Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

新橋演舞場『四月花形歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』夜の部』

2012年04月21日 | 歌舞伎
新橋演舞場『四月花形歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』夜の部』

昼の部を初日に観て少し間が空いてしまいましたがようやく夜の部を拝見。夜の部も花形ゆえの足りなさはあれこれあるけど、どの場もしっかりと見せてきたし十分に面白かったです。彼らの次が本当に楽しみ。昼より夜の部のほうが難しいんだなというのも感じました。昼もかなり難しいと思いますが夜の部のほうが為所が多いうえに風情も大切でその両方が必要ゆえか芝居の手順が手順としてかえってよく見えてしまう場面が多々。ベテランの役者がどれだけ自然にさりげなく演じているのかと個人的に色々と発見も多かった。

「五段目・六段目」
亀治郎さんの勘平は上方方式の演出、獅童さんの定九郎は江戸方式の演出を取っていますので五段目が上方と江戸の演じ方の折衷での舞台でした。勘平は板付きでの登場で細かい部分で上方の演じ方を取っていますが定九郎は完全に江戸方式の色悪のいでたちで手順もそのままなので流れとしては江戸方式に近いイメージ。猪も江戸方式の一回りする形。六段目は完全に上方方式(当代・坂田藤十郎の演じ方・演出)です。

勘平@亀治郎さん、久しぶりに亀治郎さんにしては珍しく手順でいっぱいいっぱい感を感じました。が、それが勘平の必死さに繋がり密度の濃い芝居でした。見事に藤十郎さん写しでの演じよう。ここまでそのままに写してくるとは思わなかったので驚きました。台詞廻し、そして細かい体の使い方や手順をよく写していました。特に台詞廻しの音使いがもうほんとにソックリ。亀治郎さん、いつもとだいぶ違う声の出し方だなと思っていましたら口のあけ方まで似せていました。ただ、藤十郎さんとは持ち味が違うのでかなり雰囲気は違いました。藤十郎さんは武士としての芯があるつつ、うっかり流されてしまう弱さ甘さを持ち合わせた勘平ですが亀治郎さんは今のところあまり弱さや甘さの風情がないのでどこか意思の強さを感じさせ随分と鋭利な勘平。その場その場で非常に自覚的に動いている感がありました。それゆえに想いが空回りし誤解の果てに自害せざるおえない哀れさがストレート。

また上方の演じ方をとっているせいもありますが物語の流れや行動論理をわかりやすく台詞をくっきり立たせ、物語の輪郭をしっかり見せてきていました。また昼の部の「道行き」と違って五段目、六段目では立役の大きさも出ていました。姑おかやの竹三郎さんとの息もよくあっていました。ただ腹を切った後の台詞は熱演すぎて元気すぎたかも。もう少し息遣いに緩急があると瀕死のなかでの後悔と喜びが際立ったんじゃないかな~。個人的には勘平にはもう少し間の悪さや弱さ愚かさがある風情が欲しかったかな。でも間の悪いオロオロダメンズな勘平が苦手な人には今回の亀ちゃん勘平のほうが観やすいかもしれませんね。

おかや@竹三郎さん、ほんとに良くてベテランの凄みさえ感じさせました。亀治郎さんの輪郭の強い勘平を見事に引っ張り支えていました。それがまたさりげないのが見事。またその場その場のおかやの感情が明確。夫や娘を思う情愛と、これからの頼りと思う勘平への気遣いと裏切られたと思った嘆き悔しさ、それが手に取るようにわかる。六段目はおかやが良くないと芝居を支えられないんだと痛感しました。

お軽@福助さん、お軽はいつもより抑え加減がかえってお軽のいじらしさを際立たせていて、ほんと良かったです。勘平さん大好きオーラが可愛らしかった。こういう為所の少ない場面だとかえって芝居の上手い人だというのがよくわかります。

お才@亀鶴さんかなり良いのでビックリ。女形をあれだけこなせるとは。格という部分ではまだ若いけど遊郭の女将としての才気とちょっと蓮っ葉な色気が混在してて魅力。

定九郎@獅童さん、拵えが似合って凄みがあります。たぶん、花形のなかで一番、定九郎らしさを見せることのできる役者かなと。ところが動くとその凄みがちょっと消えてしまいます。江戸方式の定九郎はほぼ所作事なので動きが綺麗でないと見せきれないんですよね。似合う役なので所作をもっと頑張っていただきたいです。

不破数右衛門@亀三郎さん、完全に持ち役になるというところまで持ってきていました。丁寧にこなすだけではなく人物像に膨らみを持たせていた。台詞廻しがおじいさまにソックリな気がします。良いお声です。

千崎弥五郎@亀寿くん、筋が通った一本気なところがあって台詞も明快。やはり本役にできるでしょう。

源六@薪車さん、昼の部の原郷右衛門で存在感出した薪車さんですが夜の部もの源六を拵えや台詞廻しで上手くこなしてました。この役はもっとクセのある味わいが必要だとは思うけど初役であれだけこなせれば十分。キリの場できちんと昼の部に続く原郷右衛門の顔になっていたのも良い。2月松竹座でかなり成長したなと思っていましたけど、一気に役の幅を広げた感。なかなか東京で拝見してなかったからそう思うのかもしれないのですが、それにしてもこの方はかなり力が付いたと思います。

