東京里山農業日誌

東京郊外で仕事のかたわら稲作畑作などをしていましたが、2012年4月に故郷の山口県に拠点を移して同活動をしています。

雑草だらけの陸稲畑の稲刈り

2012年09月30日 | 稲:稲刈り,脱穀,精白

 先日陸稲の稲刈りをしました。今回、まだ刈り取りが終わっていない陸稲畑の稲刈りをしました。しかし、その陸稲畑は雑草の勢いがすごくて、雑草の間にポツポツと陸稲が生えているしまつです。何度か除草したのですが、結局私が疲れ果てて除草をさぼっていたら雑草が勝ってしまいました。

                  雑草の間にポツポツと生えている陸稲


 雑草が生い茂った理由の一つは、畑に有機物などの肥料分が少なかったことです。種をまいても初期成長が悪かったため、あっと言う間に雑草に追い越されてしまいました。もう1つの理由は、日照りです。陸稲はもともとお米の一種でとても水分を必要とします。このため、7月8月の日照りで成長が阻害されたことです。父親がよく真夏にホースで水をまいていた訳です。

      細く頼りなく生えていた陸稲             刈り取って束ねた陸稲
 

 来年は今年の失敗の反省をもとに、初期成長を促すため肥料をたくさん施そうと思います。そして、真夏の日照りにそなえてスプリンクラーなどの散水装置を考えようと思っています。先日収穫した陸稲は、肥料をやったり除草を何度もして水も少し散水しました。うるち種ともち種の陸稲をこれですべて収穫しました。初年度にしては、食べるだけの収穫ができたのでまあいいかなと思っています。

     草刈機を使って陸稲畑の除草        雑草だらけの陸稲畑を除草途中
 

 雑草だらけの陸稲畑ですが、晩秋に小麦をまく予定です。陸稲を刈り取った後、草刈機を使って綺麗に雑草を刈り取っておきました。晩秋まで2か月程度あるので、時間をみて耕運機かトラクタで整地耕運しようと思っています。なお、今回刈り取った陸稲は雑草との競争にいわば耐え抜いた陸稲です。来年は、今回収穫したものを優先的に種籾にしてまいてみようと思います。

        雑草を刈り取って綺麗になった元陸稲畑、晩秋に小麦を播種予定

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耕運機の始動ロープ修理

2012年09月29日 | 農機具,工具

 毎日のように使っている耕運機が故障してしまいました。故障した個所は、始動ロープです。耕運機を使おうとロープを引っ張ると、突然ロープが切れてしまいました。長い間にロープが弱くなって耐え切れなくなったのだと思います。この耕運機は毎日のように使うため、最優先で修理することにしました。7年ほど前に、やはり始動ロープが切れたことがありました。また、始動ロープが元に戻らなくなった故障もありました。


         エンジンをかけようと始動ロープを引っ張ると、ロープが突然切断


 始動ロープの故障は、耕運機に限らずいろいろな農業機械で何度も経験しています。まずは、耕運機エンジン横に付いている始動装置を取り外しました。そして、この始動装置のロープ故障を直すことにしました。

        始動装置のナットを外す            取り外した始動装置
 

 始動装置を直す前に、切断したロープの代わりになる新しいロープを購入しました。径4mmの金剛編みロープです。切断したロープと同じ長さの新しいロープを用意します。そして、ロープの一端は始動装置の回転部品に、もう片一方をハンドルに結び付けます。

    新しい径4mmの金剛編みロープ       ロープの両端を結びつける
 

 スムーズに巻き取ることができるように、始動装置にロープを組み込みます。ロープの組み込みが終わると、始動装置を耕運機のエンジン横に取り付けします。始動ロープの故障修理は何度も経験したので、あっさりと短時間で直すことができました。

     始動ロープを組み込み          直した始動装置を耕運機に取り付け
 

 このように短時間で始動ロープの故障を直すことができました。ロープをDIY店で購入する時間の方が多くかかりました。始動ロープを勢いよく引っ張ると、順調にエンジンがかかりました。これで秋冬野菜の種まき作業を怠りなくすることができます。

                直した耕運機の始動装置(丸内の個所)

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大根の種まき

2012年09月28日 | 野菜:根菜

  タマネギの種まきに続いて大根も種まきをしました。これまで、大根はあまりたくさん作ったことがありません。しかし、山口県に帰ってから畑も増えるし自由に使える時間も増えたため、大根を使って今年は漬物を作ってみようと思います。だいぶ前に、広島菜や高菜を使って漬物を作ったことがありますが、やはり先日種まきした白菜を使って漬物作りにチャレンジしてみるつもりです。

     大根用の畝作り                    畝に黒マルチを被覆
 

 ところで、東京八王子に住んでいる頃、白菜やキャベツなど害虫に弱い野菜は黒マルチをした上で寒冷紗を被覆していました。ところが、この山口県では日差しが強いのか黒マルチが熱くなるようで、発芽した白菜や植え付けたキャベツが日中へたってしまいます。今年は9月になっても暑い日が続くので黒マルチは良くないように思えます。このため、大根を種まきする畝は、黒マルチを被覆したものと黒マルチをしないもの両方で試してみることにしました。

