東京里山農業日誌

東京郊外で仕事のかたわら稲作畑作などをしていましたが、2012年4月に故郷の山口県に拠点を移して同活動をしています。

箱型チャルカを手に入れるも、使い方がいまいち謎

2019年08月31日 | 綿栽培,糸つむぎ,織り,染色

 先日、糸を紡ぐためのチャルカをオークションで手に入れました。これまで、主に足踏み式の糸紡ぎ器を使っていましたが、セダンである私の車に乗せることが困難でした。そのため、車の中に無理やりねじ込んだりしたため、車輪が偏芯して使いにくくなりました。野外のワークショップやお祭りなどで糸を紡ぐことが少なくないため、小型の糸紡ぎ器がないかなあと思っていました。そんな時、小型なこの箱型チャルカを見つけました。決して安くはありませんが(¥10,000未満)、足踏み式よりははるかに安価です。一番の特長は、カバンに仕舞えるほど小型です。膝の上に載せても使えそうです。

       手に入れた箱型チャルカを組み立てて、糸を紡いでみる


 ところで、このチャルカには説明書がありませんでした。中古品なのでしょうから、説明書が入っていなくても仕方ありません。インドらしき南方系の文字が書かれていた紙にくるまれていました。使用上は問題ないようですが作り方がなんとなく雑です。車輪の一部が欠けていました。もしかして輸入流れ品かも知れません。田布施コットンクラブ会員のKさんがチャルカを持っていて、時々糸を紡いでいます。それを思い出しながら使い方を考えました。そして、いろいろ部品をいじくっていると少しずつ使い方が分かってきました。このチャルカは、糸紡ぎとは別にかせくり器としても使えるようです。

  カバンに入る大きさ     蓋を開けた状態     ハンドルを取り付け
  

 いろいろ分かってはきましたが、どうしても分からない使い方が三つありました。そのうち、三角形の部品がハンドルの取っ手(つまみ)であることが昨日分かりました。残る二ヶ所は分からないままです。チャルカの本場はインドですので、インドでは常識的な部品なのではないかと思います。今のところ、糸は紡げるので大きな問題はありません。しかし、謎の部品が気になって仕方ありません。

   かせくり器として使ってみる       先端がアルミの謎の部品
 

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秋の種まき準備のため、急遽畑を耕耘

2019年08月30日 | 草刈り,整地

 気が付いたら秋はもうすぐです。秋はいろいろな野菜や花の種をまく季節です。毎年栽培している野菜の一つにタマネギがあります。苗を購入しても良いのですが、数年前苗不足でタマネギを少ししか作れなかった年がありました。そのため、その次の年からタマネギは苗を自分で作っています。タマネギの種まきは9月です。そのタマネギの種をまく苗畑を作るため、空いている畑を開墾しました。

         タマネギの種などをまく畑を作るための耕耘


 空いている畑とは、春に小松菜やチンゲンサイなどを作っていました。そのままにしていたら、この夏に雑草だらけになっていました。その雑草だらけの畑をタマネギなどの秋野菜として使うことにしました。最初、雑草の下に眠っている黒マルチを引っ張り出してから、丁寧に耕耘機で耕しました。雑草の茎や根などの残渣がまだ残っていますので、あと2~3度丁寧に耕耘しようと思います。今後は、キャベツ、白菜、大根などの野菜の種まきをする畑を耕します。さらに、冬から春にかけて花が咲く、ビオラ、ひなげし、花菱草などの種をまこうと思っています。もちろん、クロッカスやチューリップなどの球根も。

  雑草に隠れた黒マルチを外す        耕耘機で丁寧に耕耘
 

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田布施町小年少児発明クラブ チャレンジ創造コンテスト作品の工作支援

