・時代を超えた邦画の傑作!
戦前の邦画で知る人ぞ知る天才・山中貞雄監督の遺作で、最高傑作と言われる人情悲喜劇。原作は歌舞伎狂言の「梅雨小袖昔八丈(通称:髪結い新三)」で三村伸太郎が脚色・三村明が撮影・岩田専太朗が美術を担当して、長屋で暮らす人たちの喜びと哀しみをイキイキと描写している。時代を超えた名作で、映画ファンにとって必見の作品だ。
長屋に住む浪人・海野又十郎(河原崎長十郎)と元髪結いの遊び人・新三(中村翫右衛門)。又十郎は仕官のため、毛利三左衛門(橘小三郎)に日参するが、体よくあしらわれてしまう。新三は、自分で賭場を開いて弥太五郎源七(市川笑太朗)に睨まれる。三左衛門は、白子屋の娘お駒(霧立のぼる)を家老の息子との縁談を取り持ち出世を目論み、源七は白子屋の用心棒で甘い汁を吸っている。
小悪党ながら気風が良く気骨もある新三は、金と出世欲に溺れた白子屋と三左衛門を懲らしめようと、お駒を拉致、はからずも又十郎も片棒を担いでしまう。
主役に原作にはない人物・又十郎を設定したり、新三を悪党一辺倒から権力に一矢を報いる庶民の意地とプライドを浮き彫りにした好漢に仕立て、物語を膨らませている。
22歳で監督になり、28歳で夭折するまで26作を残している山中貞雄の持ち味は<テンポの良さと明るさ>と言われているが、本作はその特徴を踏まえながら虚無感・厭世感が漂う。封切り日に徴兵され、中国で病死した山中は又十郎を自身に投影していたという穿った見方さえある。
映像への拘りは尋常ではなく、同い年の後輩監督・黒澤明に<山中に追いつき追い越せ>と言わせたほど。奥行きのある長屋やローアングルで落ち着いた部屋のセット、雨・風・空の光と影を描写したリアルで美しい構図、不必要なシーンは大胆にカットした構成はとても’37の作品とは思えない。ラストも印象深く映画史に残る名シーン。
「これが山中貞雄の遺作となってはチトサビシイ。負け惜しみに非ず。」と彼は日誌に残している。もし戦後も映画を作っていたら、名作を残し日本映画を変えていたいたかもしれない。現存しているのはたった3作であるのが惜しまれる。幻の名作「街の入墨者」を観てみたい。
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