緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

ベートーヴェン ピアノソナタ第14番 月光を聴く(4)

2013-08-24 21:43:20 | ピアノ
こんにちは。
まだまだ暑い日が続きますが、何となく夏の終わりが近づいているように感じます。
前回に引き続きピアノの話題ですが、ベートーヴェンのピアノソナタの中で最も有名なのは第14番「月光」ですね。ピアノ曲全体だけではなくクラシック曲全体においても最も多くの人に人気のある曲の一つで、特に第1楽章はピアノ以外の楽器にも多く編曲されています。
ギターではフラシスコ・タレガの編曲が知られています。
いずれこの第14番のベストの名盤を紹介しようと思うのですが、意外に自分がこれだ!、というような名演が少ないですね。
またこの曲は多くのピアニストが録音していますが、聴いて受ける印象は本当に様々です。それだけに人によって感じ方が違うことに少なからず驚きます。
今日は2人の演奏家の録音を紹介します。
1人目はアリーヌ・ヴァン・バレンツェン(1897~1981)という女流ピアニストです。



日本では殆ど知られていませんが、アメリカに生まれ、後にフランスに渡りパリ音楽院の教授となった他、多くの国際コンクールの審査員を務めたという実力者です。
弟子にはフォーレ弾きとして有名なフランスのジャン・フィリップ・コラールがいます。
ギター曲でも有名なヴィラ・ロボスの曲の初演などを行い、ブラジル政府からヴィラ・ロボス・ゴールドメダルを授与されたそうだ。
バレンツェンのヴィラ・ロボスのピアノ曲の録音としては、ショーロス第5番"Alma Brasileria"があります。1958年の録音で、実際にCDで聴きましたが、力強く和音を響かせる力を持った演奏家だと思いました。最後の独特の和音は意表を衝かれます。
さてバレンツェンがベートーヴェンのピアノソナタ第14番を録音したのが1947年で、上記のCDはSPレコードからの復刻です。
第1楽章のテンポはやや速めです。この第1楽章のテンポは奏者により実に様々です。
あまり遅すぎると間延びしたような感じを受け、曲のイメージを捉えにくくなるし、また速すぎるとこの曲の持つ静かな夜の時を刻むリズムを感じることができなくなります。
また曲の中盤にさしかかる頃に現れる下記の部分は、これも奏者により解釈が異なることに興味を惹かれます。



楽譜の指示では上昇音階も下降音階も常にPであり、上昇部をクレッシェンド、下降部をデクレッシェンドする記載は見当たりません。
しかしグルダやギレリスを始め多くの奏者はこの部分をクレッシェンド→デクレッシェンドで弾いています。バレンツェンもこのように弾いています。
恐らく第1楽章終盤に現れる下記の部分と同様なフレーズであり、この部分の楽譜の指示が上昇部をクレッシェンド、下降部をデクレッシェンドとしているためこのように解釈しているためであると考えられます。



これに対し譜面通り常にP(ピアノ)を維持して弾いている奏者は、ソロモン・カットナー、ゲザ・アンダ、アニー・フィッシャーなどです。
私は第1楽章のこの部分の解釈は非常に重要だと感じています。
この部分のクレッシェンド→デクレッシェンドを強くし過ぎると、ベートーヴェンがこの曲を作曲した時に感じていたであろうイメージ、(恐らく漆黒の夜の静けさであろうが)を損なってしまうと思います。
私はこの部分は常に静かに弾くのがより作曲者の心情を表現できるのではないか感じています。
第3楽章のバレンツェンの弾く速度は非常に速いのですが、何故か速くてびっくりするという感じがしません。
これはちょっと不思議な感じなのですが、超絶技巧のみを極めると普通、曲の構成力が
失われ、演奏される曲がとても軽く聴こえることが多いのですが、彼女の演奏の場合は一部の箇所を除いてそのような印象はありません。
それは彼女の演奏する音に力があり、音楽的であるからに間違いありません。
私は超絶技巧を要する部分を必要以上に速く弾く演奏を聴くと、ある種の胸の痛みを感じることがあります。それは超絶技巧で速く弾くことで曲を破壊しているからなのかもしれません。
多くの聴衆は超絶技巧に酔いしれる傾向があります。若い人ほどそうだと思います。
コンサートで演奏者が超絶技巧を成し遂げた時、割れんばかりの拍手が起きます。
だから奏者もこのような聴き手の反応に酔いしれ、無意識のうちに技巧を要する難しい部分を必要以上に速く弾くようになるのだと思います。
ただ音楽性を伴っていない超絶技巧や、曲(作曲者の心情)が求める速度をはるかに超えた演奏は、聴いた瞬間、曲芸的な驚きと感心を得られるものの、長く何度も聴くものにはなり得ないと思います。
ただバレンツェンが弾く第3楽章で残念に感じたのは、クライマックスの上昇半音階の前後を非常に早い速度で弾いている部分です。ここまで速く弾く必要はないと思います。
もしこの部分をもう少し速度を落としてじっくりと表現していたら超名演にふさわしいものになっていたと思います。最後の和音もあっけない。

次に2人目の演奏者ですが、ゲンリヒ・ネイガウス(1988~1964)というロシアのピアニストであり、リヒテルやベデルニコフ、ギレリスなどを育てた偉大な教育者だった人です。
あの有名なスタニスラフ・ブーニンの祖父でもあります。



ネイガウスは右手を故障していたため、録音を聴くと指が上手く動かないと感じることがあります。しかし指がもつれても音楽がこわれないのが不思議だし、凄いと思う。
録音年が記載されていないが、恐らく1940代後半と思われます。
しかし音が素晴らしい。音に何とも言えない力を感じます。音が生き生きとしていて、音に感情を感じます。それはこのCDに録音されているベートーヴェンのピアノソナタの第24番や30番を聴けばより一層分かります。
第14番では第3楽章が素晴らしいです。速度はやや遅めですが、遅いとも感じません。
音の層が厚く、曲の構成力が深い。それに音の響きが実に素晴らしい(特に第30番の第3楽章)。ピアノという楽器のもつ音の魅力を存分に伝えてくれます。
音楽は技巧だけではないことを教えてくれるような演奏だ。
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