東京里山農業日誌

東京郊外で仕事のかたわら稲作畑作などをしていましたが、2012年4月に故郷の山口県に拠点を移して同活動をしています。

郷土館 「田布施町 江戸~昭和の自然災害に学ぶ」展の準備

2016年07月31日 | ふるさと

 田布施町郷土館では8月1日~31日の1ヶ月間、「田布施町 江戸~昭和の自然災害に学ぶ」展を開催します。その展示会の準備をしています。まずは2日前、郷土館入口に看板を二枚建てました。そして、今回、郷土館内にたくさんの展示物を掲示しました。展示会の準備が完了すると、災害に関係すると思われる消防団、災害に関心があると思われる議員さんなどに資料をお渡ししました。

    「田布施町 江戸~昭和の自然災害に学ぶ」展の準備が終わった郷土館     


 災害と言うと、今の人は台風,土砂崩れ,地震などを思い浮かべます。しかし、江戸時代はそんなものでは済まされない、生きるか死ぬかの災害が日常茶飯事でした。食料であった稲の不作が毎年のようにありました。また、天然痘などの疫病も絶えずありました。例えば、享保年間の大飢饉では、ほぼ1/3の人たちが飢えて亡くなりました。生きる残ることが奇跡な時代だったようにも思えます。

   郷土館前に建てた看板           展示物のパネル配置計画図
 

 江戸時代は子供の死亡率がとても高く、7歳まで育つことが困難だったようです。そのため、七五三の催しが切実だったことが分かります。平生町佐賀の、とあるお大師堂には「たくさんの子供が亡くなったため建立された。」との言い伝えがあります。飢饉や疫病が発生すると、最初に子供が犠牲となったのでしょう。

  左は約400年前の田布施の地形    右は田布施町の合併・分離の歴史


 江戸時代は今から150年~400年位前のことで、現在の人には想像もつかない時代だと思います。当時を理解していただく一つとして、今の田布施川が無かった400年位前の地形図を展示しました(※田布施川は人工の川で、400年位前には存在しない)。そして、今の田布施町は昭和30年に合併してできましたが、それまでの400年間の合併・分離の歴史も図示して分かりやすく説明しました。
 さて、何人位の方が郷土館に来館されるでしょうか?

    田布施町 江戸~昭和の自然災害に学ぶ」展の準備をする郷土館職員 

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とても疲れる真夏の草刈り(2/3)

2016年07月30日 | 稲:田植え,草取り

 今日も仕事から帰った後、草刈りをしました。今回は、サツマイモ畑の除草を中心に作業しました。サツマイモは茎が雑草の間に伸びているため、そのまま除草するとサツマイモの葉も雑草と一緒に刈ってしまいます。そのため、草刈りする前にサツマイモの茎を雑草から離しておきます。そして、雑草だけを刈り取るのです。

    雑草に埋まったサツマイモ       サツマイモの茎を避けながら除草
 

 サツマイモの茎を避けている時、サツマイモの植穴から伸びている雑草は手で引いて取りました。サツマイモはあまり肥料をやりすぎると、葉ばかり茂って芋ができません。そのため、肥料を与えていません。それでも、雑草が生えていると少ない肥料分をサツマイモから奪ってしまいます。そのため、雑草はすべて取り除きます。

    除草前のサツマイモの畝       サツマイモ畝の南側を除草
 

 このところ一滴の雨も降りません。雑草は硬くしまっており、紐式の草刈機ではなかなか切れません。そのため、二段から三段で刈り取りしています。つまり、草の上の方を刈り取り、次に中断の茎を刈り取り、最後に根っこに近い部分を刈り取りしています。なかなか能率が上がらないのですが、熱中症にならないよう休み休み、着実に草刈りを進めています。

             綺麗に雑草を刈り取ったサツマイモの畝

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とても疲れる真夏の草刈り(1/3)

