Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

明治座『五月花形歌舞伎 夜の部』 1等1階前方センター

2011年05月27日 | 歌舞伎
明治座『五月花形歌舞伎 夜の部』1等1階前方センター

千穐楽を拝見。二週間空けての再見です。若手の勢い、パワーと彼らの生理感覚でのテンポのよさ、そのなかでの等身大の造詣の面白さを見せてくれた今月だったように思います。反対に言えば「芝居」のなかの緩急の間合いのなかで生まれる余韻は少なかったと思います。でもいずれ少しづつたっぷりとした間合いになっていくでしょうし、今現在の若手の勢いやテンポを今は大事にして見せていくのも必要かなと思いました。何より若手の熱気ある芝居はエネルギーが満ち溢れ、観客のほうも元気をもらえますし、また若い観客を惹き付けて行く力がある。

とはいえ若手は花形歌舞伎ばかりですと芸の深みを得る機会は失ってしまうでしょうからバランスよく大歌舞伎と花形歌舞伎の両方をこなしていってほしいです。また大歌舞伎にしてもベテランを中心にし若手が脇に添えてという芝居だけでなく、花形を中心にしベテランが脇でしっかり固めるという芝居も上演していくべきでしょう。今月の明治座を拝見してその感を強くしました。

『怪談 牡丹燈籠』
千穐楽のお遊びはほとんどなく極めて真っ当にしっかりみせてきていたのが印象的。女たちの深すぎる愛ゆえの悲劇でした。愛するがゆえに男を追い詰めていってしまう、その果てに「死」がありました。しかしながら女たちはしっかりと男たち絡めとり自分の元へ連れて行くのですからある意味、幸せでもあるのでしょう。

2週間前に観た時よりお峰・伴蔵、お露・新三郎、お国・源次郎のカップルのそれぞれのキャラがきちんと立っていて、かなり納得でした。

お峰・伴蔵は割れ鍋に綴じ蓋のようなお互いを信頼し合った夫婦だったものが図らずも欲っ気を出してしまったがために業を背負い少しづつ気持ちがすれ違う。そしてお互いの気持ちを計りかね奈落へと落ちていく。お峰は良い暮らしよりも伴蔵の愛情が必要だったことを悟り伴蔵に捨てられることへの恐怖に打ちのめされ、伴蔵は間接的に人を殺したことへの恐れにおびえながらお峰の愛情にあぐらをかきつつ刹那的に逃げるように生きている。欲という罪に目をそむけた二人のすれ違いが「殺意」を産む。伴蔵は罪から逃れたくて。お峰は伴蔵から離れたくなくて。すれ違ったままの二人の死出は哀しい。

今回、一幕目のお峰@七之助さんと伴蔵@染五郎さん夫婦のらぶらぶ度が半端なく高かったです。だからなおさら二幕目のすれ違いぶりが切なかった。今回は金ゆえにというだけでなく、人を間接的に殺してしまったことへの恐れが伴蔵にもお峰にもそれぞれに心の底に絶えずあって、それゆえにお互いが本音のぶつけ合いが出来なくなってしまい、すれ違ってしまったようだった。

一幕目の伴蔵宅内でのテンション高い伴蔵@染五郎さんにお峰@七之助さんが一生懸命に付いていってるのがほんと可愛かったです。蚊帳が体に絡み付いてそこから出られなった伴蔵@染五郎さん、もがくのやめてぐったりと動かなくなった時、すかさずお峰@七之助さんが「諦めるじゃないよっ」。で、それに対して伴蔵@染五郎さんが「見てないで手伝えよっ」って甘えてみたり。ここ、たぶんアドリブだったと思いますが(笑)、こういう場面含めて喧嘩腰なつっけんどんなお互いの物言いがお互いの信頼感のなかで行われてるのがミエミエで結局はいちゃいちゃしているようにしかみえないカップル。

終盤、伴蔵がお峰を殺すために連れ出して花道を歩いてるところ、ずっと手をつなぎっぱなしでした。でも伴蔵は腹に一物ありって顔をしてて、お峰さんは超嬉しそうで…。傍目は仲良し夫婦だけど、気持ちがすれ違ってるなあって一目でわかり、一幕目の喧嘩腰での態度の二人のほうがどれだけ仲良し夫婦だったかと、そう思うだけでとても切なかった。だから殺し場での二人が悲しかった。お互い必死で同じ方向を向いていた一幕目と、お互い必死だけど違う方向を向いてしまった大詰の対比がなんともいえなかったです。

