない言葉を平気で発する人。
汚れた言葉を使う人、いや、言葉を汚す人。
これは津村記久子の作品に実はよく登場するタイプの人で、世の中はそういう人との闘い、みたいな側面もあるなあと感じました。
「我が友、スミス」石田夏穂/集英社
昔からボディビルダーに興味があって(ボディビルに、ではなくて)、
それで手にした増田晶文「果てなき渇望」が本当に面白かったので、
図書館で見た「我が友、スミス」がボディビルの話と知って即借りました。
まじめで自分との約束が守れる人がだけが結果を残せる競技、ボディビル。
女性のボディビルダーの中には、自分が女(の体を持つもの)であることへの葛藤を抱えている人も多く、
この作品でも主人公U野には、今の自分ではない、別の生き物になりたいという欲求があります。
でも、「果てなき渇望」にもあったように、女性のボディビルダーには「女性らしさ」が要求されるという不条理。
そこにU野が抵抗するラストもよかったですが、その行為に対するE藤のセリフで、かつてのO島もそうだったとわかる、という終わり方に、かすかな明るさが見えてよかったです。
今年は、この作品のおかげで石田夏穂にハマり、
「ケチる貴方」「黄金比の縁」「我が手の太陽」と続けて読んだ10月でした。
なんか、この世の中って息が詰まるなあ、という感じと、そこになんとか風穴を開けようともがく姿に共感します。
「冷い夏、熱い夏」吉村昭/新潮文庫
人間、生まれてくるのも大変だけど、死ぬのはほんっとに大変な仕事だ、と思いました。
津村節子「紅梅」で吉村昭の最期を読んだ後だったので、それを思い出しながらぐるぐる考え込んでしまった。
「名探偵モンク モンクと警官ストライキ」リー・ゴールドバーグ/ソフトバンク文庫
モンクをはじめ、世間から排除されやすい人たちが事件を解決するアベンジャーズ。
モンクの臨時部下4人は、強迫神経症、認知症、妄想狂、そして凶暴な人。
それぞれのアシスタントも含めて、いわゆる「変な人」の描き方がとてもいい。
優しい、とか、あたたかい、ではなく、同等というか、こういう描き方こそ真のバリアフリーだと感じました。
モンクって、「推理」をしているわけではなくて、無秩序な状態を心底嫌い、秩序を取り戻そうとしているだけ=犯人をみつけること なのがすごい!
謎解き、という点では「名探偵モンク モンク消防署に行く」と比べてゆるい気がするなあと思いながら読んでいたら、
ラストで知らされる犯人の動機に「おおっ!」と声が出ました。ゆるくなかったです。
「ハンチバック」市川沙央/文藝春秋
読書バリアフリーの話を取り上げる評者が多いけど、
実際読んでみると、それよりなにより、あのラストがしんどいです。
いいとか悪いとかではなく、作者にとってこれしかなかった、という選択なわけだから、
その心の中を精一杯想像すると深くて暗い所に落ちていきそうになる。
市川沙央って、今後も作品を書くのかな。
書くとしたら、何を書くんだろう。
必ず読むと思う。
「我が手の太陽」石田夏穂/講談社
溶接工の話。
腕のいい溶接工の「仕事」がじわじわズレて狂っていくかんじ。
志賀直哉「剃刀」みたいな話だと思いました。
「セカンドチャンス」篠田節子/講談社
今年は篠田節子はこれと「冬の光」しか読まなかった。
どっしりしていて信頼できる作家だ。ハズレなし!
「じゃむパンの日」赤染晶子/パームブックス
今年のニュースといえば、赤染晶子の新刊が読めた!ということ。
2月、ちょうど体調が思わしくなくてつらいとき、助けられました。
おもしろくておもしろくて、なくならないようにちびちび読んで、1か月後に再読しました。
ノンフィクション
「虐殺のスイッチ」森達也/ちくま文庫
戦争に関する映像や本に触れるたび「人間ってこんなにも残酷になれるのか」と愕然としてしまうことがあるけど、
そして「自分も状況によってはそうなっちゃうの?」などと思うけど、
森達也のこの言葉、腑に落ちました。目が覚めた。
「こうして人は歯車になる」
「日本人は組織と相性がよい。言い換えれば個が弱い。だから組織になじみやすい。周囲と強調することが得意だ。悪く言えば機械の部品になりやすい。だからこそ組織の命令に従うことに対し、個による摩擦が働かない」
だから、例えば戦場で地獄を味わって復員しても、意外なほどするっと日常に戻る。
人間はすんなり良いことも悪いこともする。
ドイツでも、多くの収容所でゾンダーコマンドと呼ばれる多くのユダヤ人がユダヤ人虐殺に加担していたそうです。
最後にもうひとつ引用。
「社会は加害者の声を聞きたがらない」
「貴の乱」宝島編集部
日馬富士の暴行事件をきっかけに揉めに揉めた相撲協会。
ものすごく生々しくて本当に面白くて一気読みしました。
アウトレイジみたいです。
小林慶彦という正体不明のならずものがにょろりと一匹紛れ込んだだけで、すごい勢力争いに発展します。
っていうか、これはもう抗争。
そういえば、北の富士が解説席で伊勢ヶ濱親方を「頭がいい」と評したことがあったけど、そういう意味だったのか~とうなりました。
男だけの世界って、俯瞰で見るとバカみたいです。
「「自傷的自己愛」の精神分析」斎藤環/角川新書
読んでる間、なるほど~しか言わなかった。
筆者の言う「健康な自己愛」がばっちり自分に当てはまる!!←おめでたい。
昨今の「拡大自殺」系の事件、これでほぼ読み解ける気がしました。
「女ことばってなんなのかしら?」平野卿子/河出新書
日本語って、思った以上に性別に縛られている、ということを思い知らされます。
例えば、少年/少女 という表現の不均等さ。(少男、とは言いません)
おお!言われてみれば!の連続でハッとします。
本当に、女ことばってなんなのかしら?
