東京里山農業日誌

東京郊外で仕事のかたわら稲作畑作などをしていましたが、2012年4月に故郷の山口県に拠点を移して同活動をしています。

毎年、初秋恒例のタマネギの苗作り

2020年09月19日 | 野菜:葉菜

 一昨日の事です。雨が降るとの天気予報で、急いでタマネギの種まきをしました。数年前にタマネギの苗が不作で、苗を一切購入することができませんでした。以降毎年のように、タマネギの育苗をしています。つまり、タマネギの苗を自給をしています。今がその種まきのシーズンです。雨の前を狙って育苗を開始しました。約一ヶ月育苗して育ったタマネギの苗を畑に移植します。

         タマネギを育苗するため、育苗畑に種まき


  タマネギを育苗する畑はせいぜい1m x1mで充分です。数日前にあらかじめ耕していた畑の隅で育苗することにしました。三本クワで鞍上に盛り上げます。そしてレーキを使って均します。続いて、平クワで薄く筋を引いていきます。その筋の谷間にタマネギの種を筋まくのです。以前はバラまきをしていましたが、今は雑草管理がしやすい筋まきにしています。

  鞍状に盛り上げる    レーキで綺麗に均す    平クワで筋を引く
  

 筋に沿ってタマネギの種を蒔くと、種の上に薄く土をかけます。そして、その上から籾殻を薄く振りかけておきます。籾殻を薄く振りかける理由は、主に雨対策です。雨が強く降っても、土がはねることがありません。また、雨後に乾いて土が硬くなることがありません。さらに雑草管理がしやすくなります。籾殻の上から見ると、小さく生えた雑草が目立ちます。つまり早期に雑草を取り除くことができるのです。なお、燻炭にした籾殻の方が良いようです。今後、一ヶ月をかけてタマネギを育苗しようと思います。まずは10月上旬までに発芽するはずです。

   網を使って籾殻を薄く散布       薄く積もった籾殻
 

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田布施町郷土館 織物と染物の歴史展示会の準備(3/3)完了

2020年09月18日 | ふるさと

 織物と染物の歴史展の準備がようやく終わりました。当初と比べて展示数が大幅に増えて80点以上になりました。そのため、新たに会場の中心にパネルを設置して展示しました。また、展示するだけではなく、綿繰り,糸紡ぎ,かせ繰り,織りなどを実演できるようにしました。大雑把に言って四つのコーナーに分かれています。一つ目は江戸時代の織物と染物の生産と流通。二つ目は綿からどのように反物が生産されるか。三つめは織られた反物がどのように和服になるか。四つ目は染物体験のコーナーです。今までにない郷土館の展示会ではないかと思っています。

   明治時代に織られた布サンプル,各種型紙,和服の仕立てなど


 江戸時代の織物と染物コーナーでは、織物の担い手だった女性達の生活を記載しています。それを見ると、織物の重要性が、島に住む女性と平野に住む女性では違います。例えば、平野に住む女性は農業の合間に織物をしていたことが分かります。一方で島では織物の合間に海産物などの収穫をしていました。つまり、織物の重要性が地域によって差があるのです。そして、食料自給率と織物が微妙に関わっていることが分かります。面白いのは、米作地帯だからと言っても必ずしも自給率は高くないことです。

  郷土館前の看板      綿繰り・紡ぎ実演    江戸時代の織物流通
  

 展示会開催中に、応募があった方による藍染め体験もします。今回、藍染め体験の道具などを取り揃えました。指が染まらないように手にはめる使い捨て手袋、金槌、板、布(絹と綿)、小石、糸などです。当初、子供達の体験を想定していましたが、今のところおばさま方の申し込みの方が多いです。新聞に掲載されれば、申し込みが増えると思います。それに備えて、何人かの方に支援をお願いしています。今後も藍染め体験の申し込みがあるでしょう。ただし、コロナのため人数制限を設けています。藍染め体験で使う藍の生葉は、私の畑から毎日のように根ごと抜いて郷土館に持っていきます。 

   織物や染物の加工ルート        展示会会場の南側半分
 

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半年ぶりの放課後学習 成器塾「手芸と料理」教室

2020年09月17日 | 子供の育成関連

 コロナのため半年近くお休みをしていた小学校の放課後学習 成器塾が始まりました。今年の2月以来の成器塾です。今回は今年度初めての成器塾とのことで、運動場で挨拶後に家庭科室に行きました。最初、私から今年度に学習する内容を子供達に伝えました。ポケットティッシュケースと布マスク作り,藍染め,小麦の種まきと小豆の収穫,収穫した小麦を使ってホットケーキ作り,収穫した小豆を使ってお汁粉作り,フェルト細工,刺繍,織物,編物などです。これから3月までの半年間、支援者の方々と一緒に教えます。そして、4~6年生に手芸と料理の基礎を楽しく学んでもらおうと思っています。
 ※「成器塾」の名前は、江戸時代田布施にあった萩明倫館の分校「成器堂」から取ったものです。

