読書日記

いろいろな本のレビュー

中国はなぜ軍拡を続けるのか 阿南友亮 新潮選書

2017-09-29 08:49:47 | Weblog
 最近読んだ中国関係の本の中では、『中国 とっくにクライシス なのに崩壊しない〝紅い帝国〟のからくり』(何清漣・程暁農 ワニブックス新書)と並んで面白かった。1980年代以降の中国共産党の内幕が鮮やかに描かれていて、なぜ彼等が軍拡の道をひたすら歩むのかがよくわかった。
 習近平政権が打ち出した「中華民族の偉大な復興」というスローガンは、著者によれば江沢民政権が編み出したサバイバル術(排外的ナショナリズムの利用)の踏襲で、腐敗撲滅運動も自分の政敵をターゲットにした者に限られ、肝心の江沢民の上海閥の腐敗を一掃するまでには至っていない。というのも、習近平は江沢民のお陰で国家主席になったからだ。
 著者は言う、1990年代以降の共産党が起こしたナショナリズムは「近代=屈辱」という歴史認識で、普遍的価値観(人権・自由等)という概念を「侵略者」と結びつけることで、その概念にいかがわしいイメージを付着させ、それを相対化しようとする試みの産物であった。固有の伝統文化、過去の屈辱、外敵の存在、民族全体の国際的地位、体面といった点ばかりが強調され、「普遍的価値」という言葉が政権によって禁句と定められている昨今の官製ナショナリズムは「民族の利益」という大義名分のなかに個人の利益を埋没させる全体主義のにおいを強く漂わせていると。まことに正しい指摘と言わざるをえない。このナショナリズムを煽る裏には、共産党幹部の深刻な腐敗とそれに伴う格差問題がある。特に農民に対する地方幹部の搾取は革命前よりひどいのではないかと思わせる。歴代の王朝で農民の反乱によって倒れたものがいくつもあるということを肝に銘ずる必要がある。農民を侮ってはいけない。この内部矛盾を解消するために愛国主義教育がなされ、反日・反米運動のようにそとに敵を作るという流れが出来上がった。経済発展で豊かになった人々は中間層となって民主化の旗手となるだろう、そしてそれが共産党の一党独裁にNOを突きつけるのではないかという西側の思惑は脆くも潰えた。それは地位利用によって富をえた人々は共産党のお陰でそうなったと思うがゆえに擁護こそすれ、批判の対象にはなりにくいからだ。したがって健全な市民層はここでは育っていない。
 この辺の事情を著者は次のようにまとめている、結局、富の分配・再配分のシステムを抜本的に改める努力を先送りし、そこから生じる不満の矛先を排外的なナショナリズムの発揚によって国外に向けさせるという党内既得権益派の場当たり的な方策は、論理的に言えば、自らの手で自らの首を絞めるような行為に等しく、政権の長期安定性に対する不安定要因の種を自らまいたことを意味すると。誠に手きびしいが真実だ。『中国 とっくにクライシス なのに崩壊しない〝紅い帝国〟のからくり』でも、共産党資本主義の悪弊を列挙して警告していたが、現実に、この腐敗とそれに起因する格差問題をどうするのか真剣に考えないと共産党の未来はない。台湾併合とか言ってる内に大陸の方が崩壊してしまう可能性はある。
 よって中国の軍拡は内部矛盾を隠す手段であるから、党の軍隊である解放軍の待遇改善と装備充実について手抜きができない。また西側からの武器輸入は無理なので、勢いロシアから時代遅れのものを輸入して改良する意外に手がない(空母遼寧はその典型)。しかしアメリカとその同盟国の戦力に比べて劣るものの、威嚇・恫喝・牽制の手段としての効果があるので兵器を量産しなければならない。そして兵器は共産党の既得権益派の手中にある巨大軍需産業にとっては恵みの雨で、国営企業を支配している共産党の幹部に大金がはいることで、軍拡を支える結果となっている。すべて原因は共産党が利権団体になっていることで、しかも自浄能力ゼロの状態だ。共産主義本来の「等しからざるを憂う」という思想はどこへ行ったのか。
 最後の著者の言葉、「共産党に自己変革能力はあまりなく、矛盾山積の共産党が支配する中国との安定した共存関係の構築は難しい」は日本の外交にも警鐘を鳴らしている。今の日本で中国と堂々と渡り合える政治家はどれくらいいるのだろう。心配だ。
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ブラックアース(上・下)ティモシー・スナイダー 慶應義塾大学出版会

