東京里山農業日誌

東京郊外で仕事のかたわら稲作畑作などをしていましたが、2012年4月に故郷の山口県に拠点を移して同活動をしています。

台風一過、枝豆を収穫

2019年09月24日 | 野菜:豆類ほか

 7月に種をまいた枝豆を収穫しました。枝豆は大豆の未熟豆のことで、緑色で柔らかいうちに収穫して食べます。枝豆畑に着くと、次々に枝豆を根元から抜きました。昨日の台風による雨で土が柔らかくなっていました。そのため楽々に抜くことができました。次に剪定バサミを使って、不要な根,葉,傷んだ鞘などを次々に切り落としました。そして、段ボール箱の中に入れました。そして、我家に持って帰りました。

          今回収穫した枝豆、無農薬のためか所々虫食い


 今回収穫した枝豆は、昨日の台風でや鞘や茎が泥で薄く汚れていました。そのため、水道の蛇口で綺麗に洗いました。改めて枝豆をよく見ると、販売している枝豆よりもやや痩せているように思いました。もう一週間ほど待ってから収穫してもよかったかも知れません。これら収穫した枝豆は、いつものウォーキング仲間に食べていただこうと思っています。さて、味はいかがなものでしょうか。

  根を掴んで引き抜く   剪定バサミで葉を取る     一束の枝豆
  

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涼しくなり、ようやく畑の草を刈り取り

2019年09月23日 | 稲:稲刈り,脱穀,精白

 数日前までは真夏のように暑かったため、家から離れている藍,茶綿と和綿,小豆,そして枝豆の畑を草刈りする踏ん切りがつきませんでした。ここ数日涼しくなってきたため、台風を前に重い腰を上げました。真夏の7~8月、ずっと草刈りしていませんでした。そのため、雑草が生え放題でした。さらに草の茎が硬くなっていたため、紐刃では草刈機に巻き付いてなかなか草刈りが進みません。そのため、鉄刃に切り替えて草刈りしました。

      カンナの花が咲く舗装道路側から草刈りから始める


 最初、カンナの花が咲く舗装道路側から草刈りを始めました。車に注意しながらの草刈りです。続いて、枝豆、小豆,和綿,最後に茶綿の両サイドを借りました。イノシシにやられたサツマイモも刈ろうと思いました。しかし、葉っぱや茎が茂っています。もしかして小さくても芋ができるかも知れません。そのため、11月頃までそのままにしておくことにしました。ところで、次回のコットンクラブではこの畑に入って、藍の葉っぱの収穫、綿の収穫、そして枝豆の収穫をしていただこうかと考えています。その後、収穫した綿で糸紡ぎなどしてみようかと思っています。

   綺麗になった舗装道路側      綿、藍、小豆、枝豆の間も草刈り
 

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古い松下製トランジスタラジオ AT-175 Junior の修理(1/x)

2019年09月22日 | 古ラジオ修理工房

 史跡巡りウオーキングの予定日でしたが、台風の影響で天候がすぐれず延期としました。そのため遅れていた草刈りをしたり、依頼されていたトランジスタラジオを修理をしたりしました。
 このトランジスタラジオはSさんが郷土館に持ち込んだものです。電源を入れても全く音が出ない故障です。郷土館ではおいそれと修理できません。そのため、修理するための道具や装置が揃っている我家に持ち帰りました。まずは、トランジスタラジオの裏蓋を開いて回路基板を調査しました。私は修理に入る前に、ラジオの状態を調べることから入ります。まずは回路の能動素子(トランジスタ)を調べました。

     〇はトランジスタ(トランジスタラジオ回路基板上の能動素子)


 このラジオに使われているトランジスタを見ると、日本工業規格JISの番号(2SAxxxなど)ではありませんでした。松下電器ががヨーロッパPhilipsとライセンス契約して製造したトランジスタではないかと思います。当時日本の技術ではトランジスタを作ることができなかったのです。日本で唯一トランジスタを作ることができたのはSONYです。その後のSONYの発展は、自前でトランジスタを製造できたことが理由です。SONY以外はアメリカやヨーロッパから技術を導入していました。

