読書日記

いろいろな本のレビュー

トラクターの世界史 藤原辰史 中公新書

2018-01-21 15:02:16 | Weblog
 副題は「人類の歴史を変えた〝鉄の馬〟たち」だ。トラクターとは耕運機のことで、これの世界史的意味を具体的に説いている。日本では小林旭が、燃える男の♪~赤いトラクター♪~と歌って、ヤンマーのトラクターを宣伝していたのを思い出す。本書によるとこの歌は1979年に発表されたとある。マイトガイと呼ばれた小林がトラクターの宣伝とは、コロンブスの卵的発想で、独創的というほかはない。アメリカではエルヴィス・プレスリーが実際にトラクターを所有して、乗り回していたらしい。
 トラクターは、蒸気機関の発明によって考案された。鉄道以外に、農耕にこれを利用すれば、農民の労働は劇的に軽減されるということで実用化が模索されたのである。キリスト教文化圏ではアダムとイヴが智恵の実を食べて楽園から追放されて以来、地面に這いつくばって労働することが、神からの原罪としてアダムとその子孫に、子を産む苦しみをイヴとその子孫に与えられてきたとされているのだが、そのアダムの原罪から人類は蒸気機関によって解放されると考えたそうである。直接土を耕す苦役から人類を解放し、作物の大量生産を実現する、まさに救世主のような存在だ。19世紀末にアメリカで発明され、世界各国に波及していく。本書はアメリカ、ソ連、ナチス・ドイツ、中国、日本でのトラクターの普及の歴史を多くのエピソードと共に描く。トラクターから世界を見るという切り口は斬新で、面白い。
 アメリカでは1920年代にトラクターの普及によって農業生産力が上昇したが、農作物が過剰になり、価格が下落して経営不振に陥る農家が増え、彼等に投資していた地方銀行も倒産するという事態になった。過剰投資による農業恐慌は1929年のウオール街の株価大暴落につながったと説く研究者も少なくない。またトラクターの登場は、馬の糞尿を肥料に使う慣習をなくし、化学肥料の増産と多投をもたらした。これにトラクター土壌圧縮による土壌の団粒構造の破壊が加わって、土壌がサラサラの砂塵になり、強い風に煽られて空気中に舞い、空を覆った。これをダストボウルという。この問題は現代でも農業の基本的な課題になっていると著者はいう。また1920年代のソ連では、トラクターがギリシャ正教の世界観と衝突し、司祭たちから呪われた「反キリスト」と恐れられた。「反キリスト」とは世界の終末に現れるとされる「キリストの名と権威を奪うもの」の意で、トラクターが「反キリストが乗って来る鉄の馬」だという。「鉄の馬」は農村の風習を破壊し、飢餓をもたらすと司祭たちは農民を煽動した。「トラクターは深く耕す、土地は乾く、やがてコルホーズ員は皆飢え死にする」と司祭の教唆を受けた農民が歌いながら行列を作って練り歩いた。
 このようにトラクターの出現によるさまざまのインパクトを紹介しており、それによってその国の状況が垣間見れる仕組みになっている。厳しい肉体労働からの解放というけれどそう簡単には実現しないということがよくわかった。
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戸籍アパルトヘイト国家・中国の崩壊 川島博之 講談社+α新書

