読書日記

いろいろな本のレビュー

レッドアローとスターハウス 原武史 新潮社

2013-06-16 16:00:37 | Weblog
 レッドスターは西武鉄道の特急電車、スターハウスは公団の星型住宅。副題は「もうひとつの戦後思想史」だ。本書は「西武開拓史」と言っていい内容だ。西武鉄道の全身は武蔵野鉄道で、1915(大正4)年4月に池袋~飯能間が開通した。その後、反共親米の堤康次郎によって、池袋線・新宿線の両線を抱えて発展させてきた。この沿線に1950代から70年代にかけて大規模な団地が造られた。それは公団や都営、東京都住宅供給公社のもので、核家族が数多く移り住むようになった。その中で共産党は団地の自治会の役員に活動家を送り込み、党勢を拡大する戦略を展開した。その勢いで、小学校のPTA活動にも食い込んで影響力を行使し始めた。(この詳細は著者の『滝山コミューン』を参照されたし)
 この沿線は反共の巨魁が経営しているにも関わらず、革新派の拠点になったのは皮肉なことである。団地とはロシアが本家で、労働者を集合住宅に住まわせて思想教育をやるために造った物らしい。従って団地とコミュニズムは親和性があるのだ。
 1960年代の団地は日本の経済発展と連動していて、2DKの間取りの部屋は新しいライフスタイルを人々に提供して、幸福感を振りまいた。スターハウスはその中でも斬新なスタイルと日当たりのよさで大人気であった。(私はこのスターハウスを大阪堺市の中百舌鳥団地で見たことがある。)その生活スタイルの中に共産党が先導する革新意識がどのように人々の中に浸透して行ったのかを詳しく追っている。なかなかの力作である。
 鉄道のターミナルに百貨店を作り、沿線に住宅を開発し、遊園地や娯楽施設を作って人を呼び寄せる方法は阪急の小林一三が有名だが、阪急と西武の違いは、西武には阪急の芦屋に相当する高級住宅街が無かったことである。これが決定的な差となって現在に至っている。走っている電車の性能も、全然違う。阪急電車の性能は昔から抜きんでていた。
 西武は庶民派の鉄道で、ロシアに於ける団地とコミュニズムの親和性を見事に証明している。戦前は東京の糞尿を練馬あたりの農家の肥料として供給するために運んでいたという歴史も庶民派のイメージ定着に影響したと言える。また表題にある、レッドアローという特急電車は実際ロシアにあり、その名前を取ったのではないかと著者は推測しているが、西武本社はこれを否定している。「赤い矢」という名前はコミュニズムのシンボルとしてわかりやすいが。
 とにかく反共親米派の経営する鉄道会社の沿線が、アメリカンスタイルではなくロシアスタイルの思想空間になったということは興味深い。これは阪急電車と乗り比べるとその差が実感できると思う。

漢字再入門 阿辻哲次 中公新書

2013-06-09 17:45:16 | Weblog
 漢字博士阿辻氏の最新刊。漢字の蘊蓄を存分に披露している。今回、本書の中で二点興味深く読んだ。一つは漢字の書き取りで、はねる・はねないの問題。たとえば木の縦棒ははねるのか、はねないのか。氏の結論はどちらでもよい。それを古今の漢字典を根拠に説明しているので、まぎれが無い。私もこの問題についてはどうでもいいと思っていたが、小学校や中学校ではかなり厳密に指導しているようで、高校入試にも書き取りの試験がある手前、表だって意見を表明できなかったが、この本で意を強くした。漢字は基本的に知識階級ののもので、それを大衆一般に拡げるためには相当の根気を要する。はねる・はねないなどと細かいことを言っている場合ではない。
 中国大陸では漢字と似て非なる簡体字が普及していることをどう考えるのか。細かいことを言うから子どもは漢字嫌いになるのだ。そういう子どもは高校での漢文にマイナスの印象を持ってしまい。漢文の素晴らしさを享受することができない。困ったことである。
 もうひとつは筆順の問題。著者によれば、戦後何人かの書家がどうやったらきれいな字を書けるかという観点から、筆順を定めたらしいが、これもどうでもいいとの結論を出している。私もまったく同感である。基本的には左上から右下に向かって流れるように書くのがいいとされているが、じゃあ左利きの人はどうなるんですかという問題が起こる。阿辻氏はそのことにも触れて、筆順の意味の無さを強く主張されている。
 本家の中国では簡体字、韓国では漢字が絶滅の危機にある。台湾は大陸の共産党政権に対抗する意味で繁体字を使用しているが、東洋の文化遺産の漢字を守る役割を日本が背負っていることは確かだ。瑣末なことに気を取られ、漢字の面白さを子どもから奪うようなことになってはどうしようもない。再考を願うのみ。