2019年08月29日 | イベント,行事

 先日から夏恒例のチャレンジ創造コンテスト作品の工作支援をしています。今年は希望者が多く、6チーム編成で支援者も大忙しです。去年までは1指導者/1チームの編成をとることができましたが、今年は複数支援者/6チーム編成にするしかありませんでした。私は、一番工作が遅れており、かつチームワークがとれていないチームの支援をすることにしました。男の子3人のチームですが、ちょっとした取り合いやけんか、壊したり泣いたりで、その対応で目が回っています。やれやれです。現代の子供達の育ち方の一端を見たような気がしました。コンテスト(8月31日)まで作品ができるかどうか、毎日気が抜けません。

  3人と保護者が仲良くチャレンジ創造コンテスト作品を制作するチーム


 ざっと子供達を俯瞰すると、女の子だけの2チームは静かに楽しく作品を作っています。作品の特長は、工夫やからくりではなくファンタジーの世界を思わせる作品が多いように思います。工作と言うよりも美術に近いように思います。対して、男の子だけのチームは形がユニークなものが多いように思います。ただし、場当たり的で毎日のように形が変わります。いつ完成するのか不安です。保護者が支援者として入っているチームはさすがに完成度が高いように思います。

 いつ完成するのかな?   動力車がもうすぐ完成   でっかい車輪の制作
  

 自由で自主的な集団遊びの機会や経験が少ないからでしょうか、小学生はチームワークが不得意のようです。男の子は特に、俺が!俺が!的な自己中心的な子が少なくありません。譲り合い,忖度,いたわり,自発性、思いやりなどが未熟です。今の子供達は、何一つ不自由しない生活、兄弟間の葛藤を知らない生活、群れて遊ぶことを知らない生活、危険を知らない生活、時間単位で管理されている生活など、私には子供達が何かしら窮屈に育っているように思います。そのため、昔と比べて大人になるための経験値や環境が劣っているのではないかと思えます。・・・・子供達の将来を、さらには日本の将来を危惧しています。

   山車の上に載せる飾りを制作      山車に載せた楽しい世界
 

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雨の中、周防大島の源明山登山口下見と楽しいお昼

2019年08月28日 | ふるさと

 予定では、9月の島田~岩田史跡巡りウォーキングの下見でした。ところが、この雨で下見ウォーキングは中止となりました。そのため雨の中を車で、来年の史跡巡りウォーキング候補の一つである周防大島の源明山登山口を下見することとなりました。だいたいの場所を知っていました。その場所に到着すると、車を駐車する場所などを確認しました。数年前に行ったことがありますが、その時は道路が工事中でした。その道路が完成していました。本番ウォーキングでは、源明山に登った後に一昨年登った嘉納山へ行く予定です。源明山登山口を確認後、昼食をとるレストランに向かいました。

    レストラン「さぶろう亭」で談笑しながら美味しい食事に舌鼓


 なお、レストランでの予約時間まで時間的余裕があったため「道の駅サザンセトとうわ」に行きました。私は、イカせんべいやエビせんべいなどを買いました。レストラン「さぶろう亭」は4年前に来たことがありますが(当時の店名:アダージョ)、オーナーが変わったようです。料理を注文するとしばらく談笑しました。料理が出されると、さらに楽しく話しながら食べました。眼下に錦鯉が泳ぐ池、遠くに海が広がっていました。楽しい食事が終わると、柳井市街にある喫茶店に移って、来年の史跡巡りウォーキングなどの話をしました。一日中雨でしたが、楽しく過ごすことができた一日でした。ありがとうございました。特に、運転された方々、ありがとうございました。

  野外で料理を相談     さぶろう亭の建物    柳井市街の喫茶店
  

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西九州域 史跡&観光地巡りウォーキング(6/6)

2019年08月27日 | 歴史探訪他ウォーキング

   7月に西九州を史跡探訪した記録の続きです(最終)。遠藤周作文学館を出ると、外海(そとめ)地区の出津(しつ)集落にある外海歴史民俗資料館に向かいました。この資料館には、江戸時代から昭和30年代頃までに使われた古い道具や風俗が展示されていました。当時の家の中も再現されていて、私にとって一種懐かしい気持ちにさせる資料館でした。もっと展示を見たかったのですが、私以外はさっさと資料館の外に出てしまいました。後髪を引かれる思いで資料館の外に出ました。次に出津の教会堂を中心とした建物群を順次見学しました。

