快読日記

日々の読書記録

「名人に香車を引いた男 升田幸三自伝」升田幸三

2015年06月10日 | エッセイ・自叙伝・手記・紀行
《☆☆☆ 6/5読了 中公文庫 2003年刊(「升田幸三自伝 名人に香車を引いた男」朝日新聞社 1980年刊 を文庫化) 【自叙伝 将棋】 ますだ・こうぞう(1919~1991)

「独特老人」のインタビューがあんまりおもしろかったので自伝を読んでみました。

母の物差しの裏に「この幸三、名人に香車を引いて勝ったら大阪に行く」と書き残し、数枚の下着と握り飯だけを持って家を飛び出したのが満13歳。
賭将棋で食いつなぎ、木見金治郎名人に弟子入り。
そこから爽快なくらいグイグイ強さを増していく様子は花登筐の小説のようです。
段位を獲得してからの数々の事件や名勝負、ライバルとの攻防もおもしろかったです。
所々に挟まれる棋譜の意味がわかればもっと楽しめるはずですが、それは仕方ないとして。

そういえばいつだったか、テレビですごく若い面打ちの職人(というか作家)を見たんですが、その人が面に魅了されてプロに弟子入りしたのが6歳なんですよ。
自分が一生を賭けるものを、わずか6歳で見つけるなんて!と驚いたけど、よく考えたら6歳であろうが見つかる人は見つかるし、60歳でも見つからない人は見つからないんでした。

それはともかく、この本いいなあと感じたのは、天性のものにプラス「気づく能力」を持っていて、ささいなことを大きなきっかけに変えることができるところ。

例えば、17歳の内弟子時代、おつかいに出された帰りに転んで豆腐を台無しにして、先生の奥さんに「使いっ走りも満足にできんどって、なにが将棋や」と怒られる場面。

「そうだ、オレが間違っとった。トウフを買いに行きながら、道すがらオレは別のことを考えていた。なぜオレばかりこき使うんだとか、なぜあんな将棋を負けたんだとか、頭の中は雑念でいっぱいだった。そのため用心を忘れ、足もとがお留守になってコケた。これじゃいかん。トウフを買いに出たら、そのことだけ考えなくちゃいかん。「何をするにも集中力を持て」そう思った。一つ、目が開けたんですな」(98p)

カンが強くて攻撃的な一方、きめ細やかな神経を持ち合わせているのが魅力的。
でも、彼の体力がそれに耐えられないところがせつない。

終盤になって、冒頭の落書き「名人に香車を引いて」がまさかの予言になっていて、震えがきました。

/「名人に香車を引いた男 升田幸三自伝」升田幸三