読書日記

いろいろな本のレビュー

「回天」に賭けた青春 上原光晴 光人社NF文庫

2018-11-13 08:31:04 | Weblog
 光人社NF文庫は太平洋戦争にまつわる兵士の実態を描いたものだが、毎月数点の新刊があり途絶えることがない。月刊誌『丸』のようなものだ。中には自分史的な個人出版のにおいのするものも過去には多かったが、元兵士が鬼籍にはいることが多くなって、第三者による記述が最近の流れである。でもこれだけの戦争雑誌・書物が出版されると言うことはそれなりの需要があるということなのだろう。プラモデル・写真集も多い。しかし、戦闘機や戦車は人殺しの道具だということを忘れるべきではない。
 回天は人間魚雷と言われるもので、頭部に1.5トンの爆薬を搭載し、敵艦に体当たりして撃沈させることを目的としたものだ。戦争末期、劣勢挽回のため余っている魚雷を何とか使えないかという海軍兵学校出の軍人が考え出したものだ。最初は生還の見込みのない自爆作戦を上層部は認めなかったが、神風特攻隊が組織される流れと連動して、実現を目指すことになった。その中心人物が兵学校出の黒木博司中尉と仁科関夫中尉である。彼らはこの戦争を本気で勝ち抜こうとする強い意志があった。平時であれば前途有為の人材として活躍したことであろうが、時代との巡り合わせが不幸であったというしかない。本書によれば、仁科中尉は大阪の中学校で秀才の誉れが高く、南北朝の歴史にゆかりの金剛山、千早城、生駒山といった近畿の山々を姉や弟とよく登り、美しい自然の中で楠木正成、その子正行の故事に思いをはせ、『太平記』の章句を口ずさんでは若い血をたぎらせたという。まさに尊王攘夷の志士そのものだ。「鉄は刀にしたくない」(優秀な人材を兵士にしたくない)という言葉があるが、この時代は鉄を刀にして、刀は歯こぼれしたり折れたりしてしまったわけだ。
 この二人の研究によって回天は完成し、山口県徳山市沖の大津島で訓練が行なわれた、しかしこの訓練は過酷で、多くの隊員が事故死した。黒木中尉もその一人で、海中に沈んで浮き上がれなくなった。死の直前の艦内で書いた遺書が紹介されているが、涙を誘う。一方仁科中尉は昭和19年10月下旬、伊号潜水艦に取りつけられた回天に乗り、敵のフイリピン攻略部隊の前進基地で、常時多数の艦艇と補給部隊がたむろしている西太平洋の西カロリン諸島のウルシー泊地に向かった。ところが指揮官たちは日の出の2時間前の真っ暗闇の午前三時半に回天を発進させてしまった。回天には夜間用の望遠鏡がなく、水道に近づくまで困難を極めた。結局他の二基はサンゴ礁に乗り上げ自爆、仁科中尉の回天は敵油槽艦「ミシシネワ」を撃沈したと思われたが、これも後に誤報であり、途中で自爆したことが判明した。ああ、命なるかなである。敵のレーダーを掻い潜って停泊基地に潜入することはほぼ無理だったのだ。しかし大和魂が可能にすると言うのがこの時代の教えだ。国を守る崇高な精神は敵の情報力と物資力には敵わなかった。よってこのような理不尽な戦争で犠牲になった若者の慰霊は今を生きる国民の義務であろう。本書はこの理不尽かつ過酷な時代の青春群像を活写した労作である。
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昭和陸軍の研究(上・下) 保坂正康 朝日新聞出版

2018-11-03 13:18:03 | Weblog
 日中戦争から太平洋戦争に至るまで日本陸軍は様々な重要事件に関与して最後に敗戦による解体となったわけだが、その官僚制と天皇親政による権力行使の弊害は多くの兵士・民間人の犠牲を生みだした。太平洋戦争末期は陸軍のみならず海軍のありようも俯瞰しての通史となっている。上巻では張作霖爆殺事件と関東軍の陰謀から始まって、満州国建国、日中戦争、ノモンハン事件、真珠湾攻撃、ガダルカナル戦、山本五十六(連合艦隊司令長官)の戦死などが描かれる。下巻ではゼロ戦パイロットたちの戦い、インパール作戦、特攻隊員はいかに作られたか、沖縄戦、を始め敗戦時の指導者の様子、巣鴨プリズンでの軍事指導者たち等々、丹念な取材によるレポートは海軍も含めた旧日本軍の通弊を暴いて見せる。本書は1999年初出の単行本の2018年の選書版である。通読して感じるのは陸軍士官学校・陸軍大学出のエリートが兵士の実態・心情を理解せず、机上の空論に近い作戦を実行したことである。