ラジオ AT-175jrの外観  裏蓋を外して二枚開き   壊れたイヤホン挿入箇所
  

 使われていたトランジスタは7個です。このトランジスタラジオで珍しいのは、局部発信が自励式ではなく他励式であることです。当時高価で貴重なトランジスタを1石減らすことができる自励式がコスト的にはとても有利です。しかし、電子回路的にラジオ放送を安定して受信できるには他励式が有利です。安くて小さなポケットラジオには、自励式の6石トランジスタが標準となっています。一方で、電波を安定的に受信する必要がある通信用ラジオなどには、1石多くトランジスタが必要な他励式が採用されています。つまり安価なラジオには自励式、性能重視のラジオには他励式が使われていました。

  イヤホン端子とスピーカー端子    壊れていたイヤホン端子の金具A,B 

  さて、このトランジスタラジオを二枚開きにして外観的な破損個所を探してみました。すると、イヤホン端子の一部が壊れて欠損していました。イヤホン端子の接触不良で音が出ない故障は意外と多いものです。上画面の金具AとBを接触させると、わずかに音が出ました。このラジオの音が出ない第一の原因がイヤホン端子の破損でした。ただ、金具AとBを接触すると無音ではないのしてもあまりに音が小さいので、まだまだ故障個所がありそうです。このラジオの回路図があったので、次回は電子的な故障原因を探そうと思います。

  このラジオの電子回路(高周波部)     このラジオの電子回路(低周波部)
 

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田布施町郷土館 城南 吉井地区 原で移動郷土館(歴史講話)

2019年09月21日 | イベント,行事

 7月に麻郷公民館の生きがい教室で、古代から現代までの麻郷の歴史について講話をしました。さらに、蓄音機による音楽鑑賞や、16mmフィルムによる懐かしい映画(名犬ラッシーなど)の放映をしました。今月は田布施町宿井吉井地区の原で同じように原地区の歴史について講話をしました。歴史は地区によってみな違いがあります。そのため、事前に地区ごとの古代からの歴史を入念に調べておく必要があります。そのため、地区ごとにお話する内容が違います。古代ついてはその地区の縄文や弥生遺跡などを、奈良時代以降はその地区の神社仏閣の由来や歴史的事件についてお話しをします。戦後は、その地区の変貌,発展,お祭りなどについてお話をしています。

        興味深く故郷の歴史講話を聞いてくださる原地区の方々


 ところで、今や明治生まれの方はほとんどいません。そのため江戸期や明治期の歴史を調査することが極めて困難です。先日、高齢化に伴う郷友会の解散に伴い、必要が無くなった戦後の郷友会活動資料を寄贈していただきました。第二次世界大戦を語り継ぐ方がどんどん亡くなっています。資料に残したいと思ってはいますが、なかなか思うようになりません。歴史を知ることは、今を生きる私達の成り立ちやルーツを知ることだと思います。月に1回程度のペースで各地を回りながら、歴史を中心とした講話(移動郷土館)を続けています。

  皆さんが来る前に機器を設置        蓄音機による音楽鑑賞
 

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田布施町少年少女発明クラブ アイデア工作の出品

2019年09月20日 | 子供の育成関連

 一昨日、田布施町少年少女発明クラブのアイデア工作を山口市内の山口県発明協会に持って行きました。作品点数は39点で例年よりも大幅に増えました。マイクロバスにその作品を積んで、同乗した3人が積み下ろしをしました。一番大変だったのは、その作品すべてを発明協会の方に説明したことです。どんな工夫をしたのかうろ覚えの作品があり、冷や汗ものでした。さてどんな評価が下されるでしょうか?

           山口県発明協会がある山口市内のビル(10F)


 この8月までの活動は例年以上に大変でした。田布施町少年少女発明クラブ始まって以来の大人数(37人)だったのが原因かも知れません。ちなみに本来の定員は30人です。子供が多すぎて指導員が1人1人に丁寧にアドバイスできなかったり、工作しないで遊んでいる子供達が散見されました。発明クラブは遊び場でないので、来年度は自発的に工作できる子供に絞った方が良いのではとも思えます。まずは適正人数に戻すことでしょうか。来年度募集の検討課題です。
 さて来月は木工作です。37人分の長い板を用意しなければなりません。私の車であるセダンには多くても20枚位しか長い板を詰めません。木材屋さんとを2往復することになりそうです。

