(前回からの続き)
長野駅前のコインロッカーにカバンの中の重たいもの(とうとう読まなかった1958年刊行の古本など)を預け、カバンを軽くし、すぐ近くのバス停1番で乗車を待つ。
10分ほどで善光寺方面行のバスが来て、10分程で善光寺正門前に着いた。
善光寺という名前はもう随分前、20年以上前だが、当時さかんに風景写真の撮影のために各地を訪れていた頃、「芳ケ平」という池塘の点在するとても静かで美しい紅葉の名所に行くために、長野のユースホステルに泊まったときに初めて知った。
ユースに泊まっていた方から善光寺に朝早く行くと高僧から「お数珠頂戴」というものをしてもらえると聞いた記憶があった。
その時は善光寺など行かずに、長野駅から長野電鉄に乗り、湯田中(ゆだなか、と読む。当時私は「ゆでんちゅう」と読むと勘違いしてバスターミナルの人に話した記憶がある。話しかけた相手は変な顔をしていたが。)で降り、そこからバスで渋峠に向かった。
善光寺正門をくぐると、4連休明けということもあってかさほどの参拝客の数ではなかった。
天気はさわやかというかちょっと暑いくらいの晴天。天気予報は完全に外れた。
いくつかの門を通り抜け、みやげもの屋が立ち並ぶ通り(これが仲見通りか?)を過ぎると、本堂に着く。
本堂には無料で入れるが、奥の、天井から金の大きな飾り物が多数吊り下がった、暗い畳のスペースに入るには有料となる。
そこには僧はいなかった。手前に賽銭箱が置いてあるだけだった。
賽銭箱に小銭を入れて、見様見真似で祈りを捧げた。
(何を祈ったかは秘密だ)
結局土産も買わずに賽銭のみの出費となった。
進学校と思われる学校の女子高校生が、結構大きなスーツケースを持った女性に声をかけ、スーツケースを持って階段をあがるのを手伝っていた。
長野駅から1回曲がって善光寺に向かう直線道路は善光寺に向かってゆるやかな上り坂となっており、行きはバスを利用したほうがいい。
帰りは下り坂なのと、この通りの両側が様々な個人商店が立ち並んでいるので、歩いて店をのぞきながら帰るのが飽きなくていい。
そば屋などの飲食店が多いが、他に菓子屋、瀬戸物屋、金物店、仏具店などの専門店も多い。
そば屋にはいろうかと思ったがやめた。
やや強い日差しを浴びながら25分ほどで駅に着いた。
駅で松本行の列車の時刻を確認する。
14時7分発があった。あと約1時間ちょっとある。
コインロッカーの、持ってきて失敗の本入り荷物を取り出す前に昼飯を食べることにした。
何を食べるか、ラーメンでもするかと駅中のレストラン街を見て回っていたら、ソースカツ丼を出す店が目に入った。
ソースカツ丼は長野の名物なのか?。
ちょっと高いが入って食べてみることにした。
ソースカツ丼が運ばれてきたとき、びっくり。なんとカツが山のように盛り上がっている。
一瞬、こんな山盛りの量は食べれない、失敗、と思った(昼近くに天ぷらそばと揚げドーナツ+塩パンを食べていてあまりお腹が空いていなかったこともある)。
しかし食べ進めていくうちに、この盛り上がりのカラクリが判明した。
キャベツの千切りを大量にごはんの上に乗せ、かさ上げしていたからだ。
ご飯が大量に入っていたわけではない。
よく見るとカツとごはんの量は普通だった。キャベツだけがやたら多いというカラクリであった。
騙されたか?。
いつも食べている卵とじつきのカツ丼(スーパー製)とは違う。カツはおいしかった。
かさ上げカツ丼を食べ終わったら、次の列車の発車時刻にせまる14時7分近くになっていた。
急いでコインロッカーの中の荷物をカバンに詰め込む。
スマホで改札を出ようとしたら、自動改札機にスイカをかざすパネルが見当たらない。
一瞬戸惑う。
改札の駅員に聞いたら、長野は未だスイカが導入されてないとのこと。
これは意外だった。長野は長野中心以外は過疎地なのだろうか。
14時7分発の篠井線は2両編成のワンマンカー(電車)だった。
学校帰りの高校生もいて、けっこう混んでいたが座れた。
しかし睡眠不足と旅の疲れからか松本に着く直前まで熟睡してしまい、車窓からの景色を見損ねてしまった。
15時20分、松本駅に着く。
松本駅に降りたのは2回目か?