2016年07月29日 | 稲:田植え,草取り

 猛暑の中では人の動きは鈍くなります。涼しい風が吹く場所でのんびりするか、クーラーの入った部屋でごろごろしたくなります。しかし、雑草はここぞとばかり元気に成長します。先日、小麦の刈り取りをした畑見渡す限りの雑草畑になっていました。これでも、1ヶ月前にサツマイモの雑草を取った時に畑全体を草刈りしたのです。しかし、いつの間にか雑草王国になってしまいました。

   どこを見ても雑草ばかり         この雑草を刈り取り途中
 

 近いうちに小麦の脱穀を計画しています。そして、ジャガイモの掘り上げもしなければなりません。また、枝豆と小豆の種まきもしなければなりません。これらの農作業をするためには、とにかく生い茂った雑草を少しでも刈り取ろうと思いました。そこで、これからの毎日夕方に草刈りを始めました。

              小麦を育てていた畑の2/3を草刈り


 夕方は日が傾いて少しは涼しいのですが、2時間程度しか作業できません。今回は、ジャガイモ畑と小麦畑を草刈りをしました。1日経つと、刈った草はからからに乾きます。この乾いた畑をトラクターで耕耘しようと思います。とにかく、草刈機を使うとは言え、猛暑の中での作業はきついです。

       綺麗に刈り取った小麦畑、今後トラクターで耕耘予定


 天日干ししている小麦を調べました。すると、すみっこに干した小麦はハトなどに少しばかり食べられていました。しかし、大きく減っていなかったので安心しました。ただ、天日干し時間が長かったので、虫に入られていると思います。脱穀後、脱酸素や天日熱で駆虫しようと思います。とにかく、なんとかこの一週間内にめどをつけようと思います。疲れる!疲れる!

   草刈り前のジャガイモ畑          草刈り後のジャガイモ畑
 

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害虫アワノメイガに食害されるトウモロコシ、やれやれ!

2016年07月28日 | 野菜:果菜

  6月中旬に種を撒いたトウモロコシ、雑草がだいぶ茂ってきたため除草しました。肥料をほとんどやっていないため、残肥料によるのでしょうか育ちに違いがでていました。それと、地面が湿っている畝は比較的育ちが良いのですが、乾き気味の畝は育ちが良くありません。不思議なことに、湿っている畝は日当たりが悪く、乾き気味の畝は日当たりが良いのです。

           耕耘機で除草中のトウモロコシ畑


 トウモロコシを除草しながら気が付いたのは、害虫であるアワノメイガが大発生していることです。この虫は、小さいときは葉の髄に入り込み、大きくなると芯の食い込むことです。今は葉の髄に入っているのですが、そのうち芯に食い込むと思います。芯を食い尽くすと、茎がポキリと折れるのです。この害虫はトウモロコシの髄や芯の中で育つため、農薬がほとんど効きません。とても困った害虫なのです。

   アワノメイガに食われて穴だらけ      葉の髄から出たアワノメイガの糞
 

 試しに、アワノメイガが食い込んだ葉の髄を割ってみると、小さなアワノメイガが出てきました。トウモロコシの栽培が難しいのは、ひとえのこの虫が発生するからです。農家のように畝全体を網で囲めば防ぐことができます。自給程度しか栽培しない私のような者にとって、それはとても負担です。今年のトウモロコシ収穫は、とても悲惨ではないかと予想しています。やれやれ!

          葉の髄を折ると、出てきた憎っくきアワノメイガ

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フジバカマと雑穀の生育が順調

2016年07月27日 | 麦,穀類,雑穀

 仕事から帰ると、毎日1時間程度農作業をしています。今回は、最初に藍の除草と土寄せをしました。藍の周りを耕耘機を使って除草し、クワを使って土を藍の根元に寄せました。こうすることによって、今後大雨や台風がやってきても倒れることが少なくなります。

     土寄せをしている藍           耕耘機を使って除草中
 

 次に、1週間ほど前に苗を植えたフジバカマの除草をしました。植え付け後、一滴の雨も降っていないに元気です。葉がしおれたり枯れたりする様子が見えません。さすがに、雑草だけあって強いのでしょう。よく見ると、新しい芽が出ています。このまま、大きくなって、来年はぜひ花を咲かせて欲しいものです。そして、アサギマダラが蜜を吸いに来て欲しいものです。