2018-01-12 17:46:24 | Weblog
 最近多い中国崩壊本の中でも、以前取り上げた『中国 とっくにクラシシス、それなのに崩壊しない〝紅い帝国〟のカラクリ』(何清漣 程暁農 ワニブックス新書)と同じくらい面白かった。いちいちごもっともと頷いてしまった。戸籍アパルトヘイトとは中国の農民が都市住民に差別されているという意味で、人口は9億人いるそうだ。これに対して差別する側の都市住民は4億人で、中国のGDPを支えているのはこの4億人で、農民は都市戸籍を得ることができず、農民工(出稼ぎ臨時工)として過酷な労働を強いられている。よって中国は13億の人口を擁する大国だと言うが、国を動かしているのは4億人と考えてよいという指摘は目から鱗であった。
 冒頭、貴州省のマオタイ村(マオタイ酒の産地)の夜間のイルミネーションが写真付きで紹介される、観光スポットとして売り出そうとしたが、辺鄙過ぎて観光客はまばら、この事業は習近平の側近だった陳敏爾が2015年貴州省の党委員会の書記をしていた時に起こしたものだ。また遼寧州の営口市(大連から北に200キロ離れた小さな港町)を訪ねた著者は、そこに新幹線が通っていることを指摘。北京と大連を結ぶ新幹線は二つあって、海沿いのこのルートは山側のルートに比べて利用者が少ない。駅前の公園も立派に整備されているが、人がいない。公園近くのマンションも棲む人がいなくて空き家になっている。中国語で「鬼城」というらしい。ここは現首相の李克強が2004年から2007年まで遼寧省の書記をしており、この後すぐに胡錦涛によって政治局常務委員抜擢されている。いずれの場合も書記としての実績作りの公共事業で、出世のために壮大な無駄をしていることを白日のもとにさらしている。トップがこれだから、ましていわんや地方政府の役人をやということになる。中国の経済はこのような公共投資によって発展してきたわけで、これをやめるとたちまち経済成長が止まるというジレンマの状態にある。このことを現代中国研究家の津上俊哉氏が去年の10月共産党大会の習近平の演説の講評を朝日新聞で書いておられたが、正鵠をえた意見で、川島氏と通じるものがある。そしてこのような公共事業を支えるのが、農民工なのである。都市住民は農民工をいわば奴隷のようにこき使うので、中国の会社は基本的にブラック企業である。会社の構造が先進国のものとは明らかに違っているのだ。
 その都市住民から差別されている農民の就職口として有力なのが、人民解放軍なのである。農民にとってはかなりいい就職口で、地位を上昇させるためにわいろを使うことが常態化している書いてある。今、軍のトップがわいろで私腹を肥やしたとして習近平によって逮捕されているが、彼らは基本的に被差別の農民の意識を超えることができず、国家のために命を捧げるという発想がないので、軍隊としてはかなりレベルが低いということだ。この指摘も他ではあまり聞いたことがなかったので、新鮮だった。国家が一枚岩ではないということが中国のアキレス腱といえるだろう。その人民解放軍はロシアから買った空母を改良して遼寧と名づけて就航させたが、これの維持管理にどれほど巨額の費用がかかるかということを指摘して、あと二隻作ろうとする愚を批判している。かつてロシアが失敗したその道をたどっているということらしい。その他、農民をないがしろにすることの危険性を多々述べて、中国の未来はそれほど明るいものではないことを述べている。一読に値する作品だ。
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日蝕えつきる 花村萬月 集英社

2018-01-08 11:28:13 | Weblog
 タイトルは「ひはえつきる」だ。天明六年(1786)に起きた皆既日食と重ねて書いた五編の短編集で、それぞれの編の末尾に主人公の死と共に「日蝕えつきる」の言葉がオーバーラップされるという趣向だ。どれも社会の底辺に暮らす男女が惨めに残酷に死んでゆく姿を描いている。まさに著者の言う通り「暗黒小説」と言ってよい。救いがないのだ。でもこれはこれで変にリアリティーがあり、昨今の浅薄な小説に比べると格段に面白い。因みに本書は2017年10月柴田錬三郎賞を受賞している。
 最初の「千代」は夜鷹の女性、次の「吉弥」は蔭間の少年、次の「長十郎」は貧乏侍、次の「登勢」は八丈島の百姓女、最後の「次二」は投獄された無宿者と、天明期の飢饉等の社会不安に翻弄される庶民の姿がリアルに描かれている。語彙が古典的で、電子辞書を片手に読まざるを得ないほど難解だったが、逆に言えば文章が格調が高いことの証左でもある。
 全編、町のにおい、牢獄のにおい、生理的分泌物のにおいが漂ってくるようで、現代の清潔志向の人間が読むと吐き気を催すかもしれない。また社会悪のこと細かな描写、人間の性悪説を肯定するかのような記述はディストピア小説の流れを志向するもので、著者は一体どういう人物かという興味が湧いた。二年前に読んだ『信長私記』(講談社)では、信長自身の人生が劇的であったがゆえに、著者に対する関心は湧いて来なかった。今回調べてみると、彼の父親は明治生まれで、母親とは30歳違いで、著者は父親から旧仮名遣いの本での読書を強制されたとある。道理であのような文章が書けるわけである。小学校3年で父が他界、その頃からすさんだ生活をし、小学校5年で児童相談所、その後福祉施設を経て高校に入学するも、間もなく退学。その後無頼の生活をしていたが、旅行記の投稿をきっかけに、1989年『ゴッド・ブレイス物語』で作家デビュー、1999年『ゲルマニュウムの夜』で芥川賞受賞とあった。
 その文体の由来も、社会の底辺に暮らす人間に対するシンパシーも、歩んできた人生と関係があると言える。逆に言うと小説のネタは豊富に持っているということだろう。この小説は著者が歩んできた人生の凄味が結晶したものだ。その経験において並みの作家では歯が立たないのも当然で、今後とも目が離せない作家だ。
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ベルリン陥落1945 アントニー・ビーヴァー 白水社