         好きな柄の布を選んでいる子供達


 3月までの学習内容を説明し終わると、さっそくポケットティッシュケースの制作に入りました。最初に、好きな柄の布を選んでもらいました。布を選ぶと、ティッシュケースを作るための型紙を渡しました。型紙が無くても作ることができますが、型紙の役割を知ってもらうため、あえて型紙にしました。型紙は私が人数分作りました。次にチャコを渡しました。今ではチャコペンが主流ですが、これまたあえてチャコを渡しました。

  運動場で開講挨拶     今後の活動内容説明   手芸サンプルの解説
  

 型紙と渡されたチャコを使って、布に線を引いたり印を付けます。チャコを初めて使った子供達ばかりでしたので、最初その使い方を教えました。白が強い布を選んだ子供には、青色のチャコを渡しました。チャコで線を引き終わると、ハサミで布地を切りました。ここで時間が残り少なくなったため、掃除をして今回の放課後学習を終わりました。次回はミシンを使って縫い、ティッシュケースの形にします。そして、各自が考えたアップリケを貼り付けたり、スナップなどの留具などを取り付けて完成です。
 今後も子供達が楽しく学べる学習時間になればと思います。

   チャコで布に線を引く       線に合わせてハサミを入れる
 

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今年は小豆の収穫見込めそう

2020年09月16日 | 野菜:豆類ほか

 6月、小麦を収穫した跡に小豆の種まきをしました。私は農薬を一切使わないので、去年はカメムシが大発生して実質収穫ゼロでした。そのため、今年もカメムシの被害にあっているのではないかと不安にかられながら小豆畑に入りました。すると、花が一面に咲いていました。花を覗き込んでみると、小さな鞘(さや)ができていました。心配していたカメムシはいませんでした。

          花が咲いて鞘ができていた小豆


 去年との違いは、今年は忙しくて小豆の世話をできなかったことです。そのため、小豆の株回りにたくさんの雑草が生えてしまいました。もしかして、これらの雑草が小豆を守ってくれたのかも知れません。虫が嫌がる匂いや苦い汁を出して被害から免れるように雑草は進化したはずです。たくさん生えた雑草が、結果的にカメムシなどの害虫から小豆を守ったのかも知れません。
 11月末に成器塾の子供達にこの小豆畑で小豆の収穫を体験してもらおうと思っています。そして、収穫した小豆を使って、子供達と水羊羹を作るか又はお汁粉を作ろうと考えています。

    次から次に咲く小豆の花       雑草と一緒の小豆畑
 

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田布施町 東田布施方面の史跡巡りウォーキングの下見(1/x)

2020年09月15日 | 歴史探訪他ウォーキング

 コロナのため、5月以降史跡巡りウォーキングを中止していました。約5ヶ月間の中止です。まだコロナは収束していませんが、歩いていないと体がなまります。9月末から再開しようと思います。今回は、私一人で下見ウォーキングをしてきました。山や谷を避けて緩やかな史跡巡りウォーキングとなるよう企画しました。集合は田布施町交流館で、今回は東田布施を中心にした史跡巡りとしました。お昼休憩は、専福寺か東田布施公民館にしようと思います。

        田布施町長合に残る旧道と遮断機設置跡


 スタートは交流館のバス停留所です。バス停留所から図書館方面に向かい、ステンレスのモニュメントを見上げながら田布施川に架かるさくら橋を渡ります。さくら橋を渡りきると、サリジェ側に回り込み、田布施川を上流に向かって歩きます。そして、あいさつ橋(中央橋)に着くと、JR田布施駅方面に道を変えます。そして、すぐの場所にあるお地蔵様に行きました。昔は、道の中央を向いていたお地蔵様、いつしか歩道側に向きを変えました。

  交流館のバス停留所   さくら橋とモニュメント   商工会館サリジェ
  

 続いて、自転車店脇を右に回り込みます。少しすると、北に田布施町郷土館が見えます。しばらく行って、元ショッピングコートYOU.U跡地に入りました。史跡の一つである国森の古塚に行くつもりが、道がいつの間にかふさがっていました。家が複雑に入り組んでいて行けないのです。そこで、レザンジュ側から回り込んで目指す国森の古塚に着きました。ここ数年のうちにすっかり道が変わっていました。

   あいさつ橋近くのお地蔵様        久しぶりの国森の古塚
 

 国森の古塚、伝承では戦いに敗れた侍たちがここまで流れ着いたとのこと。この場所で最期を悟った侍たちが一人を残して自決したとのこと。そして、生き残った一人とその子孫がこの古塚を守るようになったとのことです。真相は今や藪の中ですが、何か悲壮なことがこの古塚で起きたのでしょう。新しい住宅とレザンジュに挟まれるように、ポツンとある不思議な古塚です。

  祇園社の鳥居と階段     八坂神社拝殿    御嶽教田布施稲荷協会     
  

 古塚を出ると、旧道を通って山陽本線の線路に向かいました。遮断機があった場所に着きました。道の通りをよくするため、八坂神社が鎮座する山が削られ道や橋が作られました。結果として遮断機が廃止されました。次に、八坂神社に向かいました。祇園社と書かれた鳥居をくぐって石の階段を登ると、八坂神社の拝殿がありました。振り返ると、田布施町の街並みが見下ろせます。拝殿の後ろの功徳碑を見学すると、御嶽教田布施稲荷協会横を通って下りました。

    下見した東田布施方面の史跡巡りウォーキングコース

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