読書日和

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「あの家に暮らす四人の女」三浦しをん

2015-09-23 20:34:50 | 小説
今回ご紹介するのは「あの家に暮らす四人の女」(著:三浦しをん)です。

-----内容-----
謎の老人の活躍としくじり。
ストーカー男の闖入。
いつしか重なりあう、生者と死者の声―
古びた洋館に住む女四人の日常は、今日も豊かでかしましい。
ざんねんな女たちの、現代版『細雪』。

-----感想-----
好きな作家である三浦しをんさんの最新作。
何となく帯の紹介文からドロドロした物語なのかなと思いましたが全然そんなことはなく非常に楽しい作品でした。

物語の中心人物は鶴代、佐知、雪乃、多恵美。
佐知は刺繍作家であり刺繍教室も開いています。
鶴代は佐知の母で、雪乃は佐知の友達、多恵美は雪乃の会社の後輩であり佐知の刺繍教室の生徒でもあります。
鶴代は70近く、佐知と雪乃は37歳、多恵美は27歳です。
女ばかり四人で奇妙な共同生活をしています。

四人が暮らす庭つきの古い洋館は東京の杉並区にあります。
善福寺川が大きく蛇行するあたりにあり、電車の最寄り駅はJR阿佐ヶ谷駅とありました。
もともとは鶴代と佐知の牧田家二人が住む家で、そこに雪乃と多恵美がそれぞれ事情があって転がり込んできました。
四人で共同生活するようになって一年経っています。

杉並区について佐知から見た印象が書かれていました。
郊外とも都心とも言えぬ中途半端な立ち位置で、どっちつかずの眠ったような町とありました。
また、半グレの構成員は杉並区と世田谷区が多いとのことです。
“半グレ”(はんグレ)とは堅気と暴力団の中間に位置し、暴力団に所属せずに犯罪を繰り返す反社会的集団のことです。
杉並区には極左活動家が多いのは把握していましたが反グレについては知りませんでした。

牧田家の敷地には山田一郎という80歳の謎の老人が住んでいます。
守衛小屋と呼ばれる、牧田家の表門を入ってすぐのところにある小屋に住んでいるのですが、守衛というわけではありません。
佐知は山田のことを「居候とも使用人とも家族とも言いがたい微妙な立ち位置の存在」と言っていました。
山田は今は亡き鶴代の祖父に恩があり、本人は鶴代と佐知のお目付役の気でおり、頼んでもいないのに「二人をお守りせねば」と使命感に燃えています。

多恵美には本庄宗一という元彼がいるのですが、この人がストーカーになり、多恵美のことを付け回しています。
多恵美が鶴代と佐知の家に転がり込んだのは本庄から逃れるためでした。
物語が進むとこのストーカー、本庄の影が迫るようになります。

佐知はたまに
「ねえ、気づいてる?私たち、『細雪』に出てくる四姉妹と同じ名前なんだよ」
と言います。
それで小説の帯に「ざんねんな女たちの、現代版『細雪』」とあったのかと思いました。
『細雪』に詳しい人ならすぐに気が付いたかも知れません。

この作品には時折古風な言葉や良い表現が出てきます。
「おぽんち娘」は初めて聞く言葉で、意味を調べてみると「坊っちゃん的なぼんぼんの娘」という意味かなと思いました。
「花のもとで宴会をしたり、そぞろ歩いたりする人々は、さながら雲の下を行き交うツバメのごとしだ」
これは読んでいて良い表現だと思いました。
三浦しをんさんの作品の中でも屈指の表現力に優れた作品だと思います。

語り手は佐知だけではなく、四人それぞれが語り手になっていきます。
雪乃が語り手になった時、洋館にある「開かずの間」がクローズアップされました。
「開かずの間」は鶴代によると物置がわりにガラクタを詰めこんでいるとのことですが、佐知は物心ついて以来鶴代がこの部屋へ出入りするのを見たことがありません。
鍵もなくなってしまったらしく、40年近く「開かずの間」となっています。
雪乃は元々住んでいたアパートの部屋が上階からの水漏れ被害に遭い、鶴代と佐知の住む洋館に転がり込むことになりました。
しかしある日、洋館の雪乃の住む部屋が水漏れ被害に遭います。
鶴代に「水難の相でも出ているのではないか。海や川には行かないほうが良いのでは」と言われていました。
部屋はリフォームすることになりそれまでの間佐知の部屋に居ることになったのですが、それも悪いだろうと思った雪乃は「開かずの間」を掃除して移り住もうとします。
しかしここには恐るべき物体があり雪乃は驚愕することになります。
悲鳴を聞いて佐知と多恵美も駆け付けるのですが、多恵美の話し方が語尾を伸ばす形でのほほんとしているために、緊迫した場面でも笑える感じになっていました。
開かずの間で発見されたものに最も動揺したのは佐知でした。
ちなみに佐知を落ち着かせるために「ノンカフェインのたんぽぽコーヒー」というのを飲ませていました。
たんぽぽを原材料にしていて味はコーヒーと同じとのことです。
私はたぶん飲んだことがなく、どんなものなのか興味深かったです。