1回目は20代の後半だった。
これも撮影のために新宿駅から夜の遅い時間に発車する夜行列車に乗って朝の早い時間に松本駅に着き、そこからバスで上高地へ向かったはずだ。
5月の連休だったが上高地は雪だった。
行きの列車は登山客であふれ返っていた。その時は運悪く座席に座れず、通路に座って寝た。
帰りの列車はガラガラもいいところ。
松本駅で陶器のとっくりとぐいのみが付いた日本酒を買って、寮に着いたら早速飲んだ。
その日本酒が上手かったこと!。
ほのかに米の味がして、これが今まで飲んだ日本酒の中で最高の味だった。
銘柄をまったく憶えていなかったのが無念だ。今探し出すことは極めて困難であろう。
松本はかなり大きな町のようだ。長岡よりも発展しているという印象。
学生時代の先輩(マンドリンクラブではない)の一人が、就職後ここに赴任したとの葉書が届いた記憶が蘇った。
駅前の土産物屋兼酒屋で、今日宿で飲むための日本酒を買った。
店主が日本酒に詳しく、お勧めを買った。「大雪渓」という酒。
店主が言うには、本当の日本酒好きは吟醸酒を飲まないそうだ。
磨きの過程で米のうまみが取れてしまうからなのだそうだ。
なるほどだ。日本酒は米の味がしてこそ日本酒だ。同感だ。
宿へはバスで行く。徒歩では無理。
宿に電話して、バス停などを教えてもらい、駅近くのバスターミナルから信州大学方面の循環バスに乗る。16時20分。
宿はバスで20分くらいのところにあった。
信州大学とは川をはさんで真向かいに位置していた。
宿に行く途中に信州大学生と思われる学生4、5人が立ち話をしていた。
宿は女の人一人でやっているようだった。和室中心の小さな旅館だ。
長岡の旅館より小ぎれいだった。
客は私の他に1人いるだけのようだった。
旅館の女将に宿の近くで食べるところを教えてもらった。
部屋は和室8畳。古いが綺麗だ。
畳は擦り切れ、日焼けは無い。ごわごわもしていない。
30分ほどして外へ出て、夕飯を食べにいった。
宿でもらった地図に書いてあったカレー屋は休みだった。
カレー屋の裏にスーパーがあったので、納豆とミニ牛乳を買った。
この納豆はおいしかった。
スーパーを出て近くのラーメン屋に入り、ラーメンを食べた。
宿に向かったらまだあの信州大学生たちが立ち話をしていた。
よくこんなに長い時間、話せるものだ。私なら5分持たないであろう。
宿に帰ってから「大雪渓」を飲む。テレビは付けない。静寂を楽しむ。
大雪渓を半分ほど飲んだ後で、風呂に入った。
誰もいない。貸し切り状態だ。
いい風呂だ。温泉のような風呂。気持ちがいい。
お湯が出てくる蛇口が真鍮製だった。これはめずらしい。
風呂から上がってスマホを取り出し、再び風呂場に入り、この真鍮製の蛇口を写真に収める。
風呂から上がったところで、大雪渓の残りを飲み始める。
この酒は上手い。昔ながらの日本酒だ。買ってよかった。4合瓶の殆どを飲み干す。
長岡の宿では、静寂の中で、大学時代の頃など、過去の出来事が次々と頭の中に浮かんできては消えていった。
この宿では将来のことが頭に浮かんできた。
自分はこれからの将来どう生きていくのだろうか。
最近、新しい挑戦を始めたところだ。ある特殊な技術を身につけるためである。
それは今までの人生過程で、長きに渡って自らテーマとしていたことと関連している。
仕事にしてもそれ以外の何にしても、自らの人生のプロセスで、常に悩み、ときに挑戦したり挫折したり、一つのテーマとしてずっと考え続けてきたものがある、しかもそのテーマが一生、取り組む価値を感じられるということは、それだけで幸せなことではないかと感じてきた。
この宿で、静寂の中で、日常のささいなこと、こうして孤独な旅をしていることに対する引け目(今は感じなくなったが)などが取るに足らないことに思えてきた。
長野駅前のコインロッカーにカバンの中の重たいもの(とうとう読まなかった1958年刊行の古本など)を預け、カバンを軽くし、すぐ近くのバス停1番で乗車を待つ。
