読書日記

いろいろな本のレビュー

家族の昭和 関川夏央 新潮社

2008-08-30 17:18:06 | Weblog

家族の昭和 関川夏央 新潮社


 表題は「昭和の家族史」の謂いで、戦前と戦後に分けてある。戦前は向田邦子の「父の詫び状」と吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」、戦後は幸田文の「流れる」と鎌田敏夫のテレビ脚本「金曜日の妻たちへ」を読み込んでそれぞれの作品に登場する家族のありようを見つめている。昭和天皇の死によって年号は平成と変わったが、最近の皇室を取り巻く諸状況を見るにつけ、昭和を懐かしむ心情がほとばしり出たという印象が強い。それは著者が自分のことを昭和人といっていることからもわかる。昭和は遠くなりにけりということか。一読して感じるのは、著者の東京山の手の中産階級に対する憧れである。言葉、礼儀作法、食事、趣味等、山の手の文化が脈々と伝承されていたことに対する敬意と憧憬が文の端々に現れている。戦前、戦後の家族はそれぞれ時代の重圧に耐えながら懸命に生きてきたわけで、物質的にはいまほど恵まれてはいなかったが、家族の結束等は非常に強固なものがあったと言える。幸田文は離婚して後、娘の玉と父露伴の家で生活するが、礼儀作法に関しては暴君のように厳しい父に仕える様子はまるで映画を見ているような感じだ。その厳しさの中に文化が育つわけだ。昨今のマシュマロのようなふわふわした家族関係は文化とは無縁だ。文化的素養のない家に育った子供は当然勉学にたいするモチベーションが高まらない。いい学校に行って、いい仕事に就くという単純な動機だけでは深い勉強にはならないだろう。文化的厚みの中で子供は育てなければ意味は無い。全国学力テストの平均が低いの高いので一喜一憂するのはナンセンス。日本の文化をどうするかでなくては。テレビしか見ない人間ばかりが増え、愚民が横行する社会は危機だ。代わりにノブリスオブリージュの意識を持つエリートを育てられるかというとこれも難しい。結局この国は三流国に成り下がるのではないかという危惧がある。最近の国会議員の様子をみるにつけその感を深くする。
 家族には歴史があるゆえ、どの家族にも全盛期に下降期・落日期が続き、そのあとには、親の死を契機とした「家族解散」がある。悲しいことだがそれを避けることはできない。ひとり去りふたり去りして、家族でにぎわっていた茶の間からついにだれもいなくなるのだ。無常とはこのことだったと最近やっと悟った。さびしーい。
 
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ワンちゃん  楊 逸  文藝春秋

2008-08-30 07:26:52 | Weblog

ワンちゃん  楊 逸  文藝春秋


 今年度芥川賞受賞作家、楊逸の処女作品。表題と「老処女」の二作品を収める。ちなみに「ワンちゃん」は2007年度文学界新人賞を受賞している。一読してある種の爽やかさを感じた。中国の女性が日本人男性と結婚のため、或いは学問のため来日して、様々な苦労をする中でうまれる人間どうしの交流をセンスオブユーモアで描く力量はすごい。来日二十年でこれだけの文章が書けるということは才能ばかりか、つぎ込んだ努力の量を思うに付け感慨深いものがある。
 今回認識を新たにしたのは、中国人女性の古風さで、今風の日本人女性とは一線を画している。また自分の人生を豊かなものにしたいという強い意志とそれを実現するための真摯な努力を惜しまない姿勢に感動した。傍目からはなりふりかまわぬと見られるところも、その根の部分が分かればなんとなく安心できる。
 日本語を母語にしない作家と言えば、リービ英雄が有名だが、今回の受賞で楊逸も加わって日本語の国際化が実現すれば結構かなと思う。
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老いてますます楽し 山崎光夫 新潮選書

