読書日記

いろいろな本のレビュー

毛沢東と中国 上 銭理群 青土社

2013-03-02 13:25:20 | Weblog
 著者は1939年生まれ、元北京大学教授で魯迅研究者。前書きに、日本の中国研究者に共和国の60年の歴史を個人として説明を尽くすことが大きな責務だと述べている。そして学恩をを受けた日本人として、伊藤虎丸氏と丸山昇氏の名をあげている。伊藤先生には大学時代、魯迅の講義を受けたことがあり懐かしい。非常にリベラルな方で、日本と中国の文化交流に貢献された。先生が生きておられたら今の日中関係について何か有益なコメントを出してくださるような気がする。丸山先生も同じ。注を含めて699ページの大著であり、上巻は共和国成立から文化大革命前夜までを記している。
 毛沢東は1949年、著者が十歳のとき中華人民共和国のトップになり、1976年、著者が三十七歳のとき、逝去している。少年から青年へ、さらに中年へと至る人生の黄金期を毛沢東の統治下で生きたわけである。そして文革時は忠実な毛沢東主義者になったことを告白している。中国共産党の草創期から27年間君臨した毛沢東の政治手法を研究することで、今の共産党の問題点が浮き彫りになってくる。これは外国の人間にとっても、中国人にとっても重要な問題である。毛沢東時代を生きた人間でなければ分からない歴史の実相がリアルに捉えられ、非常に読み応えがある。
 共産党の政治形態が今のような形になるまでには紆余曲折があったが、毛沢東は徐々に権力を掌握する中で作り上げた人民公社に注目しなければならない。彼はこの組織形態によって、国家権力のコントロール(皇帝権力)を県以下の郷、鎮、村、さらに個別の家庭にまで徹底させた。これは中国歴史上空前の出来事であった。さらに同時に実行した戸籍制度によって都市と農村の人口移動を禁止した。本当に農民を土地に縛りつけ、生産から流通、分配、生活まですべてをコントロールした。こうして毛沢東の「一党専攻下の空想的社会主義の実験」は、ついに専攻主義の本質を暴露した。中国の伝統的皇帝権力統治は共産党集権統治の近代化形式のもとで、はじめて農村の個別の家庭にまで侵入し、伝統的な郷紳と家族の統治する基層社会構造な完全にとって代わった。毛沢東の構想では家庭も最終的には消滅するものだった(P332)。一党独裁の現共産党の祖形がここで確率したわけである。農民がその犠牲になったことはこれ以降延々と続いており、この国の決定的弱点となっている。
 工業化、国防建設、都市の安定を保証するためにはつまり富国強兵のためには農民を犠牲にしなければならない。たとえ農民が餓死しても構わない。それが中国の農民が大量に死亡した問題の本質であった(P368)。と大躍進運動の中で起こった大飢饉の原因を分析している。その一方で、「卑賤な者が最も聡明で、高貴な者が最も愚鈍であると」農民を持ち上げ、知識人を批判するスローガンを1958年共産党第八大会第二次会議の席上で宣言している。「知識人への軽視、蔑視、敵視」から階級闘争を作りだした。いわゆる「白旗抜き」運動である。高い地位にいた老知識人、老教授、文化と学問を持つ権威、大人物を、「ブルジョワ階級の白旗」と呼び、地位が低く、文化的素養がない青年学生、小人物に、批判闘争を呼びかけた。これが文革の底流となって、後に大ブレイクする。国家を破滅寸前に追い込んで政敵を打倒したその手法は常人のなせる技ではない。その後、ポルポトを始めとして毛沢東主義者が革命運動として知識人を弾圧した淵源はここにある。このパターンは今日本の政治家でも援用している者がいる。既得権益層を敵と見なして攻撃し、待ったなしの改革を標榜し、烏合の衆の非知識人階層にアピールして選挙で勝利し、権力を乱用する手法である。この意味でも毛沢東は偉大であった。
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