              黒マルチをしない大根の畝、標準の30x45cmで種まき


 黒マルチをした畝は、30cm間隔で種まきをしました。黒マルチをしない畝は、種袋に書いてあった30x45cmで種まきしてみました。黒マルチで大根を作ることはあまりないのですが、黒マルチの優劣を再確認するため両方で種まきしてみました。なお、日差しが強いと黒マルチの穴から熱風が吹き出るので、穴の周りを土で塞ぐようにしています。

     一か所4粒程度の種をまく         手前黒マルチ、向こう側マルチなし
 

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タマネギの種まき、育苗の開始

2012年09月27日 | 野菜:根菜

 少しずつ秋冬野菜の種まきしています。今回は、タマネギの種まきをしました。種まき後、約一ヶ月間かけてタマネギを育苗をします。そして、11月上旬に苗を植え付ける予定です。タマネギの種は、近くのDIYのお店で購入した普通のものです。初夏に収穫後、11月頃まで保存ができる品種です。

       種まきする畝を作る                 タマネギの種を散まき
 

 これまで、タマネギの苗を購入して植え付けしたり、今回のように自分で育苗して植え付けしたりしてきました。苗は購入してもそれほど高価ではないのですが、自分で育苗した苗の方が生きが良いので確実です。肥料を混ぜてタマネギ用の畝を作った後、種をまきました。園芸書では筋まきを奨励していますが、私はこれまで散まきだけをしてきました。

                   種まき後、細かな土を薄くふりかける


 種まき後、細かな土をふりかけます。土をかけ終ると、今度はお米の殻(すくも)を薄くふりかけます。地面の表面を固くしないため、発芽後に芽が容易に土の上に出るようにするためです。タマネギに限らず、長ネギ,ニラなどの種まき時には必ずこの米殻を使っています。

   土を被覆後、米殻(すくも)をかける           米殻を畝全体に薄く被覆
 

 米殻をふりかけ終わると、U字型支柱を畝の周りに刺します。そして、その支柱の上を不織布で覆いました。これは、スズメなどの小鳥が砂浴びしに来ないようにするためです。近所の方に聞くと、山口県ではスズメが砂浴びをすることは少ないようです。そもそも最近スズメを見ません。このため、小鳥の被害がないかどうか確かめてみようと思います。一週間ほどでタマネギは発芽すると思います。ちゃんと発芽するかどうか、楽しみです。

               タマネギの種をまいた畝、防鳥用に不織布で覆う

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キャベツ苗の植え付け

2012年09月26日 | 野菜:葉菜

 先月種をまいて苗を育てていたキャベツがだいぶ大きくなりました。このため、苗を本畝に植え替える作業をしました。植え付ける場所を耕運機で丁寧に耕し、発酵鶏糞をほどこしてさらに何度か耕運機で耕しました。キャベツが結球するのにはそれなりの肥料が必要ですので元肥として発酵鶏糞を入れました。レーキを使って畝の形を整え終わると、黒マルチで覆いました。

       発酵鶏糞を入れ耕運機で耕運          畝を黒マルチで被覆
 

 植え替えるキャベツの苗ですが、種まき後に台風がきました。このため、苗の半分がダメになり2週間後再度種をまいて苗を育てました。下の画像で、最初に種をまいて育てたキャベツ苗はその2週間後に種をまいて育てた苗です。今は、両者の育ち具合に差がありますが、植え替え後は差が縮まると思います。

    Aは最初に育苗のキャベツ苗、Bはその2週間後に育苗したキャベツ苗


 黒マルチに60cm間隔で穴を開けた後、キャベツ苗を移植しました。ポットから取り出して根を傷めないようにほぐしてから穴の中に挿入しました。苗すべてが活着すると良いと思います。なお、予備としてポット苗を1つ残しておきました。全ての穴にキャベツ苗を移植し終わると、先日作った竹製U字片支柱を差し込みました。

      キャベツ苗を本畝に移植             竹製U字型支柱を差し込む
 

 竹製のU字型支柱を差し込み終わると、寒冷紗を被覆しました。畝の長さを7m位にしたので、寒冷紗は標準売りの1.8m x 10mの長さのものを使いました。以前は、不織布を使っていたのですが慎重に扱わないと傷みやすいため、今は寒冷紗に統一しています。なお、不織布は発芽時の保温,防虫用だけに使っています。

      竹製支柱の上を寒冷紗で被覆             寒冷紗の裾を土寄せ
 

 このまま、順調にキャベツが育てば11月終わりには寒冷紗を取り外すことができます。そして、12月には初収穫することができます。私はキャベツを使った料理が大好きなので、今から楽しみにしています。ただ、山口県で栽培したことがないので、山口県の気候や害虫などを経験したことがありません。今年の経験を来年につなげようと思っています。 