かつて司馬遼太郎はノモンハン事件について、その愚かな作戦を自身の戦車兵の経験をもとに批判していたが、今改めてこの組織の欠点を実感した。ペーパー試験を何番で合格して何番で卒業したかで将来の出世が決まるシステムは官僚制を助長するばかりで、軍隊の指導者を育てることにはならない。海軍兵学校も同じだが、優秀な生徒を兵士にするのだからそこに創意工夫が凝らされないとただの殺人指導者になってしまう。日本陸軍はこの意味で、野郎自大的に中国大陸に攻め込み、満州国を建て、中国の無辜の民を絶望の淵に追い込んだ。無謀な作戦に駆り出された日本軍兵士もある意味犠牲者である。
 この愚かな戦争で指導的立場にいた者は、東京裁判で裁かれたが、逆に責任を転嫁して生き延びた者も多いと言うことが書かれていた。たとえばインパール作戦で生き延びた兵士は戦後、著者のインタビューで「一兵士として牟田口廉也中将をどう思っているか」と尋ねたとき、それまでの温厚な口ぶりは一変して、「あの男を許せない。戦後も刺し違えたいと思っていた」と激高したとある。この無謀な作戦を主導した牟田口中将は陸士・陸大でのエリートであったことを思えば、先ほどのペンを持ったら強いが、後は、、、、という問題になってくる。このような指導者に問答無用の軍隊を指揮させることは非常なリスクだが、当時はそれがまかり通ったのである。シビリアンコントロールが効かないのは非常に怖い。
 本書はいろんな話題を提供してくれるが、私の印象に残ったのは、日本は情報戦においてアメリカに負けていたという話である。山本五十六の戦死はその象徴だと言うのだ。つまり、日本の暗号はすべてアメリカに解読されており、山本長官の日程も敵側に筒抜けで、長官の乗った一式陸攻は敵の戦闘機P38二十四機に待ち伏せされて撃墜された。これは日本にとって大きな痛手だったが、暗号が解読されていることを日本側は知らなかったというのだから恐れ入る。日本は彼の死を客観的に分析して反省材料を見つけ出すべきであったのに、それをやらなかったばかりでなく彼の死を隠蔽しようとさえしたという。これは国民の衝撃を和らげようとする意志の表れだが、撃墜された山本の最期を見た捜索隊兵士たちは、その事実を語らせまいとするかのように、やがて前線に送られていった。それは著者によると、山本の最期の姿は、大本営発表と海軍大臣の放送の枠内で了解されなければならないという意図があったからだという。こういう連中に死を強要されてはたまらない。神風特攻隊はこの人命軽視の極致と言うべきもので、負の歴史として今後も語り継がれることが必要だ。
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日本が売られる 堤未果 幻冬舎新書

2018-10-30 09:18:42 | Weblog
 日本の水、土地、医療その他が法律を変えられどんどんアメリカや中国やEUなどの外資に売られている現状をつぶさに報告したものである。以前から北海道の土地が中国人に買い占められているという報告があったが、基地のそばとか水源地まで買われている現状を政府はどう考えているのかと疑問に思ったが、その対策を本気で打っているのだろうか。規制緩和とか自由貿易推進とか言っているが、国益とは何かということについてもっと真摯に考える必要がある。今はやりの国家戦略特区諮問会議は規制緩和を第一の目玉として活動しているようだが、あの加計学園の獣医学部新設問題は、その認可のあり方が問題になったことは周知の通り。要するに会議のメンバーの働きかけが大きく左右することは明白で、まして首相の間接的な働き掛けがあったとしたら話は簡単に進むことは誰でもわかる。 著者が売られている例として挙げているのは、水、土地、以外にタネ・ミツバチの命(農薬問題)・食の選択肢・牛乳・農地などの資産などだが、どれもアメリカの圧力によって規制緩和を迫られた結果と言えるものが非常に多い。外交と同様、弱腰の対応の足元を見られている感が強い。TPP問題で日本はアメリカのフロマン通商代表にさんざん苦杯をなめさせられたが、政権交代でトランプ大統領はTPPから離脱して日米の二国間交渉に切り替えた。さらに厳しい要求が突きつけられることが予想される。