2008-08-27 17:51:55 | Weblog

老いてますます楽し 山崎光夫 新潮選書


中味は「養生訓」でおなじみの貝原益軒の生き方の極意を説いたものである。益軒は江戸時代前期に生きた儒学者で黒田藩に仕えた。学問は儒学にとどまらず、本草学、医学、地理学、農学、文学と多岐に渡っており、百科全書派と言える。自身は虚弱体質で結婚したのも三十後半と遅く、妻も同じく健康には不安があり、終に子供に恵まれなかった。しかし、益軒はこの妻を離縁することなく添い遂げた。貝原家には益軒の家族に対する処方箋とも言うべき「用薬日記」が伝わっており、今回その内容が、著者の手によって公表されたのが眼目である。
 益軒の妻は六十一歳で亡くなったが、本人は七十一歳まで勤めを果たし、百部に及ぶ著作物を残した。その主要なものは六十歳を越えてからのものだった。その後八十五歳で亡くなるまで旺盛な老年期を過ごした。彼のモットーは「腹八分目」だという。そして心気を養うことが養生の基本、と説く。平穏で、怒りや欲望、憂いや心配にとらわれず、ストレスを溜めない、まさに現代人の心に響く言葉である。これは黒田藩の殿様に仕え、理不尽ないじめにも耐えた人間の発言ゆえに心に響くのだ。蒲柳の質であればこそ、無理をせずに養生に心がける、これが長命を実現させた。命長ければ、恥多しというが、せっかくの人生、長生きして楽しむに如くはなし。「人生は六十歳から」と益軒先生が保証してくれたのだから心強い。
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なぜいま人類史か  渡辺京二  洋泉社新書

2008-08-24 17:45:08 | Weblog

なぜいま人類史か  渡辺京二  洋泉社新書


 本書はⅠ「なぜいま人類史か」Ⅱ「共同体の課題」Ⅲ「外国人が見た幕末維新」Ⅳ「明治維新をめぐる考察」の四篇からなっており、どれも講演を記録したものである。タイトルにもなっているⅠが最も哲学的、宗教的論考であった。著者は、文化は地球的進化の法則による必然の結果であり、生命の始原以来の人類の歴史総体が、人間の文明とはいかにあるのがよろしいのかという価値基準を生み出してきたのだと言う。人間はこの世界の中で孤独感に悩まされなければならぬとしたら、それは近代の資本主義文明が作り出した自由な商品生産流通空間のせいであり、資本主義はあらゆる信仰・伝統・習俗・規範を解体し、人間の欲望の化体としての商品の自由な運動空間を作り出すシステムである。われわれはこのような資本主義空間を廃絶せねばならない。これが文明の再生で、そのために課題を抱いて思索し尽すことが大切だ。ソルジェニーツイン、パステルナーク、イリイチ、ローレンツ、こういった汚名を恐れない先行者とともに、文化的相対主義と最後までたたかうことだ。以上が結論部の要旨だが、途中で引用される文献の読みが独特で刺激的だ。資本主義空間を廃絶した後の社会とはどのようなものになるのか、こちらは想像力不足でイメージできないが、まさに宗教的信念の吐露という感じがする。孤独な個人がこの世界でどう生きるか、充実した生を送るにはどうしたらいいのかという命題は今までの哲学史を振り返ることになってしまうのではないかという危惧をおぼえるが、そのへんの疑問に答える意味でも精密な論考の発表を期待したい。
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格差はつくられた ポール・クルーグマン 早川書房