2018-01-07 13:24:20 | Weblog
 独ソ戦とは、第二次世界大戦のヨーロッパ戦意域において、最も大規模な地上戦が繰り広げられたドイツとソ連の戦争を指す用語で、1941年6月のドイツ軍によるソ連への奇襲攻撃と共に始まり、1945年5月のソ連軍によるベルリン占領によって終結した。本書はソ連の1943年2月のスターリングラード奪回以降、赤軍(ソ連軍)がドイツ軍を破り、ベルリンに攻め込むまでを描いている。バルバロッサ作戦でソ連に攻め込んだドイツ軍は、その先々でソ連の市民・農民に対して暴力を行使して、多くの殺戮行為を行なった。ヒトラーのスラブ人蔑視の考え方が、殺戮を助長したと言える。市民の平和な生活がある日突然毀されたのである。この辺の事情は『ボタン穴から見た戦争』(スベトラーナ・アレクシェーヴィッチ 岩波現代文庫)の詳しい。そして一転して、ドイツ軍はスターリングラード攻略戦に失敗した後、赤軍に押されて退却していくことになる。ロシアの冬将軍にも大きく足をすくわれた。
 本書の冒頭、スターリングラードの瓦礫の中で、やせ衰えたドイツ兵の一団を捕虜にした赤軍の一大佐が、一面廃墟と化した周囲の建物の跡を指し示し、怒り心頭に発して怒鳴りつけて、「よく見ておけ、ベルリンもこうなるんだ!」と言ったという話が紹介されている。今度はドイツに復讐する番だという趣旨だが、実際、赤軍の反攻に遭ったドイツの市民の惨状を本書は余すところなく描いて、戦争の悲惨さを訴えている。特に東プロイセン地方の市民の被害が大きかった。殺戮・略奪・強姦等々、赤軍のドイツに対する敵愾心はあらゆる場面で発揮された。本書では赤軍のベルリン到着までに、とりわけ女性に対する性暴力がひどかったということを強調している。この問題は、ナチスドイツの崩壊というメインテーマの陰に隠れて、その被害状況がしっかり把握されていないという。赤軍によるドイツ市民の被害の実態は、敗戦国であるがゆえに軽視されているのであろう。
 ほとんどすべての赤軍の兵士が、ドイツ領に入った時、『のろうべきドイツの地ここにあり』の看板を見たが、ある赤軍大尉の回想として、ドイツの村はいろいろな点でポーランドの村とは違っていた。大多数の家屋はレンガと石で作られ、小さな庭はこぎれいに刈り込んだ果樹が植わっていた。道路は立派だった。「無思慮な国民とも思えないドイツ人」が、この豊かで快適な生活をを危険にさらしてまで、なぜソ連に侵入しなければならなかったのかと語っている。ヒトラーの生存圏獲得のための戦争がデタラメであったことを証明する事例である。そのヒトラーはベルリン陥落前に、愛人のエフア・ブラウンと自殺している。自殺して済む問題ではない。改めて戦争の意味を考えて、不戦の決意をしなければ、先の戦争で死んだ人々の魂は浮かばれないだろう。
 本書は戦争の悲惨さの細部を具体的に描いて、誠にリアリティーがあった。
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定年バカ 勢古浩爾 SB新書

2018-01-05 15:21:44 | Weblog
 勢古氏は『定年後のリアル』(草思社)シリーズでヒットを飛ばした元会社員である。洋書輸入会社に34年間勤務して、59歳で退職。その後再就職はせず、文筆活動を軸に悠々自適の生活をしている。その定年後の日常を淡々と綴ったのが、『定年後のリアル』である。公園やハンバーガー屋で暇をつぶしたり、モーニングサービスを楽しんだりする中で、同類の老人の立ち居振る舞いを細かく観察してコメントしており、誠に面白い。冷めた目で見ているのが私好みだ。公園で暇をつぶす、あるいはハンバーガー屋で食事をする、その中に退職老人の人生が如実に表れるのが何ともいえず、身につまされる。読んでいて同感することが多かった。だからこそベストセラーになったのだろう。
 さて定年後をどう生きるかということについて述べた本が最近非常に多い。近くは、『定年後 50歳からの生き方、終わり方』(楠木新 中公新書)がヒットして、NHKのクローズアップ現代でも取り上げられていた。会社人間だった著者が同類の会社員で定年後をどう過ごしているかをインタビューして、有意義な生活ぶりを書きしるしたものだ。購入しようかどうか迷ったが、結局やめた。図書館で借りて読むほどのことはないという気もしてそのままになっていたが、勢古氏の評価は「可もなく不可もなし」であった。人の生活ぶりを知ったとして、同じことをするわけにもいかず、また出来ないのだから、意味がないと云うのが私の結論だ。著者もこう言っている、なぜ定年の時だけうろたえて先輩たちの経験を読み聞き、専門家の話を聞きたがり、いろいろの情報を知ろうとするのか。むろん先輩たちの経験や識者の忠告を知るのは悪いことではないが、結局、自分は自分なのである。〝定年後〟だって大丈夫にきまっている。(中略)「第二の人生」とか「充実したシニアライフ」などのマスコミ言葉に踊らされないことである。「老後資金は大丈夫か」「長生きするには」などの不安を煽るような言葉に過敏に反応しないことである。どいつもこいつも、あなたの人生なんかにはなんの興味もないのだから。もちろん、だれひとり言葉の責任など取るものはないと。大体これで結論は出ているのだが、かいつまんで第1章から、第8章まで、1 定年バカに惑わされるな、2 お金に焦るバカ 3 生きがいバカ 4 健康バカ 5 社交バカ 6 定年不安バカ 7 未練バカ 8 終活バカ とシニカルにユーモラスに話が展開する。そして最後に第9章「人生を全うするだけ」で締める。
 著者も言う通り、自分の歩んできた人生の文脈をそう簡単に変えることはできないのだから、自分の身の丈に合った生活をすればいいのだ。お金がなければ働けば良いし、あればその額に応じた生活をすればよい。その枠の中で創意工夫を凝らすのが人生の醍醐味といえるだろう。その途中で病を得て、人生が終わってもそれは仕方のないことだ。ジタバタしないように心しておくことだ。
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ゲイリー・バートン自伝 ゲイリー・バートン 論創社

