こんにちは。
久しぶりにギターの話題です。
クラシック・ギターの用材として、裏及び側面の用材はブラジル産のローズウッド、すなわちハカランラか、インド産のローズウッドの2種類が主に使用されていることは、ギターを弾く人であれば殆どの人が知っています。
ハカランダは現在、条約により伐採が規制されており、成長も遅いので、入手することは極めて困難になってきていると言われています。
インド・ローズも良材はなかなか手に入りにくくなってきているようです。
さて、このハカランダは希少価値が高いうえに木目が美しく、硬い材質なので高級家具にも使用されており、この木材を使用したギターは、ローズウッドを使用したギターよりもはるかに高い値段設定がされています。
しかし高級で希少価値の高いハカランダをギター用材に使用することは、単にギターの価格に高い付加価値を与えることが目的ではなく、性能面でより有利だからという見解をしばし聴くことがあります。
ハカランダがローズウッドよりも性能面で有利だとする見解の根拠は、ハカランダの方がローズウッドよりも材質が硬いので、音をより多く、ストレートに開放することができることにあるようです。
ギターの音のそのものは表面板で作られます。弦の振動がブリッジ(下駒)を通して響板である表面板を振動させ、音を発生させます。
裏板の役目は表面板で作られた音を反射させ、サウンドホールに向けて開放し、前方に伝達することだと言われています。
従って、表面板で作られた音を極力ロスすることなく、効率良くサウンドホールに向かって伝達するためには、裏板を、音を吸収しない、硬い材質にすることが求められるというわけです。
だから一般的にハカランダの方がローズウッドよりも遠達性に優れていると聞くことが多いです。
このため製作者の中には、裏板をチタンのような金属製の材質にしている方もいます。
しかしでは、ローズウッドがハカランダよりも材質が柔らかいから遠達性が劣っているといえるのでしょうか。
クラシックギターの名工の中には注文主がハカランダを持ち込んでこれで作ってくれと言わない限り、ローズウッドでしか製作しなかった人がいます。スペインのイグナシオ・フレタ1世の2人の息子達が代表的な製作家です。
他にはハウザー2世や初期のロマニリョスやエドガー・メンヒなどはローズウッドの方が多かったと言われています。
イグナシオ・フレタは現代ギター誌のインタビュー記事で、「音を生み出す点において、ハカランダ材がパリサンドル(インド産ローズウッドの別称)よりも勝っていることは一つもないのです」と言っています。
フレタのギターは多くのギタリストがコンサート用ギターとして使用してきた実績から、遠達性に優れていることは疑いのない事実でしょう。
私はハカランダの楽器もローズウッドの楽器も各数本持っていますが、ハカランダ材の楽器よりもローズウッドの楽器の方が数段音量のあるものもあります。
遠達性を重視するのであれば、裏板の材質をもっと硬いもの、ハカランダよりも硬いものにすれば良いわけです。
しかし殆どの製作家は伝統的な用材しか使おうとしません。
その理由は伝統的な用材以外の材質はギターの自然な響きを生まないからなのではないかと思います。
音量や遠達性が向上しても、ギター本来の自然な魅力ある音が失われてしまったら、意味がありません。
しかし1980年代以降、音量や遠達性の向上を第一に目指して製作された楽器が増えています。
ギターの構造に工学的な技法を用いて材料の一部には科学物質までもが使用される。このような楽器の構造の特色として、表面板は薄くし、振動しやすくすると共に、裏板は厚く頑丈な構造にしています。
これらの構造を有する楽器を作る製作家としてはグレッグ・スモールマン、サイモン・マーティ、マティアス・ダマンなどが有名で、私は彼らの楽器を楽器店で試奏させてもらったことがありますが、音量は不自然なほど馬鹿でかく、高音はヒュンヒュンといった、軽くて雑味のある音でした。ダマンの高音は透明感があったが、色のない無機的でつまらない音でした。
ギター本来の持つ自然な響きを無視し、犠牲にして音量を上げることは馬鹿げていると思います。
クラシック・ギターにPAを使用することはその最たることだと思います。PAはギター本来の音を電気の力を借りて全く別の音に変換して増幅する機能なので、このようなシステムをコンサートに使用するギタリストはクラシック・ギターの音の本質を根本的に放棄してしまっていると言えるでしょう。