 工作を運んだ南斗号     発明協会に運びこむ    アイデア工作を説明
  

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防府市 山頭火ふるさと館などを訪れる

2019年09月19日 | 歴史探訪他ウォーキング

 田布施町郷土館が所蔵している江良碧松の自由律俳句などの資料を、防府市山頭火ふるさと館の「山頭火・白船・碧松 周防三羽烏」展に貸し出しています。今回江良碧松関連の資料がどのように展示されているのか、また山頭火や久保白泉の勉強も兼ねて、いつもの仲間と一緒に山頭火ふるさと館に行ってきました。秋らしい真っ青な日差しの中を、防府市の史跡である防府天満宮や毛利博物館なども楽しみました。なお、「山頭火・白船・碧松 周防三羽烏」展は9/13~12/8です。

           防府天満宮近くの山頭火ふるさと館


 山頭火ふるさと館は防府天満宮の入口近くにあります。その場所は何年か前に火事になったそうで、その跡地に山頭火ふるさと館を建てたとのこと。なかなか立派な建物です。内装も山頭火を中心に展示されています。防府市と田布施町では財政規模が比較になりません。田布施町郷土館はふるさと創生資金で内装にはうん千万円かけたようですがが、全体的に安くするためか建物は借家です。山頭火ふるさと館は建物も内装も新しいので、土地の取得費を含めて億のお金がかかったのではないでしょうか。

  途中寄った富海PA   美味しそうなさしみ料理     防府天満宮
  

 山頭火ふるさと館には、防府市と関わりが深い有名人について展示されていました。伊集院静が防府市出身であることを初めて知りました。ところで、今回展示の目玉である「周防三羽烏」は、これまで開催されてきた各会場の「周防三羽烏」の中で一番見ごたえがありました。「山頭火」を自任している資料館なので当然ではありますが。

  さしみ亭和加栄で美味しい昼食       訪れた毛利資料館
 

 山頭火ふるさと館の「山頭火・白船・碧松 周防三羽烏」展を見終わると、地元の方の紹介で、さしみ亭和加栄に行きました。ひさしぶりに美味しいさしみ料理を楽しみました。また、いつものように楽しい話題で談笑しました。美味しい料理が終わると、数年前までは毎年正月に参拝していた防府天満宮に行きました。お正月の防府天満宮は地面が見えないほど混雑していますが、平日の防府天満宮はとても静かでした。

 毛利博物館前の舞衣     レトロ喫茶 舞衣      私は「あん蜜」
  

 防府天満宮を出ると、毛利博物館に行きました。ゴルフ場を回り込むように山の上に行くと、広い毛利博物館に着きました。ゴルフに来る方も多いようです。今回は毛利博物館ではなく、博物館前にあるレトロな喫茶店である舞衣に入りました。ほとんどの方はアイスコーヒーを頼みました。私はさしみ亭和加栄でアイスコーヒーを飲んだため、私はあん蜜を頼みました。とても楽しかった山頭火ふるさと館,防府天満宮,毛利博物館などでした。

         山頭火ふるさと館など、訪れた防府市内史跡他

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光市 JR島田駅~JR岩田駅史跡巡りウォーキングの再下見

2019年09月18日 | 歴史探訪他ウォーキング

 前回の下見ウォーキングは猛暑だったこともあり、全ての神社仏閣などの史跡を回ることができませんでした。また、全てを回っていると、とても時間がかかることも分かってきました。そのため今回、下見ウォーキングでは行けなかった史跡をバイクで全て巡ってみました。最初に行ったのは人丸神社でした。山の上の方にあることが分かっていましたが、道に迷ってしまいました。そのため、草刈りをしている方に聞いてみました。すると、いろいろなことが分かってきました。その人丸神社の場所、その云われ、そして人丸神社への途中にお大師様があることなどです。

