晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
マイペースで備忘録はまだまだ続きます。

居眠り磐音(19・日)65点

2024-04-03 17:11:29 | 2016~(平成28~)
 ・ 主人公のイメージにぴったりな時代劇初主演の松坂桃李。

 このところメッキリ少なくなった時代劇を「必殺」「鬼平犯科帳」シリーズの老舗である松竹が久々に製作した王道のエンタテインメント時代劇。
 佐伯泰英の原作を本木克英監督、藤本有紀脚本で主演・坂崎磐音を松阪桃李が演じている。
 豊後・関前藩で許嫁の兄で友でもある小林琴平(柄本佑)を斬り脱藩、江戸で長屋住まいをしてる磐音。
 鰻裂き職人の傍ら両替商今津屋の用心棒として働くが、新貨幣発行の利ザヤ争いに巻き込まれてしまう・・・。
 時代劇初主演の松坂は王道の二枚目浪人剣士にピッタリな風貌での好演で、市川雷蔵や田村正和といった過去の時代劇スターの後継者になり得る存在と言っては褒めすぎか?
 全51巻もの大ヒット時代小説の映画化はシリーズ化を狙っての本作であったが、残念ながら興行的に失敗して続編の声が聴かれていない。
 原因は物語を追うのが精一杯の脚本にあったと思う。これは脚本家の力調不足というより関前藩の前半と江戸での事件を二時間で纏めるという無理な筋書きによるもの。
 登場人物のクレジット入りという手法で話を判りやすくしようという努力も空しく、観客を置き去りにしてしまった。MISIAのエンディングテーマも違和感が・・・。
 奥田瑛二・柄本明などベテラン敵役も中途半端と空回りで、辛うじて中村梅雀・木村文乃の親子が微笑ましくはまっていた。
 決闘シーンなどの殺陣や許嫁・なお(芳根京子)の花魁道中などハイライト・シーンは充分見応えがあっただけに勿体ない。
 続編で是非捲土重来を果たして欲しいが、さしあたっては松坂・芳根コンビの時代劇「雪の花」が小泉堯監督で実現するのを楽しみにしたい。


「クライ・マッチョ」(21・米)75点

2023-10-30 14:20:45 | 2016~(平成28~)
・コロナ禍・91歳で監督・主演したC・イーストウッドのネオ・ウェスタン

 '78年、ロディオの元大スターだった孤独な男が旧知の牧場主から息子を連れ戻して欲しいと頼まれメキシコへ渡り、二人でアメリカへ戻ろうとする老カウボーイと少年の交流を描いたロード・ムービー。

 本作の企画は何と40年前にあったとのこと。クリント・イーストウッドが50歳で「ブロンコ・ビリー」(80)を監督・主演していた頃だ。
 N.リチャード・ナッシュ原作の主人公は38歳だが、彼は初老の元ロディオ・スターのイメージで映画化を考えロバート・ミッチャムをキャスティングしようとしたが実現しなかったという。

 監督50周年40作目企画で再浮上した本作はシュワルツネッガーが候補になったが実らず、御大自ら主演の運びとなり「グラン・トリノ」(08)の脚本ニック・シェンクに委ねられた。

 <主人公が若者に大事なことは何かを伝承する物語>は彼が長年テーマにしていて、本作は少年の相棒でもある闘鶏の名でもある<マッチョ>とはどういうものか?が主題である。

 <マッチョは過大評価。老いとともに無駄な自分を知る。気づいたときは手遅れなんだ。>という台詞は彼の映画人生を俯瞰しているようだ。

 地味で枯れた映画という酷評もあるが、荒野を自ら車のハンドルを握り30年ぶり馬上でのカウボーイ姿で主人公マイクを演じた彼は、その映像だけで貴重な宝もの的な存在。

 無駄のないカット・自然の光と影の映像美、気骨ある老人のモテモテぶり、クスっという笑いなどイーストウッド作品らしいシーンの軌跡の映像化に感動させられる。
  
 監督・主演作はこれが最後かもしれないが、また新作をクランクインしたというイーストウッド。まだまだ新作が観られるのは嬉しい限り。
 




 