 現政権は対米問題に苦慮せざるを得ない一方で、中国はアメリカとの貿易戦争のただ中にある。その余波で、中国は日本に秋波を送った結果今回の日中首脳会談実現となった。こちらはこちらで「一帯一路」構想にどう関わるか難しい判断を迫られる。こんな中で、現政権は労働力不足を解消するために、「入国管理法」を改正して、外国人の日本での労働条件を大幅に緩和する方針を打ち出した。政権は移民をどんどん受け入れることではないというが、一時しのぎの感は否めず、野党から批判が噴出している。技能実習生の滞在をあと5年延長できる、家族も呼び寄せてよいとなると、なし崩し的に外国人が増えていく。根本的な政策を立てておかないと後でこんなはずじゃなかったということになるだろう。本書でも、第二章の「日本人の未来が売られる」で、外国人労働者の問題について、警鐘を鳴らしている。
 例えば日本に滞在する外国人で最も多いのが中国人で、国籍取得者を含めて過去最多の現在92万人を突破、外国人労働者の3割を占めている。彼らは2010年7月に中国で導入された「国防動員法」によって、有事の際には中国政府の指揮下に動員されることが義務づけられている。こうした事実は一部の保守系論者から懸念の声があがるだけで、政府の移民政策の議論の中には出てこない。著者はこれを危惧しているがマスコミで取り上げられることはない。
 なにはともあれ、少子化の影響で、日本の労働人口は不足し、とくにサービス業や肉体労働の部門での働き手の不足は顕著で、多くの外国労働者によって補われている。この問題を経済界から何とかしろと言われて今回の法案改正の運びとなったわけだ。先述の国家戦略特区諮問会議がイニシアチブを取ったと著者は言っている。その中心人物が竹中平蔵氏であった。彼は今東洋大学教授であるが、小泉内閣では重要なブレーンとして規制緩和に取り組んで小さな政府の実現を目指した人物である。現在人材派遣会社パソナの社外取締役になっているが、諮問会議で外国人労働者の受け入れを積極的にやるよう働きかけて、パソナ傘下の会社に斡旋の仕事受注させたとある。
 権力を行使するものは公正でなければならないが、加計問題といいこの問題といいモラルも低下を感じる。マスコミは政権の不都合な真実に対して戦う姿勢を見せる必要がある。本書の内容を知っている人は少ないのではないか。その意味で価値のある本だ。テレビのバラエティ番組でへらへら笑っているうちにこの国はエライことになってしまう。愚民化政策をテレビがやってくれているのだから、為政者はほくそ笑んでいるだろう。
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銀河鉄道の父 門井慶喜 講談社

2018-10-23 09:06:15 | Weblog
 本書は直木賞受賞作で、宮沢賢治の父政次郎から見た賢治と家族の物語である。まずこの本の装丁が素晴らしい。メガネ・懐中時計・手帳・万年筆・そろばん・コインと賢治が使ったであろう小物が並べられて、在りし日の故人を偲ばせる。賢治自身の写真を使うよりインパクトがある。
 政次郎は古着屋兼質屋の家業を父喜助から引き継ぎ、商売に学歴は不要という喜助の方針によって上級学校に進む事を諦めた。そして息子の賢治にも同じ道を歩ませようとしたが、本人のたっての願いで、花巻の小学校から盛岡中学・盛岡高等農林への進学を許した。勿論賢治の成績が良かったことが大きな理由だが、政次郎自身が進学できなかったこともあり、息子にはそれを許してやろうという気持ちが湧いていたのだろう。政次郎の賢治(他の子どもも含めて)に対する愛情がさりげなく描かれていて優しい気持ちになる。これが受賞の大きな理由であろう。
 賢治は日蓮宗に帰依して国柱会に入り活動するが、その過程で父親に改宗を勧める場面が印象的だ。政次郎を始め宮沢家はもともと浄土真宗の熱心な信徒であったが、その父に「お父さん、おらと信仰をともにしませんか。お父さんの生き方は、実は法華経の生き方なのす」と言うと、政次郎は「ばかと」答える。父子の論争は、二三日おきに繰り返された。ひとたび始まれば近所に声がとどくほどの激語となり、深夜に及ぶことも珍しくなかったとある。著者はこの親子について「何より、人生への態度が律儀である。人生は人生、宗教は宗教というふうに割り切らず、その分人生にも宗教にものめり込みすぎる。ある意味、ふたりとも子供なのである」と述べる。賢治のこの一途さは妹のトシの看病においても発揮され、「ほとんど兄弟愛の域を超えていた」とある。確かに『永訣の朝』にはインセスト(近親相姦)のにおいがするとはよく言われることだが、これを踏まえての記述であろう。
