読書日記

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ヒトラーの秘密図書館 ティモシー・ライバック 文藝春秋

2010-03-06 10:37:36 | Weblog

ヒトラーの秘密図書館 ティモシー・ライバック 文藝春秋



 まずヒトラーがこれほどの読書家だったとは知らなかった。14000冊の蔵書の内、半数は軍事に関わるもので、詰め込んだ知識で対立する将軍と渡り合おうとしたらしい。本書は彼の蔵書の一部(1200冊)がアメリカ議会図書館希少図書部の書庫に収蔵されていたのだが、それを調査しヒトラーの人間形成に影響を与えた書物を年代順に紹介したものである。
 ヒトラーといえば反ユダヤ思想だが、32歳の時、ドイツ労働者党の集会に参加して縁で、作家ディートリッヒ・エッカートと知り合い彼の反ユダヤ思想に影響を受けるようになる。二人は師弟関係を結ぶが、二人の問答を記録したと思われるエッカートの晩年の作『対話』において以下のような問答が展開されている。
 ユダヤ人の集団的越権行為とカトリック教会の失策を非難して曰く、免罪符の販売は明らかに「ユダヤ人の習慣」である。「600万人の男」の血をドイツに流させ、「数万の子供たち」をしに追いやったと言われている十字軍は、ユダヤ人の発明である、云々。ヒトラーは逆上して言う、「大した宗教だ!この汚わいへの耽溺、この憎悪、この悪意、この傲慢、この偽善、このペテン、この詐欺と殺害への煽動ーーこれが宗教なのか?それなら、悪魔自身こそが最も宗教的だったことになる。これこそユダヤの本質、ユダヤの性格なのだ。以上!」
 エッカートが答える、「それに対する意見をルターは至極平明に述べている。シナゴーグとユダヤ人学校を焼き払い、その残骸の上に土を盛って、礎石も灰も二度と誰の目にも触れないようにせよ、と彼は促している。」
 ヒトラーが付け加える、「シナゴーグを焼き払ったところで、何の役にも立たなかっただろう。結局のところはこうだ。もし仮に、シナゴーグもユダヤ人学校も、旧約聖書もタルムードも存在しなかったとしても、ユダヤ的精神はやはり存在しただろうし、その影響は及んでいただろう。」
 この問答の中に後のユダヤ人絶滅作戦の萌芽を見て取れる。このエッカートが1921年にヒトラーに贈ったのが『戯曲ペール・ギュント』である。『ペール・ギュント』はイプセンの書いた「北欧のフアウスト」物語で、主人公ペール・ギュントが、若さゆえの思い上がりに胸を膨らませ、「世界の王」になろうという野望を抱いてノルウエーの寒村から広い世界に出て行くという話だ。エッカートはヒトラーのアジテイションの能力、反ユダヤ思想、権力への意思等を見て将来頭角を現すと読んだのだろう。恐怖の独裁者の誕生の第一歩である。
 またアメリカを移民制限に導いたマディソン・グランドの『偉大な人種の物語』は、ヒトラーの『聖書』となり、ナチスが政権をとると、ユダヤ人根絶計画の礎となった。読書によって思想が形成され、それが信念になったときが最も恐い。他人の意見を受け入れない不寛容が公然化するからだ。ヒトラーによる災禍は歴史が証明する通りだ。ちなみにベルリン陥落前夜、ヒトラーが読んだのはトマス・カーライルの『フリードリヒ大王』だ。フリードリヒはかつてのプロイセン王。敵国の女王が死に辛くも命を救われた奇跡の大王で、ヒトラーは彼に自分の身を重ねたが、奇跡は起きなかった。1945年4月、、ベルリンの地下壕内で妻のエバ・ブラウンと共に自決して果てた。


 

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