「君たちはどう生きるか」(23・日) 70点

2023-10-18 12:05:50 | 2016~(平成28~)
・ 日テレ傘下入り前・宮崎駿最後の?ジブリ作品。

 ポスターのみで事前宣伝を一切行わなかった宮崎駿13作目は公開後ファン賛否が渦巻いていたが、ここに来て沈静化しつつあるようだ。

 筆者は「風の谷のナウシカ」(84)以来2度目の劇場公開での鑑賞というほど宮崎アニメには疎い人間だが「千と千尋・・・」など公開後話題作は観ていたので恐らく遺作になるだろう本作は劇場鑑賞した。

 ひと言で言えば総集編である。作画は本人ではないが随所に過去の作品を思わせるシーンが現れ宮崎ワールドに魅了される。

 時代は1944年、10歳の少年牧真人。入院中の母を亡くし父の経営する軍需工場へ疎開した2年間のファンタジー。
 宮崎の生い立ちとオーバーラップするが実年齢(3歳)とは合致しないため自伝的要素を織り込んだもの。

 多感な少年時代、大好きな母を亡くしその妹を母親と呼ぶには複雑な戸惑いが全編に流れる。

 未読だが本ネタはジョン・コナリーのファンタジー小説<失われたものたちの本>で本題の吉野源三郎の小説は宮崎の愛読書だという。この2冊が重なって骨格ができあがったようだ。

 物語は説教臭くなく楽しめるが深層心理はよく分からない。恐らく何度も観ることで見えてくるのだろう。

 大叔父の不安定な13個の積み木を託された真人が自分の扉を開けて新しい世界へ旅立つことで感性や生き甲斐を見つけることができることを暗示しているようだ。

 日テレ傘下に入り宮崎ワールドは本作が最後になりそう。製作が遅れ完成した本作は巧く編集したとはいえないが盟友の故・高畑勲には伝わったに違いない。

「幸せへのまわり道」(19・米) 70点

2023-08-13 12:01:08 | 2016~(平成28~)
 ・ 脇に回ったT・ハンクスの独壇場。
 
 20世紀後半の世相を背景に、子供向け人気TV番組MCフレッド・ロジャースと彼を取材した雑誌記者との心温まる交流を描いたヒューマン・ドラマ。
 ロジャースに扮したトム・ハンクスが脇に回って主演のマシュー・リースを支え、オスカー助演男優賞にノミネートされた。監督は「ある女流作家の罪と罰」(18)のマリエル・ヘラー。

 日本ではあまり馴染みがないが、アメリカでは<セサミ・ストリート>と並んで有名な子供向け長寿TV番組<ミスター・ロジャースのご近所さんになろう>のMCフレッド・ロジャース。
 雑誌・エスクワイアの辛口記事で定評のある記者ロイド・ヴォーゲル(M・リース)が取材をすることに。
 気が進まないまま収録現場を訪れるが、逆に質問攻めに合いロイドが家族に問題を抱えていることを見抜かれてしまう。

 TV番組のオープニングで登場したロジャーは穏やかな口調で紳士的。どこから覧ても誠実な老紳士。
 聖人ぶった人物の本性を見抜いてやろうと切り込んだロイドに対し決して怒ることなく受け止め、ロイドの悩みを自分のことのように心配して何かと気配りをするロジャー。
 その人となりをどのように演じるのかがT・ハンクスの真骨頂で、その誠実な人柄は天性の優しさだけではなく、努力あっての様子が垣間見られる。
 実在人物を演じることには優れているトムだが、本人とはあまり似ていないし、おまけに少し胡散臭さも・・・。

 それでもコロナ渦で誰しも家族とか人生を顧みるこのタイミングで公開された本作は、多くの人に共感を呼んだに違いない。

 ロイドは疎遠だった父ジェリー(クリス・クーパー)との再会は<愛する人ほど許すのが難しい>というロジャーの言葉に胸を打たれる。さらに<自分が子供だったころを思い出せ>と言われ自分の家族とも向き合えることができた。

 筆者は<1分間の沈黙で相手の良いところを見つける><許すことは決断すること>というアンガー・マネジメントが大いに参考となった。

 「どうか、私とご近所さんになって下さい」という決まり文句で癒やされるアメリカ人が多かったことだろう。
 

 