ポピュラー音楽や軽音楽を大ホールや野外ステージで演奏するのであれば、このような楽器や音響システムを使用することは時に効果的だと思いますが、クラシック・ギターの音を聴かせるのであれば、適した手段とは到底思えません。
クラシック・ギターを人に聴かせる場としては、大きくても東京文化会館小ホールのような広さのホール、理想は教会のような音響のよいあまり広くない場所です。聴衆の数は制限されますが、元々音量の少ない楽器であるクラシック・ギターの限界を受け入れる必要があると感じます。
クラシック・ギターの音量には限界があります。その限界を超えようとすることは、楽器本来のもつ自然な音の魅力を破壊することに他なりません。
魅力ある音でありかつ、音量の増大に成功した製作家はホセ・ラミレス3世です。しかし音量を増すために楽器のサイズを大きくしなければなりませんでした。
弦長664mmのサイズのラミレスはとても大きな音であり、素晴らしく魅力のある音ですが、弾きこなすのは大変です。1980年代初めまでのラミレスの弦高は異常に高いので、手の小さな人にとってはなおさら大変です。
ラミレスはセゴビアのように大ホールで演奏するためのコンサート用ギターとして開発されたので、弦長を大きくしましたが、弦長を標準のままにして、音量を上げるには伝統的な構造では限界があるので、いろいろ工学的な技法を使って構造をいじることになり、音量を上げれば上げるほどかえって音質は悪くなるという矛盾に陥っているのではないか。このような音量重視の楽器を家で弾いていると大きな無機質な音が耳障りとなり、イライラしてくるようになると思う。
結局木材の持つ自然な響きから生まれる音の素晴らしさを最大限に追求した楽器こそが、聴き手の心を癒したり、豊かにしてくれるものだと思うのである。
久しぶりにギターの話題です。
クラシック・ギターの用材として、裏及び側面の用材はブラジル産のローズウッド、すなわちハカランラか、インド産のローズウッドの2種類が主に使用されていることは、ギターを弾く人であれば殆どの人が知っています。
ハカランダは現在、条約により伐採が規制されており、成長も遅いので、入手することは極めて困難になってきていると言われています。
インド・ローズも良材はなかなか手に入りにくくなってきているようです。
さて、このハカランダは希少価値が高いうえに木目が美しく、硬い材質なので高級家具にも使用されており、この木材を使用したギターは、ローズウッドを使用したギターよりもはるかに高い値段設定がされています。
しかし高級で希少価値の高いハカランダをギター用材に使用することは、単にギターの価格に高い付加価値を与えることが目的ではなく、性能面でより有利だからという見解をしばし聴くことがあります。
ハカランダがローズウッドよりも性能面で有利だとする見解の根拠は、ハカランダの方がローズウッドよりも材質が硬いので、音をより多く、ストレートに開放することができることにあるようです。
ギターの音のそのものは表面板で作られます。弦の振動がブリッジ(下駒)を通して響板である表面板を振動させ、音を発生させます。
裏板の役目は表面板で作られた音を反射させ、サウンドホールに向けて開放し、前方に伝達することだと言われています。
従って、表面板で作られた音を極力ロスすることなく、効率良くサウンドホールに向かって伝達するためには、裏板を、音を吸収しない、硬い材質にすることが求められるというわけです。
だから一般的にハカランダの方がローズウッドよりも遠達性に優れていると聞くことが多いです。
このため製作者の中には、裏板をチタンのような金属製の材質にしている方もいます。
しかしでは、ローズウッドがハカランダよりも材質が柔らかいから遠達性が劣っているといえるのでしょうか。
クラシックギターの名工の中には注文主がハカランダを持ち込んでこれで作ってくれと言わない限り、ローズウッドでしか製作しなかった人がいます。スペインのイグナシオ・フレタ1世の2人の息子達が代表的な製作家です。
他にはハウザー2世や初期のロマニリョスやエドガー・メンヒなどはローズウッドの方が多かったと言われています。
イグナシオ・フレタは現代ギター誌のインタビュー記事で、「音を生み出す点において、ハカランダ材がパリサンドル(インド産ローズウッドの別称)よりも勝っていることは一つもないのです」と言っています。