         山の中腹にあった、屋根が壊れかけた人丸神社


 人丸神社の言われは、とても興味があるお話でした。江戸時代に子供達が次々に亡くなることがあり、困った村人が島根県の益田にある人丸神社に参拝したそうです。その時に、分神をいただいて来て、この地に人丸神社を建てたとか。人丸とは柿本人麻呂のことで、下級官僚だった彼は石見国(島根県)で亡くなりました。人麻呂が人丸になまったようです。人丸神社を建てたおかげか、子供達が亡くなることが無くなったそうです。当時は飢饉が頻発していた時代です。栄養が不足がちな小さな子供達が一番犠牲になっていたのでしょう。この周辺は今、人家が絶えて残った2軒が人丸神社を管理していたそうです。今後の管理はもう無理とのことでした。ちなみに、田布施町麻里府上組にある人丸社(人丸神社)は管理する家が絶えています。いつ崩れてもおかしくありません。

  お大師様のお堂      人丸神社への山道     冠念寺上の大日堂
  

 続いて、下見では場所が分からなかった教西寺の場所を確認しました。コースを短縮するとなると、この教西寺でお昼休憩をしたいところです。そのため、再度教西寺を訪問して、お昼休憩とトイレ休憩の了解をいただく必要があります。ただ、本番ウォーキングまで時間がないことと、今後は毎日仕事のため訪問する時間がないのが悩みです。続いて、大日堂に向かいました。

   大日堂と坂続きの冠念寺        森に囲まれた岩戸八幡宮
 

 大日堂は山深い場所にあり車では行けません。人が1人通れる斜面をバイクでかけ登りました。すると、目の前に大日堂が見えてきました。大日堂へは階段下の冠念寺からも行けるようです。大日堂は冠念寺が管理しているのではないでしょうか。冠念寺側から降りると、岩戸八幡宮側に出ることが分かりました。本番ウォーキングでは、大日堂~冠念寺~岩戸八幡宮の順に歩くと効率的に歩くことができそうです。
 一通り再下見をしましたが、本番ウォーキングの一番のポイントは教西寺です。教西寺でお昼休憩とトイレ休憩が取れれば、下図のAを通ることができコースを大幅に短縮することができます。その場合、難波家屋敷,立野神社,正義霊社を巡りません。

       再度下見をしたJR島田駅~JR岩田駅コース

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田布施コットンクラブ 各種藍染めほか

2019年09月17日 | 綿栽培,糸つむぎ,織り,染色

 今の時期は、1年で最も藍が元気に茂っている季節です。土曜日、その藍を使って藍染めをしました。今回は2種類の藍染めをしました。一つは生葉を使った藍染め、もう一つは発酵した藍を使う、昔ながらの藍染めです。
 前者は濃薄のグラディエーションを付けたり、好みの濃さで止めることができます。後者は1度か2度で濃く染めることができます。今回は、いろいろな濃さやいろいろな布を試してみました。なお、帽子を染める方がいるとは思ってもいませんでした。ちょっとしたくすみを隠すにも、藍染めは役立つようです。

           大量の藍の葉をちぎって藍染めに使用


 今回は、三つの藍染め液を用意しました。一つは、生葉をミキサーにかけたそのままの液、二つ目はそれを濾して残渣を無くした液、三つ目は私が数年前から発酵させて作っている昔ながらの藍染め液です。
 一つ目は藍の生葉の残渣があるため、その残渣の跡が染めに残ります。残渣が絡みつくため毛糸や綿などには向きません。二つ目は残渣が無いため、毛糸や綿などの染めに向きます。一つ目と二つ目は共に染めが薄いので、濃くするためには何度も染めを繰り返し、自分が気に入った濃さで止めます。

 絞り染め前に糸で絞る    藍生葉の叩き初め     三つの藍染め液
  

 三つ目の発酵した藍染め液は蓋を開けるとやや臭いがします。通常ならば液をバットかタライに液を移します。しかし、私の藍染め液はとても少ないので、ビンに直接に布を入れて染めました。一度に一枚くらいしか染めることができません。今回一番大きな布は帽子でした。何とか押し込んで染めることができました。
 皆さん、生葉を使った藍染めよりも発酵した藍染め液の方がお気に入りのようでした。そのため来年は、梅酒を作るくらいの大きめの瓶に藍染め液を作ろうと思います。

