快読日記

日々の読書記録

「怖い絵」中野京子

2009年09月09日 | アート・映画など
《9/7読了 朝日出版社 2007年刊 【美術 西洋史】 なかの・きょうこ》

このシリーズがこんなにおもしろいのは、
とりあげられたそれぞれの絵の怖さより、
そこに秘められた歴史の凄まじさより、
筆者の提示する「恐怖」に心底共感できるからです。

例えば、処刑直前のマリー・アントワネットを描いたデッサン。
その「老い」も怖いし、運命に翻弄される人生の幕引きも確かに怖い。
しかし真に怖いのは、ここにありありと浮かび上がる画家の悪意である、という指摘。
表紙にもなっているラトゥール「いかさま師」で本当に恐ろしいのは、画面に並ぶ詐欺師たちではなく、
右端の、すでに大人であると自認する立派な身なりの少年が、完全に彼らの手中に落ちているのにもかかわらず、すましてゲームに打ち込んでいる姿。
ほんのわずかでも彼が周囲に目をやれば、3人の狡猾な目配せが見えるのに、
この子は身ぐるみ剥されるまで、いや、下手すりゃ剥されても、罠にはまったことに気付かないてしょう。
簡単に人を信じて、暗がりからトンと突き落とされる恐怖と絶望。
想像しただけで寒気がします。

怖いのは「絵」じゃなくて「生身の人間」なんですね、分かり切っていることのようですが、改めて突き付けられると背筋がひんやりします。