フレタのギターは多くのギタリストがコンサート用ギターとして使用してきた実績から、遠達性に優れていることは疑いのない事実でしょう。
私はハカランダの楽器もローズウッドの楽器も各数本持っていますが、ハカランダ材の楽器よりもローズウッドの楽器の方が数段音量のあるものもあります。
遠達性を重視するのであれば、裏板の材質をもっと硬いもの、ハカランダよりも硬いものにすれば良いわけです。
しかし殆どの製作家は伝統的な用材しか使おうとしません。
その理由は伝統的な用材以外の材質はギターの自然な響きを生まないからなのではないかと思います。
音量や遠達性が向上しても、ギター本来の自然な魅力ある音が失われてしまったら、意味がありません。
しかし1980年代以降、音量や遠達性の向上を第一に目指して製作された楽器が増えています。
ギターの構造に工学的な技法を用いて材料の一部には科学物質までもが使用される。このような楽器の構造の特色として、表面板は薄くし、振動しやすくすると共に、裏板は厚く頑丈な構造にしています。
これらの構造を有する楽器を作る製作家としてはグレッグ・スモールマン、サイモン・マーティ、マティアス・ダマンなどが有名で、私は彼らの楽器を楽器店で試奏させてもらったことがありますが、音量は不自然なほど馬鹿でかく、高音はヒュンヒュンといった、軽くて雑味のある音でした。ダマンの高音は透明感があったが、色のない無機的でつまらない音でした。
ギター本来の持つ自然な響きを無視し、犠牲にして音量を上げることは馬鹿げていると思います。
クラシック・ギターにPAを使用することはその最たることだと思います。PAはギター本来の音を電気の力を借りて全く別の音に変換して増幅する機能なので、このようなシステムをコンサートに使用するギタリストはクラシック・ギターの音の本質を根本的に放棄してしまっていると言えるでしょう。
ポピュラー音楽や軽音楽を大ホールや野外ステージで演奏するのであれば、このような楽器や音響システムを使用することは時に効果的だと思いますが、クラシック・ギターの音を聴かせるのであれば、適した手段とは到底思えません。
クラシック・ギターを人に聴かせる場としては、大きくても東京文化会館小ホールのような広さのホール、理想は教会のような音響のよいあまり広くない場所です。聴衆の数は制限されますが、元々音量の少ない楽器であるクラシック・ギターの限界を受け入れる必要があると感じます。
クラシック・ギターの音量には限界があります。その限界を超えようとすることは、楽器本来のもつ自然な音の魅力を破壊することに他なりません。
魅力ある音でありかつ、音量の増大に成功した製作家はホセ・ラミレス3世です。しかし音量を増すために楽器のサイズを大きくしなければなりませんでした。
弦長664mmのサイズのラミレスはとても大きな音であり、素晴らしく魅力のある音ですが、弾きこなすのは大変です。1980年代初めまでのラミレスの弦高は異常に高いので、手の小さな人にとってはなおさら大変です。
ラミレスはセゴビアのように大ホールで演奏するためのコンサート用ギターとして開発されたので、弦長を大きくしましたが、弦長を標準のままにして、音量を上げるには伝統的な構造では限界があるので、いろいろ工学的な技法を使って構造をいじることになり、音量を上げれば上げるほどかえって音質は悪くなるという矛盾に陥っているのではないか。このような音量重視の楽器を家で弾いていると大きな無機質な音が耳障りとなり、イライラしてくるようになると思う。
結局木材の持つ自然な響きから生まれる音の素晴らしさを最大限に追求した楽器こそが、聴き手の心を癒したり、豊かにしてくれるものだと思うのである。
伝統的な銘器の裏板・側板でもハカランダ、ローズウッド以外にメープルなども使われていますし、極端ですが、ダンボールの裏板・側板での実験もあったかに記憶しています。
材料の希少性が所有者の満足感を満たしてくれるという点で、作成者側も付加価値をつけるためにヘッドや駒のモザイクに凝ったり、ハカランダの裏板・側板とか象牙のナットやブリッジを用いるといった点も否めないかもしれません。
現在では、表面板の個体差による楽器の出来、不出来はかなり解消されていると思いますが、良い材料づくり(シーズニング)が決め手でしょうか。
PA使用の話ですが、ジョン・ウィリアムス氏と福田真一氏の対談でジョン氏が「大ホールでギターの音色を生かすためにPAを使う。」と話されていました。