「怪物」(23・日) 80点

2023-08-06 15:21:42 | 2016~(平成28~)
・ 「羅生門」の構成に似た是枝・坂元コンビによる人間ドラマ。

 是枝裕和監督5年ぶりの邦画は、TVドラマのヒットメーカー坂元祐二のオリジナル脚本によるカンヌ映画祭脚本賞受賞作品。
 川村元気プロデューサーが<45分3本立て企画>を監督に提案したのがキッカケで、6年前トークショーで意気投合したコンビにより映画化が実現した。
 
 タイトルといいタイトルバックでビルの火災シーンで始まるこのドラマは、とてもミステリアスなスタートをきる。
 一人息子・湊(黒川想矢)を溺愛するシングルマザー・早織(安藤サクラ)の日常はホームドラマそのもので、火災シーンは対岸の火事に見えた。
 ある日、湊が学校で怪我をしたわけを聴くと担任教師・保利(永山瑛太)に殴られたという。

 黒澤明監督の名画「羅生門」(50)に似た構成は、早織の視点で始まり、保利の視点へ移り、最後は湊の視点で事実が明らかになっていく。観客はそれぞれの立場で得た限られた情報による常識は本当に正しいのか?考えさせられる。

 早織は子育てに必死なあまり真相を見極めることなく、不誠実な学校の対応に怒りを露わにする。
 保利は生徒思いで暴力は誤解なのに丁寧な説明ができず、逆に湊が同級生・依里(柊木陽太)をイジメていると口走ってしまう。
 学校は早織をモンスター・ペアレントとして扱い無難に収めようとするあまりあらぬ方向へ・・・。
  湊はクラスからイジメに遭っている依里を庇ってあげられず、思わぬ言動に出てしまう。
 <豚の脳をもった人間>という言葉がトラウマとなった湊は、似たような環境の依里とはウマが合い、ふたりの秘密基地・廃屋の電車で本当の心を確認し合う。
 今更ながら人間は人の噂やメディアやSNSの情報、本人から聴いた言葉から拙速に誤った判断をしがちであることを知らされる。
 伏見校長(田中裕子)がウソをついたと告白した湊にトロンボーンの音で気持ちを吐き出たせ<誰かでないとつかめないものではなく、誰にでもつかめるものが幸せだ>と話しかけるシーンがこの作品のハイライト。

 カンヌではクィア・パルム賞を受賞していてネタバレもしくは偏見をキライ事前PRされていないが、ここかしこに潜在しているシーンから賞の対象になったのも頷ける。
 筆者の少年時代は学校から<らしく生きよう>と教わってきた。組み体操で保利先生がいった<男らしく>はその典型である。
 早織が湊に<結婚して子供をもうけ、普通に生きる>ことを願うことと同様に、現代では<無意識な加害者>となる言葉なのだ。
 筆者自身、日常茶飯事で<無意識な加害者>になっていたことは数限りなくあり、時代とともに価値観の違いを改めて思い知らされる。

 <追記>
 ・坂本龍一の音楽が遺作となってしまった。まだ彼がYMO結成間もないころお願いしたCM音楽を思い出す。合掌。
 ・是枝監督の無名時代を知るひとりとして、大監督になった今も密かに応援している。
 

 

「スパイの妻」(20・日)80点

2022-02-18 15:29:45 | 2016~(平成28~)


 ・ 個人と社会を追究し続ける黒沢清のラブ・サスペンス。


 太平洋戦争へと向かう激動の時代、神戸の貿易会社経営夫婦のミステリアスな展開を描いたエンタテインメント・ストーリー。
 「ドライブ・マイカー」(21)の濱口竜介が野原位と共同でオリジナル・シナリオを書き、山本晃久プロデューサーによって映画化が実現した。
 20年6月NHK・BS8K放送の劇場版で、黒沢清監督がヴェネチア映画祭銀獅子(最優秀監督)賞を受賞している。
 
 ホラーの巨匠として海外でも名高い黒沢だが「トウキョウ ソナタ」(08)以降は現実社会の歪みや問題を背景に個人の在り方はどう在るべきかを追求する描写にウェイトを置いている。
 本作は監督が予てより願望していた時代<太平洋戦争開戦の不穏な時期>を再現するために、撮影場所や衣装・美術などにかなりの拘りが見られる。
 そしてアップは多用せず遠近の構図・陰影のある映像・長回しでの台詞などにより、夫婦がどのように言動したかをまるで舞台劇を観るような緊張感で表現。さらに妻・聡子の視点で観る展開は、先が読めないミステリアスなストーリーとなっている。