              寒冷紗ごしに見たキャベツの苗、活着して欲しいものです

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田布施町 小行司 多賀神社を散策

2012年09月25日 | 歴史探訪他ウォーキング

 田布施町の小行司に行ってみました。前回小行司に行った時、時間がなかったために行けなかった多賀神社を散策してみました。特に、小行司で一番標高が高いと思われる多賀神社は思っていたより良い神社でした。こんもりと森に包まれているのかと思っていたら、意外と標高があり、田布施方面を見渡すことができました。

       多賀神社への曲がり道と案内         道の途中に木製の展望台
 

 大波野から塩田へ向かう峠から小行司への道を入りました。のんびりとした里山風景を進むとだんだん山道となりました。山道の途中に、多賀神社への分かれ道がありました。その道をしばらく進むと、木製の展望台がありました。地元小行司の有志が建てたようです。その展望台で少し休憩をとりました。その展望台からは、田布施方面を見下ろすことができました。

               木製展望台で休憩しつつ、田布施方面を見下ろして


 展望台から、数百メートル進むと多賀神社に到着です。この神社は、このあたりの山の頂上にあるようです。やはり、田布施方面を見下ろすことができました。この神社の成り立ちが書かれている立札のようなものがありませんでした。しかし、明治時代と思われる石碑がたくさん建っていました。古くからあるのでしょうが、明治時代に整備されたのではないかと思われます。大波野の八幡八幡宮と同じように、砲弾と思われるものが置いてありました。日清か日露戦争で使われた砲弾ではないかと思われます。

       木に覆われた神社の建物           日清か日露戦争の砲弾か?
 

 多賀神社に登る階段から南を振り返ると、田布施方面がよく見渡せました。よく見ると、大波野、田布施川の平野部、平生湾、そして海に浮かぶ、馬島,佐合島,牛島などが良く見えました。もしかして、空気が澄みきっていれば九州が見えるのではないかと思います。神社の石階段に腰かけて眺めを楽しみました。

     田布施川の平野部、平生湾、そして馬島,佐合島,牛島などを見下ろして  


 多賀神社を100メートル下がった所に、6月に登った柳井市の琴石山がよく見える場所がありました。琴石山は、尖った山頂に特徴があるためすぐに分かります。琴石山を少し見た後、柳井方面に向かって下りました。15分位林の中を走ると、柳井市の山村民家にたどり着きました。着いたところは黒杭地区でした。舗装道路を再び小行司方面に戻って大波野方面に戻りました。

             多賀神社から見た柳井市の琴石山、特徴ある頂が見える

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田布施町 麻郷 高松八幡宮10年に一度の大祭(2/2)

2012年09月24日 | イベント,行事



 昨日に続いて、午後1時頃に高松八幡宮に行ってきました。今日は日曜日のためか、昨日よりは少し人が大勢いたように思います。神社の入口外側から数百メートルに渡って車が道路に駐車していました。私はバイクのため、入口そばの神社専用の駐車場に停めました。境内に入ると、出店が神社の入口からずっと並んでいました。そして、そのお店が目当ての子供たちでしょうか、たくさんお店に群がっていました。私は、子供の頃からこの神社によく来ていました。小学校の授業で秋、この神社境内の木々や落ちている木の実の勉強に来たことがあります。

                     昨日より多い参拝客、肩と肩がぶつかりそう


 境内に入ると、賑やかな笛や太鼓の音が聞こえてしました。大波野神舞の奉納です。この大波野神舞は、先日6月中旬9月上旬に散策した山口県田布施町大波野の八幡八幡宮で昔から引き継がれている山口県指定無形民俗文化財です。この神舞があることは以前から知っていましたが、見るのは今日が初めてです。

      大波野神舞「演目2 勧請」          大波野神舞「演目3 四天王」
 

 私は、この大波野神舞はただ決まった踊りを延々は舞うのかと思っていたら違いました。舞にストーリーがあるのです。今回は、「演目1 湯立」から始まって「演目6 恵比寿」でしたが、他にも演目があるのかも知れません。演目の中にいざなぎの命や大国主命が出てきます。私の想像ですが、オリジナルは古事記か何かを題材にして作られたのではないかと思います。そして、江戸時代に大波野に伝わったのではないでしょうか。全ての演目を舞うと2時間位になるのではないかと思います。現代において映画や劇を見るように、江戸時代この神舞を見ることが娯楽の一つだったのではないでしょうか。なお、今回は舞う時間が少なくなったため、「演目5 六神」は省略されました。
 ところで、私が八王子に住んでいた頃、山梨県の湖底に沈んだ街の伝統芸能の舞を見たことがあります。その湖底に沈んでしまった街の人々は、移り住んだ場所で細々とその伝統の舞を受け継いでいました。全国的な過疎化によって伝統芸能はすたれる傾向にあるのではないかと思います。その点でこの大波野神舞は、山口県指定無形文化財とされたので少し安心しています。

