読書日記

いろいろな本のレビュー

ユダヤとイスラエルのあいだ 早尾貴紀 青土社

2008-10-31 22:57:01 | Weblog

ユダヤとイスラエルのあいだ 早尾貴紀 青土社



 近代の国民国家思想・ナショナリズムに起因する「ユダヤ人」問題、シオニズム、イスラエル国家について、様々な思想家の言説をもとに分析したものである。イスラエルこそは近代世界における「国家」や「国民」や「民族」を考える上で格好の素材である。それはヨーロッパ世界の「ユダヤ人問題」を考えることでもある。
 第一部でハンナ・アーレントとマルティン・ブーバーの二民族共存論を紹介しイスラエルはユダヤ人国家か、ユダヤ人とパレスチナ人の二民族共存国家かについて議論する。その後、第二部においては、イスラエル建国以降、イスラエル国家に対して、ユダヤ人の思想家たち(ハンナ・アーレント、ジュディス・バトラー、アイザイア・バーリン、)とパレスチナ人思想家のエドワード・サイードがいかに対峙しえたのかを検討することによって、二十世紀後半以降の国民国家をめぐる議論における「ユダヤ人国家イスラエル」の現在を俎上に載せる。
 本書を通読して感じるのは、取り上げた思想家の主張を明確に簡潔に整理していることで、誠に分かりやすい。特にサイードを論じた第八章は読み応えがある。サイードは最近亡くなってしまい、シオニズムそしてイスラエルに対する鋭い批判はもう聞くことはできなくなってしまった。誠に残念と言わざるを得ない。イスラエルはいま「純然たるユダヤ人国家」を目指しており、パレスチナ人を含めた二民族共存というハンナ・アーレントが唱えた国家理念からますます遠のいていく。それはユダヤ人によるアパルトヘイト体制と言うべきものであるが、南アフリカの例を見れば分かる通りこれは必ず自滅する。人種による純粋化は国民浄化運動を引き起こし、それが悲劇を生むことは歴史が証明している。

小高へ  島尾伸三 河出書房新社

2008-10-26 22:57:59 | Weblog

小高へ  島尾伸三 河出書房新社



 サブタイトルに「父 島尾敏雄への旅」とある。 小高とは、父 島尾敏雄の故郷である福島県の旧小高町のことで、本書はその町の回想、父との沖縄旅行の思い出、母の忌まわしい行動の数々を綴ったもの。山下清の「裸の大将」の文章を読んでいるような感じがした。おとうさん、おかあさんと呼びかけるような感じで書いているのが印象的。六十歳の著者がまるで子供になったようなうぶな筆致で淡々と書いているが、作家の息子だという片鱗は此処かしこに現れる。父・敏雄と母・ミホの異常な夫婦生活は「死の棘」に詳しいが、子供にとっては地獄の苦しみであったろうと思う。私は以前、島尾敏雄の熱心な読者だったが、戦争体験の空虚さを上手く小説にしているなと思った。繊細な心理描写は好き嫌いがはっきり出るところがあり、評価の分かれ目になったと思う。先般なくなった小川国夫は島尾に見出されて文壇に登場したが、どちらも内省的な叙情を描くという点で共通項が多かった。
 「死の棘」は神経を病んだ妻・ミホと敏雄との壮絶な日々が主題だが、その日常を子供として生きることの困難さは想像を絶する。朝日新聞の書評のインタビューで、親に絶望して小学二年で自殺を試みたが失敗したことが述べられている。でも子供は親がどんなに最低な人間でも、やっぱり好きなんですよと親をかばう従順さも見せている。しかし、この家族の異常さは島尾の葬儀のあと遺骨を自宅へ持ち帰り、骨壷へ入れる場面の描写に端的に現れる。以下「第七章 骨」より引用する。「おかあさんは顔をみつめながら、私は悲しいふりをして、大きな骨をガリガリと食べてみせました。妹は、迷わずに泣いて食べだしました。ギクッとした表情を慌てて吹き消すと、おかあさんは嫌そうに、小さな骨を捜しだし、それを食べました。妹やマホ(著者の娘)が居なければ、おかあさんは私に{殺してくれ}と言ったに決まっています。ええ、私はきっと、その命令を忠実に実行したはずです。」 合掌。
 