「開かずの間」を開けたことがきっかけとなり、佐知が生まれてすぐに離婚し、一度も姿を見たことがない父親の話になっていきます。
鶴代は大学生時代、神田幸夫君という同級生の男と恋に落ちます。
大学は学生運動の真っ只中で、70年安保闘争の前哨戦の様相を呈していました。
鶴代が恋に落ちた神田君は学生運動に熱心で、ミンセイに入っているとありました。
何の因果か、ここでミンセイが出てくるとは思わず驚きました。
ミンセイとは民青同(日本民主青年同盟)のことで、日本共産党傘下の極左過激派暴力集団として知られています。
つい最近では安全保障法制に反対する大学生団体「SEALDs(シールズ)」と名乗り、民青同(日本民主青年同盟)という実態を隠して活動していることでも知られています。
小説には学生運動、ミンセイ、左翼運動、ゲバ棒、機動隊など、70年安保闘争当時を象徴する言葉が色々出てきていました。
学生運動は暴力を丸出しにした極左暴力活動であり、そんな人と恋に落ちてしまったのは鶴代の悲劇だったと思います。
この恋がきっかけとなり、牧田家は衰退することになりました。

この作品にはまれにフィクション的なできごとがあります。
鶴代の大学生時代のことを語ったのは「善福丸(ぜんぷくまる)」というカラスでした。
善福寺川の周辺を根城にしているカラスの中のカラス、カラスの集合知とありました。
善福丸の語りになると文体も変わり面白かったです。

物語の冒頭では冬の終わり頃でしたが、そこから春、梅雨、夏と、物語が進むとともに季節も進んでいきます。
四人それぞれ、人物像やどんな事情があるのかも明らかになっていきました。
多恵美に付きまとうストーカー、本庄とは決着を着ける時が来ました。
「追い詰められると”結婚しよう”と言い多恵美からお金を引き出すのは本庄の常套手段」とあり、酷い男だなと思いました。
ストーカー男に”結婚しよう”や”心を入れ替える”と言われるとあっさり騙されてしまう多恵美の悪い面も明らかになりました。

佐知も洋館に侵入者が来て窮地に立たされることになります。
そこではカラスの善福丸の時と同じく、かなり意外なものが語り手として登場しました。
そして「開かずの間」で発見された驚愕の物体も意外と役に立つことがあるのだなと思いました。

最後はまた古風な言い回しが出てきました。
「夜空を見はるかそう」で使われた「見はるかす」は、広い範囲にわたって遠くまで見るという意味だと知りました。
「ロウソクのかそけき灯り」のかそけきは幽けきと書き、今にも消えてしまいそうなほど薄い、淡い、あるいは仄かな様子を表す語とのことです。
この作品のおかげで奥深い日本語の表現に触れることができました。

冒頭に書いたとおり、読む前はドロッとした物語を連想していました。
しかし読んでみるとかなり楽しく読める物語でした。
三浦しをんさんらしさがよく出た面白い作品だと思います。


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2 コメント

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たんぽぽ茶 (latifa)
2015-10-27 14:55:03
はまかぜさん、こんにちは!
私も読みました^^
面白く楽しい小説でしたね。

はまかぜさんは、しっかり言葉を味わいながら読んでいらっしゃるんだなあ・・・と感心しました。
私なんて、筋を追うだけで、ちゃんと読んでないのでは?って思いました・・・。

感想に取り上げていらっしゃる、綺麗な言葉とか、気がつかずにいたのもあって・・反省。
しをんさんの小説、これからも楽しみですね♪
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latifaさんへ (はまかぜ)
2015-10-28 07:56:19
こんにちは!
ほんと楽しい小説でしたね^^
私の場合は言葉の意味を重視するので、見かけない言葉が登場すると目を留めることが多いです。
今作は三浦しをんさんの作品の中でも上位に来る表現力に優れた作品だったと思います。
新たに出てくる作品を読むのも楽しみです
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