          外海の出津集落のほぼ中心にある出津教会堂


 憩いのパビリオンを見ると、ド・ロ神父記念館に行きました。記念館の中には、この地域の方々に技術を伝えるた品々が展示されていました。ド・ロ神父は明治時代に外海地区に来て、潜伏キリシタンだった方々を含めこの地域の方々の生活を豊かにするためにたくさんの技術を伝えました。展示品の中に、機械式編機がありました。明治時代にすでに機械式編機があったのですね。また、漁労に利用する網を作ったり補修する技術も伝えたようです。また小麦からバスタを作る技術も伝えたようです。現在お土産用として販売されているバスタの麺もその技法で作られているのでしょうか。

  外海歴史民俗資料館    資料館内の展示品   旧出津救助院でお土産
  

 ド・ロ神父記念館の見学が終わると、次に旧出津救助院に行きました。ここでバスタの麺などのお土産を売っていました。この時、バスタの麺を作っていたとされる建物も見たかっのですが、これまた時間が無く見ることができませんでした。続いて、出津教会堂に行きました。最初教会かと思ったのですが教会堂なのですね。教会と教会堂の違いは何でしょうか?それが分からないまま教会堂を見学しました。その後、外海歴史民俗資料館に戻りました。遠くの丘に遠藤周作文学館の建物が小さく見えました。

    外海大野集落の大野教会堂     川登SAで遅めの昼食休憩    
 

 外海歴史民俗資料館を出ると、大野集落に行きました。この集落を含めて、この地域は石積みに特徴があります。長崎に限らないのですが、海に面した斜面はほとんど平地がありません。そのため、石積みを工夫して田んぼや畑が作られています。主として漁労や交易など海に依存した生活で、従としてわずかばかりの田んぼや畑を耕していたようです。斜面で生活するには石積みや石垣が欠かせません。さて、大野集落に着くと、石積みをうまく利用して作られた大野教会堂を見学しました。個人的には
はゴシック建築の華麗な教会よりも、この大野教会堂の方が落ち着いた感じがします。

 坂本八幡宮を参拝   「敵国降伏」筥崎宮を参拝   古賀SAでお土産を
  

 大野教会堂を出ると長い家路につきました。途中、川登SAで遅めの昼食を取りました。確かここで、私はお土産として小城(おぎ)羊羹を買いました。そして、しばらく高速を走って「令和」に関わる坂本八幡宮を参拝しました。その後、三大八幡宮と言われる筥崎宮を参拝しました。蒙古襲来時の「敵国降伏」が本殿に掲げられています。日本史には必ず出てきますが、実物を見たのは初めてでした。筥崎宮を出ると、途中、古賀SAと美東SAに寄った後、一直線に田布施に向かって帰りました。今回の史跡巡りに参加された方々お疲れ様でした。特に、運転をされた2名の方、ありがとうございました。

     訪れた、武雄~長崎~キリシタン史跡などのルート

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各種綿が開花中、秋に綿の収穫

2019年08月26日 | 綿栽培,糸つむぎ,織り,染色
 夏も終わりに近づいて綿畑は賑やかです。ほとんどの綿は花が咲いています。この賑やかさだと、秋は綿の収穫で忙しくなりそうです。ところで、今年の綿作りで大失敗したことがあります。それは、和綿が芽生えた時にネキリムシの被害にあいました。全滅の株がたくさんありました。その後、その株に和綿の種をまいたつもりでした。ところが、間違えて洋綿の種をまいたようです。和綿の中に洋綿が花を咲かせていて、そのことに気が付きました。今、洋綿と分かりしだい株ごと引き抜いています。やれやれ。 
 