 聡子を演じたのは蒼井優。神戸の豪邸で何不自由なく暮らす若き社長夫人役で、夫役の髙橋一生とは「ロマンス・ドール」に続いての夫婦役。「岸辺の旅」(14)以来の黒沢作品出演だが、当時の雰囲気を醸し出し夫を一途に愛する妻を演じて期待に応えている。世間知らずだったが時代や夫に翻弄されながらしっかりと自分を貫く女性でもある。

 夫・福原優作に扮した髙橋一生は自主製作映画が趣味の自称・コスモポリタン。愛する妻を置いて満州へ旅立ち、重大な国家機密を知り立ち上がる。謎めいて本当にスパイだったか明らかにはされないが、その行動には迷いがない。心の奥に秘めたことを貫く男を彼らしくリアルに演じ、ストーリーの牽引的役割を果たしている。

 聡子に好意を抱く幼なじみの憲兵隊神戸分隊長・津森に東出昌大が扮し、一本調子の言葉づかいと大柄な制服姿が妙にマッチしている。二人を忠告したり詰問したりしてハラハラさせる一本気な性格は、実生活が何かと話題なっている彼には皮肉な役柄である。

 聡子の夫への疑心暗鬼は益々深くなり出し抜こうとするが、二転三転して終盤へ・・・。

 ネタバレになるが、NHKドラマとは違うラスト・シーンが海辺で泣き崩れる聡子のシーンだった。エンディングのクレジットは聡子に未来への希望と救いの手を差し伸べた監督の想いによるものだろう。

 

 

「殺すな」(22・日)70点

2022-02-08 17:22:09 | 2016~(平成28~)


 ・ 藤沢周平の短編を映画化した井上昭監督の遺作。


 江戸時代の下級武士や庶民の暮らしを通じて愛の物語を綴った藤沢周平の原作「橋ものがたり」からの一編を時代劇専門チャンネルで映画化。同時に劇場公開もされている。
 
 本所の長屋で暮らす浪人・小谷善左衛門と船頭・吉蔵とお峯の心の内を情感たっぷりに描いた人情ドラマ。監督は公開直前に93歳で亡くなった時代劇の井上昭で<愛のものがたり>を丁寧に綴っている。

 最近時代劇製作がメッキリ少なくなり、劇画調か大河ドラマ風が僅かに残るのみ。大映映画で勝新太郎の「座頭市二段斬り」(65)、市川雷蔵の「眠狂四郎多情剣」(66)などを手掛け、TVで「剣客商売」や「鬼平外伝」など数々の時代劇を監督した井上昭にとって最後の作品となった。

 主演の中村梅雀は風貌から醸し出す飄々とした温かみのある人物像だが、かつて愛する妻を手掛けてしまったことを悔いながらの浪人暮らし。いつもながらの安定した演技である。
 向かいに住む船頭の吉蔵と元船宿の女将・お峯は駆け落ちしてこの長屋に隠れている。柄本佑と安藤サクラという実の夫婦が演じているが微妙な男女の愛の行方を演じている。
 安藤は時代劇には経験も少なく不似合いでは?という不安を一掃するしっかりした身のこなしで江戸に生きる女に扮し、これからも時代劇を担って欲しい女優となった。

 吉蔵は最初は怯えて躊躇しながらお峯の誘いに負け、おみねは年の離れた旦那・利兵衛(本田博太郎)では飽き足らず若い吉蔵に溺れて行く・・・。しかし時が経ち人目を忍んで暮らす単調な暮らしは退屈な日々としか移らない。
 逃したくない吉蔵と<惚れた腫れたで暮らすのはいっときのこと>というお峯のこれからは・・・。

 川の向こうには違う暮らしがあるという時代は今なら海外への逃避行というべきか?

 近松なら心中となる愛のものがたりを藤沢は女はリアリストで男たちは一途で直情的に描いている。善左衛門は妻のかかえ帯をたすきに筆作りの内職を、吉蔵は愛しいでも不安で憎らしいという気持ちが駆け巡る。

 <愛しいなら、殺してはならん>という台詞は現代のDV男にも通じる人生訓か?