             新しい芽が出てきたフジバカマ


 フジバカマの除草が終わると、種継ぎ用に植えていた雑穀の除草をしました。稗,シコクビエ,そしてアマランサスです。私が育てている稗は、田んぼに生えている雑草稗ではなく、江戸時代の田布施でもわずかに栽培されていた食用稗です。晩秋に採種しようと思っています。シコクビエは四国,中部,東北などの山地で栽培されていました。田布施では、栽培されていた記録がありません。アマランサスは、明治になってから日本に入ってきた比較的新しい雑穀です。

   育っている食用稗     シコクビエ       種が極小のアマランサス
  

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すこし早めの、秋ジャガイモの植え付け

2016年07月26日 | 野菜:芋類

 この前、秋冬キャベツの苗を植えましたが、今度は秋ジャガイモの種芋を植え付けました。たまたま園芸店に行くと、種芋を売っていたので思い出しました。そろそろジャガイモを植える時期なのです。去年は8月末に植え付けましたが、今年は1ヶ月早い7月末の植え付けです。春にのらぼう菜を育てていた畝を、秋ジャガイモ用に転換しました

   雑草畑を草刈り     耕耘機で畑を耕耘      畝中央に肥料
  

 春に植えるジャガイモは、種芋を適度な大きさに切断します。しかし、秋ジャガイモは切断しません。夏のため、切断口からバイ菌が入ってすぐに腐るからです。売っている種芋は小粒の種芋ばかりです。購入したジャガイモの品種は「出島」です。秋用のジャガイモです。私が好きな品種である「農林1号」は売っていませんでした。ちなみに去年は「おきな」を植え付けました。

        肥料を畝に混ぜ込むため、耕耘機で畝の中央を耕耘


 元々のらぼう菜の畝だった畑は雑草だらけでした。そこで、最初に草刈機で雑草を刈り取り、続いて耕耘機で丁寧に耕しました。そして、肥料をまいてから、再度畝の中央を耕して肥料を畝に混ぜ込みました。次に、畝の端から端へ巻き尺を引きました。

   畝に巻き尺を引く    秋ジャガイモ「出島」      種芋を一粒ずつ置く
  

 種芋を手に取って、30cm間隔で種芋を畝の中央に置いていきました。そして、最後にレーキを使って土寄せするように種芋の上に土を被せました。被せた土の暑さは5cm位です。お盆頃に芽が出るのではないかと思いますが、芽が伸びたころを見計らって土寄せしようと思います。そして、霜が降りる頃にジャガイモを収穫するつもりです。秋ジャガイモは育つ期間が短いので、あまり大きなジャガイモは望めません。ですが、冬の貴重な収穫物です。今年の冬も、美味しいジャガイモが収穫できるでしょうか。 

      レーキを使って、土寄せするように種芋の上に土を被覆

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田布施町 地域協力隊員による藍染め体験のお手伝い

2016年07月25日 | 綿栽培,糸つむぎ,織り,染色

 この秋に、田布施西小学校の西の寺子屋で子供達に生藍染めを体験させる計画を立てています。そのために藍を育てているのですが、今年田布施にやってきた地域協力隊員のK君がある日郷土館にやってきました。

     藍染めの方法を説明しているk君と、それを聞いている参加者の方々


 彼は麻里府小学校跡地で藍染めを計画しているとのこと。私が藍染めをしていることをどこかで聞いたようで、彼の藍染めに協力することになりました。私は藍染め当日に、植物としての藍の解説や藍の葉を使って直接染める生藍染めの話をすることになりました。

        持ってきた布を、楽しそうに藍染めする参加者の方々


 藍染め当日の最初、k君は大きめのタライに水を入れ、続いて藍の染料が入っている袋を開けてタライに入れ始めました。入れるとさっと水が青く染まります。すべてのタライに藍の染料を入れ終わると、k君は藍染めの方法を参加者に説明し始めました。その時、私の紹介もありました。