         特徴的な和綿の花、洋綿のようにピンク色にならず


 和綿の次に多く栽培しているのが洋綿(バルバゼンセ)です。去年と同じ畑で栽培しているのですが、育ちがよくありません。おそらく連作したための忌地(いやち)現象だと思います。去年同時期と比べて背が去年の半分程度しかありません。ただ、背は低くても花がどんどん咲いているため、綿の収獲はできそうです。今年初めて種をまいたジャンボコットン(品種不明)も順調に花を咲かせています。何故ジャンボコットンなどと言う名前があるのか、綿が収穫できてから分かると思います。他の洋綿と同じならば来年は栽培しないつもりです。
 
  ジャンボコットンの花   和綿に似た灰綿の花    洋綿(バルバゼンセ)
  

 ところで、灰綿の花が和綿の花にとても良く似ています。今まで洋綿と思っていたのですが、和綿と同じ系統品種なのでしょうか。さて、唯一花が咲いていないのが緑綿です。綿の色がやや緑色をしています。緑にむらがあるため、よくカーディングしないと均一な緑になりません。退色するようで結局灰色に近い色に落ち着きます。扱いにくい綿です。一番元気に花を咲かせているのが茶綿です。この綿は繊維が短いため、やや紡ぎに難点があります。しかし、最初から茶色が濃いので染色の必要がありません。綿の中で一番色が濃い茶綿です。

 これから花が咲く緑綿のつぼみ       元気に花を咲かせている茶綿 
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田布施コットンクラブ 藍染めと玉巻きほか

2019年08月25日 | 農業体験

 8月最後の田布施コットンクラブの活動をしました。今回は、皆さんに藍染めの初歩を体験していただきました。藍染めと言うと普通、紺屋(藍染めを仕事にしている家)さんに行って白い布やシャツを藍色に染めます。一昨年のことですが麻里府で藍染めしましたが、とても紺屋のようにはいきませんでした。今回は誰でも容易にできる生葉藍染めをしました。生葉藍染めに使った藍の葉は、5月に移植した藍の葉です。生葉藍染めは、取り立ての新鮮な葉を使うことが一番のポイントです。

         生葉藍染めの作品を窓ガラスに貼って鑑賞


 藍染めする前に藍畑に行きました。藍が育っている畝は20m位です。各人散らばって一番良さそうな葉を選んで収穫しました。室内に戻ると、布の上に藍の葉を好きな形に置きます。さらに、布と葉をサランラップで覆います。そして、金づちで叩きます。葉汁が布に染みるほど強く叩きます。葉の形が出るように、葉の周辺を特に強く叩きます。叩き終えると、布を取り出して流水で洗います。葉脈などの繊維分が残らないように強くごしごしと洗います。すると、布に葉の形に藍染めが残ります。

  新鮮な藍の葉を収穫     金づちでトントン    流水で布をごしごし
   

 各人、さまざまな形に葉を置いて生葉藍染めをしました。そのため、いろいろな作品が出来上がりました。作品はハンカチにしてもいいし、コースターにしてもかまいません。生葉藍染めが終わると、前回に続いて玉巻きをしました。今回は、Kさんと私の2台の玉巻器を使いました。私は相変わらず経糸作りに専念しました。疲れた頃に皆さんと楽しく談笑しながら休憩をとりました。

    藍葉の表と裏で染めた作品       みんなで楽しく玉巻き作業
 

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天に刺さるように育つサトウキビ

2019年08月24日 | 歴史探訪他ウォーキング

 背がなかなか伸びなかったサトウキビが、8月に入ってからだいぶ大きくなりました。高さも3m近く伸びているため、私がいくら背伸びしても先端を見ることができません。また、根本から別の葉が伸びてきました。茎の太さも3cmはありそうです。ただ、サトウキビの株の数が6株位ですので、秋に茎を収穫して絞っても黒砂糖を作ることができるか微妙です。田布施産黒砂糖はまだまだ先の事になりそうです。田布施町でサトウキビ栽培が難しい一番の原因は寒さです。10本の茎を越冬させても、寒さで半分くらいは枯れてしまいます。また、越冬できても育つのはさらにその半分です。そのため、なかなか本数を増やすことができません。