2013年10月来日の際、すみだトリフォニーホールでジョン氏の演奏を聴きましたが、後部の席にも関わらず最初の演奏ではPAからの音と生の音がかぶって聴こえてきて、なんとも不思議な気がしました。
そのうちに耳が慣れてきましたが、その後の追加公演でPA無しの白寿ホールでの演奏を聴いて、PA無しでも十分なのにと最後の来日コンサートを惜しみました。
仰るように、ギターの音色にとって表面板の材質、グレード、乾燥年数はとても重要だと思います。
数年前にスペインのパウリーノ・ベルナベが来日した時、直接話を聴く機会があったのですが、彼は「製作家にとって最も重要なことは、木を知ることで、木は絶対にいいものでなければならない。最良の木を仕入れなければならない。一番重要なことは材料を仕入れたら自然に長く乾燥させなければいけない。いいギターを作るためには非常にいい木でかつ古いものでなければならない。」といっていました。
また彼は「30年前の黄金期に作られたギターの中で、素晴らしいものは、大きなホールでPAを使わなくても音が届く。」と明言しています。
1990年代前半にジョン・ウィリアムスがクラシック・ギタリストとしては24年ぶりの日本でのコンサートをした際、東京文化会館大ホールでPAを使いました。楽器はスモールマンでしたが、全てのプログラムを終えた時、勇気ある若者が突然立ち上がり、「失礼かとは思いますが、生の音を聴かせて下さい」と、ジョンに要求したのです。
私はこの時この若い方の近くにいたのでとても驚いたのですが、この時の彼の気持ちがとてもよく分かります。
ジョンの昔の音、1970年代までフレタを使っていた時の音に親しんだ人であれば、彼の音に対する価値観の変貌ぶりに失望したと思います。
ジョン・ウィリアムスが大音量だがつまらない音の楽器を使うようになり、PAや電気処理をした録音に頼るようになってから、彼の演奏は聴く気になれなくなりました(しかし昔の録音は聴いています)。
あと、現代のギターは胴体部の接着材として昔からある膠ではなく、タイトボンドという合成接着材を使うことが殆どであり、タイトボンドはすぐに硬化するので、弾き込まなくても最初から鳴りの良い楽器が多いようです。
膠は天然の接着剤ですが、楽器を弾き込んで自分の音作りをしていくのであれば、膠で製作された楽器の方が楽しみがいがあるのではないかと思います。
新しい技術、新素材により、楽器の製作工程、完成度は格段に高まっていると思います。
私は今でも高級ギターは膠を接着に使用しているものと思っていましたが、ボンドに変わっているのですね。
膠は熱で軟化し、接着部分をはがせるので修理が可能であると思いますが、取扱いが難しいのでしょうね。
過去の技術がすべて良いとは思いませんし、良い楽器が早く安く手に入ればマニアにとっては色々な音色の楽器を手に入れて楽しめると思います。
ラティス・ブレーシングやダブル・トップなど音量に重点を置いた新たな音づくりが行われてきていますが、音量と音色のバランスが崩れているのでしょうか。
個人的にはセビーリャ・コンサートなどでのスモールマンの音色がそれほど悪くは思えませんが、フレタ、アグアドを使用していた時の音色を評価する方は多くいらっしゃいます。
ある製作家の話では、膠は棹と指板の接着のみで、それ以外はタイトボンドを使う方が殆どだそうです。
もちろん製作家の中には伝統的な製法にこだわっている方もいると思います。
楽器の選択は人により好みはさまざまなので、アマチュアであればどんな楽器でも構わないのですが、お金を取って人に聴かせるプロの方であれば、本物の楽器を使って欲しいと思います。
ギターの最大の魅力は音ですから、音の大きさよりも心に響く音を出せることを志向してもらいたいです。
製作家でクラシック音楽がとことん好きで研究している方がどれほどいるのでしょうか。
ギターに限らず、ピアノやバイオリンなどの器楽の巨匠の演奏をたくさん聴き、研究することで、楽器に求める音がつかめてくるのではないでしょうか。
単に工学的な発想で音量を豊かにするよりも、それ以前に聴き手が演奏を聴いて感動するためには、どんな音が求められるかがわかっている必要があると思うのです。
小生、40年前の河野30号と20年前のバルベロ・イーホを使ってきました。本年、後期高齢者になり右指がますます不自由になりました。両楽器とも弾きやすい方ではありません。