  最初、布を水洗い   藍が入ったタライに浸ける    最後に水洗いして乾燥
  

 参加者には私の知った方々が多くいました。そのため、藍染めを見ながら談笑しました。私の見る限り、大人よりも子供達の方が興味津々で染めていました。藍は繊維を染色するのですが、気を付けないと飛び散った染料が皮膚も青く染めてしまいます。しかしながら、特に男の子は手袋をするのが面倒なのか、皮膚が青くなることが気にならないのか、しばらくすると手袋を脱ぎ捨てて染色に夢中になっていました。数日間手足が青いままとなりますが、毒ではありません。楽しい体験になったのではないでしょうか。

       大人よりも子供達の方が藍染めに夢中、なんだか楽しそう!      


 藍染めが一区切りついた時、私は植物としての藍について解説しました。その説明のため、今育てている藍一株を植木鉢に入れて持ってきました。そして、タデ科であることや、葉が枯れるとやはり青くなること、タデ科固有の地味な花が咲き、種が取れることなどを説明しました。もし来年、種から藍を育てたい方には、この秋に私が種を採種して差し上げることにしました。持ってきた藍一株は参加者の一人に差し上げました。

  男の子達も楽しそう    お母さんと一緒に藍染め   お母さんと娘達も
  

 今回の藍染めは、染めることが中心で絞り染めなどはあまりしませんでした。しかし京都などで行われている本格的な藍染めでは、型紙(切り絵)と糊を使って見事な模様を付けたりします。次回藍染めをするときは、絞り染めに加えて、型紙や蝋を使って模様を付けるなどするとさらに良いと思います。あるいは、藍以外の自然の染料を使ってみるのも良いかと知れません。子供達の夏休みの課題に染物を取り入れても良いかも知れません。
 参加された方々全員が藍染めを楽しんでいました。暑い中、企画したk君も参加した皆さんもお疲れ様でした。

         皆さんが藍染めした、乾燥中の布や服の数々

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秋冬キャベツ苗の植え付け作業(2/2)

2016年07月24日 | 野菜:葉菜

 次の日の夕方、キャベツの苗を植え付けました。ところが、苗の状況が思わしくありません。いつの間にか虫がついたようで、葉のあちこちに穴が空いていました。さらに、水やりを一度やり忘れてしまい、葉が縮んで枯れたようになっていました。私の手落ちです。

            キャベツの苗を次々に移植   


 苗の中で比較的状態の良いものを移植しました。12個の苗を移植しました。植え幅間隔を1mではなく80cm位にすれば、もう2,3本多く植えることができました。しかし、我家は二人だけですので、12個のうち8個位しか育たなくても十分すぎるほどです。

   虫に食われ縮れたキャベツの苗        白の寒冷紗を被覆
 

 苗の植え付けが終わると、白い寒冷紗を畝に被せました。そして、その上を覆うように黒い寒冷紗を被せました。黒い寒冷紗を被せたのは、植えたばかりの苗を直射日光から守るためです。また、キャベツは夏の暑さに弱いので、畝を涼しく保つためでもあります。遮光率50パーセントですので、周りより涼しいはずです。

          横に土を載せて白い寒冷紗を畝に固定


 8月も終わりになり、気候が涼しくなれば黒い寒冷紗は取り外します。白い寒冷紗は、農薬を使わないための防除のためです。虫がいなくなる11月末に外します。そして、その頃に美味しいキャベツの玉が収穫できるはずなのですが、うまく育ってくれるでしょうか。今は、苗が夏の暑さに耐えて、しっかりと根が張ってくれればと思います。

  白い寒冷紗の上に黒い寒冷紗を被覆   黒い寒冷紗が外れないようレンガを置く
 

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秋冬キャベツ苗の植え付け作業(1/2)