 ビンに帽子を押し込む     水で丁寧に洗浄     布を紐にかけて乾燥
  

 今回、私は経糸を藍染めしようと思っていました。しかし、他の方の藍染めのお世話したりしていて、自分の事をすっかり忘れてしまいました。空いた時間に染めようと思います。
 ところで、そろそろ綿が収穫できる季節になりました。今回は藍染めを中心に楽しみましたが、次回は収穫したての綿を糸紡ぎしようと思います。灰色綿、茶色綿、白色綿、緑色綿を紡げば、染めなくてもそれぞれの色の糸ができそうです。他に編みや縫いなどの作業があり、これまた忙しい秋になりそうです。

  染めた布,綿,糸,帽子などを乾燥中    作業の合間に楽しいおやつタイム
 

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光市 JR島田駅~JR岩田駅史跡巡りウォーキングの下見(2/2)

2019年09月16日 | 歴史探訪他ウォーキング

 難波家屋敷は今は誰も入れません。あまりに古く手入れがされておらず、今にも崩れ落ちそうです。あの大事件以来、時が止まったようです。すでに屋根が落ちている小屋もあります。大正時代に難波作之進の息子である難波大助が、銃で皇族(皇太子時代の昭和天皇)を撃った大事件があったのです。その息子の不祥事を一心に背負って、難波作之進はこの難波家屋敷に蟄居して絶食したとのこと。戦国以来の名家であるにも関わらず、どうしてこんな事件を起こしてしまったのでしょうか。今にも崩れ落ちそうな難波屋敷を見ながらそう思いました。

             立野神社でのんびりと昼食休憩


 難波家屋敷を離れると、田んぼの向こう側に鎮座する立野神社に行きました。この神社は難波家が仕えていた清水家が、岡山から勧請して立野の神社と合祀して建てたとのことです。清水家も難波家も、戦国時代に治めていた備後の高松城を故郷と思っていたのでしょう。清水家も難波家も豊臣秀吉に高松城を明け渡した後、毛利家の陪臣となりました。そして、江戸時代初期に毛利家が今の山口県に移る時、一緒に移って立野の地を拝領したのではないかと思います。ちなみに、立野の隣の小松原や三丘は毛利家家臣の宍戸家が拝領しています。

 田んぼ道を立野神社へ     小高い立野神社     正義霊社への石段
  

 立野神社に着くとお昼休憩にしました。30分位のんびりしながら談笑すると、次の史跡である正義霊社に向かいました。途中、和光苑やゴルフ場を右手にしばらく進みました。正義霊社がある山のすそ野に着くと、石階段を登って正義霊社に行きました。正義霊社を見学し終わると、次に橿原神社に向かいました。途中の人丸神社は割愛しました。

     木立の中の橿原神社          岩戸八幡宮の入口
 

 続いて教西寺と冠念寺を訪問しようと思いましたが、時間もなく猛暑のこともあり割愛しました。さらに岩戸八幡宮はだいぶ山を登らなければならず、やはり割愛しました。岩戸八幡宮入口からJR岩田駅が見えました。ほぼ一直線に岩田駅に向かいました。ところが、JR岩田駅には南口がないことが到着して初めて分かりました。駅のホームは目の前に見えるのに、駅舎に入れないのです。気を取り直して、ぐるりは線路を迂回してJR岩田駅に到着しました。猛暑の中、下見ウォーキングに参加された方々、お疲れ様でした。今回の下見ウォーキングはだいぶ史跡を割愛したため、本番ウォーキングではコースを少し変更しようかと思っています。

      JR島田駅~JR岩田駅史跡巡りウォーキングの下見コース

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やっとタマネギの種まき完了

2019年09月15日 | 野菜:根菜

 タマネギの種まきをしようと畑に行きました。隣に種をまいていた小松菜,チンゲンサイ,大根はすでに芽が出ていました。しかし、様子がおかしいのです。芽が出ているのは一部だけで、残りは芽が虫に食われてしまったようです。昼間は隠れている虫(ワラジ虫など)が、夜に出てきて芽を食べているようです。やれやれ、また種をまかなければなりません。再度、小松菜,チンゲンサイ,大根の種まきをしました。それが終わって、やっとタマネギの種まきです。

       再度種まきをした小松菜横に、タマネギの種をまく


 最初、タマネギの苗を育てる畝を三本クワで丁寧に耕しました。そして、レーキで鞍型に整形しました。そして、手グワで何本か筋を引きました。散まきしても良いのですが、私は雑草などを取りやすく管理しやすい筋まきをしています。天気予報だと、今後は雨があまり降らない見込みです。そのため、引いた筋にジョロで水をゆっくりとかけました。水が土に浸みこんだのを確認してから、筋に沿ってタマネギの種をまきしました。

