Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

国立大劇場『京乱噂鉤爪― 人間豹の最期 ―』1等B席2階上手寄り

2009年10月12日 | 歌舞伎
国立大劇場『京乱噂鉤爪― 人間豹の最期 ―』1等B席2階上手寄り

乱歩歌舞伎第二弾『京乱噂鉤爪』ですが、すでに観た友人たちから「ちょっと脚本が……」「良くも悪くも突っ込みたい!」という感想。確かに、今回は原作もなく、完全な新作で人間豹の続編をそれもまだ新人の脚本家の岩豪友樹子さんに書かせる、という時点で難しいだろうなあとは思っていましたが…。「そうかあ、面白くなかったら残念かも~」と期待値が下がっての観劇でした。そのせいか?あらあら、普通にというかかなり楽しめちゃいました(笑)。とはいえ、相当突っ込みどころ満載というか、これはもっとなんとか…という文句もいっぱいですが…。

基本、前作の突っ込みどころ満載だったけどきちんと歌舞伎だった『江戸宵闇妖鉤爪』ほうが好きです。でもいいの、大子ちゃんが可愛かったから(笑)。とにかく大子ちゃんが個人的にツボでツボで。そのほかにも番頭と丁稚に義太夫をうならせたり、『京人形』『戻橋』等のパロディがあったり、乱歩歌舞伎としては『ひとでなしの恋』『鏡地獄』のオマージュがあったりとネタ的な擽りが満載だったのもわりとツボ。

さて、内容ですがまずはサブタイトル詐称疑惑?私から観たら『京乱噂鉤爪― 人間豹の最期 ―』ではなく『京乱噂鉤爪― 大子の恋 ―』もしくは『京乱噂鉤爪― 鏑木の野望 ―』でした。

だって今回、人間豹の恩田乱学がタダの脇役。しかも人から解放されるために逃げ出したのに鏑木幻斎に操られ、矜持のない殺戮者になってるのはどうして?一応、前作では恩田なりの美学があったのに…。今回、恩田の存在意義がなかったです。あそこまでキャラを矮小化する必要はないと思うのだけど…。しかも大筋の脚本が荒いというか、大筋の対決構造や、キャラクター造詣(特に恩田)や物語構築の部分で色々とブレてるし、説明台詞が多いし、芝居の脚本としては荒すぎかなあ。特に二幕目以降、肝心の恩田と明智が全然と言っていいほどきちんと描かれていないのがどうにも。だから人間豹の死が際立たないし。ラストの明智の台詞も取ってつけたような感じだし。かといって、鏑木幻斎と鶴丸実次の対立軸も全然だし、う~ん、う~ん。

ということで大筋の物語は残念ながら薄すぎです。演出は一幕目はちゃんと歌舞伎味があったけど二幕目は歌舞伎味がほとんど無しで、個人的には二幕目ももう少し歌舞伎味に拘ってほしかったかな。テンポを早くしたかったせいか、色々と余韻がないし、大子ちゃんや鏑木の最後など印象に残せるはずの場が流れていってしまうところが多々あり。

演出は幸四郎さんのやりたい放題な感じの部分で、舞台転換、舞台装置、舞台美術は見事でした。歌舞伎味うんぬん外して、国立の舞台機構を存分に使ったセットは褒めたいです。これだけでも一見の価値ありなくらい。また筋交えの旋回での宙乗りは染五郎さん自身が言い出した演出だそうで、体張ってるだけにここも盛り上がる。

また大筋の部分は不満だったんですが反対に場面、場面はとっても楽しかったり面白かったりしました。そういう意味でまったく飽きずに楽しめました。これはなんなんでしょうね?今回は演出と舞台美術と役者さんたちの力だろうと思う。脚本があれだけグダグダなのにそれなりにと面白く見せられる、というには感心します。新作なのに稽古日数がたった5日。新作歌舞伎の稽古日数のなかでは最短とか…。それをここまでに仕上げてきたことには敬服します。そういう意味でカーテンコールでキャスト全員、黒子さんまで出てきて挨拶してくれたとこでは実はじ~んと感動してしまったりもしました。

そして何より、何が気に入ったって(はい、文句をかなり言ってるわりに実は相当気に入っているかも(笑))、新たに登場したキャラクターたちがとっても良くて。特に大子ちゃんがお気に入り。

大子(みすず)@染五郎さんが、とにかく可愛いんです~~!!大福を美味しそうにパクつく、おでぶな大女なんだけど、純粋で気持ちが優しくって健気で。おぼこな超らぶりーな女の子なんです。可愛い、可愛いよ~~。気持ちがほっこりします。実次@翫雀さんと幸せになって欲しかったなあ。実次さんとのでこぼこカップルもほのぼのして可愛かった。

