読書日記

いろいろな本のレビュー

反日種族主義 李栄薫〔編著〕 文藝春秋

2020-01-13 10:12:29 | Weblog
 韓国の反日の源流を「種族主義」(トライバリズム)と捉えて、反日国家・韓国の現状を徹底的に批判したもの。本書は韓国で10万部を超えるベストセラーとなり、最近日本語版も出て、広く読まれるようになった。種族主義は過激な白人至上主義者などが自分たちと異なる考えを持つ他者を拒絶し攻撃する不寛容な主義主張として最近欧米などで問題視されている。李氏は自著『韓国経済史』を書く段階で、自国の歴史観の背後に「反日種族主義」を見出したという。それは伝統的なシャーマニズムや宗教観からくる韓国特有の偏執的な精神現象、集団的な心性だという。

 韓国人の心性を説明するのに両班時代の朱子学的な理と気の二元論で説明されることが多いが、シャーマニズムという指摘は今までなかったと思う。氏曰く、「死者の魄が土地気脈論の作用を受け永遠不滅になったように、死者の魂もシャーマニズムの影響を受け永遠不滅主義になりました。有名な両班身分の親戚集団が不遷位の位牌を守るのも、偉大な祖先の魂は不滅だと考えるからです。(中略)この不遷位祭祀では、死者は死んでも生者の身分を維持します。そして20世紀に入り、韓国人たちが発見した民族は身分を持ちました。庶民的ではなく貴族的身分です。すなわち一般庶民とは分離された、その上に君臨する独裁主義や全体主義と親和性がある民族です。これが純粋な形で完成されたのが、今日の北朝鮮世襲王朝体制の金日成民族です。現在の韓国の「進歩派」「民主派」もこれに理解を示しています」と。
 
 これをまとめて曰く、「韓国の民族主義は自由な個人の共同体とは距離があり、種族主義の神学が作り上げた全体主義的権威であり、暴力です。種族主義の世界は外部に対して閉鎖的であり、隣人に対して敵対的です。つまり、韓国の民族主義は本質的に反日種族主義です」と。そして韓国の文化が先進的教養を培い成熟していくためには、この反日種族主義から脱却する必要があると述べる。反日種族主義清算のための一大文化革命を推進していかなければならないと挑戦状をたたきつけている。
 
 その具体的な論考が「第一部 種族主義の記憶」で、十編、「第二部 種族主義の象徴と幻想」で七編、「第三部 種族主義の牙城、慰安婦」で六編掲載されている。いずれも学者による客観的資料によるもので、「やはり、そうだったんだ」という感慨を覚えるものばかりだ。

 かつて韓国の頑なな反日感情に対して異を唱え、何とか接点を見つけられないかと努力した韓国の学者がいた。世宗大学教授の朴裕河氏だ。韓国の高校を卒業後慶応大学に留学して日本文学を専攻した人だが、日韓関係に関する著作で有名だ。その融和的姿勢に関して韓国では厳しい批判を受けてきた。正に反日種族主義の攻撃を受けたのである。その著作は『反日ナショナリズムを超えてー韓国人の反日感情を読み解く』(2005 河出書房新社) 『和解のためにー教科書・慰安婦・靖国・独島』(2006 平凡社)『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』(2014朝日新聞出版)等で、どれも真摯な論考で私は一人でよく頑張っているなとエールを送っていたが、韓国での反日派の心ない攻撃には憤慨した記憶がある。本書で李氏は朴氏の健闘をたたえて共に闘う意志を示しているので、幾分名誉は回復されたのかと思う。

 エピローグで李氏は「この28年間、日本との関係を最悪の水準に導いている慰安婦問題についてもう一度言及しておこうと思います。何人かのアマチュア社会学者たちが、何人かの職業的運動家たちが、この国の外交を左右しました。全国民が彼らの精神的捕虜になりました。全国が、彼らが巫女となって繰り広げる鎮魂グッ(死霊祭)の会場となりました。シャーマニズムの賑やかなお祭りでした。至るところに慰安婦を形象化した少女像が建てられました。だれも犯すことのできない神聖なトーテムでした。私の本書の三編の慰安婦関係の文章は、このすべての騒動がいかに軽薄な精神文化に立脚したものなのか、学術的に見ていかに実証からほど遠い虚偽に基づいたものなのかを暴露しました。その虚偽のありように、書いている私も背筋が寒くなる程でした」と言う。これほどの激烈な批判を見たことはない。進歩派に対する宣戦布告である。
 
 この李氏は「李承晩学堂」校長だが、李承晩と言えば「李承晩ライン」を引くなど、反日の元統領として有名だ。反日派を攻撃する李氏がなぜ「李承晩学堂」校長なのか不思議だが、李氏によると、李承晩は実は親日派で、自由主義者だったという。彼の『独立精神』を読めばよくわかる。しかし反日の負の遺産を残したのも確かで、これからそれを克服する努力もしなければならないという。反日派の巨頭と思われている人物の名を冠した学校の校長が反日派を攻撃するという図式は結構インパクトがある。どういう展開を辿るのだろう。