                 子供たちが舞う「演目4 日本記」 一番華やかな舞


 大波野神舞が続いている間、社内で抽選をしてきました。誰にでも一つはある抽選券,寄付をした人が一つもらう抽選券,昨日の夜に来た人に配られる抽選券の、合計三つの抽選券を使いました。4等は一つ、5等が二つが当たりました。今日もらっものは、これら抽選券で当たったお菓子三つに、大波野神舞中に舞子さんからばらまかれてゲットしたお餅です。

      並んだ景品と抽選中の方々        私が抽選で当てた4,5等(お菓子)
 

 大波野神舞の奉納が終わると、次に徳山方面で活動している太鼓のグルーブの出番です。私が子供の頃、和太鼓は見向きもされなかったように思います。今、地域おこしが盛んになった結果、太鼓や神舞などの古くからの庶民伝統芸能が見直されるようになったのでしょう。

                徳山の太鼓グループによる、各種太鼓演技


 太鼓演技の次にいろいろ演劇がありましたが、夏野菜の片づけや秋冬野菜の準備がありますので我家に帰りました。流しソーメンを楽しんでいる子供達やおもちゃ屋さんを覗き込んでいる子供たちを横目で見ながら参道を帰りました。参道には、タイ焼き,焼きそば,たこ焼き屋などがあり、あたりには美味しそうな匂いが漂っていました。次の高松八幡宮大祭は10年後です。10年後はどんな大祭でしょうか。

   流しソーメンを楽しんでいる子供たち    大勢の人が出入りしている神社入口 
 

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田布施町 麻郷 高松八幡宮10年に一度の大祭(1/2)

2012年09月23日 | イベント,行事



 9月21~23日山口県田布施町の高松八幡宮で、10年に一度の大祭が行われています。私が子供の頃、この大祭に行った記憶がありません。10年ごとだとすると、私が小学4年生の時に行われたはずなのですが、何らかの理由で参加しなかったのでしょう。私の住む、高塔地区は高松八幡宮から遠いので知らなかったのではないかと思います。

            たくさんの人だかりの高松八幡宮、稚児さんもちらほら


 そう言えば、小学生時代に女子達がお祭りに出るために小学校を早退していたことがあります。このお祭りで巫女か稚児さんになるための練習をするための早退だったのかも知れません。いつもは森に囲まれた静かな神社ですが、今日は大勢の人でとても賑やかでした。

      焼き鳥店などの出店                着飾った稚児さんたち
 

 このお祭りの前に、亡き父親のお彼岸の墓参りをしました。このため、このお祭りに参加するのが少し遅れました。このため、楽しみにしていた稚児さん行列を見ることができませんでした。でも、着飾ったたくさんの稚児さんを見ることができました。稚児さんも親たちも嬉しそうにしていました。大祭のため神社内はいろんなお店が並んでいました。焼き鳥,焼きそば,かき氷,輪投げなどです。その他に、舞台ではショー(この時は山口県出身のグループ「マウンテンマウス」)を見ることができました。子供たちと一緒に楽しく盛り上がっていました。

     人気のかき氷店                  来演中のマウンテンマウス
 

 午後3時になると、神社建物内で、巫女さんの舞う中、神主さんのお祓いがありました。私も靴を脱いで建物内に入り、みんなと一緒にお祓いを受けました。太鼓,笛,巫女さんの鈴などが鳴り響く中でのお祓いでした。巫女さんたちは小学生のようでした。今日のために一生懸命練習したのでしょう。

                  巫女さんの舞う中で、神主さんのお祓い


 お祓いが済んでしばらくして、境内でお餅まきの始まりです。子供たちは皆袋を持って、おお張り切りです。お餅がばらまかれると、みんなお餅めがけて右や左りに駆け回ります。私は写真を取ったりしていたので、四個だけお餅を拾いました(1個はダイレクトキャッチ)。子供たちやお母さんたちをみると、みんな10個以上のお餅を手にしていました。夜や明日もお餅まきがあるので、今後も賑やかになりそうです。

               お餅がまかれると、子供たちが右へ左の大騒ぎ


 まかれたお餅を見ると、紅白の小さめのお餅でした。我家は母親と二人暮らしですので、4個程度のお餅で十分です。その他、この大祭へ寄付をした方には、赤飯,お神酒などが配られました。これらを持って家に帰りました。なお、夜には音楽演奏会あるので、もう一度神社に来ることにしました。

      お餅まきで拾ったお餅4個          いただいた赤飯やお神酒など
 

 夕方、6時半に再び高松八幡宮にやってきました。あたりはすっかり暗くなって、懐中電気がないと歩くことができません。提灯の明かりを頼りに石階段を上りました。すると、人が少ないかと思っていたら、人が多いのでびっくりしました。ほとんどの方が、音楽演奏会終了後のお餅まきがお目当てではないかと思います。

