読書日記

いろいろな本のレビュー

中華帝国の野望 近藤大介 講談社現代新書

2016-05-30 10:53:56 | Weblog
 中華帝国の皇帝は言わずと知れた習近平だが、最近は毛沢東の真似をしてそのカリスマ性を強調している。人民服を好んで着用するのもその表れの一つだが、国内旅行先を延安にすることを勧めたりしているのもそれだ。延安は革命の聖地で毛沢東ゆかりの地だ。習本人は文革の下放政策で延安のある陝西省の農村で7年間も苦労した。父の習仲勲はもと共産党の幹部だったが、毛沢東に反革命と攻撃され、家族全員が左遷された。その仇敵の毛沢東を尊敬するとは、いささか面妖な感じだが、そのカリスマ性に惹かれたのだろう。かつてのライバル李克強首相の影がどんどん薄くなるのに反比例して習近平のイメージが強くなる。メディアに操作を命じているのだろう。
 本書はテレビでは到底知り得ない共産党の動きが時系列で述べられており、類書にはない記事が多く、イッツ気に読んでしまった。習の目標は「中華帝国の夢」を実現することで、それは世界一の帝国を作り上げ、アメリカに代わって地球を支配することらしいが、版図拡大はかつての元朝や清朝の後を追うもので、異民族支配の王朝の真似は本来漢民族の本意ではないはずだ。最近の経済成長でいい気になっている面があり、政策に拙速のそしりを免れない面が多々ある。南シナ海を埋め立てて飛行場を作っているのは、「海の万里の長城」を目指す意味らしい。元も清も滅びたことを考えれば、無理をすると共産党の崩壊に繋がることも視野に入れなければならない。
 習近平外交のキーパーソンは5人いるとある。王滬寧中央政策研究室主任、栗戦書党中央弁公庁主任、楊潔篪外交担当国務委員、王毅外相、そして妻の彭麗媛である。その中で通訳上がりの楊潔篪と王毅のライバル争いの話題は個人的に興味深かった。楊は上海生まれ。高卒で外交部の一介の英語通訳からのし上がり、駐米大使を経て2007年に外相になった。その後国務委員になった。王毅は北京生まれで、黒竜江省へ7年半下放されて、北京に戻って、旅行ガイド養成学校の北京第二外国語学院日本語科に入り、28歳の最年長で卒業した苦労人だ。だが周恩来首相の外事秘書だった銭嘉東の娘が王毅に一目惚れし、卒業と同時に結婚。王毅は岳父の力で外交部へ就職して、後の出世の道を拓いた。実は37年前私が中国旅行した時、北京で王毅に会ったことがある。それは私の所属した訪問団と北京二外の学生との交流会でだ。万里の長城に一緒に行き写真も撮っている。それを見ると、男前の偉丈夫である。彼が25歳、私が27歳であった。こんなに出世するとは。二人を見ていると、運と気力が人一倍備わっていたように思える。共産党支配下における典型的なサクセスストーリーだと言える。逆に言うと、エリート大学を出ただけでは簡単に出世できないということだ。上海閥や北京閥等々、人間関係をいかにうまく作るかが重要だ。習近平の事跡を見ればわかる。
 王毅は同じ北京人として習近平に取り入り、常に彼の顔色を窺いながら仕事をしていると紹介されているが、一介の通訳から成り上がった身からすれば、そんなことは朝飯前であろう。先日もオバマ大統領が広島訪問をしたことについての中国外相としての感想を求められて「南京のことも忘れてもらっては困る」と日本の戦争責任を免罪してはならないといつもの調子でコメントしていたが、オバマの今回のスピーチは原爆投下のお詫びというより(もちろんアメリカがお詫びをするわけはないが)将来の核廃絶がテーマで、その第一歩を被曝の地広島から歩み出そうという意味だったと思われるが、それを文脈無視で「南京を忘れるな」とはいかにもポイントがずれている。いくら習近平に気を遣っているとは言え、それはないよなあというのが私の感想である。皇帝に仕える宦官のようで、いやな感じだった。誰か諌めるものがいないと皇帝も身を滅ぼすことは、歴史を見れば明らかだ。習近平は二十四史を読むべきだ。
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ヒトラーと哲学者 イヴオンヌ・シュラット 白水社

