Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

新橋演舞場『四月花形歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』昼/夜の部』2等A席2階右袖/2等B席2階左袖

2012年04月25日 | 歌舞伎
新橋演舞場『四月花形歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』昼/夜の部』2等A席2階右袖/2等B席2階左袖

花形歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』の千穐楽を昼夜通しで観てきました。色々と感無量。胸が熱くなりました。昼の部は初日ぶりでしたけど独特の緊張感と花形の精一杯演じる熱はそのままに舞台の密度が濃くなっていました。余裕が出たとはまだ言えないけどひたすら真っ直ぐに演じられた舞台が心地よかった。今月の花形の『仮名手本忠臣蔵』は花形ならではの空気感だった。10年後もし同じ配役でやっても次はまた全然違うものになるのでしょうね。

【昼の部】
高師直@松緑さん、拵えをずいぶん変えたような感じ。かなりきつい老けメイクだったけど少しあっさり。そして全体的に憎々しさを強調するよりもう少し愛嬌を前に出して可愛気になっていました。尊大さのなかに子供ぽいだだっ子のような気質の高師直。位取りの高さが若干減ってしまったのが残念だけど判官への追い詰めぶりは見事でした。

若狭之助@獅童さん、正義感溢れるけど短気な若狭之助という人物を本当によく演じていたと思う。声が通って台詞にクセがないのも良い。

判官@菊之助さん、初日に拝見したより表情がお父様の菊五郎さんに本当にソックリだった。いわゆる芸の輪郭は違っててお父様のふんわりした柔らか味はないのだけど硬質な透明感が今回の若い座組みのなかでは活きていたと思う。爽やかで道理をわきまえた青年が理不尽にバカにされ武士のプライドが傷つけられたことで底にある熱いものを徐々に噴出させていく様が見事だった。その悔しさ怒りの表出がとてもストレートでその熱さが「仇討ち」へと繋がった今回の忠臣蔵だったと思う。切腹後、大星に託す想いも激しい。そして想いを託せたことでようやく気持ちを昇華させた判官だった。

由良之助@染五郎さん、菊之助さん判官の熱い無念さをそのまま身のうちに取り込んだのが染五郎さんの由良之助だったと思う。判官切腹を目の当たりにし主君の無念さと哀しみを一瞬で受け止めた。そして判官の眼差しを一心に受け止め高師直への怒りをそのまま飲み込む。ベテラン役者と比べてしまえば貫禄ある大人物がどーん引き受けたっていう大きさはない。でも若いからこその判官の想いを飲み込み自分の無念、悔しさとともに表出させてしまう熱い由良之助もありかな~と思いました。主君の血を舐めてしまうくらいですから、ハラに収めるのではなく全身から気持ちを表してしまう熱さがあってもそれはそれで良いかなと。染五郎さんは四段目の由良之助は完全に幸四郎さん写しで初日よりそれが濃かったような気がしますが低音がやっぱ時々白鸚さんの声でした。

演出面で気がついたのですが四段目の門外の場、家紋の提灯の枠を外す時に門の近くに行ってから外していました。いつもなら門が下がるときに枠が残されちゃって気になってはいたんだけど今回は門と一緒に運ばれていった。良い演出変更だと思います。初日ではいつも通りだったような気がするので途中からの変更でしょう。花形でもこういう演出変更するんですね。

勘平@亀治郎さん、目元の拵えをだいぶ変えていました。初日に拝見した時は目つきが鋭すぎるようにみえましたが今回は切れ長のいい二枚目ぶり。またあまりに周囲に神経を張り巡らせすぎでは?な雰囲気も減り、自分への後悔と共にお軽への気遣いに感謝してる風情もあって良かったと思います。踊りぶりはやはり柔らかですが立ち回りには大きさも出てました。

お軽@福助さん、華やかで本当に可愛いお軽です。「道行」で亀治郎さんの勘平より背を盗んで踊られたのには驚きました。相当、腰に負担がかかると思うのですがそれが実にさりげなく形が綺麗。亀治郎さんを引き立てるようにそしてそれが見事にお軽の勘平への気遣いになっており見事でした。