2016年07月23日 | 野菜:葉菜

 猛暑の時期ですが、そろそろ秋冬野菜の準備をしなければなりません。今回はキャベツの苗を植え付けました。猛暑の今は、園芸店ではまだ苗を売っていません。先日ポットに植え替えをしたキャベツの苗を畑に植え付けました。まずは、苗を植え付ける畑を耕しました。

  
耕耘機で畑を耕耘     元肥料を畝に撒く      畝を鞍型に整形
  

 この春までネギなどを植えていた畑を、丁寧に耕耘機で耕しました。そして、真ん中に肥料を施しました。そして、その真ん中を一度耕耘機で耕した後、クワを使って畝が鞍型になるように盛り上げました。そして、レーキを使ってきれいな鞍型になるよう丁寧に整形しました。

       レーキを使って、畝がきれいな鞍型になるよう整形


 畝をきれいに整形すると、黒マルチを張りました。そして、黒マルチの脇に土を置いて固定しました。我家ではそれほど多くのキャベツを消費しないので、12個のキャベツ苗を育てることにしました。やや大きくなるキャベツのため、余裕をもって株間を1mにしました。

   黒マルチを張る      黒マルチの脇を固定    1m間隔で穴あけ
  

 巻き尺を黒マルチに引いて、苗を植える穴を1m間隔で開けました。これらの作業は午後4時頃になってしたのですが、それでも猛暑のため暑くてたまりません。苗は明日夕方涼しくなってから植え付けることにしました。穴あけ、U字支柱を刺して、キャベツ苗の植え付け作業は終わりとしました。続いて、やり残した草刈りをしました。夏の草刈りは汗だくで疲れます。30分位で草刈りを切り上げました。

         穴あけ後にU字支柱を刺して、今日の作業は終わり
 

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柳井市 楽しかった余田・新庄の史跡巡りウォーキング(3/3)

2016年07月22日 | 歴史探訪他ウォーキング

 江戸の昔、文字が書ける職業は三つありました。一つ目は武士、二つ目は商人、そしてお寺です。ただ、武士の中には数字は商人が扱うものだからと数字を卑下する人もいたとか。その点、多くのお寺は江戸時代に寺子屋を開くなどしていました。そのため、世界的に見て当時の日本は文盲率が低くかったようです。それが明治以降の近代化を受け入れる下地の一つとなったのではないでしょうか。

            積蔵寺のご住職のお話を拝聴


 積蔵寺でご住職のお話をお聞きしていて、少しばかり出発が遅れました。積蔵寺を出ると、大祖荒神社を見学しました。大祖荒神社は大祖公会堂前の小高い丘の上に鎮座しています。この荒神社が最後の昇り降りでした。続いて、新庄の田んぼの中を歩きました。

  積蔵寺の三十三地蔵     大祖荒神社に向かう    大祖荒神社
  

 新庄の広い田んぼを渡ると、セブンイレブンに向かいました。到着すると、私は冷たいアイスコーヒーを買いました。他の方々は、アイスクリームや氷菓子を買っていました。セブンイレブンで少しばかり休憩したのちと、広大な新庄~余田の田んぼの真ん中を歩きました。2km位歩いたでしょうか。日差しを遮るものが何もない田んぼの畔をもくもくと歩きました。

         新庄~余田の田んぼを歩き、流れ恵比寿前の橋に到着


 暑い中をもくもくと歩きましたが、仲間と冗談などを交わしながら歩いていると、じきに農協のライスセンターに着き、さらにあっという間に流れ恵比寿に着きました。流れ恵比寿脇を流れる灸川の橋を渡ると、もうすぐ終点です。