   提灯の明かりを頼りに石階段を上る      思いがけず、社にはたくさんの人が
 

 社に着いてしばらくすると、すぐそばの舞台で演奏が始まりました。平生で活動しているビッグバンド「スイングスターズ」の演奏です。最初の曲は、アメリカのグレンミラー楽団のインザムードでした。他にもビートルズの曲など、懐かしい曲を演奏していました。私は、40年位前に東京で大学生活をしていた頃、大学のビッグバンドジャズ楽団にも所属して金管楽器トロンボーンを担当していました。この高松八幡宮で思い出の曲を聴くことになろうとは思ってもいませんでした。当時演奏旅行などで、高橋真梨子,海援隊,青い三角定規などのフォークグループの前座によく出ていました。私が若いころにジャズを演奏していたことを話すと、みんな驚きます。演奏を気持ちよく聴いていると、残念ながら雨が降って来ました。雨具を持って来なかったため、演奏途中で帰ることにしました。

           懐かしい!!私も40年位前、ビッグバンドジャズ楽団に所属

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竹を切り出して、U字支柱作り

2012年09月22日 | 農機具,工具

 これからキャベツの苗を植え付けます。キャベツは虫の被害がとても多いため、私は常に寒冷紗を使って虫が来ないように防いでいます。寒冷紗はキャベツの畝にU字支柱を刺してから、その上を覆います。そのU字支柱に何を使うかこれまでいろいろ悩みました。八王子にいる時は市販の支柱を使っていましたが、支柱が曲がったり破損した時の廃棄にとても困りました。
 先日、種をまいた白菜の場合は、家にもともとあったグラスファイバー製の支柱を使いました。しかし、古いグラスファイバーだったため極小のファイバーが手に刺さって怪我をしました。このため、今後は危険なグラスファイバーは使いません。我家に豊富にある竹をU字支柱に加工して使うことにしました。実際、3年前に竹を使ってU字支柱を作ったことがあります。昔は、U字支柱はみな自家製の竹だったように思います。

    切り出した竹の節のしきりを取る         斧を使って竹を半分に割る
 

 竹製のU字支柱の作り方ですが、竹林に行って太い竹を切り出して枝を取り払います。そして、根元の方から長さ180cmごとに切ります。次に、竹筒の節のしきりを鉄棒を使ってくりぬきます。これは、節のしきりがあると竹を割りにくいからです。節のしきりを全て取り払うと、斧を使って竹を割ります。ある程度割ると、足と腕を使って引き裂きます。

             斧を使って半分に割った竹、太い竹を割るには結構力を必要


 半分に割った竹は、さらに幅3cm程度になるように鉈で裂きます。一つの竹筒で6個程度ができ、一本の竹では24本程度ができます。竹を細かく裂くと、今度はその両端を尖るように斧で加工します。尖らせる理由は、支柱として使用するときに先端を容易に地面に刺せることができるようにするためです。

      鉈を使って竹を細かく裂く              竹の両端を尖らせる
 

 これで、20個以上の竹製のU字支柱が出来上がりました。ただ、このままでは、U字ではなく直線のままです。U字型に曲がるように、しばらく地面に刺しておきます。このようにしておくと、形がU字になり容易に寒冷紗の支柱として使えるようになります。

              U字の曲がりがでるように、地面にしばらく刺しておく

 それぞれの竹は、節の数,節の偏り,太さなどが微妙に異なります。地面に刺した竹の曲線をよく観察します。そして、変な形に曲がっている竹は、火であぶってその曲がりを修正します。このようにして、すべての竹を綺麗なU字型に仕上げます。
 1日程度地面に刺して曲がりを付けると、竹製のU字支柱の出来上がりです。ただ、竹は自然に枯れて腐敗し折れやすくなるため、使えるのは2年程度です。2年経ったら、新しいものに作り替えます。

     竹の曲がりをよく観察、綺麗なU字型になるように火であぶって曲線を修正

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雑穀(ヒエ,シコクビエ,アマランサス)の収穫

2012年09月21日 | 麦,穀類,雑穀

 山口県は東京に比べて、少し暖かいような気がします。野菜などを栽培してみて強く感じます。一番感じるのは、害虫がとても多いことです。春には毛虫が多いし、茎の中に入るずい虫がとても多いことです。ただ、アブラムシが少ないのが不思議です。見方を変えれば、虫の生存のバランスが東京と異なるように思えます。二番目に、暖かいためか野菜の成長が早いことです。今回雑穀を収穫したのですが、東京に比べて数週間早く成熟するようです。同じ雑穀を栽培しても、東京や山梨県では雑穀は10月に、この山口県では9月末に収穫できます。