            真夏の青空に向って背伸びするサトウキビ


 越冬の方法をいろいろ試していますが、今年は畑で越冬できたサトウキビが2株ありました。野外でも越冬できるのです。寒さが緩和されるように、株元に土を山のように盛るなどの工夫をしたからだと思います。一方で、茎を室内で越冬させるには温度と湿度を保つ必要があります。1月まではどの茎も青々としていますが、2月~3月の間に変色して枯れてしまいます。この期間、暖かい日に太陽光を当てると生存率が上がるようです。この冬も試行錯誤が続きます。

   太くなったサトウキビの茎       サトウキビの葉の上にバッタ
 

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懐かしいフォークソングと美味しいバーベキュー

2019年08月23日 | イベント,行事

 夕方郷土館の仕事が終わると、去年に続いて開催された田川邸での「懐かしい昭和のフォーク・ソングとバーベキュー」の催しに参加しました。仕事が終わる頃に、すでに催しはスタートしていました。駐車場が混んでいるのではないかと思いバイクで行きました。しかし、バイクで行ったのは凶でした。雨が降ってきました。カッパに着替えて田川邸に向かいました。田川邸に着いた頃には、すっかり雨があがっていました。カッパを脱いで、歌っている皆さんの間にそろりと忍び込みました。前半の部が終わる頃でした。

        みなさんと一緒に、懐かしいフォークソングを歌う


 我々の世代は若い頃、パソコンもスマホもDVDもない時代でした。そのため、ほとんどの若者はフォークソングを歌うことが楽しみだったように思います。私は歌が下手なため、フォークソングは歌いませんでした。しかし、JAZZが好きでビッグバンドでトロンボーンを演奏していました。そして、今ではすっかり有名になったフォークソング歌手(赤い鳥、海援隊、青い三角定規、高橋真梨子など)の前座で演奏したものでした。

   ギターやWISHに合わせて歌う     歌った後、前庭でバーベキュー
 

 今回歌った中には、私の実体験と重なる歌がいくつかありました。歌っているとつい当時の情景を思い出してしまいます。若い頃は悩んだり、迷ったり、ときめいたり、苦しんだり、嬉しかったり、傷ついたりと、仕事や私生活でいろんな体験をしたように思います。私にとって、20代は山あり谷ありでした。昨日のことのように昔を思い出しては、あの時の自分の選択は正しかったのだろうかとため息をつくことがあります。
 楽しい歌に美味しいバーベキュー、ありがとうございました。

        楽しい時間がどんどん進み、すっかり夜に

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稗(ヒエ)などの雑穀が出穂時期を迎える

2019年08月22日 | 麦,穀類,雑穀

 夜になるとコオロギなどの秋の虫がさかんに鳴くようになりました。それは虫に限りません。畑を見回ると、植物も秋への準備をしていることが分かります。それが一番良く分かるのが雑穀類です。稗(ヒエ)は握りこぶしほど大きさの穂が出ています。普通の人は、稗(ヒエ)と言うと田んぼに生えている雑草の稗(ヒエ)を思い出すでしょう。しかし、私が栽培しているのは、かつて田んぼができないような山間地域で栽培されていた食用の稗(ヒエ)です。15年位前まではまだ稗を栽培している家がありました。今では幻に等しい栽培植物ではないかと思います。

          大きな穂を出した、食用のための栽培稗(ヒエ)


 稗以外にも、粟(アワ)、黍(キビ)、シコクビエ、陸稲、穂モロコシなども栽培していました。粟,黍,そして陸稲はそう珍しい雑穀ではないため、今は栽培していません。30年位前、雑穀の調査のため山梨県など山間地域を巡りました。そして、その栽培や収穫をを手伝ったりしました。しかし、栽培する古老がだんだんいなくなると共に、栽培しなくなったりソバなどへの転換が進みました。古代から明治期までさかんに栽培されていた雑穀が無くなるのは寂しい限りです。それは一つの文化が無くなるのに等しいと思います。