金正日の正体 重村智計 講談社現代新書

2008-10-23 22:40:38 | Weblog
 
金正日の正体 重村智計 講談社現代新書



 重村氏はもと毎日新聞記者で三十年前から北朝鮮について取材し、記事を書いてきた人物。拓殖大学教授を経て、現在早稲田大学教授。早稲田は自分の母校だ。本書の売りは、金正日に影武者がいる(最大四人)ということと、本物は既に死亡している可能性があるということ。これが本当ならすごいスクープだ。ピューリッア賞ものだ。もう一つ面白かったのが、金正日は1982年から東京へ遊びに来ていたという話。赤坂のレストラン・シアター「コンドンブルー」でショーを見ていたらしい。喜び組のダンスはここでの振り付けをパクッたものだという証言を紹介している。また引田天功のマジックもここで見て感動し、後年北朝鮮に招待したというのもある。金正日の長男の金正男が日本に入国しようとして成田の税関で捕まり、強制送還されたのはそう昔の話ではない。多分父親から「東京はええでえ」と聞かされていたのだろう。
 現北朝鮮の指導者が日本フリークで、アキバオタクの一種だと思うと何か奇妙な感じだ。早く拉致した人々を返しなさいと強談判したら返しそうな気もするが、多分、軍のOKが出ないのだろう。これ以外にも、重村氏は新聞記者時代に培った人脈の情報をもとに色んな話を紹介してくれている。書物だけで研究し発言している大学人とは一線を画している。氏の偉いところは早くから朝鮮総連の正体を見抜いていたことだ。総連が拉致の実行を手助けしていたことを早くから警告していたが、総連にたぶらかされていたマスコミ・政党はそんなことはありえないと、今から思えば犯罪的なコメントを発表するばかりだった。
 金正日は最近、脳梗塞で重篤な状態だと言われるが、本書の指摘のようにもう既に死亡しているのだろうか。本物が死んだら影武者四人も消されるのだろうか。なんだか忍者の世界になってきた。とにかく目が離せないことは確かだ。

江戸儒教と近代の「知」  中村春作 ぺりかん社

2008-10-18 14:26:19 | Weblog

江戸儒教と近代の「知」  中村春作 ぺりかん社



 近代日本の「国民国家」の成立は「近代知」による部分が大きいが、その「近代知」は江戸時代の儒教の諸学派の作り上げた学問の伝統に支えられているというのが著者の問題意識である。荻生徂徠の朱子学批判を中心に、江戸時代の儒学史を簡明にまとめ、これらの知的学問の集積が明治以降の近代国家の成立にどのように関わって行ったのかを解き明かした労作である。
 儒教そのものはおよそ近代国家と無縁のものだが、それが近代国家の成立に寄与したというテーマの立て方が独創的だ。儒教は江戸時代においては政権を支える思想であったが、儒学として広く流布し基礎的な学問の伝統を作りあげた。明治以降西洋の文化の流入の中で、この儒学の伝統は更に変容を遂げ、近代国家成立の重要な要素となった。著者はこの流れを多くの資料をもとに明快に説く。小林秀雄ばりの硬質な筆致は簡単に読み解くことを拒否するような雰囲気を醸し出しているが、それは著者の研鑽の結果であり、大いなる自信の裏返しと見ることができるだろう。

ゾロアスター教 青木健 講談社選書メチエ

2008-10-17 00:06:14 | Weblog

ゾロアスター教 青木健 講談社選書メチエ



 ゾロアスター教は中央アジア~イラン高原に住んでいたアーリア民族の宗教だが、濃厚な呪術性、思想を神話的イメージに載せて語る独特の言説、異なる文化伝統を有する者には意味不明なアーリア人固有の神格群、それらの諸神格に向けて細かく規定された儀式の方法、そして儀式や呪術を司る神官が絶対優位な階級社会に特徴があった。紀元前十二~紀元前九世紀ごろその中から、ザラスシュトラ・スピターマという神官が現れ、新たな教えを齎した。それは「この世は善と悪の闘争の舞台であり、人間存在は善の戦士である。世界の終末には救世主が現れて、必ずや善が勝利するであろう」というものだ。著者によれば、これはあらかじめ筋書きの判明した宇宙的ドラマであり、古代アーリア民族の神話や伝説はこのドラマに沿うように書き改められた。このような古代アーリア民族の宗教観念を解体・再構築した知的作業の結果を総称して、「原始ゾロアスター教」と称するのだ。
 後に224年に成立したササン朝ペルシャ帝国の国教になってから、明確な教義を備えた宗教に脱皮した。本書は長い歴史を持つゾロアスター教の変遷を様々な文献を渉猟して懇切丁寧に説いている。インド亜大陸に入ったゾロアスター教がヒンズー教に発展したり、イラン高原ではイスラム教に取って変わられたりと、さまざまな消長を繰り返したことがよくわかった。また拝火教とも言われるが、その拝火神殿の遺跡など、興味深い写真も掲載されている。
 世界史の中でも、中央アジア史はなかなか理解が難しいので研究者の数も少ないのが現状だ。これは甲骨文字の研究と相通ずるものがある。マイナーな分野の研究を志し、実践されている著者に敬意を払いたい。アーリア民族の英雄ザラスシュトラはドイツ語読みではツアラツウストラで、ニーチェは彼に託して「神の死」、永劫回帰、超人、権力への意思、善悪の彼岸などの思想を語ったが、なぜツアラツストラに仮託したのかは不明だ。ナチズムは「アーリア民族至上主義」を標榜したが、当時ヒトラーが頭に描いていた「アーリア民族」とは、ゲルマン民族や北欧民族のことで、言葉本来の意味での「アーリア人」であるインド亜大陸のアーリア人は、ほぼ念頭に無かったようだ。しかし、古代アーリア民族が持った唯一の宗教的天才であるザラスシュトラの象徴性は捨て難く、ナチス存在のアイデンティティーになった。ナチはアーリア民族的な主題を研究対象にして、チベット、イラン、アイスランドまで探検に出かけたことが述べられているが、カルト集団に近い行動パターンであきれてしまう。「我が闘争」はヒトラーのバイブルということなのだろう。ゾロアスター教の現代的意義がよく分かった。