「自殺帳」春日武彦/晶文社
最近の春日武彦の本で一番おもしろかった。
この人の魅力は、限りなく正直に近い(完全に正直、だと社会的にいろいろ不都合がありそうなので)ことだと思いました。
「随筆集 あなたのくらしを教えてください」シリーズ(全4冊)
心身が疲れたと感じるときにじんわり効く本。
「薬物依存症の日々」清原和博/文春文庫
2016年2月2日の逮捕時のエピソードから始まるこの本を、ちょうど、次男が所属する慶応高校が甲子園で優勝した日に読んだ偶然。
清原って、野球と切り離されちゃったら生きていけない、野球以外のものを持たずに生まれてきた人なので、
息子たちはそのために生まれてきたのかも、と思ってしまいました。
元妻もえらいです。
「「助けて」が言えない」/日本評論社
松本俊彦(清原の主治医)の文章が読みたくて手にした本。
各分野の専門家の文章が収められています。
薬物依存の話以外では、男性の性被害者の話があまりに深刻でした。
知らなかったことがたくさんありました。
生涯で一度でも性被害にあう男女比は10:15、男性の比率が想像以上に多いです。
恥ずかしい、怖い、自分が汚された気がする、言っても信じてもらえないなど、なかなか周囲に相談もしづらい。
自分は男なんだから、強くあらねば、という呪縛からなかなか逃れられない。
男に生まれても、女に生まれても、どっちが当たりとかハズレとかなさそうです。
なかよく生きていきたいです。
「病と障害と傍らにあった本」里山社
病気の当事者、介護者など12人の本にまつわるエッセイ集。
とくに森まゆみ・丸山正樹・川口有美子の文章が記憶に残りました。
「日本一長く服役した男」杉本宙矢・木村隆太/イーストプレス
無期囚の多くは平均20年くらいで仮釈放になる、というのは昔の話。
今は30年くらいなんだそうです。
終身刑導入の動きはあったけど挫折。
終身刑というのは囚人にとってはもちろん刑務官への負担も大きくて、困難を極めます。
そこで制度は変わらず、厳罰化を!という雰囲気だけが残ってしまいました。
さらに、無期囚釈放の高いハードルとして「受け入れ先」の問題があり、
身元を引き受けてくれる個人や施設がないと、このケースのように強盗殺人で61年服役、なんてことが起きてしまいます。
若く未熟な(といっていいと思う)記者が迷ったままのラストには誠実さを感じました。
命・時間・法律など社会制度の歴史、という大きな獲物と格闘した記録。
ほかにおもしろかったノンフィクション(読んだ順)
「心の野球」桑田真澄
「私の文学史」町田康
「ミライの源氏物語」山崎ナオコーラ
「ポワロと私」デビッド・スーシェ
途中、スーシェの自伝なのか、ポワロの自伝なのかわからなくなります。
いろんな俳優がポワロをやったけど、結局スーシェのポワロが最高な理由がよくわかる本。
「ラッセンとは何だったのか」
アートな人たちのラッセンに対する憎しみがあふれた本。
ピカソより~ フツーに~ ラッセンがすっき~!
「普通に好き」と言われたい/言われたくないアート人たちのイラつきが手に取るようにわかり、結果、ラッセンに感心してしまいました。
「明るい原田病日記」森まゆみ
「やくざ映画入門」春日太一
これを読んで「県警対組織暴力」を見ました。
すっっごくおもしろかったよー!!
「聞いてチョウダイ根アカ人生」財津一郎
「座頭市」での演技に感動し、亡くなるちょっと前に読んだ本。
明るくて、正々堂々としていて、困難を乗り切る力があって、イメージ通り。すてきだ。
「コロナに翻弄された家」末利光
姉と2人の妹が新型コロナに感染し、2020年の4月、妹2人が亡くなった、元NHKアナウンサーの手記。
人生とは、とか、運命とは、とかに話が行かず、終始一貫して政治や医療システムに怒りが向けられている。
つまり、コロナ禍とは「人災」である、と再認識しました。
「ヒロコとニャンコと音楽の魔法」谷山浩子
谷山浩子ファンのバイブル「魔法使いの浩子さん」のアンサーソング(ブック?)みたいな、副読本みたいな本。
「ありがとうだよ、スミちゃん」萩本欽一
プライベートを語っている珍しい本。
「人生はそれでも続く」読売新聞社会部「あれから」取材班
「NHKスペシャル ルポ 中高年ひきこもり 親亡き後の現実」NHKスペシャル取材班
ひきこもりが社会問題とされはじめたころ、
そうは言っても親が死んで収入がなくなれば働かざるを得ないよねえ、なんて甘く考えていたけど、
彼らが50代以上になってきた今、衰弱死をしているという衝撃。
「水谷豊自伝」
あいかわらずの無節操な読書ですが、
来年もいい本にたくさん巡り合えますように。