伴蔵@染五郎さん、前回観たときはちょっと小悪党風情がありましたが今回は等身大のちょっと情けないけどキュートでどこか飄々とたくましく生きているごくごく普通の市井の人だったように思います。前半はぶっきらぼうに接してはいるものの、気の強いお峰に世話してもらうのが嬉しそう。女房に甘えつつも自分もなんとか頑張っている気の良い男。

後半は成功し気が大きくなって虚栄を張っているなかに、どこか開き直れない気の小ささを垣間見せる。間接的に人を殺してしまったことへの恐れから逃げよう逃げようと生きているかのようだった。決してお国に心変わりしてるわけではなく、女房はお峰以外ない、そう思っていたには違いない。ところが成功してしまったがゆえに自分を曝け出せなくなってしまい、どんどんお峰とすれ違っていく。またそのなかにもその自分の底にある恐怖心はお峰と共有しているという甘えがあったのかもしれない。それだからこそ、お峰にお札を剥がしたことを突っ込まれ罪を暴露される恐れが出てきた瞬間に恐怖のどん底に落とされてしまう。「恐れ」は自分にしかなかったのかと。

嫉妬されて責められた時に出た言葉「お国とは縁を切り、一からやり直したい」というのはお峰の機嫌取りだけではなくどこか本心のような気もした。成功しているのにわざわざ一からやり直すという言葉が出てくるのは自分の逃げを自覚しているからだったのではないか。ところがその「恐れ」の源を図らずもお峰が引き寄せてしまっていたから怒ったのだ。そして伴蔵が明らかに狼狽しはじめたのは江戸にいた時分のことをお峰が言い出してからだった。罪を晒されて運命共同体だと思ったお峰が自分を破滅させることもできると、そう思ってしまった哀れな男だった。お峰はただ伴蔵から離れたくない一心だけだったのに、もうその心がみえなくなっていた。自分が生きていくために、お峰が邪魔になってしまった瞬間。そうして必死にお峰を殺したものの、殺して良かったんだろうか?という狼狽と我に返ってお峰への愛惜の狭間での怯えがあった。伴蔵@染五郎さんは人を陥れて成功した後ろ冷たさ、恐れをうまく造詣してきていました。

お峰@七之助さん、前回以上に愛する男のために生きている女になっていました。女の底にあるしたたかさは完全に無くなり、一途に伴蔵を思う可愛いお峰になっていました。伴蔵のことが好きで好きで仕方がなく、ぽんぽんと言い放つ口調は強いもののなるべく伴蔵が心地よくいられるように頑張ってる女性。まずは自分より旦那が大事。お金が欲しかったわけじゃないんだなあと。幽霊にお金を吹っかけるのもまずは旦那の命が大事でまさかほんとにお金が入るとも思っていなかったからだろう。でもお金が入ったことでもっと楽に暮らしができると夢は広がっただろう。だからこそ逃げてきた先で夫婦は一緒に必死になって働いたんじゃないかな。元手があったからといって商売なんて簡単に成功するものじゃない。それがあっという間に成功したのはそのせいだろう。

しかし成功すれば、必然的に忙しくなり使用人も使い、二人きりでいる時間が少なくなり、じゃれあうことも出来なくなってしまったんじゃないかな。また成功したことで漠然とその幸せが罪を背負ったことで成り立っていることへの後ろ冷たさにも繋がったのだろう。そこで伴蔵は逃避した。でもお峰は伴蔵の恐れに気が付かない。どこかその後ろ冷たさを感じながらも旦那と一緒であればそれでいい女だからだ。だから勘違いをする。伴蔵が自分のことが好きじゃなくなってしまったのではないか、その恐れのほうが強い。以前のように一緒にいたい、捨てられたくない、その想いがばかりが募って強い不安に陥ってしまっている。そして伴蔵の不安を悟れずに追い詰めてしまうのだ。言っていけないことを不安のあまりに口走る。それゆえに決定的な溝を作ってしまったことに気が付かない。伴蔵が自分のほうをまた向いてくれたと、そんな哀しい勘違いをしてしまう。その後の大詰で伴蔵と一緒に歩いている時の笑顔がとても切ない。殺される時もなぜ殺されるのかわかっていない。お国に嫉妬し、なぜこうなってしまったんだろう?と戸惑いのなか、叫ぶことすらせずに小さい声で「助けて、助けて…」と。その「助けて」が「私を捨てないで捨てないで」と言っているかのようにもみえた。殺される恐怖だけでなく伴蔵が自分を見捨てたんだという恐怖がそこにあった。誰にも渡したくない、それゆえに引寄せる、渾身の力で。離さない、何があろうと離さないと。そしてただ引きずり込むだけでなく伴蔵を抱きたい、そんな様相にみえました。