空爆の歴史 荒井信一 岩波新書

2008-10-11 22:38:22 | Weblog

空爆の歴史 荒井信一 岩波新書



 空爆はヨーロッパ諸国による植民地制圧の手段として登場し、現代に至るまで戦争の中心的な役割を果たしてきた。無辜の民を殺戮する無差別爆撃は究極の人権侵害として糾弾されるべきだ。わが国は太平洋戦争においてアメリカ軍のB29の空爆により東京、大阪、名古屋、横浜、川崎、神戸等の都市が破壊され、多くの市民が虐殺された、そして広島、長崎への原爆投下。原爆投下の責任者であるトルーマン大統領は投下理由について二つあげている。一つは真珠湾無警告攻撃や捕虜虐待など日本が犯した国際法違反を糾弾するため、二つ目は原爆が多くの命を奪ったことではなく、逆に多くのアメリカ兵の生命を救ったのだと。これは有名な早期終戦・人命節約論である。後には、救われたのはアメリカ兵だけでなく大勢の日本人の生命も救われたのだという主張にまで発展する。この恐るべき人命軽視は日本人に対する差別意識に由来することは確かだ。その後、ベトナム戦争でもアメリカは同じ過ちを犯している。アジア人に対するレイシズムは消えることはない。
 このホロコーストとも言うべき犯罪行為に対するアメリカの公式な謝罪はない。日本も強硬に謝罪を要求した形跡もない。このような状況で締結された日米同盟はいわば砂上の楼閣で、いつ倒れるかも知れない。所詮アメリカの都合でいい様にあしらわれるということをしっかり肝に銘じておくべきだ。折りしもアメリカの金融恐慌がサブプライムローンの破綻で広がり、その余波が全世界に広がっている。アメリカの市場主義経済をグローバリズムの模範として数々の規制緩和を断行した小泉首相は引退。アメリカから忠犬ハチ公と称えられた人物も政界を退く。この仁の犯した犯罪も万死に値すると思うのだが、日本人はお人よしでなんでもすぐに水に流してしまう。小泉は忘れてもいいが、原爆をはじめとする無差別爆撃の被害者であるという意識は集団的記憶として残しておかねばならない。空爆はまだまだなくならない。

甲骨文字に歴史を読む 落合淳思 ちくま新書

2008-10-09 22:27:55 | Weblog

甲骨文字に歴史を読む 落合淳思 ちくま新書



 本書は「甲骨文字の読み方」(講談社現代新書)の続編で、殷王朝の歴史に言及したのが甲骨文字に歴史を読む 落合淳思 ちくま新書。殷代に関するまとまった文献資料は、司馬遷の「史記」の「殷本紀」編だが、これが甲骨文字が発見されるまでは信頼の置ける資料と考えられてきた。甲骨文字発見以降は殷本紀との対照が行われ、仔細に検討すると甲骨文字と食い違う部分も存在することがわかってきた。まず殷の系譜が違う。次に殷の最後の王の帝辛(ちゅう王)は史記によれば暴君で「酒池肉林」で有名だが、甲骨文字の記録によれば、政治を放棄して長夜の酒宴をするどころか、敬虔に祖先祭祀を行い、祭祀権を通した支配が機能していたことを示している。酒が原因で殷が滅びたというのは周王朝のプロパガンダであり、それに何百年もかかって尾ひれがついて、「酒池肉林」の伝説が形成されたと著者は言う。
 殷の滅亡の原因は王の権力が強くなるに連れて、家臣との上下関係がはっきり規定され、上の者が下の者に奉仕を強制するようになり、それが支配下の勢力の反乱の原因になったらしい。政治技術が未熟な段階では、「適度に弱い統治」こそが「安定した王朝」になりえたという興味深い指摘がある。すなわち未熟な政治技術に見合わない強い支配を志向することは、むしろ政権を不安定にするものであろうという指摘である。どこかの知事に聞かせたい言葉だ。
 甲骨文字は亀の甲羅や牛の肩甲骨の表面に刻まれるが、著者は実際牛の肩甲骨を入手して、加工して加熱してひび割れを作る事まで実践している。本来はひび割れの様子で吉凶を占うのだが、実際は占卜の操作や改竄により王の都合のよい結果を作り出していた。これは、当時の王には、行政や戦争だけでなく、超自然的な能力も求められていたためであり、操作や改竄によって、王の呪術的な能力を誇示したものと考えられるという指摘も非常に興味深い。為政者はカリスマ的存在であることが、権力を保持する大事な要件なのだ。