合奏用にとアストリアスのダブルトップを購入したのですが、右手が楽になり、結構いい音が出て驚いています。友人にソルの魔笛を弾いてもらって確認したところ柔らかく明るい音でアルペジオも自然に聞こえました。
ギターの音って、環境の影響を受けやすく評価がかなり難しいものだと思いました。我々が通常弾くのは、音響効果の優れたホールではなく、家の中やどこか間に合わせの会場みたいなところですから音の良し悪しは環境に左右されてしまいます。それよりも奏者の技量が重要でこちらの方が先に気になってしまいます。小生の場合は宝の持ち腐れみたいに感じています。
ハカランダかローズかの記事、お読み下さりありがとうございました。
おっしゃるようにギターの音が環境の影響を受けやすく、評価が難しいことはよくわかります。
私は半年ほど前に引越しをしたのですが、今の住居は以前の住居よりも湿度が低く、楽器の鳴りや弦の鮮度も向上しました。
どんな名器でも湿気の多い環境で弾いたら楽器としての実力を発揮できないと思います。
1970年代後半の河野30号をお使いなのですね。
大学時代にやっていたマンドリンクラブで、先輩が1970年代後半の河野30号を弾いていました。
とてもいい音でしたね。河野ギター最盛期の頃です。
先月のお盆休みに某楽器店でバルベロ・イーホの2000年代初めの楽器(パラ・カサ・アルカンヘル)を弾かせてもらいました。
低音が凄くいい音でしたね。高音は音出しが難しい楽器だと思いました。
私は楽器にあまり大きな音量を求めなくなりました。
あくまでも私見ですが、音量には自然の範囲というものがあることに気づかされます。
(響きの豊かさとはまた別です)
ご指摘ありがとうございます。私の楽器は古いのでハカランダですが、先日、桜井・河野マエストロ(ローズウッド)を店頭で触らせてもらったときは、低音高音とも大変豊かな鳴りでした。ハカランダの方が高級感がありますが、ローズウッドの方が良く鳴るような気がしています。
小生の河野30号はいわゆる河野トーンですが、重い、弦長が長い、ネックが太いなど、左手疲れるようになりました。
バルベロ・イーホはパラカーサモデルではなく、ギター文化館に置いてあったバルベロ1世モデルです。文化館ホールで鳴らして頂いたときは、よく響いたように記憶しています。しかし、自宅では、ご指摘のように1弦の鳴りが固く、右指が疲れます。どうしたら使いこなせるようなるのか悩んでいます。
また、小生マンドリン合奏もしますので、楽に音出しするため、ダブルトップを使用して、よくよく結果を確かめてみたいを思います。
ハカランダの方が見た目が美しく高級感がありますから、楽器を求める側からするとどうしてもハカランダの方に目が移りがちですが、あまりこだわらない方が良いのではないかと思います。
10年以上前ですが、テサーノス・イ・ペレスの合作ギターのマエストロモデルで、ローズ(希少品)とハカランダの両方を弾き比べさせてもらったことがありましたが、ローズの方が良く鳴っていましたし、音も透明で引き締まっていました。
確かにおっしゃるようにダブルトップなど、工学的な配慮がなされた楽器は音の立ち上がりが早く、ストレスを感じることなく音出しが出来るのですね。
合奏などでは使いやすく効果があるのかもしれません。
ですが独りで自室で楽しむために弾くのあれば、伝統的な造りの楽器の方が軍配が上がると私は感じます。
なかなか入手できない、70年代の河野30号とバルベロ・イーホ(Ⅰ世モデル)という名器をお持ちなのですから、弾きやすくする工夫、例えば張力の弱い弦を使用する、サドルを調整する、などを試しても良いのではないかと思います。
激励とアドバイスありがとうございます。バルベロイーホの扱い難さは、他のサイトでもコメントがあり、サドルはかなり低くしました。
弦の選定は、まだよく分かっていないのが現状で、これからいろいろやってみようと思います。張りたては良いのですが、日にちが経つと直ぐ固くなります。
良い楽器と言われているものには、弾きにくいものが結構あります。弾きやすく、かつ、良い音の出る楽器があるといいですね。
私も最近サドルを低くしたのと合わせて、張力の低い弦を使用することで随分と弾きやすくなりました。
張力の弱い弦は、ハナバッハの黄色ラベルもいいのですが、最近オプティマ(OPTIMA)というマンドリン弦で有名な銘柄から出された、シルバー・クラシックス(SILVER CLASSICS)という弦を試しており、なかなかの品質だと感じております。
今度記事で紹介したいと思います。