          収穫して束ねたヒエ、予想より早めに収穫


 今回収穫した雑穀は、ヒエ,シコクビエ,そしてアマランサスです。、ヒエ,シコクビエは東京や山梨県の山間地区に住む古老に30年以上前にいただき、長年種継ぎしたものです。種継ぎした種は少量ですので、今年の収穫量はわずかです。今年は種を増やすための栽培でしたので、来年は食べることができる量の雑穀を栽培してみようと思います。


         害虫の被害にあうも、収穫できたシコクビエ


 今年作った雑穀のうち、アマランサスは種の色が、黒色一種類、白色一種類、乳白色一種類の三種類を栽培しました。アマランサスは粟以上に粒が小さいのでどう調理してよいか分かりません。10年位前にみそ汁に入れて食べました。火に通すと、ポップコーンのようにはじけます。火を通せば食べやすいようです。量が多ければ、製粉して団子などにして食べてもいいかも知れません。

    アマランサスの巨大な穂        極小のアマランサスの種粒
 

 どの雑穀も、来年栽培用の種を取るためだけの少ない収穫量です。収穫した各雑穀の種(穂)は、すぐに小屋の中に吊るして干しました。二週間程度干してから、穂についた種子を取ろうと思います。来年はこれらの雑穀に加えて、キビやアワも作ってみようと思います。猫のしっぽのような穂で出るアワは、特に作ってみたいと思っています。下の写真のうち、Hはヒエ,Sはシコクビエ,A1は種が乳白色のアマランサス,A2は穂の色が赤く種の色が白色のアマランサスです。
 子供たちが小さい頃、子供たちを連れて山梨県などの山間地区の古老を訪ねたことがありました。子供たちと一緒に古老の家に泊まりながら、これら雑穀の栽培や収穫を手伝ったり、調理方法を教わって食べました。子供たちも、茅葺きの家、木製のお風呂、飼われていた犬、囲炉裏(山梨では「ひじろ」と呼ぶ)などを楽しんでいました。今後、暇を見ては古老からいただいた雑穀を栽培し、その調理を楽しもうかと思っています。

          小屋の軒下に吊るして乾燥中の雑穀の穂

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栗の初収穫

2012年09月20日 | 樹木,果樹

 先日の台風後、畑の脇を歩いていてふと下を見ると栗がたくさん落ちていました。我家に栗の木があったとは知りませんでした。風で落ちたにの違いありません。ほとんどの栗はいがに包まれていました。いが栗を靴で踏みつけて割り、中の栗を取り出しました。やや小ぶりの栗でした。落ちた栗をそのまま放置しておくと、タヌキが食べてしまいます。このため、落ちた栗をすべて収穫しました。

                  畑の隅に落ちていた、たくさんのいが栗


 母親の話では、数年前に栗の木が倒れたそうです。その時以来、栗が取れなくなっていたそうで、今回栗が取れたのは栗の木が倒れて以来だそうです。倒れた木から芽が生えて、それが大きくなって再び栗が取れるようになったようです。私が、山口県に帰ってからいろいろ邪魔な木を伐採しました。誤ってこの栗の木を伐採しなくてよかったです。

     落ちない栗がまだ木の上に          小ぶりな栗、いがの中にたくさん
 

 今年収穫できた栗は、味を楽しめる程度のわずかな量です。木は今後、倒れる前のような大木になるでしょう。そうすれば、来年からさらにたくさんの栗が収穫できるようになると思います。たくさんの栗が収穫できれば、大好きなモンブランのような菓子を自分で作れるようになるかも知れません。まずは、収穫した初栗を食べてみようと思います。
 ところで、東京八王子市に住んでいた頃、どんぐり類を調理して食べたことがあります。その生食できるシイ類のどんぐりがこの付近には生えていません。栗とは別に、生食できるどんぐりを植えてみようかと思っています。

      いが栗から取り出した栗            無心に蒸し栗の皮を剥ぐ母親          
 

 今年は小ぶりの栗ばかりでした。来年はもう少し樹木が大きくなるので、今年よりは大きな栗がたくさん収穫できると思います。そうすれば、隣りにも差し上げることができると思います。山口県に帰って栗が収穫できるのとは思ってもみませんでした。この栗、植樹することがとても好きだった亡き父親の形見かも知れません。数年前まで、父親が東京にしいたけなどと一緒に栗を贈ってきたことを思い出しました。

           今回収穫した、ボール一杯の栗(蒸した後)

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シンガポールからのジグソーパズル

2012年09月19日 | 家族関連

 9月15日、不思議な手紙が来ました。便箋がジグソーパズルになった手紙です。この日は出かけていたので、帰るまでこの手紙が来たのを知りませんでした。母親がこの手紙を受け取って、私が家に帰った時にはこのパズルを組み合わせ終わっていました。この手紙は、シンガポールにいる娘からのものでした。敬老の日に合わせて、また10月の結婚式出席に合わせて贈ってきたようです。ただ、数ピース紛失していたので数行読めなかったのは残念でしたが、だいたい読めました。贈ってくれた気持ちは嬉しいものです。
 娘からは、この4月と去年の9月に花束が贈られてきました。10月、帰国する孫娘と再び会えるので母親はとても喜んでいます。