 手ぐわで筋を引く     ジョロで筋に水やり    種を筋に沿って種まき
  

 種まきが終わると、網を使って種の上に土を薄く被せました。土を被せ終わると、その上に籾殻を薄く敷きました。籾殻を掛ける理由は、大雨が降った時などに土がカチカチに硬くならないようにとの配慮です。一週間程度すれば、籾殻を持ち上げてタマネギが芽生えると思います。11月上旬には鉛筆の芯位に育ちます。その苗を本畑に移植しようと思います。

   網を使って土を薄くかける       最後に籾殻を薄く被せる
 

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藍の生葉を使って、濃い藍染めにトライ

2019年09月14日 | 綿栽培,糸つむぎ,織り,染色

 一昨日、放課後学習 成器塾で染め物をしました。その時、藍の生葉をミキサーにかけて汁を絞りました。その絞った後に残った団子状の藍の生葉を、何か有効利用できないかと考えました。その藍団子には、まだまだ藍の青い色素がたくさん残っているはずです。藍団子を水に溶かすなどして藍染めをしてみました。意外に濃く藍染めできることが分かりました。

        藍団子を水で溶かすなどした後、染めたい布片を浸ける


 藍団子は生葉ですので草の匂いが漂いますが、構わずアルカリ性の水に溶かしました。この液をそのまま使っても藍染めできるとは思いましたが、このままでは薄くしか染まらないはずです。そこで、還元剤を入れました。紺屋での藍染めでは、糖分や糠などをいれて還元菌を育てます。そして、還元剤を入れたのと同じ効果にします。日本の古来からの藍染めは発酵なのです。

 絞った後の藍団子      試し布を染めてみる     藍の残渣を取り除く
  

 試しに白い布を浸して液から出すと、布が黄色く染まっているではありませんか。面白いことに、その黄色に染まった布はだんだん青く変色していきました。つまり、空気中の酸素を取り込んで藍染めされたのです。紺屋にある藍壺から布を取り出すと、やはり最初は黄色だったのが青くなります。ただし、酸素は布奥には届かないようです。青く染まった布をめくると黄色のままなのです。均一に染めるためには、何度も布の上下を入れ替えたり、めくったりする必要があります。なお、流水でも少し青くなりました。水に溶けた酸素でも青く染まるのでしょうか。

  最初は黄色に染まる   だんだん青く変色     濃い青色に変色
  

 なお、藍団子を溶かしたままでは藍の葉の残渣がたくさん液に混じっています。そのままでは、染めにむらが出ることが分かりました。そのため、網を使って残渣を取り除きました。
 布は3回位染めを繰り返すと濃く染まりました。また、田布施農工高校でいただいた羊の毛を染めてみました。やはり最初は黄色でしたが、だんだん濃い青色に染まりました。今回の実験で、藍の生葉でもなんとか濃く染まることが分かりました。ただし、生葉が手に入る夏~秋でないと染めることができません。夏~秋以外でも染められるように、乾燥した藍葉で同じように染められないか試そうと思います。

   最初、黄色く染まった羊の毛       青く変色した羊の毛
 

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光市 JR島田駅~JR岩田駅史跡巡りウォーキングの下見(1/2)

2019年09月13日 | 歴史探訪他ウォーキング

 8月末に9月の史跡巡りウォーキングの下見をする予定でした。しかし、当日は天候不順で今回に延期しました。9月とは言え、とても秋とは言えないような猛暑の中での下見ウォーキングでした。JR田布施駅に9:45に集合し、JR田布施駅9:54発でJR島田駅着10:04着の電車に乗りました。JR島田駅に降りたのは、一昨年の光市島田川沿い史跡巡りウォーキングの時以来です。駅を降りると、最初に訪れる永明寺に向かいました。このお寺は防陽八十八箇所霊場六十九番札所です。

            難波覃庵が建てた向山(こうざん)文庫


 永明寺に着くと最初、裏山にある変わった墓地(兼和裁師匠碑)に行きました。その墓の上部には和裁の針を模した石造が載せられていました。最初、その石造を砲弾かと思いました。続いて、永明寺を訪問しました。本番ウォーキング時に、本堂で仏様を拝ませていただくことを快諾していただきました。当日は法事でご住職がご不在とのことですが、ありがとうございます。