「民族浄化」を裁く 多谷千香子 岩波新書

2008-10-04 11:04:18 | Weblog

「民族浄化」を裁く 多谷千香子 岩波新書




 副題に「旧ユーゴ戦犯法廷の現場から」とある。著者はオランダのハーグにある「旧ユーゴスラヴイア国際刑事裁判所」(ICTY)の判事として実際の審理を行った経験をもとにユーゴ紛争の実相を簡明にまとめている。この書が出版された2005年10月時点では戦犯の大物、セルビアのカラジッチとムラジッチは拘束されておらず、ミロシェビッチ以外は中から小物の戦犯だったと書かれている。著者によると大物戦犯をかくまうネットワークがあり、彼ら二人はなかなか拘束されないということだったが、今年八月、ベオグラードでカラジッチが逮捕され、ハーグへ移送された。これはセルビアの後継のスルスプカ共和国がEUへの加盟を視野に入れたがゆえの行動だった。されば、ムラジッチの逮捕も近いかもしれない。旧ユーゴの内紛、とりわけコソボの民族対立はチトー政権崩壊後の経済不況によって、セルビア人、モスリム人、クロアチア人による殺戮戦と化したが、民族主義を標榜して権力を握った者の中には自己の権力拡大と蓄財のために一般市民の恐怖を拡大して「民族浄化」に利用した者も多かった。大義名分と実際の行為のズレが多くの無辜の民を死に追いやったのだ。小人が権力を握ることの怖さがここにある。君子はどこにいるのだろうか。

アメリカの終わり フランシス・フクヤマ 講談社

2008-10-02 21:48:54 | Weblog

アメリカの終わり フランシス・フクヤマ 講談社



 フクヤマはかつてウオルホオウイッツ前国防副長官らとともにネオコンの主流を歩み、クリントン政権時代は「対イラク強硬策」を主張した論客だ。「歴史の終わり」はベストセラーになったが、これもそれにあやかったものだ。民主主義が世界の各国に広がって行けば、それが世界のありようの最終段階になり、そこで歴史的発展は終わるというものだが、アメリカの世界民主主義移植作戦は実現の可能性はない。ネオコンの「善意による覇権」はイラクの状況一つを見ても失敗に終わったことは確かだ。この状況下でフクヤマはネオコンと決別し、「転向」を表明したのが本書である。ブッシュ政権は外交政策において「レジームチェンジ(体制転換)」を前面に打ち出し、中心にすえた。具体的には軍事力を用いて、アフガニスタンとイラクの従来のレジームを排斥した。この政策を思想的に支えたのがネオコンである。
 ネオコンの源流は、ニューヨーク市立大学(CUNY)に1930年代半ばから後半にかけてと、40年代初頭に通っていたユダヤ人を中心とする一群の優秀な学生たちにある。彼らはみな移民の労働者階級出身で、コロンビアやハーバードといったエリート大学に入ることができずにCUNYに進んだ。彼らの政治意識は高く、左翼政治運動にのめりこんでいった。しかし彼らのは「反共産主義左翼」というべきもので、1930~40年代のスターリニズムとの対決、60年代の新左翼とそれが生んだ対抗文化との戦いを契機として、左派から右派への転換が行われた。彼らの思想的支柱は哲学者のレオ・シュトラウスだが、ネオコンは彼の思想を誤解しているとフクヤマは指摘する。本書の第二章「ネオコンの来歴は」上記の内容を詳細に分析しており、読み応えがある。
 アフガニスタン・イラク問題を今後アメリカはどう解決するのか。ポスト・ブッシュ政権はネオコンの外交政策とひとまず決別して出直すしかないだろう。