読書日記

いろいろな本のレビュー

沖縄から貧困がなくならない本当の理由 樋口耕太郎 光文社新書

2020-10-24 13:25:22 | Weblog
 沖縄の所得平均が日本で最低だということはよく言われてきたが、それが沖縄の独特の県民性にあるという指摘は、これを読んで初めて知った。沖縄は米軍基地のあるところ、返還以後も基地問題で大きな犠牲を強いられてきた土地である。政府はその見返りに多額の補助金を投入して、県民の暮らしの援助を行なってきた。冒頭に紹介されるビール会社と泡盛製造会社はそれぞれ酒税の減免によって利益を得ている。酒税の軽減は製品の売り上げを増やし、多くの取引業者が潤い、消費者は安く地元の酒がのめるという正の連鎖が起きる。

 この措置は1972年沖縄施政権の日本移管に伴う特別措置として始まった。これによって酒造会社は企業努力することなく経営が成り立つこととなった。本土の会社がこの地で経営をしようとしても、最初からことらは酒税が軽減されているので、勝負にならない。ことほど左様に沖縄につぎ込まれる多額の補助金は人々の競争意識を無くし、現状維持がベストという気風を助長させてしまった。著者によれば沖縄ではクラクションを鳴らす人はいない、いや鳴らせないのだという。これは目立つといけないという考え方から来るものらしい。

 また沖縄社会では現状維持が鉄則で、同調圧力が強く、出る杭の存在を許さない。この社会習慣は人が個性を発揮しづらく、お互いが切磋琢磨できず、成長しようとする若者から挑戦と失敗の機会を奪うという重大な弊害を生んでいると指摘する。このような社会で、本土の人間が会社を経営することの困難さは想像に難くない。実際著者は2004年から2005年11月まで、恩納村の老舗のサンマリーナホテルを取得し経営を引き継いだ経験がある。当初アメリカ流の成果主義でやろうとしたが、従業員がついて来ず、結局「企業は人間関係」と定義して、人間関係を最優先する方針に転換してホテルを再生させたという。この経験を元に沖縄社会の悪弊をえぐり出したのが本書である。

 著者は現在沖縄の大学で教鞭を執っているが、善意を持って注意すること、学生に厳しく叱ること、部下に仕事を徹底して教えること、友人に欠点を指摘すること、将来のために現実的な議論を戦わせることなどの多くが、沖縄では最も困難なことである。また自己主張して昇進をめざして頑張るという気風がないので、昇進昇給を望まない労働者が多く、経営者が従業員に報酬を支払わないという以上に、従業員が報酬を受け取らないという驚くべき傾向がある。そもそも有能な人が管理職になりたがらないし、パートも正社員になりたがらないと述べている。クラクションを鳴らしたくないのだ。

 これが日本最低賃金の理由である。労働者はいつまでたっても低賃金に甘んじ、必然的に経営者は給料を充分に支払わない。これは子どもたちに貧困の連鎖を生み、将来に暗い影を落としている。それに加えて、「自尊心の低さ」というか自己肯定感が低いことも問題視している。これらのこと、いわば沖縄の「不都合な真実」は今まであまりメディアで取り上げられてこなかった気がする。沖縄=基地問題の犠牲者という図式のみが先行して、指摘のようなことは沖縄問題をそらす余計なことという認識がメディア側にあったのかも知れない。反基地問題の活動家は沖縄本土以外の人間が多いというのもこれで説明がつく。

還暦からの底力 出口治明 講談社現代新書

2020-10-11 13:19:35 | Weblog
 副題は「歴史・人・旅に学ぶ生き方」。現在20万部お超えるベストセラーとなっている。著者は現在72歳。立命館アジア太平洋大学(APU)学長で、元大手生命保険会社勤務の後、ベンチャー企業経営者を経て現在に至っている。いわば「功成り名遂げた」人物である。最近、歴史・哲学史の本をいくつも発表して、読書家であることを世間に知らしめた。当然本書も、成功体験の披歴と自慢話かと思いきや、全然そうではなかった。謙虚さがにじみでている感じで、嫌みなく読めた。そこが人気を集めたのだろう。

 冒頭、「何歳まで働くのか」を考えても意味がない。という文句から始まっている。曰く、「何歳まで働く」とあらかじめ決めておくのは全くもってナンセンスです。動物と同じように、朝起きて元気だったらそのまま仕事に行けばいいし、しんどくなったら仕事を辞めればいいだけの話です。年齢に意味がないというのは、そういうことです」と。わかりやすいコメントだ。そして。「敬老の日」を廃止せよ、「年齢フリー」の世の中に、定年を即刻廃止し、健康寿命を延ばす、という内容が続く。著者の基本は、人間は一生働くのが自然の姿であり、実は働き続けることによってのみ健康寿命も延びるのですと言い切っている。元気が出てくるコメントだ。

 また会社の経営者としての経験から、労働時間の多さを指摘し、これでは正社員が勉強する時間はなく、「飯・風呂・寝る」の生活を繰り返すだけで、会社の生産性そのものが上がらない。「人・本・旅」の生活への転換が必要だと説く。前者を低学歴社会、後者を高学歴社会と名付け、今の日本は低学歴社会であると断言する。理由として、大学への進学率が低い、大学に入っても勉強しない、大学院生を大事にしない、社会人になったら勉強する時間がないを挙げている。正しいコメントだ。

 そして後半の第四章「世界の見方を歴史に学ぶ」で、日本史、世界史の蘊蓄を傾けつつ、保守主義とは何かという興味深い話題を披歴している。曰く、そもそも人間観には、人間はしっかり勉強すれば賢人になれるという人間観と、人間は勉強したところで初戦はアホな存在である、という人間観の2種類があると思います。僕が後者の立場をとっているのは、どんな賢人でも「一杯飲みましょうか」と誘えば喜ぶし、男性ならきれいな女性が好きだし、女性はイケメンが好きだからです。そしてこの「人間はそれほど賢くない」という人間観こそが保守主義の真髄だと思うのです。そうであれば、賢くない頭で社会の見取り図を考えても無駄なので、今ある制度でうまくいっているものについては仮置きしてそのままでいいというのが保守主義の事本的な考え方なのですと。

 そして日本には保守主義者はほとんどいないという。「憲法は戦後、外国に押し付けられたものだから改正しなければならない」と理性で主張したりするが、いまの憲法でそれほど困っている人がいるとは聞かないので、手を付ける必要はない。わざわざ寝た子を起こさなくてもよいというのが本来の保守主義の考え方だと力説する。そして保守主義の根幹は「人間はそれほど賢くない」という人間観あり、革新主義との違いは、人間の理性を信ずるかどうかにあると念押ししている。目からうろこの指摘で、実業界での経験と歴史について考えてきた人ならではのものと感心した。

 本書は老後をどう生きるかというような類のものではない。この国の今後の在り方を示唆するスケールの大きな指南書であった。