10分ほどで善光寺方面行のバスが来て、10分程で善光寺正門前に着いた。
善光寺という名前はもう随分前、20年以上前だが、当時さかんに風景写真の撮影のために各地を訪れていた頃、「芳ケ平」という池塘の点在するとても静かで美しい紅葉の名所に行くために、長野のユースホステルに泊まったときに初めて知った。
ユースに泊まっていた方から善光寺に朝早く行くと高僧から「お数珠頂戴」というものをしてもらえると聞いた記憶があった。
その時は善光寺など行かずに、長野駅から長野電鉄に乗り、湯田中(ゆだなか、と読む。当時私は「ゆでんちゅう」と読むと勘違いしてバスターミナルの人に話した記憶がある。話しかけた相手は変な顔をしていたが。)で降り、そこからバスで渋峠に向かった。
善光寺正門をくぐると、4連休明けということもあってかさほどの参拝客の数ではなかった。
天気はさわやかというかちょっと暑いくらいの晴天。天気予報は完全に外れた。
いくつかの門を通り抜け、みやげもの屋が立ち並ぶ通り(これが仲見通りか?)を過ぎると、本堂に着く。
本堂には無料で入れるが、奥の、天井から金の大きな飾り物が多数吊り下がった、暗い畳のスペースに入るには有料となる。
そこには僧はいなかった。手前に賽銭箱が置いてあるだけだった。
賽銭箱に小銭を入れて、見様見真似で祈りを捧げた。
(何を祈ったかは秘密だ)
結局土産も買わずに賽銭のみの出費となった。
進学校と思われる学校の女子高校生が、結構大きなスーツケースを持った女性に声をかけ、スーツケースを持って階段をあがるのを手伝っていた。
長野駅から1回曲がって善光寺に向かう直線道路は善光寺に向かってゆるやかな上り坂となっており、行きはバスを利用したほうがいい。
帰りは下り坂なのと、この通りの両側が様々な個人商店が立ち並んでいるので、歩いて店をのぞきながら帰るのが飽きなくていい。
そば屋などの飲食店が多いが、他に菓子屋、瀬戸物屋、金物店、仏具店などの専門店も多い。
そば屋にはいろうかと思ったがやめた。
やや強い日差しを浴びながら25分ほどで駅に着いた。
駅で松本行の列車の時刻を確認する。
14時7分発があった。あと約1時間ちょっとある。
コインロッカーの、持ってきて失敗の本入り荷物を取り出す前に昼飯を食べることにした。
何を食べるか、ラーメンでもするかと駅中のレストラン街を見て回っていたら、ソースカツ丼を出す店が目に入った。
ソースカツ丼は長野の名物なのか?。
ちょっと高いが入って食べてみることにした。
ソースカツ丼が運ばれてきたとき、びっくり。なんとカツが山のように盛り上がっている。
一瞬、こんな山盛りの量は食べれない、失敗、と思った(昼近くに天ぷらそばと揚げドーナツ+塩パンを食べていてあまりお腹が空いていなかったこともある)。
しかし食べ進めていくうちに、この盛り上がりのカラクリが判明した。
キャベツの千切りを大量にごはんの上に乗せ、かさ上げしていたからだ。
ご飯が大量に入っていたわけではない。
よく見るとカツとごはんの量は普通だった。キャベツだけがやたら多いというカラクリであった。
騙されたか?。
いつも食べている卵とじつきのカツ丼(スーパー製)とは違う。カツはおいしかった。
かさ上げカツ丼を食べ終わったら、次の列車の発車時刻にせまる14時7分近くになっていた。
急いでコインロッカーの中の荷物をカバンに詰め込む。
スマホで改札を出ようとしたら、自動改札機にスイカをかざすパネルが見当たらない。
一瞬戸惑う。
改札の駅員に聞いたら、長野は未だスイカが導入されてないとのこと。
これは意外だった。長野は長野中心以外は過疎地なのだろうか。
14時7分発の篠井線は2両編成のワンマンカー(電車)だった。
学校帰りの高校生もいて、けっこう混んでいたが座れた。
しかし睡眠不足と旅の疲れからか松本に着く直前まで熟睡してしまい、車窓からの景色を見損ねてしまった。
15時20分、松本駅に着く。
松本駅に降りたのは2回目か?
