快読日記

日々の読書記録

「身体のいいなり」内澤旬子

2011年08月10日 | エッセイ・自叙伝・手記・紀行
《8/9読了 朝日新聞出版 2010年刊 【手記 乳癌】 うちざわ・じゅんこ(1967~)》

息抜きによく行く喫茶店で、「すっごく不思議なことがあったの」と店主に差し出されたのがこの本。
この前の定休日に、店のドアの取っ手に挟まっていたんだそうで、しかも袋に入ってるわけでもなく、裸のまま。
え~! 謎だ~、などと笑いながらパラパラ目次を眺めると、なんだかおもしろそう。
冬に入るまでは時間がとれないから先に読んでいいよ、という彼女の暖かいお言葉に甘えて、さっそく借りました。

そしたらこれが、大当たり。
まず、幼い頃からの虚弱体質、アトピー、腰痛などのキツい経験が語られるんだけど、そういうのはたいてい「体弱い自慢」みたいになって、くそおもしろくもない(失礼)のが普通なのに、全然嫌な印象を受けないんです、この本。
語り口が、ちょっとぶっきらぼうなくらいさっぱりしていて歯切れがよく、自分の心境の書き方も実に率直だからかな。
これは好みのタイプです。
話は、偶然感じた胸の違和感から、乳癌発覚、数回に渡る手術と乳房再建まで。
帯に「38歳で乳癌と診断されてから、なぜかどんどん健やかになっていく…」とあるように、さまざまな問題に直面し格闘するハードな話の割に、方向は限りなく明るい、という好ましい仕上がりです。
かといって、馬鹿っぽいポジティブシンキングなんかじゃないので安心。

同じ中年・子なし女子の癌闘病ものでも、とことん調べてベストの方法を模索し、手術後の食事療法も徹底的に頑張った優等生の岸本葉子に比べ、こちらはなんだか人生に対して若干ヤケクソ気味だし、闘病中も「めんどう」を連発するのには親しみを感じてしまいます。
(快復していくに従って、そうした気配は薄れていきました。筆者の素直な性格がうかがえます。)

すごく読み応えのある本でしたが、特に心に残ったのは2つ。
まず多くの病院で、婦人科系と産科系の入院病棟が同じフロアであるという問題。
これはお互いにとって不快だし不幸。
殊に婦人科系の患者にとっては、病気以外にもう一つ闘わなきゃならないものが増えてしまうくらいの地獄です。
次に、治療費が明記されていること。
貧困と病とは深い関係にあり、病は貧困に拍車をかけ、貧困は病を生む、というのはよく聞く話です。
やっぱりお金は大事だ。

生まれてこの方、手術も入院も全く経験したことのない能天気なわたしですが、とにかくこれは覚えておこう、というエピソード満載でした。

/「身体のいいなり」内澤旬子
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追伸:
さて、「身体のいいなり」が、一体どこからやってきたのか、気になります。
誰が、何の目的で、なぜこの本を? なぜ裸のまま?

あとでわかったことですが、
その店主の知り合い(お店の常連さんだったかな?)の男性が、「すごくおもしろい本があるから、今度持ってくるよ」と言っていたんだそうです。
でも、それは半年以上前のことだというからびっくりです。
忘れちゃうよね、普通。
だけど、ちょっとうれしい驚きです。
その男性というのは70代、本を裸でドアに差し込んでおくというワイルドさにも、なんだか和みます。
せっかく貸してあげようと思って来たら、定休日だったんだね。
ほほえましい。

ことの真相ってのは、往々にして、聞いてみるとあっけないものですな。