お露@七之助さん、新三郎@染五郎さんは無垢で純粋な恋ゆえの悲劇。お互い想いあっているのに世間知らずのために周囲の思惑でタイミングがずれ生と黄泉の世界へと離れ離れに。境界線を越えた愛情はよりお露@七之助さんのほうが強い。どうしても添いたい。それゆえに新三郎を自分の元へと引き込んでいく。その冴え冴えとした執着の炎がみえるかのようだった。そして新三郎@染五郎さんはやはり魅入られてしまうだけの隙のある浮世離れした空気の持ち主。「死」への恐れはあっただろうけど、お露に惹かれる気持ちは本物。だからその死顔はおだやかで美しい。

お国@吉弥さん、源次郎@亀鶴さんは愛欲の果て悲劇。肉欲に絡みとられた愛情と家督相続の金狙いの両方が結びついた愛と欲との二人連れ。そのために短絡的に人を殺し、結果逃げる羽目に陥り落ちぶれる。地獄をみたゆえか運命共同体のように深い部分で離れられなくなった二人。懺悔しながらもお国@吉弥さんの愛ゆえの開き直りが源次郎@亀鶴さんを追い詰め、錯乱のうちに源次郎は自死し、図らずもお国は源次郎の腕の中で突かれ心中のように死んで行く。

お国@吉弥さんはしたたかに生きる女の逞しさのなかに惚れた男は離さない情の深さをみせていく。積極的な色気が凄かったです。千穐楽では生キスしてました…(驚)。源次郎@亀鶴さんは強い女に振り回されながらもどうにも離れられない気弱さをみせてきていました。前回拝見したときはお国、源次郎はどこか気持ちがすれ違っていたように思いますが今回はどうにも離れられない二人という関係性に変化していたように思います。

久蔵@亀蔵さん、純朴で単純な久蔵をとってもキュートに演じてくださいました。ふんわりとした間合いが楽しいです。

お絹@ 宗之助さん、酌婦としてしたたかな世慣れた風情のなかにも気遣い優しさをほんのり感じさせ絶妙なバランス。普段、女形をする時は世慣れない娘を演じることが多いので新鮮でした。また今回、宗之助さんってこんなに上手だったっけ?(失礼)と思いました。亡くなられた師匠(宗十郎丈)の空気感を少し感じさせました。

お梅@新吾くん、女形が身についてきたなと思いました。体は大きいですけど純朴で可愛い娘でした。

お米@萬次郎さん、相変わらずキャラが立っています。自分の恋が実らなかった分、お露の恋を成就させようという執念が感じられました。

三遊亭円朝@勘太郎さん、なぜかちょっと緊張しているようにみえました。やはり落語家風情はあまりないですね。やはり難しいのでしょうね。しかし「物語」を伝える語り部としての役割をしっかり丁寧に演じていました。

『高坏』
次郎冠者@勘太郎さん、前回観た時より踊りに緩急がつき、またかなり高下駄タップが進歩していました。前回は台詞の調子や声がお父さんにとても似ているな、という部分ばかり目に入りましたが、今回は親子の違いもよくみえました。勘太郎さんの愛嬌は一生懸命な可愛さなんだな~って思う。一生懸命に高坏探して、一途にお酒が好きでって感じなんですよね。そこにほのぼのします。踊りに関しては勘三郎さんの情景描写のうまさ、高下駄タップのうまさがつい思い出されてしまい、そういう意味で勘太郎さん大変だなあと思ってしまいましたが、でも本当にこれからもっともっと素敵になっていくだろうと感じさせてくれてとても良かったです。

高足売@亀鶴さん、今回は伸び伸びと楽しそうに演じていらっしゃいました。なので踊りものびやかになっててとても良かったです。また、少しばかり肩に力が入りすぎている勘太郎さんを一生懸命ほぐしてあげよう、というような気遣いも感じられ、いい役者さんだなあとしみじみ。

大名某@亀蔵さん、丁寧に端正に。ほのぼのとした可愛らしい大名です。

太郎冠者@宗之助さん、出すぎず茶目っ気を出しての太郎冠者。意地悪にならないところが良いです。