1回目は20代の後半だった。
これも撮影のために新宿駅から夜の遅い時間に発車する夜行列車に乗って朝の早い時間に松本駅に着き、そこからバスで上高地へ向かったはずだ。
5月の連休だったが上高地は雪だった。
行きの列車は登山客であふれ返っていた。その時は運悪く座席に座れず、通路に座って寝た。
帰りの列車はガラガラもいいところ。
松本駅で陶器のとっくりとぐいのみが付いた日本酒を買って、寮に着いたら早速飲んだ。
その日本酒が上手かったこと!。
ほのかに米の味がして、これが今まで飲んだ日本酒の中で最高の味だった。
銘柄をまったく憶えていなかったのが無念だ。今探し出すことは極めて困難であろう。
松本はかなり大きな町のようだ。長岡よりも発展しているという印象。
学生時代の先輩(マンドリンクラブではない)の一人が、就職後ここに赴任したとの葉書が届いた記憶が蘇った。
駅前の土産物屋兼酒屋で、今日宿で飲むための日本酒を買った。
店主が日本酒に詳しく、お勧めを買った。「大雪渓」という酒。
店主が言うには、本当の日本酒好きは吟醸酒を飲まないそうだ。
磨きの過程で米のうまみが取れてしまうからなのだそうだ。
なるほどだ。日本酒は米の味がしてこそ日本酒だ。同感だ。
宿へはバスで行く。徒歩では無理。
宿に電話して、バス停などを教えてもらい、駅近くのバスターミナルから信州大学方面の循環バスに乗る。16時20分。
宿はバスで20分くらいのところにあった。
信州大学とは川をはさんで真向かいに位置していた。
宿に行く途中に信州大学生と思われる学生4、5人が立ち話をしていた。
宿は女の人一人でやっているようだった。和室中心の小さな旅館だ。
長岡の旅館より小ぎれいだった。
客は私の他に1人いるだけのようだった。
旅館の女将に宿の近くで食べるところを教えてもらった。
部屋は和室8畳。古いが綺麗だ。
畳は擦り切れ、日焼けは無い。ごわごわもしていない。
30分ほどして外へ出て、夕飯を食べにいった。
宿でもらった地図に書いてあったカレー屋は休みだった。
カレー屋の裏にスーパーがあったので、納豆とミニ牛乳を買った。
この納豆はおいしかった。
スーパーを出て近くのラーメン屋に入り、ラーメンを食べた。
宿に向かったらまだあの信州大学生たちが立ち話をしていた。
よくこんなに長い時間、話せるものだ。私なら5分持たないであろう。
宿に帰ってから「大雪渓」を飲む。テレビは付けない。静寂を楽しむ。
大雪渓を半分ほど飲んだ後で、風呂に入った。
誰もいない。貸し切り状態だ。
いい風呂だ。温泉のような風呂。気持ちがいい。
お湯が出てくる蛇口が真鍮製だった。これはめずらしい。
風呂から上がってスマホを取り出し、再び風呂場に入り、この真鍮製の蛇口を写真に収める。
風呂から上がったところで、大雪渓の残りを飲み始める。
この酒は上手い。昔ながらの日本酒だ。買ってよかった。4合瓶の殆どを飲み干す。
長岡の宿では、静寂の中で、大学時代の頃など、過去の出来事が次々と頭の中に浮かんできては消えていった。
この宿では将来のことが頭に浮かんできた。
自分はこれからの将来どう生きていくのだろうか。
最近、新しい挑戦を始めたところだ。ある特殊な技術を身につけるためである。
それは今までの人生過程で、長きに渡って自らテーマとしていたことと関連している。
仕事にしてもそれ以外の何にしても、自らの人生のプロセスで、常に悩み、ときに挑戦したり挫折したり、一つのテーマとしてずっと考え続けてきたものがある、しかもそのテーマが一生、取り組む価値を感じられるということは、それだけで幸せなことではないかと感じてきた。
この宿で、静寂の中で、日常のささいなこと、こうして孤独な旅をしていることに対する引け目(今は感じなくなったが)などが取るに足らないことに思えてきた。
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