 灸川から振り返った新庄・余田の田んぼ    終点の東田布施公民館 

 灸川の言われの一つに牛の灸があります。田植えが終わるころ、「さばら」と呼ばれる牛を大切にする催しがあります。代かきなどで働いた牛を川に連れ出して、働いてくれたことに感謝して丁寧に水で洗ったり撫でるのです。その時期になると、たくさんの牛が今の灸川に集まったとか。その機会を利用して、牛の健康のために背中に灸をしたそうです。それが灸川の由来だそうです。大波野や波野地区は江戸時代、穀倉地帯でした。牛もたくさんいたに違いありません。当時の人は、牛を家族のように大切にしたのです。
 流れ恵比寿を過ぎると、山陽本線を横切り、さらに東田布施小学校の横を通って、終点の東田布施公民館に着きました。猛暑でしたが、楽しい史跡巡りウォーキングだったと思います。参加された方々、お疲れ様でした。8月はウォーキングはお休みです。9月に再開します。今後も楽しい史跡巡りウォーキングを予定しています。よろしくお願いいたします。

      今回ウォーキングした、柳井市余田新庄(南部)のコース


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最も簡単な藍染め、藍の葉を使って直接布を染める

2016年07月21日 | 綿栽培,糸つむぎ,織り,染色

 先日、虫が食害されて落ちた藍の葉を使って生藍染めをしてみました。その結果は、あまり思わしくありませんでした。染めたはずなのですが、発色が弱いのです。そこで、染まりやすいと言われる絹布を使って、今度は葉を直接当てて染めてみることにしました。

  新鮮な藍の葉        藍の葉と絹布      金づちで布と葉を叩く
  

 厚い板の上に、摘みたての新鮮な藍の葉を置いて、その上に布を敷きます。そして、その上から金槌で叩くのです。あまり強く叩くと布が傷みます。優しく弱く叩きます。金槌より木槌の方が良いと思います。布に葉の汁が浸み出るよう叩けばOKです。

         布に染み出た藍の葉の汁、一部は青く染まり始める


 ところで、一つ失敗しました。葉から浸み出た汁は板にも付きました。そのため、板の上に染まったような葉の跡が残りました。そのため次に、葉と布をサランラップで挟んで金槌で叩いてみました。アルミ箔でも包んで良いかも知れません。このようにすれば、布以外に汁が浸み込むことがありません。

         葉と布をサランラップで挟んで金槌で叩く


 汁が布に浸みてから1時間程度放置すると、少しずつ青みがかってきます。八王子に住む家内に聞くと、汁が布に浸みた時に灰汁かミョウバン水を吹き付けると、発色が良くなるのでないかとのこと。次の機会に試してみようと思います。

 葉の形に染まった板     水で緑の色素を取る    洗剤で布を強く洗う
  

 今回試したのは、最も簡単にできる藍染めです。濃い青色は出ませんが、うっすらと葉の形に染まりました。10月頃、田布施西小学校の放課後学習「西の寺子屋」で、子供達にこの藍染めを体験してもらう予定です。とにかく、薄い青ですが染まることが確認できたので、一安心しました。
 ところで、竹尾の龍泉寺近くの山陰に、山藍と呼ばれる雑草が生えています。昔、この山藍を染料にしたとの話があります。いつか山藍を採集して、本当に染めることができるかどうか試してみようと思っています。

            葉の形にうっすらと青く染まった布

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柳井市 楽しかった余田・新庄の史跡巡りウォーキング(2/3)

2016年07月20日 | 歴史探訪他ウォーキング

 暑い中、山道をもくもくと歩き続けると明顕寺に着きました。ご住職にご挨拶して本堂内を見学させていただきました。ありがとうございました。このお寺は江戸時代初期に建立されたとのことです。親鸞聖人の銅像がありました。山門がとても立派なお寺ですが、山門には鐘がありません。その理由をお聞きすると、戦時中に供出したためとのことでした。

  明顕寺に到着        本堂内を見学      境内の休憩用ベンチ
  

 明顕寺に着いたのは正午少し前です。明顕寺でお昼休憩をとることにしました。各自、好きな場所で座って楽しく休憩しました。30分位後、境内のあちこちを見学しました。手水石がとても立派なことに気が付きました。手水石と言うよりも、屋根付き手水所と言った方がいいでしょうか。明顕寺を出ると、ため池脇のお地蔵様と祠を見学後、大祖地区に入りました。そして、丘の上のお堂を見学しました。この頃になると、太陽が真上になり直射日光の暑いこと。