2017-09-24 09:45:39 | Weblog
 タイトルの『ブラックアース』は、ヒトラーが生存圏として植民化を図ったウクライナの肥沃な大地のことで、そこはまた、ホロコーストが始められた土地でもあった。「1941年8月に、彼の部下たちは、ヨーロッパの真ん中、彼ら自身で無政府にした環境の下、ウクライナの黒い土(ブラックアース)に掘られた穴のすぐ傍らで一時で万という単位のユダヤ人の大量射殺を始めたのだ」(本書上巻21ページ)とある。本書の副題は「ホロコーストの歴史と警告」で、ホロコーストの実態にメスを入れた力作だ。著者は前作『ブラッドランド(上・下)』(筑摩書房)で、ナチスとソ連の政権がヨーロッパ中央部(ポーランド中央部からウクライナ、ベラルーシ、バルト諸国、ロシア西部)で1400万人を殺害したということを様々な資料をもとに証明した。この犠牲者のほとんどが女性か子どもか高齢者であって、兵士は一人も含まれていないと著者は言う。ナチスのポーランド侵攻から始まって、バルバロッサ作戦によるソ連への侵攻、そしてソ連の逆襲とこの地は両国による民衆の殺戮場となった。アウシュビッツはこの殺戮場の代名詞として、世紀の罪の象徴として持ちだされるが、それ以外の虐殺があったということを知らしめたという意味で、本書の意味は大きかった。ある意味、アウシュビッツがホロコーストを矮小化する働きをしていたということも言えるわけで、この『ブラックアース』でもその問題意識は堅固に維持されている。
著者は巻末で、ホロコーストに対する七つの「共通の思い違い」について述べている。一つは、ヒトラーは狂人だということについて、そういう面もあるが、同時に彼は大変な戦略家であり、彼のアイデアの中には政治的に有効だったものが沢山あり、今でもそれらに共鳴する者がいくらでもいると。二つ目は、ホロコーストは主にドイツで起きたということについて、実はホロコーストは、戦前のドイツ国境線の外ですべて起きていると。三つ目は、ホロコーストはドイツのユダヤ人に関わるということについて、犠牲者の97%はドイツ国外出身のユダヤ人だったと。四つ目に、ホロコーストは強制収容所で起きたということについて、ユダヤ人は現実には死の穴の縁で殺害されたのがほぼ半数で、実際に収容所のなかにあったわけでない特別なガス殺の設備で殺されていると。五つ目は、加害者はすべてナチスだということについて、殺害に携わったドイツ人の多くはナチスではなかったし、殺害した者のほぼ半分はドイツ人でさえなかったと。六つ目に、ホロコーストは政治の領域を超えているということについて、実際には、国家崩壊の地域で生じた特別な種類の政治を考えなければホロコーストは理解しがたいと。最後七つ目に、ホロコーストは理解できないということについて、ホロコーストは理解できるし、理解しなければならないと。
 最後の七つ目を補足して次のように述べている、「ユダヤ人ーー老若男女のユダヤ人一人一人ーーに対してなされた悪は無かったことにはできない。けれども、それは記録されうるし、理解されうるのだ。実際、それと似たことが将来起きるのを防げるように、ホロコーストはりかいされなければならないのだ」と。
 現代のホロコーストは核戦争によって起こされる可能性が高い。北朝鮮のミサイル発射、核実験等の挑発にアメリカのトランプ大統領は口汚くののしっているが、ここは北朝鮮の退路を断つようなことはせず、対話の逃げ道を残しておくことが重要だ。日本の首相もその辺を理解せずアメリカの尻馬に乗ってワーワー騒いでいるだけでは、いつか梯子を外されてしまうだろう。この点では中国が「北朝鮮を暴発させてはならない」と言っているのは正論だ。
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ジャズ・アンバサダーズ 齋藤嘉臣 講談社選書メチエ

2017-09-14 10:29:19 | Weblog
 副題は「アメリカ」の音楽外交史。表紙の解説によると、アイゼンハワー政権以降、国務省はアメリカの文化的魅力を発信すべく、最高のミュージシャンを「ジャズ大使」として世界各地に派遣した。ベニー・グッドマン、ルイ・アームストロング、デューク・エリントン等。彼らは共産国圏で観客をスイングさせ、第三世界の聴衆を熱狂の渦に巻き込む(後略)と書いてある。
 私はジャズフアンを自称してきたが、恥ずかしいことに「ジャズ大使」のことは知らなかった。著者の齋藤氏は大学の先生だが、ジャズ評論家ではなくアカデミズムに身を置く人がこのようなジャズ関係の本を書かれたということは誠に喜ばしい。かなりジャズに造詣が深いとお見受けした。
 振り返ると、二十世紀初頭のニューオリンズ・ジャズから戦間期のスウイング、第二次世界大戦後のビバップを経て1960年代のフリー・ジャズに至るまで、ジャズは多様なスタイルを生んだが、アドリブ(即興演奏)を基本としている故、自由の哲学と親和性が強いと著者は指摘する。従って自由の国アメリカの象徴としてジャズを世界に喧伝したが、ジャズは黒人のものであるか白人のものであるかという議論が常にあって、その時代性に大きく左右されることもあった。その辺の揺らぎは常にあって、メンバーの派遣には大いに気を遣ったことが書かれている。
 1950年代の「ジャズ大使」は、ディジー・ガレスピー、ベニー・グッドマン ウイルバード・ド・パリス、グレン・ミラーオーケストラ、デイブ・ブルーベック、ウディー・ハーマン、ジャック・ティーガーデン。1960年代は、ハービー・マン、レッド・ニコルス、ルイ・アームストロング、チャーリー・バード、ポール・ウインター、ベニー・グッドマン、コージー・コール、デューク・エリントン、ウディー・ハーマン、アール・ハインズ、ランディ・ウエストン、チャールス・ロイド、チャーリー・バード、オリバー・ネルソン、となっている。著者はこれらのミュージシャンが派遣された時期と、国を克明に調べ挙げて表にまとめている。大変な作業である。なお、ミュージシャン派遣には、芸術諮問委員会内の「ジャズ小委員会」による格づけがあり、これも著者作成の表によると、AA,A、Bの三段階があって、例えば、マイルス・デイビスはAA評価だが、「個人的問題あり」と註されている。日頃の言動が問題視されたのだろう。その他、A評価では、オ―ネット・コールマン、アート・ブレイキー・アンド・ジャズメッセンジャーズ、チャールズ・ミンガス、モダンジャズ・カルテットが、「個人的問題あり」と書いてある。麻薬か黒人運動か素行かで問題ありとされたのだろう。代表を選ぶ過程も興味深いが、派遣されたミュージシャンの派遣国での言動や聴衆の反応など、詳しく書かれていて面白い(特にソ連などの共産主義国が)。世界の「良心」を標榜したアメリカの文化戦略を知るための貴重な資料となる書である。
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学生を戦地へ送るには 佐藤優 新潮社