  穂の形が特徴的なシコクビエ      穂モロコシ(餅のようにして食す)
 

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西九州域 史跡&観光地巡りウォーキング(5/6)

2019年08月21日 | 歴史探訪他ウォーキング

 7月に西九州を史跡探訪した記録の続きです。早朝に武雄のホテルを出ると、午前中は隠れキリシタン関連の史跡を中心に巡りました。長崎市を避けて半島の海側をどんどん進みました。やがて、右手へ曲がる道を進むと高台に教会が見えてきました。最初に訪れたカトリック黒崎教会です。駐車場を降りて教会を見学することにしました。急な石階段を登ると、レンガ作りと思われる重厚な教会が目の前に現れました。

           ゴシック建築を思わせるカトリック黒崎教会


 この付近は平地が無いためか、集落の中心と思われる高台に目立つように教会が立っていました。この教会の一番の特長は、ゴシック建築を思わせるような天井構造です。そして、教会に多いステンドグラスが左右の窓に並べられていました。日が当たると、彩色がとても見事です。今では珍しくないステンドグラスですが、当時に暮らしていた人々は目を見張ったのではないでしょうか。続いて、隠れキリシタンの方々が祈っていたと言われる枯松神社に行きました。

  急な石階段を登る   現れたレンガ作りの教会  左右の窓にステンドグラス
  

 カトリック黒崎教会は江戸時代が終わってから建築されました。キリスト教が禁教であった250年近い江戸時代は当然教会はなく神父もいませんでした。当時の人々は、枯松神社と呼ばれる神社を信仰しているように装ったようです。枯松神社のすぐ近くに雨をしのげる巨大な岩があります。その岩の下に信者の方々が集い信仰を守ったとのことです。ちょっとした油断で信仰が見つかることがあります。そのため、信者たち同士で結婚してひっそりと秘密に信仰を守り伝えたのでしょう。

  枯松神社へ行く途中の長い猪垣     雨宿りできるほどの巨大な岩
 

 日本では在来の神道と外来の仏教が併存しています。家の中に、神棚と仏殿があることは珍しくありません。もしかして、禁教前は神道も仏教もキリスト教も仲良く併存していたのかも知れません。一神教は通常、一つの神しか認めていません。その点、日本人は神道からして複数の神を認めています。当時も今も、たくさんいる神の一つとしてキリスト教を受け入れているように思えます。考え方によっては、日本人はどの神も受け入れる懐が深い民族と思えます。

  静かな枯松神社     遠藤周作文学館     遠藤周作文学館からの海
  

 枯松神社を見た後、少し先にある遠藤周作文学館に行きました。遠藤周作はキリスト教の考えに基づいた文学をたくさん書いています。私も読んだことがあります。海に面した高台に文学館があります。素晴らしい夕日を見ることができる場所です。なお、文学館内を見学する時間的余裕がなかったのはとても残念でした。いつか再訪したいと思います。次に、文学館から遠くに見える、外海歴史民俗資料館や出津教会に向かいました。

         訪れた、武雄~長崎~キリシタン史跡などのルート

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古いSONY製トランジスタラジオ TRANSISTOR-8の修理(1/x)

2019年08月20日 | 古ラジオ修理工房

 ここ最近、郷土館,少年少女発明クラブ,放課後子供教室,農作業,田布施コットンクラブなどの仕事やボランティアが忙しいため、本来の私の趣味である電子回路やラジオ修理などをすることができません。今日は朝から雨が降って何もできなかったため、久しぶりにトランジスタラジオの修理をしてみることにしました。たまたま手元にあった古いSONY製トランジスタラジオ TRABSISTOR-8です。ラジオ放送を聞くことはできるのですが、症状が二つあります。一つは音が小さい事です。音量を最大にしても耳を澄まさないと聞こえません。二つ目は音量調節のダイヤルがグラグラするのです。ラジオを落とした時に壊れたようです。