 トシの臨終の床で、政次郎が巻紙をかまえ、小筆をにぎり、「これから、お前の遺言を書き取る。言い置くことがあるなら言いなさい」と賢治の反対を無視して、トシに語りかける場面がある。その理由を「私は家長だ。自覚がある。死後のことを考える義務がある。トシの肉が灰になり、骨が墓におさまってなお家族がトシの存在を意識するには、位牌では足りない。着物などの形見でも足りない。遺言という依代が是非必要なのだ」と言う。そしてトシは「うまれてくるたて、こんどは、、、、」そのとき賢治は、政次郎とトシの間に割り込んで耳もとに口を寄せて、「南無妙法蓮華経。南無妙法蓮華経」とお題目を唱え続けたが、トシは逝った。
 後に賢治が「永訣の朝」を作った時、その最後に「うまれてくるだて こんどはこたにわりやのごとばかりでくるしまなあようにいまれてくる」(また人に生まれるなら、こんなに自分のことで苦しまないように生まれて来ます)というトシの言葉が書かれているのを見た政次郎は、この長ぜりふは、どう見てもトシ自身のものではない、トシの遺言を捏造した、おのが作品のためにとその本を放り投げた場面が出てくるが、この詩の解釈において重要な指摘であろうと思う。浄化された世界の表現にトシの死を援用したわけだ。
 そして最後、賢治は病床で「雨ニモマケズ」を作る。その詩を書いた巻紙の墨を乾かすために政次郎が階下に降りたその間に賢治は死んだ。やられたと政次郎は呆然とした。でも結局は、あれも賢治一流の「遊び。いたずら」だったのかもしれない。そう思うようになったと結論付けた。これも息子との和解の一形態と言えるだろう。とにかく政次郎はよい父親だった。
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送り火 高橋弘希 文藝春秋

2018-10-11 09:25:32 | Weblog
 第百五十九回芥川賞受賞作である。本小説はいわゆる「転校生もの」のカテゴリ―に入るが、抒情が乾いた感じで無駄な感情移入がない分読みやすく、淡々とした記述は作者の才能を感じさせる。「転校生もの」では、選考委員の山田詠美氏が多くの作品を残しており評価が高い。例えば『ひよこの眼』という作品は高校の教科書にも載っており、高校生に感動を与えている。私自身はこの作品はあまり好きではない。作為が見え見えだからだ。
 中学生の歩(あゆむ)は父親の転勤で青森県の片田舎の中学校に転校してきた所から話が始まる。青森は父親の出身地で、これが最後の田舎回りで、卒業後は首都圏の高校に入る予定だ。歩は以前東京で暮らしたこともあり、いわば都会人の田舎探訪という趣向だ。歩の入った中学は統廃合寸前で、三年生は20人足らず、一二年生は複式授業というありさま。従って多数の生徒にまぎれるということができず、交遊関係で退路がなく全面的に向き合わなければならない。その生徒の中で、晃がグループのボスという感じで歩むに接近してくる。普通だったら転校生はいじめに遭うことが多いが、このグループで苛められているのは稔である。晃はグループを率いていかさま花札をし、稔が負けるように仕組んで、罰として食べ物を買ってくるように命じる。晃は一見優等生的で暴力的ではないところが不気味だ。いつ歩に牙を剥くのか読者はスリリングな気持ちで、話の筋を追うことになる。この辺がうまい。都会人が田舎の土着人に遭遇してその暴力性に遭遇するというのはハリウッド映画にもよく出てくる。古くなるが、サムペキンパー監督の『わらの犬』(ダスティン・ホフマン主演)などがその好例である。田舎に引っ越した若夫婦がそこの不良に襲われるという話だ。
 本編も晃がどのようにして歩に攻撃を加えるのかと思っていると、最後はその中学の卒業生たちが広場に集まり晃や稔などの後輩を集めて、いろんな道具を使って曲芸を強要するという場面になった。歩もここに呼ばれ、クオーツの腕時計を横井という男に取られる。稔と仁村という男が花札の罰ゲームで曲芸をさせられているが、稔は手に持った道具で、晃を攻撃しようとする。稔の復讐を恐れた晃は子どものように泣きながら逃げていった。実は晃は学級のリーダーではなく、先輩たちからいじめられる、ただの弱虫のいじめられっ子だったのだ。そして稔は「お前が一番気に入らなかったんだ」といって歩に襲いかかってきた。中学の卒業生たちを中心に繰り広げられる暴力の宴という感じでこの小説は終わる。その描写力は素晴らしく、映画を見ているような錯覚を覚えるぐらいだ。「転校生もの」としては稀有な作品と言ってよい。
