読書日記

いろいろな本のレビュー

花の忠臣蔵 野口武彦 講談社

2016-03-24 10:00:37 | Weblog
 野口氏の本はたいてい読んでいるが、いつもその語り口が洒脱なのでフアンが多いと思われる。もともと日本の近代文学の研究者で神戸大文学部の看板教授だった。40年くらい前は小説も書いていたと記憶する。最近は近世歴史家として作家活動に専念している。多くの資料を渉猟して的確な記述をされるので、読んでいて非常に面白い。今回の忠臣蔵については、長年関わってきたテーマゆえに、決定版的要素が大きい。
 この忠義の家来が主君の仇打ちをするというのは平和元禄の大事件であった。著者はまずこの時の将軍綱吉についてのエピソードをいろいろ取り上げて、彼の人間性がこの事件に大きく影響していると述べる。時代を仕切る権力者というのはそういう影響力を持つものだが、綱吉は「生類憐みの令」でもわかる通りエキセントリックな将軍であった。側用人の柳澤吉保を登用して政治を任せたが、綱吉は男色癖があり、吉保ともその関係があったという。吉保の異例の出世の背景には男色関係の寵愛があったらしい。この綱吉が吉保と諮って、この事件の処置について浅野内匠頭を切腹とお家断絶、片や吉良上野介はおとがめなしにしたわけだが、この裁定は喧嘩両成敗の原則に反するもので、幕府内でも批判が大きかった。そのために赤穂浪士が討ち入りに踏み切るであろうことを想定して、彼らの活動を阻止しないようにしていった。精妙な微調整をしたと著者は述べている。その一つが吉良上野介の本所賜邸である。上野介の隠居を期に、屋敷替えをさせたのだが、新しい屋敷は用心が悪かった。浪士に討ち入りして下さいというぐらいのレベルだった。ことほど左様に、吉保は裁定の偏りに対する世間の非難をかわして、政権にダメージがないように努力したのだ。
 また赤穂浪士の中でも討ち入り賛成派と反対派が混在しており、47人に纏まるまで紆余曲折があった。家老の大石内蔵助最初は浅野家再興を目指して、討ち入りには消極的だったが、急進派の堀部安兵衛らにせっつかれて苦悩する。その苦悩ぶりは現代の中間管理職の苦悩を彷彿とさせて共感を呼ぶ。
 また討ち入りの47人の中に「赤穂藩俳人グループ」の中の6人が混じっていたことも紹介されている。その中でリーダー格の大高源五の辞世の句、山を裂く力も折れて松の雪 についての著者のコメントは「仇討ちという目標の成就後、不意に源五に訪れた脱力感が読みとれる」で大高の心情を斟酌したものになっている。また大石内蔵助の 覚悟したほどには濡れぬ時雨かな は吉良家の本家である上杉家が吉良邸に応援に駆けつけなかったことにいたく失望している気配があると読んでいる。浪士たちは上杉勢とも一戦を交えるつもりで武器を準備していたのだ。
 その他、この事件に関わった人間それぞれの対応の様子が述べられている。それぞれ向き合った過酷な現実に精いっぱい対処した、そこに忠臣蔵の人気の理由がある。本書は関わった多くの人間を温かい共感のまなざしで見つめ、寄り添っている。是非一読を。

談志が死んだ 立川談四楼 新潮文庫

2016-03-10 15:52:40 | Weblog
 著者は1983年11月立川流落語会第一期真打となり、その後作家としても活躍している。今年64歳で、46年前に18歳で34歳の立川談志の弟子となった。彼の落語やテレビでの司会の話術に魅了されての入門である。『赤めだか』の談春の兄弟子である。談春の青春ストーリーの少し前の時代が回想されていてそれなりに懐かしい。例によって天才肌の師匠の理不尽な要求に翻弄される弟子の苦悩というパターンは同じだが、こちらは少し年がとっているだけに老獪な感じがする。タイトルの『談志が死んだ』は上から読んでも下から読んでも同じになる回文というやつで、人を食った感じが横溢している。
 この本の惹句に「偉大な師匠の光と影を古弟子が虚実皮膜の間に描き尽くす傑作長編小説」とあるが、登場人物は全部実名だし、起こった出来事もすべて本当のものなので、ノンフイクションだと思って読んでいた。談志はすでに亡くなっているので、その辺は書きやすいのだろうと理解していたのである。小説にしたら面白すぎる。それだけ立川談志という人物が不出生の天才だったということか。
 この本の中のメインは著者が談春の『赤めだか』の書評を誉めて書いたのを談志が見て、「あそこに出てくる俺の話が全部本当だって言うのかい」と結局談四楼を破門にするところだ。具体的に言うと、食堂やレストランで談志が談春に目配せをし、談春が楊枝立てから数本抜き出し、談志の小物入れにしまい込むシーンを「オレが爪楊枝なんか盗ませたことがあるか」といって談四楼にいちゃもんをつけるのである。しかし弟子に盗みをさせるのは談志の得意技で、爪楊枝のみならず、塩胡椒、醤油やソース果ては飛行機のトイレの化粧品も持って来いというのがよくあった。そして「いいか、人間、泥棒っ根性がねえと出世しねんだ」とのたまう。まさに談志の独壇場だ。
 著者はこの書評の件で、談志に破門を言い渡され、何とか師匠の怒りを解こうと努力する。理不尽な仕打ちに直向に誠実に対処しようとする姿が哀れを誘うが、これが談志一門の宿命だった。最後に談志が著者の耳元で「あのことは水に流せ」で一件落着となったが、晩年の師匠を襲った病気が原因だとわかったという救いの言葉が印象的だ。談志の小悪党的な振る舞いを話半分にするために「小説」と断っているのだろう。本書は『赤めだか』以上に理不尽と闘う弟子の姿が描かれていて、面白い。
 談志自身は高校を一年で中退して、柳家小さんに弟子入りしているが、小さんにいびられた話は聞かない。逆に甘やかされて増長したのかも知れない。ところで弟子に厳しい談志だが、志の輔はなんかうまく切り抜けている感じがする。大学を出て結婚してから入門したが、二つ目も短期で昇進しとんとん拍子に真打までいった。もちろん才能はあるのだろうが、どうも大学出のインテリには弱かったのではないかという気がする。