読書日記

いろいろな本のレビュー

ブルシャーク 雪富千晶紀 光文社

2023-12-20 10:23:05 | Weblog
 本邦初、驚愕必至の本格サメ小説!!とあったので読んでみた。サメが主役の小説とは珍しい。これで思い出すのは1975年に公開されたスティーブン・スピルバーグ監督の映画『ジョーズ』だ。とある平和な町の海辺で人を襲い出した巨大なホオジロザメの恐怖と、それに立ち向かう人々を描いた海洋アクション・スリラー作品である。映画冒頭の場面がスリラー映画そのもの。女性の海水浴客が沖を遊泳中サメに襲われる場面、サメの姿は見えずただ女性の顔だけが大写しにされる。そして恐怖感をあおるバックミュージックのもと、女性は下半身を食いちぎられる。

 正体不明のものに襲われる恐怖というのは口では表せない。後半での巨大なホオジロザメと人間の戦いの場面は圧巻だった。初期のスピルバーグはこの手法を使った作品が目立つ。1971年の『激突』もその流れの作品で、乗用車に乗った運転手(デニス・ウイーバー)が荒野のハイウエイで大型トレーラー型タンクローリーを追い越す。しかし追い越した直後から追い掛け回されるという話。昨今のあおり運転を先取りしており、最後はトラックを崖下に墜落させてやっと恐怖から解放される。『ジョーズ』はタンクローリーをサメに変えたものと言えよう。それにしても最後まで相手の姿が見えないというところがミソで、これが恐怖感を与えていた。私はこの映画が好きで、ビデオで何度も見た経験がある。スピルバーグはすごいと思ったものだ。

 サメを小説にした場合、映画と違って視覚に訴えることはできないので、大きなハンデがある。映画のように恐怖感を読者に与えることができるのだろうかというのが私の興味であったが、結論的に言うとスリラーの要素は極めて低くなっている。しかし中身はバラエティーに富んでいて、結構読ませるものになっていたと思う。場所は駿河湾の近くの東常湖で、ここでトライアスロン大会が行われる予定だが、最近、湖畔でキャンプしていた男女や地元の人間が姿を消すという事件が起こって、これは巨大なサメに食われたのだという噂が流れ、地元の大学教授や大会関係者がその真偽を調べるうちに、オオメジロザメがここに生息しているということがわかる。
 
 このサメは淡水にも適応できることがわかっているが、どうやって海から遡上してきたのか調べるが、わからない。そしてどうして巨大化したのかということも謎だが、それについての説明も盛り込まれている。サメは『ジョーズ』と同じで前半は姿を現さないが、トライアスロン大会の当日表れて参加した選手に襲い掛かって食い殺す。この場面は相当の迫力だ。麻酔銃を撃って弱らそうとするがうまくいかない、サメはますます荒れ狂い襲い掛かる。その中で地元の研究者で渋川という女性が槍を持ってサメに立ち向かうが、サメに呑み込まれてしまう。あわや一巻の終わりと思った瞬間、サメの胃の中から槍で突き破り、サメを殺して生還する。この場面B級映画のような感じで笑ってしまった。

 駿河湾近くの東常湖に住むオオメジロザメ、どうしてここに海からのぼってきたのかは不明。また巨大化したのも不明だが、虫瘤が湖に落ちてその化学成分が巨大化の原因とも湖畔にある化学工場の排水が原因とも示唆されるが断定はされていない。またトライアスロン大会をめぐる主催者との研究者との実施をめぐっての軋轢。海外の大会参加者の家族との人間関係の問題等々、様々な要素を盛り込んで話を作ろうとして努力されているが、ちょっと欲張りすぎている感じがした。登場人物が多くて誰が主役かわからず、大会参加者の外国人の家庭問題まで言及されているので、読んでいて人物のイメージが希薄になっているからだ。推理小説のように登場人物の一覧表があったらよかったのにと思う。でも最後まで読ませるという点では、及第点かなと思う。著者は日大生物資源学科出身の45歳の女性作家で、モダンホラーの旗手と目されているらしい。なるほど本文にも生物に関する蘊蓄が傾けられている。これを機に他のホラー作品も読んでみたい。