読書日記

いろいろな本のレビュー

犬のかたちをしているもの 高瀬隼子 集英社

2021-07-23 07:46:39 | Weblog
 本書は週刊ポストの書評欄で紹介されていたのを機に読んだ。週刊ポストはいつも喫茶店で読むが、書評欄は結構面白い。初出は『すばる』(2019年11月号)で単行本は2020年2月、第43回すばる文学賞受賞作である。最近の若い人の小説は読まないが、あらすじが面白いので読んでみた。

 主人公の間橋薫は三十歳、恋人の田中郁也(塾の講師)と半同棲の生活を送っている。二十一歳の時に卵巣の手術をして以来、男性とは付き合ってしばらくたつと性交渉を拒むようになった。郁也と付き合い始めたときも、そのうちセックスしなくなるなると宣言した薫だが、「好きだから大丈夫」だと彼は言って普段と変わらない生活を送っていたある日、郁也に呼び出されてコーヒーショップに行くと、彼の隣にはミナシロ(水名城)と名乗る女がいて、郁也の子供を身ごもっているが育てる気はないので子供を引き取ってほしいと要求する。女は郁也とセックスする代わりに金をもらっていたのだ。

 薫は郁也とは同棲しているが、三か月以上性交渉はない。浮気相手は言う、「子どもを育てたくない。産むのだって怖いし、痛いから本当は嫌だけど、おろすのはもっと恐い。だけど育てる気はありません」と。そして彼女が薫に提案した内容は、1 郁也と自分が結婚する。2 自分が子どもを産む。3 その後郁也と自分が離婚。4 その後郁也と薫が結婚する。5 郁也と薫が子どもを育てるというもの。小説は勿論このように進行するわけではない。ネタばらしは控えるが、ミナシロという郁也の浮気相手に振り回される主人公の心理描写が本作のポイントと見た。卵巣の手術をしたということがセックスに消極的になって、恋人の浮気を許し、子どもを育ててくれという途方もない理不尽な要求を本気で考える原因になっている。自分では産めなかったかもしれない子どもである。この件で田舎(四国)の親も登場するのは、薫のアイデンティティーが都会ではなく田舎にあることを示しており、田舎者の実直さが表れていて微笑ましい。

 その後は再び郁也との生活に戻るが、子宮で感じる性行為なしの日常だ。なんか観念的でまどろっこしい。ヘンリー塚本のAV(能天気に浮気行為を繰り返す人妻)を見たらもっと実存的な日常が発見できるかもしれない。最近の小説は性描写は観念的で、昔の梶山季之のそれに比べると本当につまらない。観念の遊戯が純文学の基本みたいになってちまちまとして面白味がない。先日も芥川賞と直木賞の発表があったが、どちらも二人ずつの受賞だった。これは甲乙つけがたいというより本屋の意向を受けたものではないか。本の売り上げを意識したものとしか思えない。直木賞の受賞作は時代物が多いが、時代考証を素人なりにうまくまとめたもの勝ちという傾向があるのは否定しがたい事実である。時代物に名を借りたライトノベルという感じか。従って泡沫のように作家が生まれては消えという状況になっている。

 

刑事コロンボの帰還 山口雅也編 二見書房

2021-07-06 09:19:48 | Weblog
 テレビドラマ「コロンボ警部」はNHKで放映されて人気を博したが、本書はこの作品の制作由来、全作解題と名鑑が綴られておりアメリカ映画界の一側面がわかって非常に面白い。私がこのドラマと出会ったのは 高校生だった1970年前後。シリーズの原型となったテレビドラマで、タイトルは「殺人処方箋」だった。犯人役は『バークにまかせろ』のジーン・バリーでエリート精神科医を演じてコロンボと心理戦を展開する。バリーは患者の若い愛人と組んで妻を殺して完全犯罪を目論むが、愛人の精神的不安定さをコロンボが突け込んで、最後は精神科医の浅薄なエリート意識が愛人を裏切る展開になって御用となる。

 これをNHKの放送で見たのだが、少なからず感動したのを覚えている。まず犯人が最初に判明してしまうという構成と、一見うだつの上がらないピーターフオーク演じるコロンボ警部(字幕では警部補)が尊大で嫌みなエリートを追い込んでいく展開が新鮮だった。本編でもジーン・バリーのエリート然とした演技が際立っていた。ちなみに日本語版の吹き替えを担当していたのが若山弦蔵氏であるが、惜しくも最近逝去された。
 
 この「殺人処方箋」を含め以後45作が制作されたが、私はDVDを購入して二回見たが、見飽きることはない。なぜなら、60年代後半から70年代のアメリカが大いに繁栄していた時代の様子が画面から伝わってきて、古き良き時代の回顧とともにわが青春時代をも懐古する気持ちになるからだ。例えば犯人役のエリートや成功者の乗っている車はでかくて高価なものであるし、会社の様子も資本主義の先端を行く感じが見て取れ、とにかく生活のレベルが全然日本と違うのだ。80年代になると安価で高性能の日本車がアメリカ市場を席巻し、本作品に出てくるでかい車は駆逐されてしまうのだが、これはその前の時代を活写した貴重なフイルムとも言えそうだ。

 犯人役ではロバート・カルプとジャック・キャシディーがそれぞれ三回犯人役をしており、確かにうまい。また本書は脇役のエピソードも詳しく書かれており、映画フアン必読である。個人的には第五作『ホリスター将軍のコレクション』(犯人役はエディ・アルバート)の「信頼できない」目撃者の役を演じたスザンヌ・プレシェットが取り上げられていたのがうれしい。本書によれば、彼女は60年代のデビュー当時はエリザベス・テーラー似の美貌で将来を嘱望されていたが、その後伸び悩み、脇役・端役に甘んじることが多かったとある。たしかに本作の作られた1971年当時は凋落の途中だったのだろう。しかし1960年代の初めは勢いはすごかった。62年のトロイ・ドナヒューと共演した『恋愛専科』のころの美貌は際立っている。これが縁でトロイ・ドナヒューと結婚したがすぐに分かれた。トロイ・ドナヒューも1960年代を代表する役者で、テレビドラマ『サンセット77』のチャラい演技はいかにもアメリカ的で、小学生の私を虜にした。なんとこんな豊かな国があるのだという感嘆である。ちなみに主演の私立探偵役はエフレム・ジンバリストJRで、彼もジーン・バリー同様パリッとした感じで、古き良きアメリカを体現していた。

 
 コロンボシリーズを作ったのはユニバーサル映画であるが、映画終了後のキャプションを見ると、音楽はヘンリー・マンシーニ、監督の中にスティーブン・スピルバーグの名もあって後のアメリカ映画をけん引するシリーズだったことがわかる。このようにアメリカ映画の原点ともいうべきこのシリーズ、BSでも放映されることが多いのでぜひご覧いただきたい。