      明顕寺本堂前で、今回の史跡巡りウォーキング参加者


 大祖のお堂を見学後、いったん道を降りました。そして、再び積蔵寺に向かう上り坂を歩きました。この上り坂が今回の史跡巡りウォーキング最後の上りです。最上部の峠に登り、少し降りるとそこに積蔵寺があります。積蔵寺に着くと、ご住職が待っておられました。下見時に、ウォーキング時に再訪することをお伝えしていたので待っておられたのでしょう。

 猛暑の中をひたすら歩く    大祖の丘上のお堂    積蔵寺に到着
  

 積蔵寺の本堂内を見学させていただいた後、冷たいお茶をいただきました。ありがとうございました。続いて、ご住職より、このお寺の由来や、このお寺を訪れた著名人の紹介がありました。野口雨情,司馬遼太郎,小沢昭一,種田山頭火,先日亡くなった永六輔,そして江良碧松などです。30年位前に無くなったご住職のお兄さんは、こうした著名人と交流していたとのことでした。いろいろ、貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。

  お寺の由来などを話されるご住職         ご住職のお話を拝聴
 

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フジバカマ(アサギマダラの蜜源)の苗を畑に移植

2016年07月19日 | 花,野草

 先日フジバカマの苗を、たくさんいただきました。フジバカマは、蝶のアサギマダラが吸蜜する花です。アサギマダラは渡りをする珍しい蝶で、日本と台湾などの間を渡るそうです。渡り鳥ならよく聞きますが、蝶が渡りをするのは珍しいと思います。

         アサギマダラが蜜を吸うフジバカマの苗

 この苗は、泊団地でTさん達が挿し木をして増やしたそうです。その苗をA君がもらい受け、我家にやって来たのです。元々、Tさんに苗をもらいたいと言っていました。フジバカマがどんな植物か分からないため、私流に植える事にしました。

  雑草を刈り取る       耕耘機で耕耘       畝幅を計測しマーク
  

 何も作っていない空いた畑を最初、草刈機で雑草をきれいに刈りました。そして、耕耘機で丁寧に耕しました。今日から梅雨明けとのことで、猛暑の中での作業です。汗が次から次へと流れてきました。

             フジバカマの苗を50cm間隔で移植


 育て方が全く分からないため、畝幅を勝手に1.2mとしました。1.2mに決めた理由は、もし雑草が生えてきても除草が楽だからです。また、蝶の観察がしやすいためです。畝幅のマーキングを済ませると、巻き尺を畝に張りました。そして、50cm間隔で苗を植えていきました。

  苗を一つ一つ移植      根が出た苗        最後に水をかける
  

 五つの畝にそれぞれ14本の苗を植えました。つまり、70本の苗を植えたことになります。植えた後、ジョロで水をかけておきました。フジバカマは元々雑草とのことですので、旺盛に活着すると思います。今年は花は咲かないと思いますが、来年は花が咲いてアサギマダラが来て欲しいと思います。アサギマダラは、八島で見たのが最後です。

                               去年の10月18日、小行司で見たアサギマダラ

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柳井市 楽しかった余田・新庄の史跡巡りウォーキング(1/3)

2016年07月18日 | 歴史探訪他ウォーキング



 何度も下見が延期になった柳井市の余田・新庄の史跡巡りウォーキング、予定通り実施することができました。当日の午前6時頃は大雨で、9時頃小雨になりました。天気予報では10時頃から晴れるとの予報で、ウォーキングを実施することに決めました。予想は当たりました。スタートした頃は小雨が降っていましたが、11時頃にはすっかり晴れました。晴れて良かった。

  スタートした頃は小雨    流れ恵比寿を説明     極楽寺跡を見学
  

 小雨の中、最初に訪れたのは灸川傍の流れ恵比寿です。柳井市の古い写真集には余田の流れ恵比寿として掲載されています。田布施の大波野かと思っていました?次に余田の極楽寺跡に行きました。このお寺は50年位前に廃寺になりました。どこのお寺も経営が難しいのでしょう。