               シンガポールから贈られてきたジグソーパズル便箋


 娘からの、赤青の縁取りの封筒を見て懐かしくなりしました。私が高校生の頃、沖縄の文通相手に出していた手紙もこのような便箋を使っていました。当時、沖縄はアメリカの施政下のありましたのでこのような外国あての封筒を使っていました。また、当時英語の勉強に良いとの勧めで、確かアメリカ人と文通をしていました。その時もこのような便箋を使っていました。そして、ブラジルにいる親戚に手紙を出した時にも、赤青の縁取りの封筒を使っていました。今、このような封筒を使うことはありません。インターネットが全世界に普及していため、意思疎通だけならメールで十分な世の中になってしまいました。
 文通で思い出しましたが、北海道の方とも文通をしていました。その方から北海道の物産や手織りの紺色のマフラーなどが贈ってきたことがあります。私が何を送り返したか忘れてしまいましたが、達筆の上に猫好き(2匹)な方でした。文通していた方と逢ったり,贈ったり,もらったりなど、文通以上に親しくなった方もいて、今やはるかに遠い思い出です。

               高校生の頃によく使っていた、外国宛ての封筒

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陸稲(うるち,もち)の稲刈りを開始

2012年09月18日 | 稲:稲刈り,脱穀,精白

 稲刈りするための稲刈機(通称:バインダー)を直したので、陸稲の稲刈りをする体制が整いました。しかし、稲刈りする前に雑草を取り除く必要があります。陸稲(もち)畑の草取りと土寄せは完了していたのですが、陸稲(うるち)畑はまだでした。このため、稲刈りする前日に雑草を取って軽く耕運機で畝間を耕運しておきました。これで、稲刈機を使うことができるようになりました。
 
        畝間を草刈機で除草            除草後、畝間を耕運機で耕す
 

 陸稲(うるち)畝間の除草耕運後、稲刈機を使って稲刈りを開始。手刈りしても良かったのですが、刈り取った稲を束ねるための乾いた稲がありません。このため、今年はすべて稲刈機で陸稲を刈り取り結束します。この稲刈機を最後使ったのは2年前です。ちゃんと稲刈りして結束できるか心配ですが。杞憂でした。

              2年ぶりに使う稲刈機、快調に陸稲を刈り取り


 この稲刈機、いただいてから一度も刃を磨いていないためか、稲の刈り口がやや荒れていました。そこで、山口クボタ田布施支店に行って刃を磨いてもらえるかどうか聞いてみました。すると、刃を研ぐことはしていないとのことでした。昔は、鉄工所などで刃を磨いてもらっていましたが、今は自分で磨くしかないようです。
 最初に稲刈りした稲束を、仏前にある亡き父親の写真前に手向けました。父親と一緒に稲刈りしたかったのですが、かないませんでした。あの世できっと喜んでくれていると思います。手向けている時、去年2年前3年前と、父親と一緒に農作業したことを思い出しました。

        刈り取り結束された稲束          亡き父親に手向けた最初の稲束
 

 三か所の陸稲(もち)畑のうち、一か所の稲刈りはすぐに済んでしまいました。しかし、残り二か所の陸稲(もち)畑は、とても稲刈機で稲刈りできる状況ではありません。陸稲より雑草の方が大きく育ち、手刈りするしかありません。収量も極小になりそうです。来年の種用としてしか収穫できそうもありません。陸稲の栽培に、実質的に今年初めて挑みました。その結果は散々でした。散々な理由は二つです。一つは、雑草対策にとても苦労したことです。もう一つは、痩せた土地での陸稲栽培は困難であることです。来年は、今年の反省を元に再度チャレンジしようと思います。

            刈り取ったばかりの陸稲(うるち)を小屋内で乾燥中


 刈り取った陸稲(うるち)の稲束は、すぐに牛小屋内に干しました。小屋内は全く雨が降り込まないので、2週間程度で自然乾燥すると思います。
  陸稲(うるち)畑の稲刈りが済むと、我家から少し離れた陸稲(もち)畑に行って稲刈りしました。そして、前回はさ掛け用に準備し竹に稲束を掛けて自然乾燥させることにしました。ここは雨露がかかるので、乾燥まで3週間程度かかるのではないかと思います。10月に脱穀します。この畑は乾燥地のため、陸稲はとても少ない収量となりました。しかし、我家でお餅や鏡餅を作る程度のもち米は収穫できました。来年用の種を取った残りを、籾摺り,精米して、お餅や鏡餅にしようと思います。