 下車したJR島田駅     永明寺横の鳥居       和裁師匠の墓所
  

 永明寺を出ると、立野の向山(こうざん)文庫に向かいました。その途中でお地蔵様を拝みました。四国十九番の延命寺地蔵です。その昔、四国八十八箇所巡りをした折に、持ち帰ったのかも知れません。再び歩いていると、3年前に歩いた虎ヶ岳の尾根が北側に見えました。

  防陽八十八箇所霊場永明寺の本堂      北に広がる虎ヶ岳の尾根
 

 どんどん歩いて、いったん山陽本線を跨ぎました。そして、もう一度跨いで目的地の向山文庫近くに到着しました。すると、建物が新しいお地蔵様がありました。近くで草刈りしている方にそのお地蔵様について聞きました。すると、その方のお母様が生前に管理していたそうです。そのお母様を亡くなった時に建物を新築したそうです。親子で守っているお地蔵様でした。

 四国十九番の延命寺地蔵   親子で守るお地蔵様   平和三十二番札所 
  

 続いて、平和霊場三十二番札所の大師堂をお詣りしました。次に、その傍にある難波家の巨大な顕彰碑を見学しました。難波家は、備中高松城主清水宗治の家臣末裔一族とのこと。備中高松城主清水宗治は豊臣秀吉の水攻めで切腹し開城しました。清水家一族やその家臣はその後、毛利家の陪臣となりこの立野を治めました。戊申戦争時、一族の清水親春は第二奇兵隊で活躍しました。難波家の顕彰碑を見終わると、難波家屋敷内にある向山文庫に向かいました。

       JR島田駅~JR岩田駅史跡巡りウォーキングの下見コース

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放課後学習 成器塾 自然素材を使って各種色の染め

2019年09月12日 | 子供の育成関連

 久しぶりに麻郷小学校 放課後学習 成器塾がありました。前回はオリジナルエプロンの制作とテーブルセッティングでした。今回は、自然素材を使った安全な染め物です。合成着色剤はいっさい使いません。布を、代表的な色である黄色,赤色,青色,紫色に染めました。使った自然素材は、紅花と藍です。藍は新鮮さが大切なので、藍畑から根ごと抜いて小学校に持って行きました。紅花は、今年私が収穫したものに購入したものを足したものを使いました。

      各種色に染まった布、藍は生葉を使ったため青色が薄い


 小学生が教室にやってくると、さっそく今回の学習です。最初に、布を数枚縛って絞り染めの用意をしました。次は紅花を使っての黄色の染めをしました。紅花には2種類の色素があります。水溶性の黄色の色素と難水性の赤色です。紅花を水に浸けると、黄色の色素が溶け出してきます。その液を使って布を染めます。黄色の色素が溶け出た液は黄色と言うよりも、黒っぽい橙色をしています。染め上がった頃を見計らって布を水洗いします。そして、縛った布を解きました。すると、黄色の絞り染めの出来上がりです。

  黄色の色素で染め    水で洗い糸をほどく    黄色の絞り染め完成
  

 続いて赤色の染めをしました。黄色が溶けだした紅花には赤色の色素が残っています。その赤色を溶かして染めます。赤色の色素を溶かすにはアルカリ性の液を使います。昔は灰汁を使ったようです。しかし、アルカリ性のままでは布に染まりません。布に染まりやすくするように、アルカリ性を中性にしなければなりません。そのため、赤色の色素が溶けだしたタイミングを見計らって酸性の液を加えます。中性になった液に布を浸けて赤色に染めるのです。なお、染め液の時間が経つと、何故か赤色ではなく紫色に染まるようになります。

 絞り染めにするため、布を糸で縛る      新鮮な藍の葉を数枚取る
 

 続いて、藍の葉を使って藍染めをしました。根ごと畑から抜いてきた藍から、新鮮な葉だけを何枚か取ります。その葉を布に密着するように押し付けます。そして、布と藍の生葉をサランラップで挟んだ後、金槌でどんどんと葉汁が布に染みるほどに強く叩きます。いわゆる藍の叩き染めです。その後、葉汁が染みた布を流水で洗います。布を広げると、葉の形に青く染まったことが分かります。

