読書日記

いろいろな本のレビュー

総員起シ 吉村昭 文春文庫

2014-07-27 14:57:11 | Weblog
 吉村昭の作品は新潮文庫に多く収められているが、文春文庫にも結構良い作品がある。本書は太平洋戦争の関連で、日本領土内にいた人々が関わったものを主題とした五つの短編から成っている。これらはいずれも昭和40年代に書かれたもので、取材の精密さといい、文体の精緻さといい、作者の原点に触れる思いがする。表題の「総員起シ」は伊号第33潜水艦が昭和19年6月13日、訓練中に事故を起こして沈没し、艦長以下乗組員102名が殉職、助かったのは2名という大事故を扱ったもの。著者はこの乗組員の奇跡的に腐乱していない5~6人の遺体写真に偶然触れてその事故の全貌を調べあげている。潜水艦に事故はつきもので、それが即、死に繋がるので非常に危険である。ここでも沈んでから死に至るまでの乗組員の苦悩をその遺書を中心に描いている。急浮上の訓練中に起こった事故であったようだが、戦場に行かずしての殉職は無念であったろうと推察する。
 著者は『陸奥爆沈』で、戦艦陸奥が瀬戸内海の柱島沖で爆沈した事件を小説にしているが、戦死者の中にはこうした事故で死んだ兵士が多かった。残念なことである。戦争末期にはこの危険な潜水艦に乗せられた人間魚雷回天で敵艦に体当たりという戦法が実施された。海兵出身の若き士官が余っている魚雷の有効利用と戦況の好転を図って造り出したものだが、この人間魚雷で死んだ者は搭乗員・整備員あわせて145名、没時の平均年齢は21.1歳であった。(山口県周南市大津島の回天記念館のパンフレットによる)もし海兵のエリートがこの魚雷を開発しなかったら、これらの若者は死ななくても済んだかもしれないと思うと複雑な気持ちになる。
 憲法解釈の変更で集団的自衛権を行使できると公言しているこの国の為政者は、この際大津島の回天記念館を訪れてみるべきだ。具体的な個々の若者の死を見つめて不戦の誓いを立ててもらいたい。国民の生命財産を守るための措置だと言うが、到底信じることはできない。若者は国の基、彼らが希望をもって生きられるようにするのが政治家の仕事である。そういう政治家が国を愛せと言っても無理だろう。因みに最近の政治の問題点を論じた『街場の憂国会議・日本はこれからどうなるのか』(内田 樹編 晶文社)は参考になる。
 ウクライナでのマレーシア航空機撃墜事件、イスラエルのガザ地区への攻撃でパレスチナの市民が1000人死んでいる事件、それだけ見ても戦争に未来はないことが分かるはずだ。

神国日本のトンデモ決戦生活 早川タダノリ ちくま文庫

2014-07-05 13:58:09 | Weblog
 太平洋戦争中の戦意高揚のプロパガンダを当時の雑誌やパンフレットから抜き出して解説したもの。著者所蔵のカラー図版が多数収録されていて貴重。著者のコメントも適切。雑誌『主婦の友』がプロパガンダに加担していたことを本書で知って、意外な感じがした。この雑誌は昭和十九年以降、さまざまな決戦的銃後生活スタイルを提案し続け、特集タイトルだけで「大東亜戦争」の戦況がうかがえるほどだ。昭和二十年の戦争末期の特集は「勝利の体当たり生活」「勝利の頑張り生活」「勝利の特攻生活」と著者によれば「ヤケクソとしか言いようがない意味不明な特集」だ。4月号には、防衛総司令部参謀・陸軍中佐が「一億特攻の生活」と題して談話を寄せているが、なかなか面白い。曰く「特攻隊勇士のお母さんや奥さんのことを考えてみてください。この人たちは自分の一番大切な子どもや良人を、喜んでお国に捧げてゐるのです。私はこの戦争が終わったら華族のほかに『特攻族』といふものを制定してほしいと思ってゐるものでありますが、とにかくこの人たちのことを考えれば、とても自分だけよければといふ考え方や行為はできないはずです。一身一家のための物欲は、今日からすっぽりと捨ててしまいませう」と。特攻族には笑ってしまうが、本気でこれが活字になるというのだから当時の異常さは尋常ではない。
 これに対して著者は「すでに敗戦が眼に見えている中にあって、自分たち軍人の責任には無反省なまま、一億総特攻の精神を呼びかけている無神経さはどうにかならぬものか。こういう『特攻』権威主義を振りかざす根性は、戦後六十余年をへた今日でも連綿としており、『特攻』と聞くとパブロフの犬的になんだか感動して涙が出てしまう首相経験者をはじめ、障子に男根的元東京都知事などは自分の思い込みで『特攻』という映画を作ったほでである。しかし、知覧(特攻平和会館)で間抜けな感涙にむせぶ前に、国民を守ることもできなかった大日本帝国のヘタレぶりを十分に驚愕することから始めたほうがよい」という。まさしく同感である。本書は2010年の発刊ゆえ、時の首相が憲法解釈の変更で集団的自衛権の行使を可能にした事はもちろん知らずに書いているが、それを予見するようなコメントである。そう言えば首相のお友達の作家が『永遠の0』という特攻物でベストセラーになったのは記憶に新しい。この人たちはみな『特攻族』を唱えた陸軍中佐の仲間のように見える。為政者の失敗で犠牲になるのは若者はじめ庶民だ。これは歴史が証明している。
 因みに知覧特攻会館で展示されている特攻隊員の多くが、遺書に楠木正成・正行父子に言及している。これは戦前の歴史教育の当然の帰結であるが、楠公父子の在り方は特攻隊の精神とは同じでないという見解に遭遇した。それは『南朝の真実(忠臣という幻想)』(亀田俊和・吉川弘文館)という本で、その中で亀田氏は、楠木正成は戦の天才であったゆえ、先を見通した行動をしており、後醍醐天皇と足利尊氏の間で、和平を模索した人物であった。万策尽きて湊川の戦いで戦死したが、最初から玉砕を目標としていたのではなかった。足利軍に退路を断たれた故の自殺であった。生存と勝利を前提に戦略を立てる楠木氏の精神が、戦死と敗北を前提にする特攻隊のそれろは真逆であったことは明白であろうと述べている。
 この特攻精神こそはわが国民の宿痾である。これはまだ払拭されていない。『三四郎』のなかで、「偉大なる暗闇」の先生が言った言葉、「日本は滅びるね」が最近耳に就いて離れない。