    古いSONY製トランジスタラジオ TRABSISTOR-8の回路基板


 ラジオの筐体を外して回路基板,電源スイッチ,音量つまみ,選局ダイヤルなどを露出し、回路基板を取り外しました。すると、基板構造がとても古いことが分かります。そもそも裏蓋を外すと、回路基板の裏側が見える珍しい構造です。基板の表側が見えるのが標準です。一時的に裏基板が流行ったのでしょうか。測定などのメンテナンスは裏基板が良さそうですが。能動素子であるトランジスタも古い物でした。JISの2SAxxxや2SBxxxなどではなく、SONY固有の2Txxxです。昭和30年代初期製造のトランジスタラジオではないかと思います。

  ラジオの表側      裏蓋を外すと裏基板    能動素子を記録
  

 使われているトランジスタは8個でした。周波数変換用の2T73,IF増幅用の2T75と2T76 2個,電圧増幅用の2T65 2個,電力増幅用の2T66 2個です。計8個のトランジスタが使われていました。これらのトランジスタは全てNPN型です。ちなみにSONY以外はPNP型です。ところで、音量つまみを固定する基板部分が破損していました。部品は無いので、この破損をどう直すか知恵の使いどころです。電源電圧は9Vです。安定化電源で9Vを供給しましたが、音量を最大にしても小さな音でしかラジオ放送が聞こえませんでした。気長に直そうと思います。

  壊れた音量つまみの基盤部分        9Vを供給した安定化電源
 

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田布施町少年少女発明クラブ 夏休みの工作が佳境に

2019年08月19日 | 子供の育成関連

 8月の夏休みの期間、田布施町少年少女発明クラブは一年で一番忙しい時です。4月から考えてきたアイデア工作を8月末までに完成します。さらに大変なのがチャレンジ創造コンテストです。全体的に工作が遅れています。8/30にコンテストをする予定でしたが、予備日である8/31に変更しました。子供達は予定がぎっしりの夏休みのようですが、保護者の方々も仕事に,学校行事に,クラブ活動に,帰省に,家族旅行に、と忙しいようです。ご苦労様です。昔の夏休みは自由時間がたっぷりありましたが、今は子供も保護者も予定がぎっしりの夏休みのようです。

           8月末までに仕上げるアイデア工作


 4月から続けてきたアイデア工作、すでに完成した子供達がいます。そのような子供達は、完成したアイデア工作の説明書を書きます。工作の名前,何の役に立つのか,苦労した所などを書きます。そして、使い方を図でも説明します。これは、自分の考えを他の人に理解してもらうための大切な勉強だと思います。まだ完成していない子供達、完成まで2週間程度しかありません。全員が完成できるように指導員がアドバイスします。

  糸ノコで板を繰り抜く   もうすぐ完成かな    図入り説明書を書く
  

 さて、大変なのはチャレンジ創造コンテスト作品の工作です。6チーム出場予定です。しかし、今回は学校行事と重なったため工作に来たチームは4チームでした。コンテストに出場する必須条件は、作った動力車と山車の2台が連結動作しなければなりません。このままでは4チームしか完成できず、2チームは出場条件を満たすことができないかも知れません。工作を指導する立場としては、やきもきする8月になりそうです。

 もうすぐ動力車完成の男の子チーム   ギアの組立てに苦労する女の子チーム     
 

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西九州域 史跡&観光地巡りウォーキング(4/6)

2019年08月18日 | 歴史探訪他ウォーキング

 7月に皆さんと西九州の史跡巡りをしたお話の続きです。天草の殉教公園近くで昼食を取ると、天草下島の西南方面に向かいました。目的地は崎津です。去年ユネスコの世界文化遺産に登録された崎津教会を中心とした集落です。平日だったためそれほど混んでおらず、集落をのんびり散策することができました。島原の乱の地から遠く離れていたためそれほど迫害は無かったようです。しかし、ここの住民の中で隠れキリシタンの方々は、江戸時代を通じて小さな漁村であるこの崎津でひっそりと暮らしていたようです。お話を聞くと、今この崎津地区でも少子高齢化が進みキリシタン文化を守っていくのが大変とのことでした。