鷺坂判内@猿弥さん、すっかりこういう軽妙なお役が持ち役となりました。存在感があり、またやりすぎず、ほどのよい軽味があって非常に良かったです。こういうお役をする時の台詞回し、数年前まではまだこなれてないと思うことがありましたがすっかり自分のものになさっています。

【夜の部】
勘平@亀治郎さん、今月、見事に藤十郎さん写しでやはり台詞回しが特に似ていましたけど千穐楽では切腹後の運びが亀治郎さんの激しさというかご自身の持ち味に引き寄せていたと思います。そして丁寧に演じているのは変わらずに手順が手順ではなくなっていました。亀治郎さんの勘平は間の悪さや弱さのある勘平という部分より仇討ちに加わりたい武士の一念、それが生きている縁だった勘平さんでした。それゆえに必死に繕う様が哀れでした。亀治郎という名前での最後の芝居。前へ前へと乗り出すような熱演でした。

おやか@竹三郎さん、真に迫りすぎていてただひたすら凄いと思うしかありませんでした。お軽の母であり与市兵衛の女房であり勘平の姑である人物がそこにいました。おかやの心情が言葉に立ち振る舞いのすべてが表れていた。竹三郎さんの細やかで輪郭のハッキリした芝居が勘平@亀治郎さんの振る舞いのすべてに説得力を与えていた。あまりに見事でつい竹三郎さんを目で追ってしまう場面も。竹三郎さんは常におかやという女性でいました。控えている時も演じてる役そのままでまったく気を抜かないどころかこの人ならそうするであろう芝居をしてる。勘平への疑いが晴れ、連番状に名を連ねることができたことをお軽の着物に語りかけて祈っていました。普通なら客席からは見えない角度にいらっしゃる場面です。私は2階袖席でちょうど奥まで見えたのでわかったのですが邪魔になるようなことはしてないけどきちんと芝居をしていらっしゃいました。その細やかさに感嘆するとともにああ上方の役者さんなんだなあとしみじみ思わせていただきました。

定九郎@獅童さんはまだちょっと苦戦中でしたかしら。拵えはインパクトがあってほんと似あってるんですけど。

由良之助@染五郎さん、耳馴染みの良い緩急の効いたしっかりした台詞廻し。幸四郎さん写しではなく吉右衛門さん写しじゃないのかという感じがするほど。雰囲気も酔態にだいぶ鷹揚さが出てきていました。いかにも若いという印象には変わりないですがほんのり余韻というか幅が出来てきたかなと。ふんわりした酔態と本心の厳しさにメリハリが出てきていました。酔態している由良さんの物腰の柔らかな風情に色気があり、そして本心を表す場では芯のなかに憤怒を隠した厳しさを見せていきます。通してみると染五郎さんの由良之助のなかに無念さと怒りを抱えた判官その人がそのままにいるのがよくわかります。迷いのない激情の由良之助でした。

平右衛門@松緑さんはやはり少し台詞の調子が気になるけど前回拝見した時より間延びする抑揚の部分はだいぶ抑えていた感じもしました。そのためより心情がストレートに伝わってきました。家族を思う包容力と気質としての一本気なところが身体から滲み出るのがとても良いです。芝居の緩急はまだまだですがやはり松緑さん平右衛門というキャラにはピッタリで、このお役に関して、だからこそもっと上を目指していただきたいなあとつくづく思った平右衛門でした。

お軽@福助さん、可愛くていじらくて、勘平さんが大好きで仕方のないお軽でした。目の前にあることに対して精一杯に自身の気持ちに真っ直ぐに生きている少女のようなお軽でもありました。福助さん、本当にシンプルに削ぎ落として「お軽」を演じていらしたように思います。そして今月は本当によく若手を支えていらっしゃいました。皆をさりげなくリードし支えている。相手をしっかり受けそしてしっかりと返す、そうすることで場を締め逸らさせない。

昼夜通して亀三郎さん、亀寿さんの役に対する揺るぎ無い安定感が印象に残りました。これからどんどん貴重な役者さんになっていくんだろうなあと思いました。また亀鶴さんや蒔車さんもとても良かったし、このポジションの役者がしっかりしてるのが非常に心強い。そしてベテランの役者さんたちの「しっかりした芝居」というだけでない厚みや細やかさにただ感じ入った月でもありました。