  極楽寺跡のお堂       岩国竪ヶ浜往還道碑   中村林道入口の地蔵様
  

 極楽寺が廃寺になる時に作られたのでしょうか、すぐ上のお堂があります。古いお地蔵様が安置されていました。続いて、岩国~竪ヶ浜往還道の石碑を見学しました。江戸時代、竪ヶ浜は最も南の岩国藩領でした。次に、中村林道に入りましたが、その入口傍にあるお地蔵様を見ました。往還道を見守るために安置されたお地蔵様ではないかと思います。

           竹藪に囲まれ、木漏れ日が降り注ぐ中村林道


 中村林道は余田の中村地区から荒木に続く林道です。昭和50年に作られたと、中村林道石碑に刻まれています。中村林道は、竹藪に囲まれた、湿っぽく、木漏れ日が降り注ぐ静かな林道でした。30分位歩くと、中村地区に着きました。中村林道石碑を見た後、やや傾いたお堂を見ました。江戸の昔、お乳が出ない母親のために安置されたお地蔵様のようです。そのことが板に書かれていました。続いて、明顕寺に向かいました。

 中村林道石碑        お乳のお地蔵様       明顕寺に向かう
  

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田布施町 狼煙(のろし)リレーに参加

2016年07月17日 | イベント,行事



 田布施町の詩情公園の丘の上で、狼煙リレーの催しがありました。この狼煙リレーは、もともとは広島県のどこかでスタートとして、次々に狼煙が伝わる全国的な催しです。田布施町は今年から参加しました。去年までは、平生町の般若寺が最終ポイントだったようです。

     狼煙リレーの受付            狼煙リレー開会式
 

 私は、狼煙リレーを主催する田布施町観光協会と郷土館の関わりで、狼煙リレーをお手伝いすることになりました。そのため、狼煙を上げる前に、狼煙などを例にした通信の歴史について子供達に説明しました。手を使った通信、音を使った通信などについてを説明しました。その通信の一つに手旗信号があります。ボーイスカウトのMa君が、遠くから「ノロシ」と手旗信号を送ってくれました。

           子供達にとても人気だった伝書バト


 子供達に一番人気があった通信手段は、伝書バトでした。Y君が飼っている伝書バトはとてもかわいいため、子供達はさかんに撫でていました。伝書バトで通信するときは、鳩の足に通信管と呼ばれる小さな筒を取り付けます。この通信管、今は使われておらず手に入れることができません。今回、特別に通信管を作っていただいたとのこと。その通信管を鳩の足に取り付けて飛ばしました。

   手旗通信のデモ     伝書鳩を飛ばす      狼煙用に火をおこす
  

 伝書バトによる通信が終わると、いよいよ本命の狼煙です。ライターで火をつけるのではなく、手で火をおこして狼煙の火として使います。ボーイスカウトのMi君が一生懸命、ろくろ状の火おこし機を回して摩擦熱で火をおこしました。灰のようなものに火がつくと、口で風を吹き付けて、火を大きくします。そして、狼煙台の枯草に点火するのです。

          煙をたくさん出すため、火の上に生木を置く


 狼煙台に火がつくと、今度は生木をどんどん火の上に置きます。そして、うちわであおいで風を送って、火を強くします。すると、生木の燃えるバチバチ言う音が大きくなります。すると煙がどんどん出ます。ただ、風が出ていたため煙がなかなか上に上がりません。それでも子供達は、煙に巻かれながらも嬉しそうにうちわで狼煙台をあおいでいました。
 その後、火を使ってマシュマロを温めビスケットに挟んで食べました。狼煙リレーに関わった田布施観光協会,ボーイスカウト、ガールスカウトなどの方々、お疲れ様でした。とても楽しい狼煙リレーの催しでした。

             狼煙リレーを楽しんだ、子供達や大人達

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