「博士と狂人」(19・英/アイルランド/仏/アイスランド)80点

2021-04-01 12:07:11 | 2016~(平成28~)


 ・ M・ギブソンの念願だったOED編纂秘話を映画化。

 サイモン・ウィンチェスターのベストセラーをメル・ギブソンが20年以上費やして映画化にこぎ着けた「オックスフォード英語大辞典(OED)」編纂秘話。

 編纂主幹三代目ジェームズ・マレーに扮したM・ギブソン。その編纂に多大な貢献を果たしたウィリアム・チェスター・マイナーにショーン・ペンが初共演するというW主演が実現した。
 二人とも実在の人物だがドラマは事実をもとにアレンジされている。

 19世紀、大英帝国の威信を賭け着手した「オックスフォード英語大辞典(OED)」は20年で足踏み状態。周囲の異論を押し切り言語学者フレデリック(スティーヴン・クーガン)の後押しで編纂主幹となったのは、貧しさ故学士号を持たないスコットランド人・異端の言語学者ジェームズ・マレー(M・ギブソン)だった。
 彼は広く一般市民から文例を集める方法を採用、精力的に取り組むがシェイクスピアの時代まで遡りすべての言葉を収録するという無謀なプロジェクトは行き詰まってしまう。
 
 突破口を開いたのがマイナー(S・ペン)で沢山の文例を送ったのは精神病院からだった。

 ドラマはマイナーが何故精神病院にいるのか?そもそも何者だったのか?など経緯を辞書編纂のエピソードとともにドラマチックに描写していく。

 アルコールによるお騒がせ俳優という私生活のレッテルを貼られた名優同士の競演は、あまりにも特異な人生を歩んだマイナーを演じたS・ペンにスポットが当たるのは当然か?

 辞書編纂のドラマを映画化した日本の「舟を編む」(13)では全編ほのぼのとしたムードがあった。
 本作のエピソードは異端の言語学者と殺人を犯し精神を病んだ米国の元軍医との絆を描いているので、過剰なところを如何に柔らげるかがポイント。

 その役を担ったのがマレーの妻エイダ(ジェニファー・イーリー)とマイナーに夫を殺された妻イライザ(ナタリー・ドーマー)。エイダは良妻だが、決して自身の意見を抑え夫に従うタイプではないように描かれていて理事会で夫を庇うシーンも。
 イライザは、夫を殺したマイナーを憎みながら彼の贖罪を許し好意を抱くように。二人の仲介役を務めたマンシー(エディ・マーサン)が義理堅く優しさのある看守役で、彼の主演した「おみおくりの作法」(13)のような持ち味を発揮していた。

 M・ギブソンは受けの演技で好演だったが、オックスフォードの撮影を増やし辞書編纂にまつわる重厚なドラマにしたかったのかもしれない。製作会社(ボルテージ・ピクチャー)と揉め法廷闘争の結果、監督・脚本を担当したファラド・サフィアを架空名義(P.B.シェムラン)にしている。
 
 結果は見やすい展開となったが、国を揺るがすほどの真実に迫る深みのある歴史ドラマにはならなかったのがもったいない気も・・・。
 

 

「マーティン・エデン」(19・伊/仏/独)75点

2021-03-21 14:19:09 | 2016~(平成28~)


 ・イタリアのA・ドロンと呼ばれるルカ・マネッリ渾身の演技。


 20世紀初頭米国の作家ジャック・ロンドンの自伝的小説をもとにイタリアのピエトロ・マルチェッロが故郷ナポリに舞台を移して映画化、主演したルカ・マネッリがヴェネツィアで「ジョーカー」のホアン・フェニックスを抑えて最優秀男優賞を受賞している。

 無学な貧しい船乗りだったマーティン(L・マネッリ)が、ブルジョワの娘エレナ(ジェシカ・クレッシー)に恋したことを契機に独学で作家を目指す。
 階級社会から脱却するために知識を取得しようと読書に明け暮れ、体験をもとにタイプライターに打ち込む姿は、エネルギッシュな若者らしい直向きさで幾多の挫折に立ち向かって行く。