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マスコミ偽善者列伝 加地伸行 飛鳥新社

2018-09-24 09:20:22 | Weblog
 加地先生はもと大阪大学文学部中国哲学科の教授で学会では夙に有名な方である。学問的な業績は勿論であるが、一本筋の通った硬骨漢でおべっかお追従とは無縁の人間だ。かつて『儒教』(中公新書)等で、儒教は礼儀作法や人生いかにに生きるべきかを説くもので、宗教性は薄いという従来の考え方に対して、孔子集団は送葬を行なっており、その意味で宗教性は濃かったという説を提示して注目をあびた。また『論語』や『孝教』の注釈もされており(ともに講談社学術文庫)、それを読めば「加地ワールド」を楽しむことができる。『論語』には「君子」と「小人」という語が頻出するが、従来はそれぞれ「立派な人間」「つまらない人間」という意味で解釈する場合が殆ど(あるいは君子・小人をそのまま訳語として使う)だったが、先生は前者を「教養人」、後者を「知識人」と訳しておられる。目から鱗の解釈で感服した次第である。これはほんの一例で、その他、先生の学問的蘊蓄が満載である。
 また先生のお人柄がわかるエピソードを一つ。先生が阪大の中国哲学科の教授時代、高校生向けの文学部のの案内のパンフレットに、「中国哲学科は漢文の原典をしっかり読み、校勘等を含めて地道な勉強を実践する所なので、小賢しい小秀才が来る所ではない」と書かれていたのを思い出す。まさに直球勝負のコメントで、私は面白く読んだが、翌年のパンフレットにはこの文言がなかった。どこからかクレームがきたのだろう。残念なことである。
 この加地先生がマスコミで露出度が高い人物を「偽善者」として批判したものである。先生は産経新聞の「正論」に繋がるいわゆる右派の人だが、私の見るところ浅薄な右派ではなく、本物の保守派と呼んだ方が適当だ。これは先生の学問的業績を勘案しての判断だが、中国の研究者であっても、現在の中国共産党の支配する中国に対しては一貫して批判を加えられている。中国の思想・文学から帰納される国の在り方とはあまりにも違うからだろう。
 偽善者に挙げられた人の名前をいちいちここにあげることはしないが、いわゆるリベラルと言われている人たちだ(私もリベラルに共感する立場だが)。そして各人を批判した後に『論語』などの古典の一節を引用してまとめとしているのが先生ならではの趣向だ。先ほど挙げた『論語』の注釈のように楽しめる。
 例えば、ある文部官僚が「座右の銘は、面従腹背である」と発言して退職した件について。「面従腹背」は多分日本製で中国由来の言葉ではなく、中国では「面従後言」(面しているときは従い、後では非難をする)と言い、出典の文脈ではそれをするなということで使っている。だから座右の銘としては、面従後言をするなと否定するのでなくてはならない。実際原文には「面従、、後言」という文の上に、その全体を否定する「無」字がある。それで筋が通るのであって、「面従後言」(面従腹背)とは悪行の意であり、絶対に「座右の銘」にはなり得ないと書かれている。
 出典は『書経』(益稷)「予(もし)違はば、汝(予を)弼けよ。汝 面従し、退きて後言すること有る無かれ。」(予は「よ」と読み「我」の意。「弼」は「助」に同じ。)言葉の誤用を正すことかくの如し。
 また平成29年10月の衆議院解散に大義がないと批判した政治学者に対しては、政治の本質がわかっていないと一刀両断。先生曰く、政治の本質は「権力」だ。そして「権力の本質」は「人事権と予算配分権」である。これに尽きる。こういう本質論は「人間とは何か」を考え続けている哲学・文学・歴史学といった文学部系の研究の中から生まれると。これを読んで、文学部出身の私は嬉しくなった。このように中国哲学の蘊蓄に支えられた先生の言説には揺れがない。逆に言うと、現代社会において起こっている諸事象はすべて中国の古典に書かれているということだ。古典を学ぶ意義が納得できた。
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いのち 瀬戸内寂聴 講談社