       崎津地域を代表するカトリック建築のキリスト教会


 最初に崎津教会を見学後、元々は旅館だったみなと屋に行きました。みなと屋の展示室で隠れキリシタンに関わる資料を見学しました。隠れキリシタンの方々は、表向き仏教か神道の信者となって幕府に見つからないようにしていたのでしょう。そのため、教会の近くには神社やお寺がセットになって建てられています。200年近くも子々孫々キリスト教が伝えられたことには驚きます。それはそれは過酷な生活だったのでしょう。

 崎津教会に向かう     みなと屋でお話を聞く   神社から見た崎津地区
   

 キリスト教より先に伝来した仏教は鎌倉時代には大変な弾圧をうけました。民衆に寄り添った浄土真宗などは特に迫害を受けました。ヨーロッパでは権力者側だったカトリックが宗教改革で立場が弱くなりました。その反動として世界に布教活動するようになったことは何か皮肉のように思えます。当時の仏教者は権力者に取り込まれてしまい、民衆の心から離れていったのでしょう。そんな時に現れたキリスト教は新鮮であり、民衆の心をとらえたのではないかと思います。

   崎津地区にある仏教寺院     島原口之津港に向かうフェリー乗場の鬼池港      
 

 みなと屋で隠れキリシタンの展示を見た後、山側にある神社に向かいました。神社からは崎津地区が見下ろせました。神社仏閣と教会の建立場所に宗教の違いが表れているように思います。神社仏閣はほとんどの場合、集落を見下ろすようなやや高い場所にあります。これは古代からほぼ同じです。権力者の住む場所は高い位置に、貧しい民衆は田んぼの近くや海辺にあります。しかし、教会は集落の中心にあることが多いです。これは宗教が、民衆の上にあるのかそれとも民衆と共にあるのかの違いの現れではないかと思います。

島原半島口之津港に向かう  諫早のホテルに到着   誕生日の方を中心に乾杯
  

 崎津を出ると、天草下島を時計周りにぐるりと回って島原半島の対岸の港である鬼池港に向かいました。40年前私が20代の頃に来た時は、ひなびた港でしたが今は立派な港になっていました。何十台もの車が乗れるフェリーが接岸します。40年前に乗った小型フェリーを思い出しながら島原半島に向けて海を渡りました。対岸の島原口之津港に着くと、宿泊するホテルがある諫早に向かいました。ホテルに到着すると、皆さんと夕食をとりつつ乾杯をして歓談しました。そして、楽しい夕べが過ぎていきました。

      キリシタン史跡を中心に巡った天草・雲仙コース

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倒れた緑綿、起こして支柱に結ぶ

2019年08月17日 | 綿栽培,糸つむぎ,織り,染色

 台風が過ぎ去った後、畑を隅々見回まりました。すると、桃園近くに栽培していた緑綿が何本か倒れていました。緑綿は台風が来る少し前に草刈りをしました。草に埋もれるように育っていたため、とてもひ弱に育っていました。そのため、茎がとても細かったのです。倒れた理由は、「①ひ弱に育っていた,②台風による風,③雨のため葉が重くなった」です。その三つの理由が重なり倒れたに違いありません。倒れた緑綿を起こして支柱に結んでおきました。

            倒れた緑綿を起こし、紐で支柱に結ぶ

  太い支柱を根本に刺すと、根が傷んでしまうことがあります。そのため、なるべく細い支柱を刺しました。そして、麻糸でその支柱と緑綿の茎とを結びました。結ぶときは、八の字にして、あまりきつく結ばないようにしました。茎が倒れないようになれば、すぐに支柱を取り外します。他の綿に比べてあまり世話をしなかったため、背が伸びず小さいままになりそうです。そのため、今年緑綿は収穫量が少なくなりそうです。

  地面に倒れた緑綿    根本に刺した細い支柱   支柱と緑綿の茎を結ぶ
  

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