実次@翫雀さんの世間知らずな夢見がちの優しさは頼りにならなかったりする部分もあれど大子ちゃんの事だけは絶対に幸せにできただろうなあ、なんて思いました。実次@翫雀さん、ああいう甘ちゃんだけど憎めないような役、いいですねえ。いわゆる上方の優男のつっころばしとかとは違う甘さのあるキャラでした。

恩田@染五郎さんは、前回以上に激しいアクションをこなして頑張っていたんですが、そもそも大筋のなかで今回恩田の存在意義がほとんど無く、その部分でだいぶ影が薄かった。それだけでなく「悪の美学」がないので得体の知れない不気味さの部分でのカッコよさという部分がだいぶ減じていて残念だった。宙乗りとラストのところはさすがに魅せてきましたが。最初の場のアクションは染五郎自身だそうです。動きが激しいので吹き替えの方では?という疑惑があるそうで、そう思われるのが不満だそうで(笑)。殺された大子ちゃんと対峙する入れ替わる場面までのシーンのつなぎの部分はさすがに吹き替えさんでした。体型が明らかに違います。それ以外はしっかり染五郎さんご本人ですね。

鏑木@梅玉さんがひとでなしの恋のキャラで、S系のいや~んな役をまあ楽しそうにエロく演じています。意外と新作歌舞伎がいけますね。新歌舞伎がお得意だからかな。ほんと違和感なく一番乱歩的なキャラを活き活きと。なんといいますか変質系のいやんな悪役の存在感があって、梅玉さんの新たな魅力発見という感じでした。にしても鏑木ってほんとイヤなキャラでして、それをしっかり演じてくださったので花がたみに振られてざまーみろ、って思いました(笑)

花がたみ@梅丸くん、可愛い綺麗なお人形さんでした。凄いわ~、全然動かないもの。踊りも頑張っていたし、このキャスティングは大当たりっ

そしてもう一人、丁稚長吉@錦成くんもとっても頑張っていました。口三味線のお稽古、相当したんだろうなあ。健気な丁稚小僧くんでした。

この二人、同世代の部屋子同士、頑張ってますねえ。

番頭@錦弥さんには泣かされました。最初は錦弥さんの義太夫が聞けたという貴重感だったんですけど、長吉に最後聞かせてあげるいろは送りで、グッと泣けてしまいました。仲良し番頭はんと丁稚はんだったんだなあって伝わってきました。

綾乃@高麗蔵さん、うわあ、今回も微妙にエロ担当?(笑)。前作同様に切ない、薄倖の女でした。

あ~、こうしてみると女子キャラはわりかしちゃんと描かれてるのよね。脚本家が女性だからかな?反対に男性キャラの書き込み不足と対立構造に対しての構成の甘さがもったいなかったなあ。あと、芝居台詞に成り切れてない説明台詞とかも。色々と楽しかっただけに残念な部分につい突っ込みをいれたくなります。岩豪さんにはもう少し「歌舞伎」「芝居」って部分へのこだわりと物語を転がしていく手法を勉強していただけたらなと。細かい部分ではなかなか良いのを持っていらっしゃるし歌舞伎の女性脚本家は今までいなかったことを考えると応援はしてしたいです。

文句も書きましたが相対的に楽しかったです!そしてしつこく大子ちゃんラブ!!

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『京乱噂鉤爪― 人間豹の最期 ―』

市川染五郎=原案
岩豪友樹子=脚本
九代琴松=演出
国立劇場文芸課=補綴

京乱噂鉤爪(きょうをみだすうわさのかぎづめ)二幕十二場

― 人間豹の最期 ―
   
市川染五郎宙乗り相勤め申し候
 
国立劇場美術係=美術          

第一幕 プロローグ 伏見近辺
    第一場   烏丸通り・きはものや
    第二場   三条・鴨川堤
    第三場   化野・鏑木隠宅
    第四場   一条戻橋
    第五場   今出川・鴨川堤
    第六場   羅城門

第二幕 第一場   四条河原町
    第二場   化野の原
    第三場   鏑木隠宅
    第四場   如意ヶ嶽の山中
    エピローグ 大文字を望む高台

(出演)
明智小五郎-----------------松本幸四郎
松吉 実は鶴丸実次---------中村翫雀
綾乃-----------------------市川高麗蔵
甲兵衛---------------------松本錦吾
女房 お勝------------------澤村鐵之助
妙光尼---------------------中村歌江
同心 文次------------------中村松江
恩田乱学/大子(みすず)----市川染五郎
鏑木幻斎-------------------中村梅玉

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