2008-08-21 22:22:20 | Weblog

格差はつくられた ポール・クルーグマン 早川書房


 アメリカ国民の経済格差は今大きな話題になっている。サブプライムローンの破綻で世界経済に大きな悪影響を与えたのはご承知の通り。貧困層を相手にあくどい商売をやっている状況が白日のもとに晒されたのである。その反面金儲けに成功した連中は安い税金しか納めておらず、ますますわが世の春を謳歌している。著者によると、戦後の比較的平等な中流社会は夢と消えてしまった。これは何も市場経済のなせる業ではなく、レーガン大統領以降の共和党の「保守派ムーブメント」が金持ち優遇税制や、貧困層から福祉を取り上げることによって作り上げたものだという。とりわけ問題になるのは、先進国では珍しい国民皆保険の欠如だ。高額医療の実態は保険業界と製薬業界、それに医師会がつるんで保険に入る余裕の無い貧困層に医療を受けさせない状況を作っている。共和党は保守派(ネオコン)と組んでアメリカ建国以来の十字架である人種差別を暗に陽に煽って、脅迫的な手法で国民の支持を集めてきたが、そのやり口もだんだん通用しなくなっている。民主主義・多数決の国で国民平等の理念が生かされていないのは何とも皮肉だ。優勝劣敗の競争社会の面だけが強調されると、平等という理念は共産主義に転化するという恐怖感から自由でなくなる面があるのかもしれないが、それにしてもひどい。
 アメリカでは会社の社長の給料が以前に比べて社員よりも格段に高くなっているが、これも80年代の組合つぶしの結果だ。才能と実力あるものが冨を独占してどこが悪いという考え方が市民権を得て、これが世界にひろがりつつある。金儲けしてどこが悪いという言説は最近の日本でも有名になった。その主人公はいま後ろに手が回って、後悔と反省の日々を過ごしている。(ホンマかいな)
 かつて民主党のクリントン時代に国民皆保険が図られたが、失敗した。今度の大統領選でオバマが勝利できるかどうか。道義なき保守派を一掃して真の民主主義国家に生まれ変われるかどうかが焦点となる。
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ポル・ポト 死の監獄S21 デーヴィッド・チャンドラー 白揚社

2008-08-18 17:49:38 | Weblog

ポル・ポト 死の監獄S21 デーヴィッド・チャンドラー 白揚社


「S21」は通称ツールスレン尋問・拷問・虐殺センターとして、ポル・ポト政権の中でも「最も恐ろしい機関」だった。そこに入れられた囚人一万四千人のうち生き残ったのはたったの7人、0,05%しかいない。20世紀の収容所の中でも最悪の記録となるのは間違いない。本書はその実態を、残された囚人たちの膨大な供述書から解明しようとしたものである。この供述書がこれだけ残されていることの意味は、政権中枢が自分たちの正当性を記録に残すという発想から来ていると著者は言う。無実の人間を無理やり反革命として粛清する前に、どういう罪を犯したかを細かく綴り反省の弁を述べさせるわけだ。味方の内部に敵がいる、その敵を探し出さねばならないというやり口はポル・ポトが毛沢東から学んだものだ。文化大革命はまさに人民内部に巣食う反革命の徒を殲滅するという大義名分によって、紅衛兵を使って行われた。浅学非才の共産主義者が毛沢東主義をまねた悲劇だ。そして供述書はスターリンの粛清方法のやり口で、これも形だけ真似たのだ。
 このS21の所長はカン・ケク・イウと言い、「ドッチ」の異名で知られる。99年に逮捕されて以来、拘束されていたが、8月8日にポル・ポト政権の元幹部らを裁く特別法廷は、彼を人道に対する罪などで起訴したと発表した。ドッチはもと高校の数学教師で、囚人の虐殺を冷静にしっかりとこなしたらしい。無知な政権幹部の命令を忠実に履行するのもストレスがかかるが、これは囚人と直接向き合う看守についても当てはまる。彼らは概して若く、少年も含まれていた。囚人を自白させるとは言っても、何をどうやっていけばいいのかも分からない状況だった。しかも下手を打つと容赦なく殺されてしまう。今日の加害者が明日の被害者になるという真に地獄の苦しみであったわけだ。農民の都市生活者に対する恨み、カンボジア人のベトナム人に対する恨み、これらの感情が混ざり合って、囚人を都市住民或いはベトナム人と見なして拷問・処刑の葛藤を乗り越えたようだ。かつてナチスのアイヒマンが裁判で私は命令されたことを忠実に実行しただけだと釈明したが、この場合も同じシステムによってことが運ばれている。供述書と共に囚人達の写真も沢山残されているが、これも罪人の姿をきちんと記録するという意志の表れである。自国民をこれだけ死に追いやる例は寡聞にして知らない。所長と看守と囚人、この関係の中に権力というものの実相が隠されている。無知、無分別、無教養、冷酷な人間に権力を振るわれることの恐ろしさって言ったらないよ、本当に。