2016-05-15 14:48:39 | Weblog
 ナチズムの勃興に対してヒトラーの意志を受けて、反ユダヤ・レイシズム・暴力戦争の問題を文化人や大学教育に携わる哲学者達がどう動いたかを紹介したもので、ナチズムの協力者と反抗者を取り上げてその事跡をまとめている。まず協力者としては、ナチ党の代表的人物のアルフレッド・ローゼンベルク、人種理論家で知的指導者だ。『二十世紀の神話』で人種差別を公然と述べた。彼の腹心のエルンスト・クリーク、ナチ哲学を講じたハイデルベルク大学教授だ。そしてヒトラーお気に入りのニーチェの『権力への意志』のナチ流解釈をしたベルリン大学教授のアルフレート・ボイムラーがいる。ヒトラーは、ランツベルク要塞刑務所にいる間にニーチェをはじめとして、カント・ヘーゲルなどの哲学者の著作を読んだようだが、要は自分の世界観に合致するところだけを安易に引用してタペストリーのように編み上げたものらしい。本書ではこれを「天才的バーテンダー」と呼んでいる。このバーテンダーに迎合して便宜を図ってもらおうとした連中が先ほどのメンバーたちである。
 次に大物の哲学者として、法哲学者として有名なカール・シュミットが挙げられている。彼は1933年にナチ党に入党して、ユダヤ人箸作者の本を学生たちが燃やす「焚書」を奨励し、さらに〈非ドイツ人〉著者の本だけを焼くのではなく、学知なり専門職なりでユダヤ的思想に影響を受けている非ユダヤ人著者の書いたものもそこに含めるべきだと述べ、ヒトラーにとっては格好の追い風になった。そして間もなく、一党独裁国家こそが二十世紀の国家のあり方だと、ドイツ国民の団結を成し遂げる第一歩なのだと、声高に言い始めた。その支持の見返りとして、ナチスから「ドイツにおける最も高名な国民的憲法学者」と認められた。1945年までベルリン大学教授を務め、戦後は戦犯として逮捕されたが、不起訴。その後隠棲し著述活動に専念し、1985年に97歳で死んだ。
 次はマルティン・ハイデッガー、現象学・実存主義哲学者である。彼の師はエドムント・フッサールでユダヤ人だ。後にナチ党員になった弟子に裏切られる。ハイデッガーの愛人(不倫相手)がユダヤ人の哲学者ハンナ・アーレントだ。その他教え子の中にもユダヤ人が多く、ユダヤ人と親密な彼は真のヒトラー主義者ではない。著者は、ただ地位と権力に惹かれただけの日和見主義者で、ナチス支配の下で出世と威光を手にする機会を狙っていただけと手きびしい。学生だったうぶなアーレントがハイデッガーに誑し込まれる様子を見るとまさに俗人という感じがする。しかし反ナチのアーレントが結婚後もハイデッツガーのことを思い続けたことを考えると、魅力的な人物だったのかという気もする。彼も戦後生き延び、1976年まで長寿を全うした。こうして見ると、ナチズムの宣伝に大きく関わって戦争の拡大に貢献した文化人は、軍人と違ってあまり厳しい処罰を受けないということが分かる。実際、武器で殺人を犯すのとは土俵が違うということか。
 戦後も楽々と生き延びた者に反して、ユダヤ人であったがゆえに悲劇的な最期を迎えたのは、作家・思想家のヴァルター・ベンヤミン、ドイツ人哲学者・音楽家で、白バラ抵抗運動の一員のクルト・フーバーだ。ナチズムの誤りに敢然として戦いに挑んだ結果の死。テオドーア・アドルノはアメリカ亡命。
 権力側か反権力側か、権力に迎合するか、しないか、ギリギリの場面で選択を迫られたときどうするか。難しい問題だ。
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