 ドキュメンタリー出身の監督は、16ミリフィルムによるドキュメンタリー映像とフィクションを交互に挟みながら、自由主義と社会主義が交錯する20世紀の世界を二人の恋の行方とともに比喩的に描いている。
 イタリア映画全盛期40~50年代のネオレアリズモの雰囲気を感じさせながら閉塞感漂う20世紀世界を漂流する男の姿は、個人主義が行き場のない現代への警鐘を鳴らしているようにも見える。久々、イタリア映画界に気鋭の若手監督が誕生した。

 主演のL・マネッリはイタリアのアラン・ドロンとも呼ばれる豊かな感情表現と純粋で繊細な人物像を演じ、見事監督の期待に応えている。前半と後半では全く違う変貌ぶりは<成功と引き換えに自由を失った悲しさ>を見事に演じ分けていた。

 エレナを演じたJ・クレッシーは良家の令嬢としては少し地味な印象は否めないが、やや古典的な女性像のイメージで及第点か?
 マーティンの義兄に扮したマルコ・レオナルディは名作「ニュー・シネマ・パラダイス」(99)で青年期のトトを演じていた俳優で、とても懐かしいとともに時代の変遷を感じた。
 マーティンの人生に多大な影響を与えた老作家ブリッテンを演じたのは「レッド・バイオリン」(99)のカルロ・チェツキ。文化という武器を使って社会変革を目指すよう諭したブリッテンが、唯一マーティンの才能を認めた男だ。

 美しく退廃的な街ナポリで繰り広げられるドラマは、哀しくて穏やかなエンディングだった。

 
 

 

「ポイズン・ローズ」(19・米/伊)55点

2020-11-08 12:38:05 | 2016~(平成28~)


 ・ 豪華キャストでハードボイルドへのオマージュ溢れるB級エンタテインメント。


 「ミッド・ナイト・ラン」で高名な脚本家ジョージ・ギャロの監督作品。ロスの私立探偵が故郷テキサス・ガルベストンへ戻り、失踪者捜索にあたるうち事件に巻き込まれる物語。リチャード・サルヴァトーレの原作・共同脚本による映画化で、ジョン・トラヴォルタとモーガン・フリーマンの初共演が最大の話題。

 元アメフト選手でロスの私立探偵カーソン・フィリップスが、ガルベストン近郊の療養所にいる叔母に会えないという失踪者捜索依頼を受け、20年ぶりに故郷へ戻ってくる。

 「マルタの鷹」(41)のようなプロローグは明らかにハードボイルドへのオマージュだ。お世辞と同調を誘う女に弱く、酒とタバコとギャンブルが好きな愛猫家で、飼い猫の名は<レイモンド>とくればチャンドラーのフィリップ・マーロウを想わせる。
スリムになったJ・トラヴォルタが渋い探偵という役柄でイメージ・チェンジに挑んでいるが、残念ながらハンフリー・ボガートの渋さやロバート・ミッチェルには及ばなかった。

 M・フリーマンは街の顔役ドク・モーガンに扮し静の演技で相変わらず存在感たっぷりだが、出番が少なく期待外れ。私的スキャンダルの影響と82歳という年齢がそうさせたのだろうか?

 療養所の医師マイルズに扮したのは「ハムナプトラ」シリーズのブレンダン・フレイザー。哀れな役柄とともにその変貌ぶりにガッカリしたファンも多く、イメージダウンとなってしまった。
 カーソンの元恋人ジェインを演じたのは美魔女ファムケ・ヤンセン。そのスタイルは昔のままだが、年相応の自然な表情が欲しかった・・・。
 ほかにもドクの手下ウォルシュ保安官にロバート・パトリック、クラブ経営者オルセンにピーター・ストメアなど多士済々だが見せ場は少なく顔見せ程度。
 若手ではドクの娘でクラブ歌手ローズに扮したカット・グレアム、ジェインの娘ベッキーにエラ・ブルー・トラボルタが演じている。

 アメフトの八百長、石油採掘事業の経営、療養所の不正・麻薬など多彩なテーマを100分以内に盛り込んだシナリオには無理があり、サスペンス感が薄味となってしまったのが残念!

 70年代のハードボイルドへの郷愁は溢れ「さよならを言うことは、少しの間死ぬことだ。」という台詞が懐かしい。
 御年65歳のトラボルタが、愛する娘と続編で共演することを匂わせるエンディングだったが、かなりハードルは高そうだ。