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中国汚染  相川 泰 ソフトバンク新書

2008-08-16 10:23:57 | Weblog

中国汚染  相川 泰 ソフトバンク新書


 中国の深刻な環境汚染の実態をレポしたもの。2005年に起きた吉林省の化学工場爆発事故とそれによる松花江汚染は、国際河川(ロシア側ではアムール川)の大規模汚染であることに加え、十日間にわたって汚染の事実が隠蔽され、二重の意味で世界を震撼させた。本書はこの事件を核に中国の環境汚染の核心に迫っている。汚染によって特に被害を被っているのは、汚染された水を使う農民だ。「がん」が多発する農村の傍には化学工場があることから原因ははっきりしているのに、それを指導できない地方政府の問題点が、指摘されている。すなわち公害企業はその地方の経済発展を担っているゆえに、閉鎖等の厳しい指導をすると税金(法人税)が入らなくなり、たちまち予算的に苦しくなるということと、地方の幹部が会社とつるんで私腹を肥やしているので、大目に見てしまうということだ。地方の行政は人民が直接選挙で選べる範囲は限定されており、幹部になると直接中央の指示で選ばれるので、民意が反映されることはない。この構造がネックになって中国全土で環境汚染が進行しているというわけだ。
 オリンピック会場の北京はスモッグに覆われ、アスリートから評判が悪い。北京一つをとってもこの状況なのだから、他は推して知るべしだろう。公害は1970年代から問題になっていたという本書の指摘があるが、それが表に出て来ないということがこの国の問題点だ。情報が公開されないという体制の問題が、ここへ来て大きな問題になっているのだ。体制の護持と民意の反映、この二つは光と影の関係であるがゆえに、同じ土俵に出てくることは難しいかも知れない。国民が資本主義の美酒の味を知ってしまった以上、政治体制だけを一党独裁でやるのはもはや無理ではないかと思う。14億人のうち7億人ぐらいが生き残ればそれで十分というのであれば話は簡単だが、そのような状況になれば、日本も生き残れないだろう。中国の環境問題はとりもなおさず日本の環境問題でもあるのだ。北東アジアの連帯とはまずこの一点に絞って議論すべきと考える。
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中国が隠し続けるチベットの真実 ペマ・ギャルポ 扶桑社新書

2008-08-16 08:47:24 | Weblog

中国が隠し続けるチベットの真実 ペマ・ギャルポ 扶桑社新書


 チベットの騒乱は中国のチベット支配に対する矛盾が表面化したもので、当然の結果といえる。本書はチベット人から見た中国共産党のやり方に対する批判を述べたものだ。毛沢東は封建支配からチベットを解放するという大義名分で軍事介入し、支配したが、もともとチベット人だけの仏教国に封建支配もくそもない。毛にすればインドを牽制するためにもチベットは地勢的に重要な場所という認識があったのだろう。中国共産党の帝国主義的側面が一番悪い形で現れたものと言える。胡錦濤国家主席は若くして中央の政治局員となったが、チベット自治区の責任者として独立運動を徹底的に押さえ込んだ功績を認められたからと言われている。おりしもオリンピック開催に合わせて暴動が起きたのも何かの因果だ。
 チベットは青海省の西寧からラサまでの高原鉄道の開通で最近注目を浴びてきたが、著者によればチベットの鉱産物輸送や軍事的目的の為らしい。また開通によって漢人にビジネスチャンスを与えることになり、敬虔な仏教徒の多いこの地の人々を拝金主義の毒で麻痺させ、仏教を冒涜するやり口で経済発展の渦に巻き込もうとしていた矢先、この暴動が起こったのである。今の中国の経済発展は極貧の農民が急に大金を手にした時の感じに似ている。今までの貧しさに耐えてきた代償として豊かな生活を一気に手に入れたいという焦りの感情に分別も何も無くなっている。
 オリンピックを国家の威信を賭けて成功させようという強い意志は開会式を見て感じたが、その陰で水不足に悩む農民がどれだけ泣いていることか。式後の国家運営は多難を極めるであろうことは想像に難くない。異民族と農民問題、環境と経済格差問題、そこに政治体制と経済体制のねじれが加わると国家の舵取りは容易ではない。
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日本近世の起源 渡辺京二 洋泉社新書

