読書日記

いろいろな本のレビュー

定年後のリアル 勢古浩爾 草思社

2016-08-26 09:45:28 | Weblog
 定年はサラリーマンにとって避けがたい運命である。どんな優秀な人もそうでない人も、一応仕事をおやめいただくというのが趣旨で、避けがたい死を受け入れざるを得ないというアナロジーのようなものである。著者は洋書輸入会社に34年間勤務して2006年に60歳で退職、再雇用とかは拒否して、自由な身となった。そうなると、時間は自由に使えるが、しばらく経つと退屈して来るように思えるが、著者の偉いところは、家にいても仕方がないから、ぼけ封じのために少し働こうかという気は毛頭ないことである。公園等に行って存分に開放感を味わっている。これと並行して『定年後7年目のリアル』『さらなる定年後のリアル』(いずれも草思社文庫)も読んだが、日々の生活ぶりを面白おかしく書いており、大いに共感できる。
 老後は寂しいからと言って、それを克服するための方法を説く書物、雑誌は多いが、そういうものに惑わされてはいけないと言う。たとえば「おひとりさま」という言葉があるが、著者によれば、これは旅館、ホテル、レストラン、飲食業界がつくりだした女性「ひとり客」向けのもので、しかもおおむね、小金持ちと相場が決まっている。そういう店に来ない金のないひとりものは「客」ではないから、ただの一名に過ぎないとのこと。また、かつてベストセラーになった上野千鶴子の『おひとりさまの老後』を取り上げて、「おひとりさま」というが、上野自身は友人もいて、仕事もあって、老後の資金になんの心配もない小金持ちのおばさんで、別荘まで持っとったんかい、と怒っている。これを読んで落胆した読者も多かっただろうが、読者にも責任があって、所詮「大学教授」に学問ではなく「老後」の教えを請うこと自体が間違っているのだと手きびしい。何かためになる情報をということで、「わらをもすがる」気持ちになることが、しょうもない情報に惑わされるもとだと正論を吐いている。
 著者は間もなく定年10年目を迎えるが、公園や喫茶店、図書館、フアーストフード店での日々のマンウオッチングの辛口の描写が面白い。埼玉県の小都市での日々は佳境を迎えつつある。

日本会議の研究 菅野 完 扶桑社新書

2016-08-08 09:42:28 | Weblog
 安倍内閣を陰で支える右翼団体「日本会議」の実相をレポしたもので、現内閣にこの会の会員が多く、創価学会の公明党支配よりも危険性が高いことを認識させられる。彼らの主張の概略は、1 美しい伝統の国柄を明日の日本へ 2 新しい時代にふさわしい新憲法 3 国の名誉と国民の命を守る政治を 4 日本の感性をはぐくむ教育の創造を 5 国の安全を高め世界への平和貢献を 6 共生共栄の心でむすぶ世界との友好を というもので、これら6項目にはそれぞれ美辞麗句がちりばめられた説明文がついているとのこと。(著者曰く)
 主張の特徴は「美しい」という形容詞だ。安倍首相もよく「美しい日本を取り戻す」などと、意味不明のことをよく言っているが、この情緒的な感性がこの団体の特質であるようだ。本書はこの団体の淵源を突きとめたということで、評価されるべきだろう。著者によれば、学園紛争華やかかりし1960年代後半に、長崎大学で「反帝学生評議会」(反帝学評)が構築したバルケードを撤去すべしという「スト打破」を主張して、それを実現した「学生協議会初代議長 教育学部4年 安東巌」という人物が元祖らしい。安東は当時「生長の家」の信者で、青年会副会長をしていた。生長の家の創始者は谷口雅春で天皇尊崇を唱える右派の教団だが、戦後は妊娠中絶反対運動や伊勢神宮の神器の法的地位の確立や靖国神社国家護持運動などの活動を行なった。さらに建国記念日の制定や、元号法制化に教団を挙げて協力した他、生長の家政治連合(生政連)を結成し玉置和郎、田中忠雄、寺内弘子を自民党公認候補として参院選に送りこんだ。
 現安倍政権の閣僚のメンバーの何人かは、生長の家の信者の後裔である。しかし宗教法人「生長の家」は今年の参院選に対する方針として「与党とその候補者を支持しない」という声明文を出して、次のことを宣言している。「本教団は1983年に生長の家政治連合(生政連)の活動を停止している。よって日本会議において活動しているメンバーは本教団とは無関係。日本会議の主張する政治路線は時代錯誤的、原理主義的で非常に危険。我が国の総理大臣が本教団の元信者の誤った政治理念と時代錯誤に強く影響されていることを知り、彼らを説得できなかった責任を感じるとともに、日本を再び間違った道へ進ませないために、安倍政権の政治姿勢に対して明確に『反対』の意志を表明する」と。
 内容は至極まともなもので、今の創価学会には出せない内容だ。しかしこの声明文はメディアでは大きく取り上げていない。ということは、現政権のメディアに対する圧力が段々と強まっているのかも知れない。恐ろしいことだ。

モンサント マリー=モニク・ロバン 作品社

2016-08-02 09:43:24 | Weblog
 昨年12月に『モンサントの嘘』(ブレット・ウイルコックス 成甲書房)を紹介したが、今回はモンサントの悪行を徹底的に追求した勇気あるルポである。副題は「世界の農業を支配する遺伝子組み換え企業」で、この多国籍企業が遺伝子組み換えした大豆、トウモロコシ、綿花を発展途上国に売り込み、その特許権を武器に農民を支配していくやり口を資料・インタビューで明らかにしている。
 モンサントはアメリカのミズーリ州で1901年に設立された小さな化学企業だが、その時々の科学の発展を巧みに技術に取り入れ、同時にアメリカが関わった戦争への協力を通じて深く政治の世界に侵入し、それを巧みに操って発展してきた。ベトナム戦争で使われ、今なお深刻な被害が続く枯葉剤で大きく成長したことは周知の事実である。その他、PCB、牛成長ホルモン(ボジラック)、除草剤(ラウンドアップ)でも利益をあげた。1970年代、ラウンドアップは世界で最も多く使われた除草剤だったが、販売量は頭打ちになった。それを打破するために考えられたのが、除草剤耐性作物である。遺伝子操作によって耐性の大豆、トウモロコシ、綿花等を作り、それを除草剤とセットで発展途上国に売り込み、その国の農業を支配しようとしたが、最近それに対する反発が大きく、この会社の前途も安泰ではない。
 世界の食糧危機を救うという建前でのバイオテクノロジーは最近のはやりだが、遺伝子組み換えの危険性はだんだんと暴露されつつある。伝統種の遺伝子を組み換え種子が汚染して生態系を破壊して行く。グローバル化の負の側面がこの会社に集約的に現れている。人間の命と引き換えに金もうけを企む多国籍企業に対しては、監視の目を向け続ける努力が必要だ。この意味で本書はその先駆けになる優れたレポートである。