読書日記

いろいろな本のレビュー

イスラエルとは何か ヤコブ・M・ラブキン 平凡社新書

2014-04-26 11:11:10 | Weblog
 著者はカナダ、モンレアル大学の教授でユダヤ教徒、本書はユダヤ教徒の立場から書かれたシオニズム批判である。今イスラエルは中東に於いて強力な軍事国家としてアラブ諸国と対立しているが、イスラエル建国を後押ししたのがシオニズムである。これはユダヤ教徒にとっての約束の地、シオン(エルサレム)への帰還運動のことで、19世紀後半から始まった。この頃、ヨーロッパやロシア各地では排外的なナショナリズムが席巻し、ユダヤ人は過酷な迫害を受けるようになり、自身も国家を建設してそれに対抗しようとしたのである。シオンへの帰還は神の意志だが、そのために人為的に帰還を促して国家を作ることは神の意志ではないということで、シオニズムは大多数のユダヤ教徒からは否定されていた。
 しかし第二次世界大戦でのナチスによるユダヤ人のジェノサイド(大虐殺)、それに責任を感じた欧米諸国の支持もあり、シオニズムが推進された結果、1948年にイスラエルが建国された。そのイスラエルが今この地でパレスチナ人に対する帝国主義的横暴を極め、自身が抑圧者に立つというジレンマに陥っている現状を鋭く批判している。曰く、「イスラエルの政策には世界中のあらゆるユダヤ人を潜在的な自国民と見なす定数てき態度があるということです。イスラエル以外の国に住むユダヤ人をとりわけ当人たちが居住地を移そうとする瞬間に『私物化』しようとする傾向は、イスラエル国の歴史全体を通じて繰り返し表面化しています」と。また曰く、「『ユダヤ人』という存在とその歴史をナショナリズムの鋳型で概念化する手法は、シオニズムにも、また二十世紀のユダヤ人をかくも苦しめることとなった反ユダヤ主義にも共通しています。シオニズムも反ユダヤ主義も植民地主義と人種差別の温床たる19世紀のヨーロッパから生まれたものであることを、ここでもう一度確認しておきましょう。シオニズム運動の主流は、その後も先住の人間集団を排除し、その財を奪取する移住型の植民地主義を盛んに押し進めながら、ヨーロッパ式のナショナリズムをお手本とし続けることでしょう」と。
 ナチズムの経験を免罪符として、植民地主義の当事者たることを正当化するイスラエルの現状を的確に捉えていると思う。新書にしては中身が充実しているなと思っていたら、「訳者あとがき」に「本書はラブキン教授の前著『トーラーの名においてーシオニズムに対するユダヤ教の抵抗の歴史』(2010年 平凡社)を大幅に圧縮し、新たに書き加えたものである」と書いてある。なるほどと納得した。訳者の菅野賢治氏の訳はこなれていて大変読みやすい。一読に値する本である。

謎の独立国家ソマリランド 高野秀行 本の雑誌社

2014-04-13 20:32:41 | Weblog
 ソマリランドとは海賊で有名なソマリアの北部にあって、独自に武装解除し十数年も平和に暮らしている独立国であるらしい。本書はその奇跡とも言える事実を検証するルポである。メディアによればソマリアは崩壊国家で、しかも海賊が跋扈する危険な国であるというネガティブな報道ばかりが流布されて、誰もが行くのを躊躇するような国である。そこへ危険を承知で飛び込んで、ソマリアの現実を読者に知らしめた貴重な一冊である。ソマリアの名誉回復もこれで部分的にではあるが、成されたといえる。
 著者によれば、かつての「ソマリア」は氏族ごとに団結と分裂を繰り返し、現在は多数の武装勢力や自称国家、自称政府が群雄割拠しているが、大まかには海賊国家プントランドと戦国南部ソマリアと理想郷ソマリランドの三つに分かれる。話題のソマリランドはかつて氏族ごとに争いを繰り返していたが、氏族の長老が話し合って武装放棄して、殺し合いを止めようということになったらしい。それは一朝一夕には実現しなかったが、粘り強く話し合われた。その結果、平和的なユートピアが実現した。武装蜂起が平和の前提条件だということが証明されたわけである。どこかの首相が平和憲法をかなぐり捨てて再軍備を企てているのと多きな違いである。ソマリランドを見習ったらどうか。氏族を室町時代の守護大名のように説明しているのが面白い。
 本書を読むと「所変われば品変わる」という言葉が実感できる。この国では「贈与」が重要な意味を持っていることがわかる。