2018-01-01 09:41:56 | Weblog
 ゲイリー・バートンはジャズ界で有名なヴィヴラフオニストだ。ヴィブラフオンはジャズ界ではメジャーな楽器ではないがゲイリー・バートンは第一人者として活躍し、グラミー賞7回の受賞を誇っている。彼はマレット4本を使って流麗な演奏をするのが特徴だ。ジャズヴアイブでは、何といってもMJQのミルト・ジャクソンが有名で、その他テリー・ギブス、ボビー・ハッチャーソンなどが個人的には思い浮かんでくるが、ゲイリー・バートンはそれほど聞いた覚えがないが、2004年に出された小曽根真との共演アルバム「GENERATIONS」は良いアルバムで愛聴している。バートンもこのアルバムについては言及していて、新人のギタリスト、ジュリアン・ラーゲをほめたたえている。確かにうまい。
 ゲイリー・バートンは1943年アメリカ、インディアナ州生まれで、幼少期から独学でヴィブラフオンを学び、17歳でプロデビュー、その後バークリー音楽大学で学んだ。ジャズミュージシャンとして正式な音楽教育を受けたことが、その後の活躍に大きく貢献したことが本書の記述でもわかる。その後、盲目のピアニスト、ジョージ・シアリングやテナーサックスのスタン・ゲッツと共演した後、1968年ジャズにロックを取り入れたフュージョンバンドを結成した。
 本書の特徴は、共演したミュージシャンの裏話と自身がゲイであるということを告白した2点にあると思われる。前者については私も初めて聞くものが多く、面白かった。ジョージ・シアリングはイギリス出身のピアニストだが、自分の流儀にこだわって幾度もバートンと対立したという。また盲目であるにも関わらず、女性に対して積極的で、ギグなどで知り合ったフアンに積極的にアプロ―チをかけたという。スタン・ゲッツについても同様で、彼は麻薬中毒で気分の落差が激しくなかなか付き合いにくい人間だったとある。楽譜を読むのも苦手で、我流のやり方に固執したらしい。彼の最大のヒットアルバム「ゲッツ・ジルベルト」はジャズとボサノバとの融合を目指したものだが、これでゲッツは金満家になった。そしてアストラッド・ジルベルトと演奏旅行を続けるうちに2人に肉体関係ができた。ジルベルトには同行した夫がいたにもかかわらずである。ゲッツにはマネージャー役のしっかりした妻がいたのだが、、、、。ことほど左様にジャズマンの日常は融通無碍と言えば言えようか。
 また歌手のアニタ・オデイについて、彼女は〝聴き憶え〟で歌うヴォーカリストの一人であり、音程やフレージングに関する彼女の選択はあてずっぽうという感じで、表裏に渡って音楽の構造を知っていたエラ・フイッツジェラルドやサラ・ヴォーンといった偉大なスキャットシンガーとは対照的だったと言っている。このようにゲイリー・バートンはジャズを単なるフイーリングではなく理詰めのテクニックを基礎にすべきだと考えていたことが分かる。後にバークリー音楽院の教授になったことからもそのことがうかがえる。その他彼が共演したミュージシャンのエピソードが多数語られており、面白く読める。そして後者のゲイ告白だが、これはコメントしにくいので割愛。
 総じて74歳のミュージシャンの自分史の自己評価としては良好だったということだろう。これは前掲の75歳の俳優・コメディアン小松政夫の自分史も同様だ。とにかく70歳半ばまで生き残ることが大切だ。
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