「七段目」「十一段目」
由良之助@染五郎さん、お父様の幸四郎さん写しで最初のうちは幸四郎さんの姿がみえましたが演じていくうちに台詞廻しの部分がどんどん叔父の吉右衛門さんのほうに近くなっていきます。それがちょっと面白かったです。そして昼の部と同様に祖父さまの白鸚さんを意識してるんだろうか?という声と表情が一瞬ですが時々出ます。さて由良之助@染五郎さん、七段目となるとやはり演じる熱だけでは出せない厚みやゆったりとした大きさがまだ不足。とはいえ出の瞬間、ぞろりと着つけた紫の着物が良く似合い色気がありました。動いている時は思った以上に悠然とした役者ぶりがきちんと出せていたと思うのですが寝入ってしまう姿が残念ながらぺったりとしてまい存在が希薄になってしまってました。それと酔態にぎこちなさが残り余白というか遊びが足りない感じ。それゆえに仇討ちへの計算が秘め切れてない部分が。

仇討ちへの想いを表出して演じる幸四郎さん写しの由良之助なので酔態しきれず仇討ちの想いがハッキリ見え隠れしてしまうのは仕方ないかもしれない。さよなら公演で拝見した仁左衛門さんの由良さんも放蕩の風情より鋭さのほうが勝った由良さんだったのでこの場はかなり難しいのでしょう。当代では吉右衛門さんの由良さんが酔態に大きさと色気があって想いをハラに溜め込む白鸚さん譲りの由良さんで一番好きです。ただ染五郎さんの七段目の酔いの部分はすでに父と叔父とは違う個性がみえる。風情に優美さがあってそこに大きさのある色気がでると面白くなるような気がしました。そういう意味で今回はまだ貫目は足りないですが酔いからは本性を出す場での切り替えは非常に良かったです。とても厳しさのある由良之助で迫力もありました。また染五郎さんの凛とした個性もよく出ており本領が発揮されたと思います。由良之助@染五郎さんは要所要所の佇まいがしっかり由良之助然としていて、その身体の使い方が美しくあるのが良いのと、義太夫によくのった緩急ある台詞廻しが思った以上に良く場ごとの心持をしっかり聴かせられるのが良いです。今後に期待を持たせる出来だった。身体に馴染ませて余裕を持てればもっと溜め込む芝居ができると思います。「十一段目」は頭目としての存在感がきちんとあったのが良し。最後の感無量の表情が印象的。陣太鼓はもう少し落ち着いて打ってもいいかも(笑)

平右衛門@松緑さん、柄によくあっていてガサツだけど根が真っ直ぐで気の良い兄さんぶりが際立っています。まさしくニンにあったお役と言えると思う。また初役ではなく三回目だけあって動きもこなれている。平右衛門としての存在感があった。惜しむらくは台詞。特に前半がかなり崩れていた…。抑揚というかリズムがおかしい。後半、福助さんとの絡みでようやく持ち直してきたけど。台詞が安定していないので芝居が押し一方の一本調子なのがもったいない。おおらかで妹思いの部分と身分関係なく徒党に加えて欲しい仇討ちにかける一途さはよく伝わりましたが台詞に緩急ができるとそこに足軽ゆえの悲哀が加わると思うのです。芝居を押し引きすることで人物像にもっと厚みがでると思います。松緑さんは奴がよく似合います。でも似合うだけにそこに安住せずに奴の独特の台詞の抑揚をもっと精密にしてほしい。舌足らずがだいぶ直ってきて口跡がよくなってきたので尚更そう思います。

お軽@福助さん、今月は本当によく若手を支えています。七段目では染五郎さん、松緑さんをしっかり受けて七段目という場の芯を押さえ際立たせ相手に合わせつつも空気を締めていきます。そしてそのなかでお軽の無邪気さや勘平一途な愛らしさを真っ直ぐに表現。若手相手なのでいつもだとたっぷり演じるところをシンプルに演じているのがかえって福助さんの良さを引き立てています。やはりベテランのなかに入るべきお軽だというものがそこにあるのがよくわかる。

小林平八郎@亀鶴さん、2月松竹座で拝見した立ち回りで上手い人だと確信しましたけどやはり立ち回りが上手いです。踊り上手な人の殺陣はちょっと違いますね。身体と刀の捌き方がとても綺麗でした。

超若手組はいかにもお勉強的ではありますが皆、頑張っていました。

力弥@児太郎くん、七段目の台詞はかなり頑張ってました。所作事のほうはまだ腰が決まらない感じ。討ち入りの場の台詞はまだちょっと浮ついてしまうかな。

喜多八@萬太郎くん、七段目ではしっかり喰らい付いて形もいいです。立ち回りはまだ見せるというとこまではいかないけど華やかさがありかなり頑張ってました。