快読日記

日々の読書記録

「モンスター 尼崎連続殺人事件の真実」一橋文哉

2014年06月08日 | ノンフィクション・社会・事件・評伝
《6/7読了 講談社 2014年刊 【ノンフィクション】 いちはし・ふみや》

この事件には黒幕がいる。
それは美代子が拘置所内でうわごとに呼んだMという男だ、という説。

人物相関や事件の流れについての説明は、昨年暮れに読んだ小野一光「家族喰い 尼崎連続変死事件の真相」の方がわかりやすい気がします。
これは「家族喰い」が、筆者の取材が進むのと一緒に話が進む本だからかもしれない。
っていうか、この事件は時間・場所・ターゲットなどが多岐にわたりすぎて全体像がまだ見えていなくて、取材者である筆者の視点でルポっぽくまとめるしかなかったのかも。
そう考えてみると、この一橋本はすごい。
持って生まれたワルの素質が不幸な生い立ちによって芽を出した美代子、その乙女な部分を紹介しながらも、Mという師匠のもと「モンスター」に化けていくという見立てになっています。
人間じゃない、という意味ではむしろ「家族喰い」の方が、美代子をモンスター扱いしていました。
Mからのご神託(人心掌握術など悪事のコツを伝授した。あの北九州監禁連続殺人事件をも参考にしていた)が記録された美代子ノートってのがあるそうで、
でもこれ、どうやって手に入れたの? 本当にあるの? 文言を変えていると断り書きがあるけど、どの程度アレンジしてるの? どうして文言を変える必要があるの?
周辺を取材した証言にもアレンジ感があるし。
謎だ。
でも、こういうまゆつばなかんじこそが一橋文哉の持ち味で、ほんとかよーと思いながらもついつい引き込まれてしまいますね。
すごい取材力とどぎつい表現力。
周囲の人たちの証言や捜査員筋からもたらされる事件細部の生々しさは「家族喰い」より数段上です。

ここで明らかにされた美代子のやり口はこんなかんじ。
まず、誰もが持つちょっとした弱点(欲望・自尊心・小さい猜疑心)を突く。
決めぜりふ、「アンタ、ほんまは○○なんやろ」(事業したいんやろ、サラリーマンが嫌なんやろ)にはもはや感心してしまう。
詐欺師というのは“だます天才”じゃなくて“信頼させる天才”だっていうけど、その通りですね。
そして、そこの家の子供を手なずけて人質状態にして親を殴らせたり、公衆の面前で裸にして暴行したり放尿させたりひどい言葉を絶叫させたり、あることないこと吹き込んで家族の間を断絶させたり、家族に順位をつけて上位者がに下位者を暴行するように仕向け、さらにその順位をコロコロとを変えたり。
最終的には暴力・恐怖両輪による支配で人を追い詰めて破滅させる。

この事件の一番の特徴は「加害者と被害者が混雑し、立場をクルクルと変える」(152p)ことであり、それが事件をさらに複雑にして、被害者の心身をズタズタにした。

読み終わって思うのは、やっぱりMを“黒幕”とまで呼ぶのには無理があるということ。
それから、美代子の“自殺”について、明言こそしないけど暗に警察による“謀殺”あるいは“未必の故意”を匂わせていますが、それにもいまいち賛同しかねます。

しかし、美代子に関わって死んだのに事件性なしで処理されたり、消息不明になったりしてる人がまだ何人もいる。
美代子が死んだ今、警察が全貌を解明する気はなさそうで、なんだかもやもやします。

→「家族喰い 尼崎連続変死事件の真相」小野一光

/「モンスター 尼崎連続殺人事件の真実」一橋文哉