 葉汁が出るほど金づちで叩く         流水で布を綺麗に洗う
 

 最後は藍の葉をミキサーで潰した青汁で藍染めをしました。生の葉を使っているため、通常の藍染めのようには濃く染まりません。しかし、生葉でも染まることを学習しました。一度では薄くしか染まりませんでが、20回程度?何度も染めを繰り返せば濃く染まると思います。なお、藍汁を素手でさわったため、指先や爪が薄い青に染まってしまいました。
 今回は、いろんな色染めを体験した成器塾でした。手伝っていただいたボランティアや保護者の方々などありがとうございました。

         藍の葉をちぎってミキサーの中に入れる

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遅ればせながら、モロッコインゲンを収穫

2019年09月11日 | 野菜:豆類ほか

 なかなか涼しい秋になりません。ちょうど今は、夏野菜と秋野菜の端境期です。昨日、秋冬野菜の種まきを済ませたと思っていたら、初夏に種をまいたモロッコインゲンが収穫時期を迎えました。残暑の影響でしょうか、9月になってからの収穫です。夏が9月に食い込んでいます。もはや、9月は秋ではなく夏ではないでしょうか。

           手を伸ばしてモロッコインゲンの鞘を収穫


 とは言え、日没はどんどん早くなっています。午後7時によくゴミ出しをするのですが、8月は明るかったのに今は懐中電気が必要になりました。また、あちこちの草むらでコオロギなどの虫がさかんに鳴いています。虫は気温ではなく日の長さが長くなるのを感じて鳴いているのでしょうか?それとも体内時計で秋が来ると知るのでしょうか?不思議です。

   収穫したモロッコインゲンの鞘    美味しそうな今晩のおかず
 

 モロッコインゲンが絡みつく支柱は、春に収穫を済ませた絹さやインゲンやグリーンピースを再利用したものです。枯れた絹さやインゲンやグリーンピースを刈り取った後、根本にモロッコインゲンの種をまきました。それがどんどん育ち、今や手の届かないほど高く育ちました。そのため、三脚に乗らないと実ったモロッコインゲンを収穫できません。今週の間は続けて収穫できそうです。

       手が届かないほど、支柱の上に育ったモロッコインゲン

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秋冬野菜の種まきを始める

2019年09月10日 | 野菜:葉菜

 いつになったら秋らしい涼しさがやってくるのでしょうか。真夏と変わらない季節のなかで、秋冬葉物野菜の種まきなどをしました。種を蒔いたのは、小松菜、チンゲンサイ、大根です。ワケギは球根を植えました。苗を植えたのは長ネギです。種と球根は購入しました。長ネギは近くの畑にあるヒョロヒョロの半分枯れた状態の長ネギを掘り出して植え替えしました。白菜やキャベツは、時期的に種まきは諦めました。後日、園芸店で苗を購入して植え付けようと思っています。

            秋冬葉物野菜の種を数粒ずつ穴に蒔く


 小松菜とチンゲンサイは1ヶ月位で収穫できます。食べられないほどたくさん収穫できても困ります。次々と収穫できるように、二週間ごとに種まきできる空きを作っておきました。ワケギは球根の皮をきれいに剥いで植えました。この方法が芽や根が早く出やすいとのこと。毎年そのようにしています。ワケギは毎年食べきっていますが、食べきらずに球根を残そうかなと思っています。そうすれば、球根を買わないで再利用できるからです。

  チンゲンサイの種をまく   ワケギの皮を剥ぐ    ワケギの球根を植える      
  

 大根は冬に収穫しますまが、冬に時間があればたくあん漬けに加工ようかと思います。我家ではそれほど食べないので、今年は小型の大根にしました。種をまき終わり、球根を植え終わり、苗を植え付けが終わると、最後にジョロで水をまいておきました。数日後に小松菜やチンゲンサイの芽が出ると思います。今後は、ビオラや花菱草などの冬から春にかけて咲く花の苗を作ろうと思います。秋はどんどん気温が下がります。苗づくりは待ったなしです。

    株間を広げて大根の種まき       最後にジョロで水をまく
 

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