     陸稲(もち)畑で稲刈り         刈り取った稲束をはさ掛けして自然乾燥
 

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稲刈機(バインダー)の修理 2/2

2012年09月17日 | 農機具,工具

 タイヤを直した稲刈機(バインダー)ですが、もう1つエンジンの吸入口部品の故障です。山口クボタ田布施支店から、その部品が届いたとの連絡がありました。すぐにその部品を取りに行きました。たいした部品ではないように思うのですが、4000円弱かかりました。昔のエンジンは自分で直せたのですが、この30年の間にだんだん直しにくくなってきました。原価低減のためか、プラスティックの採用が多くなったためです。そのため、一度破損すると交換するしか修理の方法がないケースが増えてきたように思います。

            故障したエンジン吸入口、エアーフィルターと蓋の破損


 交換した部品は二つです。一つは吸入口の蓋です。この蓋の留め具が破損して割れました。金属の蓋だと叩いたり溶接して直せるのですが、プラスティック部品は交換するしか直す手立てがありません。もう1つの部品は、空気中のゴミを濾すフィルターです。永い間の使用によって目詰まりがひどく、このさい交換することにしました。

    取り寄せた二つの部品、右が蓋        交換した吸入口のエアーフィルター
 
 
 古いエンジンが壊れた場合、素人ではどうして直せない個所があります。それは、エンジン点火のためのコイルです。以前小型耕運機のコイル(CDI)を交換修理したことがありますが、1万円以上かかりました。この古い稲刈機(バインダー)もコイルが壊れたら直せません。コイルの価格を山口クボタ田布施支店に聞いてみました。すると、2万弱円とのことでした。1万円弱ならば予備として購入してもよいかと思いましたが、高いので購入はやめました。
 今回、タイヤの自分流修理とエンジン吸入口のエアーフィルター交換によって、稲刈機はより元気に動くようになりました。陸稲の稲刈りに、すぐにでも使おうと思っています。

              新品に取り替えたエンジン吸入口エアーフィルターの蓋

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稲刈機(バインダー)の修理 1/2

2012年09月16日 | 農機具,工具

  今から10年ほど前、東京八王子市で近所の農家の方からいただいた稲刈機(バインダー)に故障が見つかりました。二つの故障です。さしさわって刈り取りができない故障ではないのですが、早めに直しておいた方が良い故障です。一つは、タイヤがパンクしたことです。二つ目は、エンジン部品の一つで空気吸入口のカバーが折れて外れていたことです。このバインダーはクボタ製です。部品を取り寄せるため、山口クボタ田布施支店に行きました。

     バーナーで焼き、ピンを取り外す       ようやく取り外したタイヤ固定ピン
 

 最初パンクしたタイヤのチューブを注文しようとしたのですが、タイヤの型番が分からないと取り寄せられないとのことで、いったん我家に帰りました。エンジンの部品だけ注文しました。我家に帰ると、タイヤの型番を調べた上でパンクを修理できるようにタイヤを本体から外しました。しかし、タイヤを固定しているピンが固着していたため外すのが大変でした。バーナーで焼くなどした上で、ようやく取り外すことができました。

                    パンクしたタイヤを、苦労の上取り外す


 タイヤを外して驚いたことは、このタイヤはチューブレスだったのです。チューブが無いため、タイヤのヒビを通して空気が漏れていました。このタイヤはもう使えません。交換するしかありません。ちなみに山口クボタ田布施支店に戻って値段を聞くと数万円とのこと。年に数回しか使わないのに数万円とは。パンクのままでも稲を刈り取ることができるため、タイヤを交換することは諦めました。

    タイヤの型番20X9.0-7                           このひび割れから空気漏れ
 

 タイヤはチューブレスのため、タイヤの中は空っぽです。ペッタンコのタイヤでは、道路や畑で動かすときにゴロゴロしてとても使いずらいです。なんとかできないかと思っていた時、高齢者が乗っているシニアカーのタイヤには、空気ではなく発泡スチロールが入っているとの話を思い出しました。発泡スチロールは無理だとして、包装材としてよく見かけるプチプチをタイヤの中に入れてはどうかと思いました。パンクのままよりは良いはずです。さっそく実行しました。プチプチをタイヤの中にギューギューと詰め込みました。

           包装材プチプチを入れている途中のタイヤ


 最初は簡単にプチプチを入れることができましたが、プチプチがタイヤ内に充満してくるとだんだん入れにくくなりました。それでもギューギューと押し込みました。そのプチプチが充満したタイヤを元のようにバインダーに取り付けました。ネジ類は錆びていたため、新しいものに取り替えました。固着していたピンはヤスリで磨いて再利用しました。

      タイヤをバインダーにはめる          ネジを新調し、ピンを差し込む
 

 タイヤを取り付けた後、バインダーを動かしてみました。すると、パンクしていた時よりもバインダーの取り回しが楽になりました。タイヤ内にプチプチを充填したことは正解でした。お金を使って部品を交換するのではなく、知恵を使って修理することは痛快です。2~3日後に台風が来るようですので、その前にこのバインダーをフル活用して早めに稲刈りを済ませようと思います。

               パンクしたタイヤを修理した稲刈機(バインダー)

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