読書日記

いろいろな本のレビュー

ロシアン・ルーレットは逃がさない ハイディ・ブレイク 光文社

2021-02-06 13:40:04 | Weblog
副題は「プーチンが仕掛ける暗殺プログラムと新たな戦争」だ。最近プーチンに命を狙われた人物としては、アレクセイ・ナワリヌイ氏がいる。彼は反体制派の政治活動下で、ブロガーである。ドイツで放射性同位体を下着に仕掛けられ死にそうになったが毒は致死量ではなく、暗殺の予告と思われた。回復後彼はロシアに帰国したが、案の定警察に拘束されてしまった。拘束と同時に彼の仲間が、プーチンの宮殿だというSNSを全世界に公開し、プーチンの巨額の汚職の一側面を弾劾した。ナワリヌイ氏を殺せばもっと汚職の証拠を公開するという脅しにもなっているので、プーチンとしてもうかつに手が出せない状況にある。プーチンは習近平と並ぶ独裁者だが、今危険度においては習近平より上という気がする。それは本書を読んだからであるが。

 ソ連崩壊後、この国は混沌の一途をたどったが、その際国有企業の財産をマフイアと組んでネコババして、海外に逃げた者が多くいた。彼らは「オルガルヒ」と呼ばれたが、亡命先はイギリスが多かった。首都のロンドンはプーチン政権から逃れたロシア人たちにとって理想の遊び場だったと著者は言う。それで景気のいい銀行や急騰する不動産市場が、共産主義体制崩壊後の略奪で得た金を隠しておく安全な場所となり、豪華なホテル、贅沢なデパート、有名人の集うナイトクラブが散財の場所となった。ここに流れ込む巨額の金はイギリスの経済を潤したので、政権の幹部はこの命綱を放すまいと躍起になった。亡命者に対して、政治的保護や投資ビザが気前よく施された。同時にプーチンと緊密な関係を築き、ロシアへのエネルギー投資の円滑化を進めることも重要だった。それゆえ、クレムリンの敵がイギリス国内で次々と暗殺されても、イギリス政府は黙って目をそらせていたのだ。

 この暗殺事件で有名なのが、2006年のアレクサンドル・リトビネンコの件である。リトビネンコは元FSB職員でイギリスに亡命した人物。FSBとはロシア連邦保安庁のことで、かつてのKGBである。ロシア連邦の防諜、犯罪対策を行う治安機関であるが、限定的に諜報活動も行っている。リトビネンコは在職中からプーチンの犯罪を調べており、それがもとで、イギリスに亡命した。その中身は、300人近い犠牲者を出したモスクワのアパート爆破事件や、モスクワ劇場占拠事件、これらはチェチェン紛争を正当化し、ひいてはプーチンの政治的立場を高めるためにFSBが仕組んだというもので、まさに驚愕すべき内容である。これを防ぐためにクレムリンはリトビネンコをポロニウムという放射能同位体を飲ませて毒殺したのだ。世界のメディアが見守る中、ゆっくりと死んでいった。亡くなるまでの間、髪の毛を失いやせ衰えた姿を世界中に発信し、この殺害を命じたのはクレムリンだと告発して、自らの事件を解明した。放射能同位体で暗殺するとは、苦しみを増幅させて殺すという反人道的な手法で、非難の的になっている。冒頭のアレクセイ・ナワリヌイ氏の場合と同様でプーチンの悪逆さがよく表れている。

 本書では反プーチンで、イギリスに亡命したオルガルヒの末路を追って、小説以上の迫力で描いている。日々桁違いの浪費をしてその挙句暗殺される人々、絶頂期の彼らの写真と暗殺すると脅しをかけられているときの写真を同時に掲載しているので、恐怖感がそのまま伝わってくる。「栄枯盛衰世の習い」という言葉ではまとめきれない虚しさが残る。本書を読んで、改めてプーチンの危険度大なることを認識した。日本の政治家はこれを読んで勉強すべきだ。銀座のクラブへ行ってる場合ではないぞ。