東京里山農業日誌

東京郊外で仕事のかたわら稲作畑作などをしていましたが、2012年4月に故郷の山口県に拠点を移して同活動をしています。

楽しかった上関町 室津の史跡巡りウォーキング(1/3)

2019年08月07日 | 歴史探訪他ウォーキング



 雨のため延期した上関町室津の史跡巡りウォーキングに行ってきました。ちなみに、上関町長島側の史跡は6年前にウォーキングしました。6月の下見ウォーキング時も暑かったのですが、今回8月のウォーキングはさらに猛暑でした。参加者全員が、日傘,水分,紫外線避けクリーム、虫除けスプレーなど万全の準備をしてこのウォーキングに参加しました。猛暑のためか、いつもより少ない5名で楽しく上関町室津の史跡を巡って歩きました。道の駅 上関海峡をスタートすると、最初に四階楼に行きました。四階楼は、遠い親戚である佐々木のお婆さん(物故)が所有していました。ご高齢で維持が難しく、いつしか上関町に寄付したそうです。

       常満寺の大イチョウを見上げながら、その由来を知る


 四階楼は最後にも立ち寄るので、軽く建物を見上げました。次に、大イチョウを見るため常満寺に向かいました。石階段の工事が終わったようですので、石階段を登って常満寺に行きました。ご住職の奥様に常満寺の本堂に上がらせていただき、仏様を拝ませていただきました。しばらく奥様と歓談しました。ありがとうございました。続いて、鳩子の湯の敷地内にある室津小学校跡地に行きました。昭和30年頃、上関町と室津村が合併する前まで開校していた小学校だと思います。

 常満寺の大イチョウ      常満寺の本堂     室津小学校跡地碑
  

 室津小学校跡地碑を過ぎると、海岸沿いの道脇に鎮座する厳嶋神社を参拝しました。最近手入れされていないのか草が生えていました。立っていると蚊が寄ってくるため、近くの室津灯台に移動しました。室津灯台は私が子供~高校生の頃によく来ました。高校生の頃一度、田布施から歩いてこの灯台まで来ました。そして、歩いて帰りました。この灯台に来ると、上関海峡を行き来する船を飽きずに眺めていたことを覚えています。今は、灯台が上関大橋に覆われているように見えます。続いて白浜地区に入りました。そして、崖に鎮座する疫神様などを見ました。

    厳嶋神社      室津灯台と上関大橋   崖に鎮座する疫神様など
  

 疫神様などを見学すると、その昔テレビドラマ「鳩子の海」で撮影されたと言われる白浜海岸に行きました。その海岸は今、堤防に囲まれていますが白い砂浜はまだ残っています。しかしながら、今回は満潮だったため砂浜を見ることができませんでした。次に、狭い上り坂の途中にある珍しい五角井戸を見学しました。井戸には錆びた手押しポンプがありました。柄がないため今では使われていないようです。

    満潮で見えなかった砂浜      五角井戸と錆びた手押しポンプ
 

 狭い道を通っていると、左右に廃屋がたくさんありました。その昔、井戸を中心に賑やかな声が聞こえたのではないかと想像します。狭い道を上がると、たくさんの墓地がありました。続いて楢崎剛十郎の墓所に行きました。途中に幹がハート型に割れた木がありました。小さな丘に登ると、楢崎剛十郎の墓所と山縣有朋の惜別歌碑がありました。楢崎と山縣は盟友だったのでしょう。楢崎剛十郎は石城山に駐屯していた第二奇兵隊参謀時代、脱走事件で立石孫一郎に惨殺されました。

 鳥居を含む墓地群    幹の割れ目がハート型    楢崎剛十郎墓所
  

 田布施町,平生町,そして上関町は幕末期、いろいろな事件が起きました。第二奇兵隊の脱走事件、上関の義勇隊による加徳丸事件、明治初期の奇兵隊脱退者による平生町御館騒動などです。明治維新から150年が経ちますが、どの家にも明治維新に関わる言い伝えがあると思います。ちなみに我家には、奇兵隊に入った息子の安否を気にする母親(曾祖母の母)の話、そして、脱退事件で捕まった人の処刑(平生町人島)を曾祖母が見たとの言い伝えがあります。今ではすっかり歴史になってしまった明治維新ですが、言い伝えを思い出すと身近に感じます。

         猛暑の中、巡った上関町 室津の史跡コース(1/3)

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