2018-09-08 14:18:20 | Weblog
 瀬戸内寂聴は旧名晴美、1973年、51歳のとき今東光大僧正を師僧として天台宗中尊寺で得度、法名寂聴となった。最初はキリスト教の修道院に入る予定だったが、彼女の離婚歴などを聞いた神父に断られた。その後仏教関係で出家先を捜したが、これも彼女の男遍歴が災いしてなかなか受け入れ先が見つからなかったが、同じ作家あがりの今東光がたまたま中尊寺の大僧正であったため出家できた。今東光も生臭坊主の作家として有名だったので、2人には共通する部分が多い。1987年に天台寺住職になり、その後京都嵯峨野で寂庵と名づけた庵に住まい、善男善女に法話を説いて人気が高い。出家後も男性と付き合い化粧をし、酒を飲み肉食もしていると自認する。その彼女も今年で95歳、私の父と同年代である。ガンと心臓病を乗り越え、命の火を燃やして書き上げた、95歳、最後の長編小説と謳っている。腰巻には大きい赤字で、「生まれ変わっても、私は小説家でありたい。それも女の」とある。本当に男が好きなんだなあと感心してしまうが、小説の中身は70年の作家生活で出会った男たちと、同業の作家、河野多恵子と大庭みな子との交流を描いている。
 瀬戸内は1943年21歳で見合い結婚し翌年女子を出産。1946年26歳の時、夫の教え子と不倫、家出して京都で生活し、1950年に正式離婚。三谷晴美のペンネームで少女小説に投稿していたが、丹羽文雄を訪ねて同人「文学者」に参加。1956年36歳で『痛い靴』を「文学者」に発表、同年『女子大生・曲愛玲』で新潮同人雑誌賞を受賞。受賞後第一作『花芯』でポルノ小説であるとの批判にさらされ、批評家より「子宮作家」とレッテルを貼られる。その後はその生命力を発揮して『源氏物語』の現代語訳を出したりして活躍している。その文学的エネルギーは男遍歴の華麗さと相関関係があることは明らかで、まさに性的モンスターと言ってよい。私は『かの子撩乱』位しか読んだことがないのであまり大きなことは言えないが、これは面白かった。彫刻家・岡本太郎の母、岡本かの子の伝記である。かの子の破天荒ぶりが、瀬戸内と親和性があったのではないか、それゆえ彼女を小説にしたのではないかと思ってしまう。
 交流のあった河野多恵子と大庭みな子もそれぞれ作家として名を成した人たちだが、河野はマゾヒズム、異常性愛などを主題とする作品を書いており、瀬戸内の性向と通じるところがある。大庭は夫の転勤でアラスカで生活し、現地から投稿した『三匹の蟹』で芥川賞を取った。因みに、「三匹の蟹」とはモーテルの名前らしい。「現代人の救いようのない孤独を追求し、幻想的な独自の文学世界を展開した」(近現代文学辞典)とある。共に芥川賞の女性選考委員となり1997年まで務めた。
 この二人の作家との思い出話を中心に自己の過去を語るのだが、それぞれ男に対するどん欲さが臆面もなく披露される。「貞淑」とは彼女たちには無縁のようだ。河野と大庭は鬼籍に入ったが、瀬戸内は現役で活動している。寂庵で善男善女に法話をしているのだが、テレビで映るその様子を垣間見ると、身の上相談を敷衍したような感じで、仏の教えとは距離があるような感じだ。基本的に神や仏は俗事に関わらないものだが、しかし日本では仏はキリスト教の神とは違って御利益を授けてくれるフレンドリーな存在と意識している。瀬戸内はその流れで島倉千代子のように「人生いろいろ」を善男善女に語るのだ。経歴に不足はない。俗事に関わる生き仏と言える。願わくは、少しでも長生きして人生に対する洞察を語ってくれることを。
 
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骨が語る兵士の最期 楢崎修一郎 筑摩叢書

2018-08-28 15:07:32 | Weblog
