快読日記

日々の読書記録

「湿地」アーナルデュル・インドリダソン

2014年02月13日 | 翻訳小説
《2/11読了 柳沢由美子/訳 東京創元社 2012年刊 【翻訳小説 アイスランド】 Arnaldur Indridason(1961~)》

2ヶ月もかかってしまった。
エーレンデュル(これは主人公)やエーリンボルクやエーリンという人名がなかなか認識できなかったり、シグルデュル=オーリは部下だけど、ノルデュルミリは場所だったりして、ただでさえカタカナの名前が覚えられないのに、地名まで加わって大苦戦。
半分近くまで読んでやっと落ち着いたかんじ。
だけど、途中でやめたいっていう気にはなりませんでした。

話の中は寒くて、ずーっっと雨が降っていて暗かった。
でも、実はこういう雰囲気は大好き。
「メッセージは紙に鉛筆で書かれ、死体の上におかれていた」(11p)っていう書き出しからもうぐいぐいきます。

探偵役のエーレンデュル捜査官はとても地味なおじさん。
ビジュアルのイメージは「エロイカより愛をこめて」(青池保子)で少佐の後任として一度だけ登場したローデ。ニッチすぎるか。
もつれた糸を辛抱強くほどくような地道な捜査が続き、彼の家族の問題などもからんで、派手さはないのにその引力は強かったです。

「人はこんなことに影響など受けないと思うものだ。こんなことすべて、なんとなくやりこなすほど自分は強いと思うものだ。年とともに神経も太くなり、悪党どもを見ても自分とは関係ないと距離をもって見ることができると思うのだ。そのようにして正気を保っていると。だが、距離などないんだ。神経が太くなどなりはしない。あらゆる悪事や悲惨なものを見ても影響を受けない人間などいはしない。へどがのどまで詰まるんだ。(略)しまいには悪事と悲惨さが当たり前になって、普通の人間がどんな暮らしをしているのかを忘れてしまうんだ。今度の事件はそういうたちのものだ」(222p)

ミステリーの主人公の多くが(彼が犯人でない限り)人間の「悪」「愚かさ」「悲惨さ」に触れるわけだけど、現実に彼と同じ目にあえばものすごいダメージを受けることは確実です。
目の前で、知らない人が例えば万引きするのを見た、子供を殴るのを見た、それだけで、普通は気分が悪くなるし、自分が穢れみたいなものにむしばまれていくようにすら感じるんじゃないか。
そう。影響を受けないなんてありえない。
ミステリーの主人公たちは、そこらへんどう対処しているのか?とかねがね疑問に思ってました。
「悪」に触れることでダメージは受けないのか、と。
だから、このエーレンデュルの独白には、「人間ってそうだよな」と激しく共感しました。
年を取れば取るほど、神経はもろくなり、心は弱くなる。
他人の「悪」に接することで消耗し、少しずつ壊死を起こす。
確かに、生きるってことにはそういう側面もありますよね。

/「湿地」アーナルデュル・インドリダソン