2008-08-12 10:34:39 | Weblog

日本近世の起源 渡辺京二 洋泉社新書


戦国乱世から徳川の平和へという副題がついている。江戸時代は強固な身分制度に支えられた武士の独裁体制で農民を搾取して体制を維持したまさに暗黒の時代だったという通説を覆した「逝きし世の面影」の続編である。学会にはびこる邪説を深い研究と洞察によって一掃した功績は大きい。農民というのは武装して戦って武士になるものもいたというから、搾取され放題の弱者という位置付けはテレビの時代劇の誤謬をそのまま受け継いだものだということがわかる。農民はそんな弱者ではないのだ。またそんな暗黒時代なら300年も続くはずがないことも確かである。このことを言い出したのは大石慎三郎だったと記憶する。
 本書の最大の功績は網野善彦氏の「無縁・公界・楽」の世界を徹底的に批判して、正論を提示したことにある。網野氏の主張を自由・解放・人権といった近代観念を過去に投影しただけの歪んだステレオタイプの主張で、左翼史学の特徴だと喝破した。喧嘩両成敗の由来など全編示唆に富む見解が述べられているが,第八章の「一向一揆の虚実」が特に面白く読めた。一向一揆については従来「農民戦争」とか「信仰を守るための戦い」などと言われていたが、実態は本願寺が親鸞の思想を変質させ、信徒を組織化して行くなかで、教団が政治権力化し、信徒を教団の利益のために戦争に駆り立てて行ったものなのだ。宗教集団が陥りやすい欠陥として、著者は厳しい批判を向けている。なお、一向一揆については神田千里氏の著作に立派なものがある。こうなったら江戸時代の身分制度で埒外に置かれた賤民の由来についても意見を聞きたいものだ。あれの政治起源説は民衆と権力者という二項対立の図式で、明らかに網野氏の流れを受けていると思う。従って批判されるべき点は多い。
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吉本興業の正体 増田晶文 草思社

2008-08-08 21:08:43 | Weblog

吉本興業の正体 増田晶文 草思社


吉本興業といえば吉本新喜劇を思い浮かべる。よくも悪くも大阪のイメージを作り上げた点で大いなる功績がある。創業は1912年というから歴史は古い。吉本吉次郎と林せいが結婚して始めたが、せいの弟の林正之助が発展させて、今の礎を築いた。最近、創業家の吉本家と林家の内紛が「週間新潮」によって伝えられていた。その中で漫才師中田カウスがフイクサーがらみの暗躍をしている記述があったが、カウスは後日「週間文春」で事実無根と反論していた。本書でもカウスに取材した部分が多く取り上げられている。彼によると、芸人とタレントは全然違うもので、最近の漫才師は芸人ではないと断言している。吉本興業顧問という肩書きだが、いつの間に会社に食い込んだのかと「週間新潮」は書いていたが、同感である。大所高所からの権威主義的な発言が目立つ。やすし・きよし解散後、カウス・ボタンが最高の漫才師と著者は言うが、これには異論がある。私はオール阪神・巨人が最高と考える。カウスは毒が強すぎて、好みでは無い。
 吉本はさんまが東京進出して以降、会社も東京を拠点にするようになって現在に至っている。漫才ブームでは相当儲けたようだ。木村政雄氏がそれに大いに貢献した。吉本を退社してからはテレビのコメンテーターとして活躍している。辛口のコメントでちょっといやな感じのおっさんだ。吉本の功績は大阪弁を全国区にしたことだと思うが、そのことが大阪人のあつかましさを助長させていることも否定できない。しかしメディアを利用しての戦略はなかなかのもので、大阪府知事の橋下氏も吉本の芸人と親しいことから、そのノウハウを伝授してもらっているのではないか。しかしメディアで有名になったものはメディアによって滅ぶこともある。両刃の剣だ。御注意召されよ。
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