 楢崎氏は本書における自己紹介の項によると、自然人類学の専門家で、これまで、シリア・ケニア・アメリカ・インドネシア等で古人骨の発掘調査に携わった経験から、戦没者の遺骨を鑑定する人類学専門員として日本人類学会より推薦され、2010年厚生労働省の人類学専門員に就任した。さらに、2017年からは日本戦没者遺骨収集推進協会の人類学専門員に就任し、これまで厚労省時代に14回、推進協会時代に3回の合計17回、遺骨収集現場に派遣された。行先は樺太への1回を除いてすべて太平洋地域である。サイパン島、ペリリュー島、テニアン島など激戦の地が多い。本書のリードによると、太平洋戦争における日本人の海外での戦没者240万人のうち113万人遺骨がいまだに見つかっていないとのこと。著者は旧日本軍兵士及び民間人約500体の遺骨を鑑定してきた実績を持つが、氏が現場の島々の発掘調査の現場でさまざまなトラブルを乗り越えて、骨の特徴分析・DNA鑑定や戦史記録から身元を割り出すプロセスを描いている。
 遺骨収集と言っても、ただ骨だけを持って帰るのではなくて、兵士か民間人か、男か女か、米兵か日本兵かを確定し、焼骨の儀式をした上で持ち帰るという気の遠くなるような話なので、これは大変な仕事だと思った。現地の人々の許可を得るのも苦労があるようだ、収集に際してお金を要求されるなど、収集に対する温度差の違いがあって、一筋縄ではいかない。
 それぞれの島での発掘の状況は戦争の悲惨さを改めて実感させるものばかりだが、とくに第4章の「玉砕の島々」、第5章の「飢餓に苦しんだ島々」は読んでいて胸が痛む。それぞれに銃殺された兵士の遺骨を発掘しているが、第4章ではアメリカ兵に射殺された日本兵士の遺骨の分析が涙を誘う。場所はマーシャル諸島クエゼリン環礁のエニンブル島、ここに米軍が上陸し、主に通信基地の軍人たちが島の北から本島のルオット=ナムル島へ脱出しようとして5人の日本兵が米軍に捕まって島の北海岸に集められた。彼らは海岸にあった10人の日本兵の死体を埋めるように穴を掘らされた。それが終わるとさらに砂浜を掘らせた。そして2人が銃殺され、残りの3人が2人を埋葬。その後、3人が銃殺されたのだが、覚悟を決めた3人が声をそろえて「天皇陛下万歳!」叫び、両手を強く上に挙げた瞬間、銃殺された。ところが3人の真ん中の人物は絶命しておらず、両手を手前に動かした。米軍将校が拳銃をホルスターから取りだし、後頭部にとどめの銃撃を加えた。米軍将校は最後に米軍兵士に命じ、3人の体に砂をかけさせた。これが両手を上に挙げたままの遺骨から読み取った著者の推論だ。なぜ「お母さん」ではなくて「天皇陛下万歳」なのか、という反論には、「お母さん」と言って両手を挙げるのはいくらなんで不自然で、ここはやっぱり、「天皇陛下万歳」であろうという。5体の遺骨からこれだけのストーリーを再現できるとは。まるで映画のようだ。同時に悲しみが込み上げてくる。自分の墓穴を掘らされる、その時間の流れは破滅への序曲。これほどの苦痛はないがここで覚悟を決めた。こういう場面は本当に映画だけにしてほしい。そして第5章の銃殺された兵士は、軍の食料を盗ん事が原因と書いてある。ロクな食糧補給もしないで、盗んだから銃殺とは理不尽この上ない。理不尽と言えば、この戦争そのものが理不尽で、寅さんじゃないが、我々はまだまだ反省と後悔の日々を過ごす必要がありそうだ。
 この遺骨収集についてはもっと多くの国民が知って、協力できる体制を作ることが必要だと実感した。
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読書という荒野 見城徹 幻冬舎

2018-08-15 10:48:37 | Weblog
 著者は幻冬舎社長で、もと角川書店の取締役編集部長。43歳で幻冬舎を設立し、多くのベストセラーを生んでいる。いわゆる「やり手」である。本書は氏の読書論だが、自分史と言った方がいいだろう。本の表紙に自分の写真をでかでかと出しているのが普通じゃない。それもただのポートレートじゃなくて、本に囲まれて仕事している姿で、こちらを向いているその視線は鋭い。表紙の見開きには「読書の量が人生を決める。本をむさぼり読んで苦しい現実を切り拓け。苦しくなければ読書じゃない!」著者と同世代の人間からすると「すいません。楽な読書ばかりして」と思わず謝りたくなるほどアツイ言葉が並べられている。各章の前にエピグラフがあるのだが、第一章「血肉化した言葉を獲得せよ」、第二章「現実を戦う〈武器〉を手に入れろ」、第三章「極端になれ!ミドルはなにも生みださない」、第四章「編集者という病」、第五章「旅に出て外部に晒され、恋に堕ちて他者を知る」、第六章「血で血を洗う読者という荒野を突き進め」とあり、これだけでも本書のテンションの高さがわかろうというものである。