2017-09-07 15:05:55 | Weblog
 副題は『田辺元「悪魔の京大講義」を読む』で、2015年6月12日夜から14日昼にかけて「あの戦争と国家」と題して箱根仙石原で行なわれた著者の講座合宿の記録である。田辺元とは戦前の京大哲学科で西田幾多郎と共に「京都学派」を築いた著名な哲学者で、1945年、終戦前に退官し、北軽井沢に移住して執筆活動を続けた。小説家野上弥生子との秘められた恋も名高い。1950年文化勲章受賞。1962年、77歳で他界した。
「悪魔の京大講義」とは田辺が昭和14年5月10日から同年6月14日までの間に前後6回渡る京都帝国大学学生課主宰の日本文化講義のことを指している。本講座はその記録である『歴史的現実』(岩波書店刊)をもとに戦前のエリート学生に「国家のために死ね」というメッセージを送った田辺を批判し、今後この手のデマゴーグが出て来た時の対応について講義したものである。一読して著者の博覧強記に驚きを禁じ得ない。四万冊の書を読破したと書いてあったが、なるほどそうかと思うぐらいに何でもご存じだ。
 田辺は個人・種族・人類・国家・歴史・文化・過去・現在・未来などのタームを使って、個人がその中で永遠に繋がるのはどういうことかという命題のもと、その方法を思索する。結論は国家のために死ぬことだというものだが、そこら辺を田辺はこう言っている、「国のために死ぬ人、同胞のために死ぬ人が一人出てくれば、その遺志は伝染して他者を目覚めさせる。そして同胞のために死んだ人を思い出すたびに、われわれは、そうだああいう生き方があるんだ素晴らしいじゃないかと思いを新たにする。そんなふうに思うことによって、新しい社会を建設していく力がどんどん生まれてくる。そして死者は我々の中で永遠に生きるし、我々も死ねば、同胞の中で永遠に生きることになる。これが歴史的な現実だ」と。
 佐藤氏は、この田辺元の論理が、まだ知的訓練を十分に受けていない学生たち、若い知識人たちの心を捉え、戦争末期の特攻によって、自ら命を投げ出していったと述べる。このレトリックはちょっと変えるだけで今でも通用してしまうと危惧を表明している。同感である。今だとテレビなどの影響が大きいので、かつての京大生以下の知的レベルで十分に洗脳出来るだろう、物を考えない人間が増えている昨今要注意だ。
 本書で講義の合間に披露される佐藤氏の知識に感心したが、少し列挙してみる。その一、天皇の墓はだいたい南か南東を向いているが、後醍醐天皇の墓だけは北を向いている。これは「私の魂はいつまでもインチキ王朝のある京都のほうを見ている。おのれ、覚えていろ」と言って死んだ。その遺言どおりに創られたからだろいう話。そして後醍醐の鎮魂のために天龍寺を建立したが、天災地異がおさまらないので、南北朝の内乱に関与した数千人の人間たちの怨霊を鎮めねばならぬということで、徹底したリアリズムで歴史を記述せねばならぬということで作られたのが『太平紀』だという話。知らなかった。
 その二、先進国で豚の去勢に麻酔をかけないのは日本ぐらいという話。そして動物には権利があり、知能の高いイルカやクジラは相当程度持っているという動物権利論の話。西洋人がクジラ・イルカ漁を嫌がるのはこの辺に原因があるという話。その三、中国は京都学派の哲学をよく研究しているという話。これは領土拡張主義で共通項があるかららしい。その他いろいろ読むべき本の示唆を受けた。あとどれくらい読めるかわからないが頑張ろう。
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