 このエネルギーは那辺に由来するのか。氏は飲んだくれの父親を持ったことと自己の容貌にたいするコンプレックスをあげている。逆境を乗り越えるための自己修練の一助として「読書」があったということだろう。よって氏にとっては気晴らしの暇つぶしの読書は意味がないということになる。この辺の評価はなかなか難しいが、確かに氏の指摘するような面はあるだろう。氏は言う、「自己検証、自己嫌悪、自己否定の三つがなければ、人間は進歩しない」と。その心で編集者として作家に向き合いベストセラーを作り上げて来たのだ。氏の読書傾向は、大学時代の高橋和巳や吉本隆明は私と同じだが、それ以外それほど重なるものがない。村上龍、石原慎太郎、林真理子、山田詠美、百田尚樹などを編集者の立場で最高の評価を与えているが、残念ながら私には興味がない。これは本が売れるか売れないかという編集者の視点での評価ゆえのことだろう。
 石原慎太郎を口説くときには、彼の作品を空で言えるまで読んだという話には驚いた。大物に書いてもらうためにはそこまでやらないとだめらしい。編集者でそこまでやる人間は珍しいのではないか。いっそ、一般企業の営業部長でもやれば、よかったのかもしれない。でもこういうタイプの人間が大社長になれるかどうかはわからない。なぜなら先述のエピグラフのような世界観は普遍性がなく、下手をすると独りよがりになってしまうからだ。でも氏は自分の会社を作って社長になったのだから、好きなようにやればいいわけで、こちらがとやかくいう筋合いではない。氏のアツイ生き方がにじみ出た本書は自分史としてはよくできていると思う。
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バッタを倒しにアフリカへ 前野ウルド浩太郎 光文社新書

2018-08-15 09:07:19 | Weblog
 名前の間に挟まっている「ウルド(Ould)」とは、モーリタニアで最高に敬意を払われるミドルネームで、「00の子孫」という意味らしい。モーリタニアの研究所長ババ氏から授かったのだという。本書はバッタの研究者である著者が、アフリカでバッタの大量発生によって農作物が食い荒らされ深刻な飢饉を起こしている現状を解決するため、モーリタニアに渡ってサバクトビバッタの生態を探るという一種の旅行記である。ただの観光旅行ではないところにこの本の存在意義がある。
 一読して今まで知らなかったことがいろいろわかってきた。まず、モーリタニアとはアフリカ西海岸のセネガル北部にある国で、正式名をモーリタニア・イスラム共和国と言い、イスラム教国家である。またバッタとイナゴの違いだが、イナゴはバッタ科の一種でバッタの中に含まれるということ。またバッタの幼虫は仲間が少なく密集していない場合は「孤独相」と呼ばれる単独行動を行なう普通の成虫に成長する。一方、密集し過ぎてしまうと集団行動を行なう「群生相」と呼ばれるタイプに成長する。これを「相変異」と呼ぶ。群生相のバッタは孤独相に比べて後ろ足が短く、翅が長くなる傾向にあり、高い飛翔力を得るのだ。なるほど、この「群生相」があちこち飛び回って植物を食い荒らすわけだ。
 このバッタの実地調査でモーリタニアに渡った著者の現地での奮闘と交遊をユーモラスに書いており、読んでいて退屈しない。そして本書の通奏低音になっているのが、ポスドク(博士研究者)の問題である。ポスドクは博士課程修了後、常勤の研究者に就く前に任期付きの契約で研究を続ける者の事で、博士号(理系)を持っていてもなかなか常勤の就職先が見つからないという日本の状況を著者自身の体験を踏まえて問題提起している。幸い著者は人類に貢献しそうな研究内容が認められて、京大白眉センター特定助教から国立研究開発法人・国際農林水産業研究センター研究員の地位を勝ち取ったことはご同慶の至りだが、並みの苦労ではなかったことが本書を読むとわかる。京大白眉センターの面接に文字通り眉毛を白くして行った下りは、一瞬ホンマかいなと思ったが、こういうシャレ心があるから苦しい下積みの状況を打破出来たのだろう。まあ一種の成功譚として読めないこともないが、嫌味がないのは著者の人徳に依るのだろう。
 結局、サバクトビバッタの大群との遭遇はなかなか実現せず、最後に一回あっただけで、研究はこれからという状況だ。今後の成果を期待しよう。
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